Réalisation このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-11-05 対立を超えるための道徳心理学

社会はなぜ左と右にわかれるのか

| 01:31 | 社会はなぜ左と右にわかれるのかを含むブックマーク 社会はなぜ左と右にわかれるのかのブックマークコメント

 f:id:sensism:20171022194521j:image

リベラルはなぜ勝てないのか? ”

“ みんな「自分は正しい」と思っている ”

 こんな帯の文字に惹かれて、少し前に珍しく衝動買いジャケ買いw)した本。

 個人的には「象と乗り手」「まず直観、それから戦略的な思考」といった認知プロセスに関して、また「生得性と適応性格」という遺伝と発達心理に関する疑問(生まれか育ちか)に多くの示唆を与えてもらえた。そして、本書のテーマである道徳基盤のマトリックス道徳心理学)は新たな観点で世界を捉え直すことになり、「道徳は人を盲目にする」自戒の念を持つに至った。

 自分の中で、ちょっとした認識の地殻変動が起きた。(最初の感想文はこちら

 副産物として政治に関する知見も養われたので、先般の「国難解散総選挙をこれまでにない高い関心で見守ったが、右派左派保守リベラルの定義、米国で制度疲労を起こしている二大政党制を日本が目指す意義など、日本の選挙制度にも改めて疑問を抱いた。

 著者は米国の考察をそのまま他国適用できないと断っているが、それを差し引いても人間社会の普遍性は抑えられており、日本の問題とも重なる部分が大きい。何より、理想かもしれないけれど、異なる価値観に接する態度について、結論にまとめられた姿勢に深く賛同する。(それは自分が様々な社会経験を踏まえて持つに至った価値観にとても近い)読み返す度に新たな発見があり、自分は本当に買って良かったと感じている。

 五〇〇頁を越えるボリュームで気軽にお薦めするには重たいため、エッセンスをお伝えできればと 「第12章 もっと建設的な議論ができないものか?」 の前後を書き出してみました。興味を持たれた方は是非ご購入を。


 遺伝子子宮内での脳の形成を導きはするが、それはいわば草稿にすぎず、幼少期の経験によって改訂される。人がいかにイデオロギーを獲得するかを知るには、遺伝子から始めたうえで、成人して特定の候補者に投票したり、抗議集会に参加したりするようになるまでの成長の過程を考慮に入れる必要がある。この過程には、以下の三つの主要なステップがある。(P428)

ステップ1 − 遺伝子が脳を形作る(気質的特徴)

 遺伝子は(集合的に)、人によって、脅威により強く(あるいは弱く)反応し、目新しい物、変化、初めての経験にさらされると快をより少なく(あるいは多く)感じる脳を生む。(P429)

ステップ2 − さまざまな特徴が子どもを異なる経路へと導く(適応性格)

 ここで二卵性双生児の兄妹を想像してみよう。兄は遺伝子の作用により、脅威に対する感受性が平均より高く、また、まったく新たな体験に快を感じる度合いが低い脳を持つようになったとする。妹はその逆だ。(中略)この双子が思春期に入って、厳格な学校に通うようになったとする。兄はその環境にうまく適応するのに対し、妹は先生と四六時中衝突して怒りっぽくなり、社会的に孤立する。さらにそれが彼女の人格の一部(適応性格)と化す。だが、逆に進歩的で規律が厳格ではない学校に通っていれば、彼女はそのような人格を形成しなかったはずだ。(P431)

ステップ3 − 人は人生の物語をつむぎ出す(人生の物語)

 必ずしも真実の物語である必要はなく、これまでの自分の経験が単純化され、取捨選択されたもの、あるいは理想化された未来に結びつけられたものであり得る。(P433)

 信仰道徳観を身につけた経緯を尋ねられると、保守主義者は権威の尊重、自分が所属する集団への献身、自己の純粋さについて、またリベラルは、苦痛や社会的な公正について、深い感情を表した。「人生の物語」は、成長過程にある思春期の男女の自己と、大人の政治的アイデンティティを橋渡ししてくれる。(P434)


 道徳はさまざまな点で味覚に似ている。(P209)

 雑食動物は、新奇好み(ネオフィリア)と新奇恐怖(ネオフィビア)という二つの対立する衝動を抱えて生きている。(中略)リベラルはネオフィリアの度合いが高く、それは食べ物ばかりでなく、人間関係、音楽、ものの見方などにも当てはまる。対して保守主義者はネオフォビアの度合いが高く、確実にわかっていることにこだわる傾向があり、境界や伝統の遵守に大きな関心を持つ。(P238)

 五つの道徳基盤:<ケア/危害><公正/欺瞞><忠誠/背信><権威/転覆><神聖/堕落>(のちに<自由/抑圧>を加えて、六つの道徳基盤となる)について、データ収集と分析を行いながら仮説を立てて検証していく。

 左派はおもに<ケア><公正>基盤に、また右派は五つの基盤すべてに依存している。だとすると、左派道徳は「真の味覚レストラン」のメニューのようなものなのか? 左派道徳は、一種類か二種類の受容器を活性化するだけなのに対し、右派道徳は、忠誠、権威、神聖を含む、より多種類の受容器に訴えるのか? もしそうなら、保守主義政治家は、有権者に訴える、より多くの手段を持っていることになるのだろうか?(P247)


 私のチーム(民主党)は、何としてでも相手チーム(共和党)に勝ってほしかった。事実、私が政治を研究し始めた理由は、ジョン・ケリーの、効果がさっぱり上がらない選挙キャンペーンにフラストレーションを感じたからである。そのとき私は、アメリカリベラルが、保守主義者の真意や道徳観を単に「理解」していないのだという確信を得た。かくして、道徳心理学の研究をうまく活用することで、リベラル勝利に貢献したいと考えるに至ったのだ。(P442)

 社会関係資本とは、個人間の社会的な絆、相互依存の規範、それらに由来する信用など、経済学者が大きく見落としていたタイプの資本を指す。(P446)

 保守主義者は一般に、人間の本性に関してかなり違う見解を持つ。つまり彼らは、人々が正しく行動し、協力し合い、繁栄するには、法、公共機関、慣習、伝統、国家、宗教などの組織や制度による抑制が必要だと考えている。この「抑制が必要」とする見方をとる人々は、これらの「心の外部にある」調整装置の健全性や完全性に関心を抱いている。それがなければ、人々はだまし合いを始め、利己的に振る舞うようになるので、社会関係資本は急速に失われていくと考えるのだ。(P447)

 小さく閉鎖的で、かつ道徳的に均質な環境は、共同体道徳資本を増加させる条件の一つである。しかしそれは必ずしも、小さな町や島が快適に住める場所であることを意味するわけではない。多くの人々にとって、多様性と喧騒に満ちた大都市は、より創造的で魅力的な場所でもある。それは一種の交換条件なのだ。多様性と創造性のために道徳資本をいくらかでも犠牲にするかどうかは、経験への開放性、脅威への度合いなど、その人の性格に関する脳の設定にも依存する。通常大都市には、田舎よりもはるかに多くのリベラルが住む理由の一つも、ここにある。(P448)

 道徳資本とは、進化のプロセスを通して獲得された諸々の心理的メカニズムとうまく調和し、利己主義を抑制もしくは統制して協力関係の構築を可能にする、一連の価値観、美徳規範実践アイデンティティ、制度、テクノロジーの組み合わせを、一つの共同体が保持する程度のことである。(P448)

 社会や組織を変革する際、その変化が道徳資本にもたらす影響を考慮に入れなければ、やがてさまざまな問題が生じるのは明らかだ。これこそまさに、リベラルの抱える根本的な盲点だと私は考えている。(中略)自由と機会均等の実現に大きな役割を果たしてきたリベラリズムが、統治の哲学としては不十分な理由を説明する。つまりリベラリズムは、ときに行き過ぎてあまりにも性急に多くのものごとを変えようとし、気づかぬうちに道徳資本の蓄えを食いつぶしてしまうのだ。それに対し、保守主義者は道徳資本の維持には長けているが、ある種の犠牲者の存在に気づかず、大企業や権力者による搾取に歯止めをかけようとしない。また、制度は時の経過につれて更新する必要があることに気づかない場合が多い。(P450)

 健全な政治を行うためには、秩序や安定性を標榜する政党と、進歩や改革を説く政党の両方が必要だ。(中略)いかなる共同体も、一方では厳しすぎる規律や、伝統に対する過剰な尊重によって生じる硬直化の可能性、他方では相互協力を阻害する利己主義個人主義の発達によって起こる社会の解体や、侵略主義的な他国への服従の可能性という二つの相反する危険にさらされている。(中略)公共政策は両陣営から洞察を引き出してこそ真の改善が図れる。(P452)


  • よりよい政治のために

 リバタリアンは、ときに社会的な面ではリベラルで(セックスや麻薬などのプライベートな領域に関しては個人自由を強調する)、経済的な面においては保守的(自由市場を擁護する)と言われているが、そんな状況からも、アメリカでのこれらの用語の使用が、いかに混乱しているかがわかる。(P460)

 マニ教(この世は光:絶対善と闇:絶対悪のせめぎ合いと説き、一神教の西洋思想に大きな影響を及ぼした)の観点から政治をとらえれば、妥協は罪になる。神と悪魔は超党派宣言などしないし、私たちもそうしてはならないとされている。(P475)

 この傾向を逆転させる可能性を持ついくつかの要因も学んだ。(中略)一九九五年に始まった変化に関する次のような話だ。(中略)ワシントンに集まる大勢の共和党議員に、家族を地元に残してくるよう促した。それ以前は、両党の議員は週末には同じイベントに参加し、配偶者たちは友人同士になり、子どもたちは同じスポーツチームに所属していた。(中略)つまり両党間の交流はなくなり、マニ教的な二極化焦土作戦のような政治が蔓延し始めたのだ。(P476)

 あなたがよその集団を理解したいのなら、彼らが神聖視しているものを追うとよい。まずは六つの道徳基盤を考慮し、議論のなかでどの基盤が大きなウエイトを占めているかを考えてみよう。(中略)他集団のメンバーと、少なくとも何か一つのものごとに関して交流を持てば、彼らの意見にもっと耳を傾けられるようになり、もしかすると集団間の争点を新たな光のもとで見られるようになるかもしれない。(P478)


  • よりよい政治のために・まとめ

 ひとたび何らかの政治グループに参加すると(中略)自グループの道徳マトリックスの外側から議論を仕掛けられても、自分の間違いを認めることはまずない。

 リベラルは<忠誠><権威><神聖>の三つの基盤がなぜ道徳と関係し得るのかを理解していないことが多く、したがって彼らが保守主義者を理解するのは、その逆のケースより難しい。(P479)

 リベラル保守主義は陰と陽の関係にある。(中略)両者とも「健全な政治に必要な要素」だ。リベラルはケアの専門家であり、既存の社会システムのゆがみのゆえに生まれた犠牲者を巧みに見分け、状況の改善を求めてたゆまず私たちに働きかける。(中略)この道徳マトリックスは、健全な社会にとって何よりも大切な次の二点の理解へとリベラルを導く。

1)政府は企業という超個体を抑制する能力を持つ。そして実際に企業の暴走に歯止めをかけるべきである。

2)大きな問題には、規制によって解決できるものもある。

 その一方、(自由を神聖視する)リバタリアンと(特定の制度や伝統を神聖視する)社会保守主義者は、二〇世紀前半以来欧米で大きな影響力を持ってきたリベラルの改革運動に対し、釣り合いをとる役割を果たしている。また、(少なくとも「外部性:当該の取引を承認していない第三者が、それによって受ける損失(や利益)」の押しつけなどの問題が解決されれば)市場は奇跡的な仕組みであると主張するリバタリアンと、コロニーの破壊によってミツバチを手助けすることはできないと考える社会保守主義者は正しい。(P479)


  • 結論

 本書では、なぜ人々は政治や宗教をめぐって対立するのかを考察してきた。その答えは、「善人と悪人がいるから」というマニ教的なものではなく、「私たちの心は、自集団に資する正義を志向するよう設計されているから」である。直観戦略的な思考を衝き動かす。これが私たち人間の本性だ。この事実は、自分たちと異なる道徳マトリックス(それは通常六つの道徳基盤の異なる組み合わせで構成される)のもとで生きている人々と理解し合うことを、不可能とは言わずとも恐ろしく困難にしている。

 したがって、異なる道徳マトリックスを持つ人と出会ったなら、次のことを心がけるようにしよう。即断してはならない。いくつかの共通点を見つけるか、あるいはそれ以外の方法でわずかでも信頼関係を築けるまでは、道徳の話を持ち出さないようにしよう。また、持ち出すときには、相手に対する称賛の気持ちや誠実な関心の表明を忘れないようにしよう。(P485)

道徳基盤理論:モラル・ファンデーションについては、こちらの本に日本語での詳しい説明がありますので、ご興味があれば合わせてどうぞ。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/sensism/20171105

2017-09-10 地を這う哲学者

社会的合意形成のプロジェクトマネジメント/わがまち再生プロジェクト

| 15:58 | 社会的合意形成のプロジェクトマネジメント/わがまち再生プロジェクトを含むブックマーク 社会的合意形成のプロジェクトマネジメント/わがまち再生プロジェクトのブックマークコメント

 f:id:sensism:20170910155146j:image

段取りとは、もともと歌舞伎のことばで、終幕に至る筋立てである。段というのは、いわばステージであり、複数のステージを踏みながら、ドラマが進行するように、プロジェクトの段取りをつけて、これを一つひとつ実行してゆくのである。(わがまち再生プロジェクトP84)

 プロジェクトマネジメントスキルは非常に有益だが、万能ではない。変動性の高い「人」の要因が極めて大きくて、ピンチを招くか救うかはメンバーのパフォーマンスに大きく左右される。ロジカルな知識体系でありながら、プロジェクトマネージャーの「人間性」が公然と問われるのは、関係者からの信任なしにはノウハウが成立しないことを意味している。

 加えて、いくらマネージャーが人心を掌握していても、管轄外から及ぼされる「外乱」の影響がとにかく大きい。PMBOKで「ステークホルダーマネジメント」が知識エリアに格上げされたことから分かるように、経営陣など上層部や発注先を含めた利害関係者の(人間関係も含めた)掌握も、プロジェクトマネージャーの重要な役割になっている。

 しかし、現場の最前線では案外このあたりが軽視されている。プロジェクトマネージャーの業務タスクは多く、コミュニケーションに割けるリソースの限界もあって、気づいた時に関係者の意識に大きな温度差が生じている場合も少なくない。

 コミュニケーションに時間と労力を割いて、ステークホルダーやプロジェクトメンバーを充分にケアしながら進められたら・・・という願望に、有益な示唆をくれる取り組みがあった。例え「理想」と言われようとも、こういった知見は大切にしたい。

(社会的合意形成の定義)

多様な意見を持つ人びとの存在を承認し、それぞれの意見とその理由を解明・共有することで対立の構造を捉え、工夫をこらした話し合いにもとづく恊働的・創造的な努力を通して解決策を見出し、決断へと至るプロセスのデザインとそのマネジメント

(わがまち再生プロジェクトP87)

 哲学者である桑子敏雄先生は、各地でまちづくりなどの公共事業にコーディネータとして参画した多くの経験から「社会的合意形成」をマネジメントするノウハウをまとめられた。地域の歴史を踏まえて不特定多数の関係者を「合意形成」するプロセスは、ビジネスの現場における「合意形成」とは全く異質なものに感じられるかもしれない。しかし、よくよく考えてみると「ステークホルダーマネジメント」の本質と共通していることに気づかされる。

 プロマネスキル知識体系を用いた「理論的なアプローチ」に行き詰まったら、是非この2冊を手に取ってもらいたい。やはり万能薬ではないが、炎上の予防策や対症療法の引き出しが数多く手に入るはずだ。

社会的合意形成のプロジェクトマネジメント

社会的合意形成のプロジェクトマネジメント

わがまち再生プロジェクト

わがまち再生プロジェクト

 この2冊は、行動基準となるマニュアルと、実践したプロジェクトのエピソード集のような関係にある。

「社会的合意形成プロジェクトマネジメント」の記述は退屈に感じられるかもしれないが、経験を積まれた方は普遍的ノウハウに共感できるはずだ。特に、9章の「リスクマネジメント」に至っては、あんな地雷こんな地雷がこれでもか!と列記されており、桑子先生の歴戦の数々が目に浮かぶ。当事者意識に欠けていたら、このようなリストはつくれるはずがない。(これを周知するだけでも、相当な抑止力?が期待できそうな劇薬である!)

「わがまち再生プロジェクト」は実践を通じて考察した哲学的な理論と、8つのプロジェクトの振り返りで構成されている。公共工事の裏で繰り広げられたエピソードは、人間味の溢れるドキュメンタリーとしても興味深く読みやすいので、こちらから目を通すことをお薦めしたい。

 尚、個人的には桑子先生が提唱される「コンセンサス・コーディネータ」という役職がポイントになると感じた。

多様な人びとの多様な意見をまとめるコーディネータが求められる。わたしは、これを「コンセンサス・コーディネータ」と呼びたいと思っている。

(わがまち再生プロジェクトP88)

 例えば公共工事で考えると、工事の関係者が地域住民の意見を取りまとめるような場合、直接的な利害関係が伴うため、草案を強引に押し通すようなアプローチにならざるを得ない。これでは地域住民の反発は必至で、双方の対立を招く。

意見の理由どうしの関係を構造化して理解することをコンフリクトアセスメントという。コンフリクトとは対立紛争である。コンフリクトアセスメントとは、対立紛争の構造を把握することである。この作業合意形成の重要なステップである。

(わがまち再生プロジェクトP41)

 ビジネスの現場においても「コンセンサス・コーディネート」の重要性を再認識して、案件の規模によっては作業進捗管理と別に調整役を立てるか、責任者が自覚を持ってその役割でリーダーシップを発揮する必要がある。(そう考えて振り返ってみると、過去にうまくいったプロジェクトではそれに近いフォーメーションで関係者が助け合っていた。うまく行かなかったプロジェクトは、そもそもステークホルダー間の合意形成が十分でなく、そのしわ寄せが現場に及んでプロマネスケープゴートにされていた気がする)

 桑子先生がまとめられた「ふるさと見分け、ふるさと磨き」は、用語や表現は違うもののビジネスの成立に不可欠な背景が網羅されている。お隣の国などは強制移転に近い用地取得を強行したりするが、こういった配慮(根回し?)の欠如から後のトラブルに発展する可能性は膨らむ。感覚的には分かっていたことだが、こうしてまとめて頂くと理屈として理解が深まる。

ふるさと見分け、ふるさと磨き

1.空間のトライアングル=地域空間の独自性を見出すための方法(1)空間の構造(2)空間の履歴(3)人びとの関心と懸念

2.選択のトライアングル=人の生き方と選択を考えるための方法(1)所与(2)遭遇(3)選択

3.価値のトライアングル=わがまち再生の理想を掲げて実現するための方法(1)理念(2)制度(3)意思決定

4.合意形成トライアングル=市民、専門家行政が連携して、具体的に行動するための方法(1)市民(2)専門家(3)事業主体(行政

5.社会的合意形成プロジェクトマネジメント=四つのトライアングルを踏まえて、プロジェクト・チームが参加型のまちづくりプロジェクトを現実に実行する方法

(わがまち再生プロジェクトP4)

 TOCの思考ツールに「対立解消図」があるが、このテーブルで議論ができる状態ならば、そもそも大きな問題は生じないという逆説的なジレンマがある。現実的には、ロジカルな議論が好きではない人の土俵に上がっていかなければならない。本来、文系の強みはその領域の調整能力にあるはずだが、自部門や個人の利害に囚われるあまり、逆に「調整される側」になっているケースが少なくない気がする。

 やはり、機能としての「調整役」の【承認】が大きなポイントで、プロジェクトマネジメントの勝敗は序盤で決するという想いが更に強くなった。この【承認】は、ビジネスや組織運営を上層部がどう考えているかの経営哲学にも及ぶ。プロジェクトマネージャーに求められる「人間力」が、結局は上層部にも求められるという当たり前すぎる前提が導き出されてしまった・・・。

※余談だが、2000年頃に関心を持った「感性工学」の関係者として、よくお名前を目にしていた桑子先生の「感性の哲学」を読んでいた。当時は抽象的な概念を消化できず、自分の課題とも距離を感じた記憶があるが、近年になって自分が抱えたコンフリクト解決を探る中で、発売された直後の上記2冊がネット検索に現れて思わぬ再会を果たした。ここ数年の東工大での活動などを知って、すっかり「地を這う哲学者」のファンになってしまった。

 地を這う哲学者 桑子敏雄|日経コンストラクション

 プロジェクト・マネジメントの手法で合意形成を確かなものに

 「川」は誰のものだと思いますか?桑子先生に入門!「社会的合意形成」第1回

 「ヤマタノオロチ」を鎮めた対話集会「社会的合意形成」第2回

 徹底的に「建前」で議論せよ。しからば合意に至らん「社会的合意形成」第3回

 困ったら「神社」を探せ! 合意につながるカギがある「社会的合意形成」第4回

 原発問題の合意形成が至難である理由「社会的合意形成」第5回

感性の哲学 (NHKブックス)

感性の哲学 (NHKブックス)

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/sensism/20170910

2017-08-15 今年は雨の苗場

FUJI ROCK FES.2017

| 09:50 | FUJI ROCK FES.2017を含むブックマーク FUJI ROCK FES.2017のブックマークコメント

 f:id:sensism:20170730184749j:image

【前夜祭】2017.7.27 Thu.

 今年は(宿の関係で)はじめて前夜祭からの参加。少し早めに越後湯沢駅に到着して「爆弾おにぎり」を食べるのを楽しみに、ハラを空かせて出発・・・しかし、おにぎり屋さん17:30で営業終了していた・・・orz ← 事前に調べとけ。

 空腹のまま宿に寄ってから会場にゲートイン。人で溢れていたオアシスを一周して、最も惹かれたのが地味に「肉そば」これが胃の腑に沁み入る旨さだった。

 噂に聞いていた花火大会は思ったより規模が大きく、本格的で嬉しかった。ホットドック大食い大会を見ながら時間をつぶして、T字路sの出番を待つ。いつも以上に大きく見えるレッドマーキーのステージに登場したお二人、屈強なセキュリティーに守られながら演奏する晴れ姿に感涙。宿に戻ってからも調子に乗ってアルコール・・・これが運の尽き?

 花火で幕を開ける苗場の夏!  早食い  T字路s

 f:id:sensism:20170727230743j:image

【初日】2017.7.28 Fri.

 翌朝、起きたら身体中がむくんでいた・・・朝食を食べて、二度寝して昼過ぎまで動けず。会場入りしても、アバロンで爆睡。アルコールを控えて、2リットル入りペットボトルを持ち歩いて水を飲み続けたけれど調子は上がらず。ずっと雨に打たれ続けて、心まで折れそう。全く楽しめず引退の文字がアタマをよぎる・・・。

 アトミック・カフェ トーク アトミック・カフェ Number the.  the HIATUS  QUEENS OF THE STONE AGE GORILLAZ 

 富士映劇 THE TIMERS スペシャル・エディション

 f:id:sensism:20170728233124j:image

【二日目】2017.7.29 Sat.

 ピラミッドガーデンの朝ヨガに・・・とか言いながら、この日も昼過ぎまで動けず。思い当たる原因がひとつ。出発前夜に体調を整ようとヨガに行き、ふだんと違う時間帯の上級クラスでシャワールームにへたり込むくらい追い込んでしまった。空腹のまま前夜祭でアルコールをたくさん摂ったこともあり、身体に溜まった疲労物質が時間差でドッと出たのかも?徐々に復調。

 これまで機会がなくて生で観たことがなかったCocco、雨の降る中で聴くRainingに鳥肌が立った。派手な演出は何ひとつないのに釘付け。ヒット曲のオンパレードだったのもあるかもしれないが、そんな思い入れレベルの問題ではなく、彼女の存在感にただただ圧倒された。

 クリスタルパレスでのT字路s登場待ちで流れていたBGM、中国語のレトロなダンスミュージックみたいなのがとても良くて気に入ったけれど、どうすれば音源に辿り着けるだろう?録音しとけば良かった。

 f:id:sensism:20170730014307j:image

 Cocco never young beach TRIPLE KING (王様) ELVIN BISHOP ホワイトステージ決壊!?オザケン開演時に巻き込まれて決壊したパーテーションを突き破って脱出 APHEX TWIN MONDO GROSSO MORE THE MAN T字路s 

 f:id:sensism:20170730024815j:image

【三日目】2017.7.30 Sun.

 やっと調子が出てきたら最終日・・・今年は(今年も?)しくじったなあ、と反省しながらも、アルコールを控えめにした分、食生活を楽しめた。前半の記憶が乏しく、最終日を迎えてもやや物足りなさがあったが、終盤のラインナップで大きな感動が待っていた!

「RED:THE STRYPES→GREEN:BJÖRK→RED:水曜日のカンパネラ」この流れ。期待以上の興奮と多くの刺激で完全にチャラ。今年も良いフジロックになった。BJÖRKで花火が上がった瞬間「あれはオレのチケット代だ!」と確信した。

 T字路s LOVE PSYCHEDELICO SLOWDIVE YUKI THE STRYPES BJÖRK 水曜日のカンパネラ 

 f:id:sensism:20170728141751j:image

食レポ】 カンパーニュのバター&はちみつ クアトロ・フォルマッジ 湘南しらすユッケ丼 森のガパオ おにぎり  →instagramにまとめたよ

 f:id:sensism:20170730143012j:image

【総括】

 今年は、昔から知っていながらこれまで機会がなく、はじめて見たアーチストが多かった。Cocoo、YUKI、・・・あと王様とかw 外タレのほとんどがそうだけど、これだけ多くのバンド・アーティストのライブを個別に見に行くことは(自分には)時間的にも経済的にも無理。これがフェスの利点。

 スモーク焚いてレーザー光線ガンガンみたいなの、無機質に感じられて自分には全く響かないですが、GREENSTAGEが人で溢れて盛り上がっている様子などを見ると、自分の趣向のマイノリティーさを自覚できて、他人に寛容になれるのでよろしい。ただ、現在のトレンド、新しい表現の方向性がそっち系かと一抹の淋しさは感じるわけですが、そういう中で林家パー子みたいな格好のBJÖRKから受け取ったメッセージに、なんだかスイッチ入っちゃった。生で見るのは今回で3度目だけど、過去最高の衝撃だったかも。テクノロジーを活用しながらも生命感の溢れる演出は、唯一無二の圧倒的な存在感だった。ARIGATTO!

 演奏テクニックのガチ勝負でありながら、そこで様々な工夫を見せるTHE STRYPESに「まだ若いのに」とw感心させられた後、BJÖRKの延髄斬りをくらって、締めは「水曜日のカンパネラ」。手作り感の溢れる照明にはじめは嫌な予感すらしたけれど・・・あんなレッドマーキーの使い方があるとは。はじめて来た頃の感動が薄れて、知らず知らずに抱きつつあった固定観念、マンネリが木っ端みじん。素晴らしかった。恐れ入りました。フジロック万歳!!

 f:id:sensism:20170729000551j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/sensism/20170815

2017-07-17 ロバート・ライシュ「最後の資本主義」

みんなのための資本論

| 00:57 | みんなのための資本論を含むブックマーク みんなのための資本論のブックマークコメント

 f:id:sensism:20170718004238j:image

 ビル・クリントン政権で労働長官を努めた経済学者ロバート・ライシュの著書。

 この世のどこかに「自由市場」という概念が存在しており、そこに政府が「介入する」のだ、という考え方ほど人々の判断力を鈍らせるものはない。(P3)

 富裕層大企業が多額の費用を使ってロビー活動政治献金を行うことで、アメリカ社会は彼らに有利な政策になってきた・・・以前、映画館で観たドキュメンタリー『みんなのための資本論』とほぼ主張は同じだったので、労せず流し読み感覚で読了できました。

 映像で解説してもらった方が圧倒的に効率良く頭に入ったので、人に薦めるとしたらそちらなのですが、この映画、いつまで経ってもDVD化されませんね。

 『みんなのための資本論』公式サイト

  D

 今回の著作では、最後に具体的な解決策として「ベーシックインカム」にも触れられていますが、唐突且つ消化不良な印象を受けました。ライシュ先生の人柄は好きだし、現状に至るまでの解説も分かりやすくて良いのですが、どこか結論への道筋が釈然としません。これは前述の映画の感想も同様でした。

 現状の資本主義の歪み(みたいなもの)をしっかりと認識させてもらえたことへの感謝はあるのですが、だからといって「真面目に働いても無駄」と被害者意識を煽るようなアプローチは個人的にあまり好きではありません。(ロバート・ライシュが直接的にそう煽っているわけではないので念のため)

 何か政治的な革命が必要、と感じた米国社会がトランプ大統領を生んだと思いますが、社会制度の改革には長い時間も掛かれば大きな反動もあります。その成就を見届けるには人生はあまりにも短い・・・と感じるようになったのは残り時間が減ってきたからなのか自己矛盾も感じていますが・・・現在の「歪んだ資本主義」の荒波の中で「うまいことやって」個々人が幸せになれるように知恵を絞る努力こそが「一隅を照らす」ではないかと、自分の信念を自覚した次第です。

暴走する資本主義

暴走する資本主義

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/sensism/20170717

2017-05-29 岩井克人著「経済学の宇宙」

神の見えざる手を見る

| 01:54 | 神の見えざる手を見るを含むブックマーク 神の見えざる手を見るのブックマークコメント

 学者の名前や経済理論などの固有名詞がたくさん出てきたが、いちいち調べずスルーしながら読んだ。それでも言わんとすることを受け止めて、途中で挫折せずに読み通すことができたのは、圧倒的に内容が面白かったからである。

 f:id:sensism:20170524233020j:image

 生い立ちから学問を志すまでのエピソードを通じて岩井先生のパーソナリティーに愛着を抱くと、好奇心の赴くまま国内外で研究の道を進む人生が冒険のように楽しめる。もちろん、高い能力があって切り拓かれていく道だが、ご自身の感性に正直に、空気を読まなさすぎ?と思えるくらい処世術と無縁の生き方を選ぶ。主流派に異を唱えて苦労されたようだが、「見えざる手を見る」思考実験から不均衡動学に辿り着いた経済学者として異端(らしい)な観点は、逆に常識的で身近に感じられた。

 それはきっと「作家になるか科学者になるか迷った挙げ句、双方できそうな経済学を選んだ」そもそもの立ち位置、有り余る教養のなせる業かもしれない。文学や自然からヒントを得て素朴な疑問を抱く感性と共に、前提を疑って深く突き詰める姿勢、批判を厭わない骨太さは自覚のないまま既存のヒエラルキーとの軋轢を生む。多くの研究者学会の権威からの評価を意識して、定説を覆すアプローチを試みる者が脅威となり邪道とされるのは、何も経済学に限った話ではないだろう。思わぬ分野でピュアなアウトサイダーに出逢ってしまった。

 たまたま目を通した書評から「読まねば」と強く感じた本だが、それまで岩井先生のことはよく存じなかった。難しい数式が出てきたら拒絶反応だっただろうから、これまで最も縁遠かった分野を浅くでも広く見通せたことには感謝しかない。しかし、まさか東大名誉教授の経済学の本を読むことになるとは・・・そして、経済に対する固定観念を覆したくて読んだのに、資本主義とは、会社とは・・・と岩井先生の視点を借りて見つめ直すうちに、信任や倫理といったテーマになってしまい、ふりだしに戻って途方に暮れている。。

 一方では、量子力学複雑系などへの言及があり、別軸で読んでいた本とシンクロして個人的に非常に興奮してしまった!!別々の井戸を掘っていたら、同じ水脈に辿り着いた感じだ。経済理論については半分も理解できていないが、理解度に応じて新たな発見ができる、そんな可能性を感じさせてくれる。手元に置いて、思いついた時に消化不良だった部分を読み返していきたい。

 あぁ、しかし。ようやく、経済について自分なりの観点を持てるようになってきた。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/sensism/20170529