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1998-10-15

『わたしの出会った子どもたち』灰谷健次郎


生き生きと躍り、飛び交う光の詩(うた)


 14年前にこの本と出会った。今再び読み返し、所感を記そうとするとペンが中々定まらない。本の中に登場する数多(あまた)の『子どもたち』が、私の安直な言葉を許さないからだ。文章を飾ろうとすると「嘘をつくな!」と少年の叫び声がし、好い加減な気持ちで原稿に向かうと、少女の涙が私の動作にブレーキをかける。


 作者は辛酸を舐め続けて来た半生を振り返り、子どもたちの詩を添え、その優しい心に救いを求める。散りばめられた詩の数々は感動を誘わずにはおかない。平易な言葉で紡ぎ出される真実に、誰もが圧倒され、息苦しさすら覚えるのではないだろうか。


 例えば「チューインガム一つ」という少女の詩。小学3年生のこの子が1年生の子を唆(そそのか)し、チューインガムを万引きさせるがバレてしまう。少女は「一年生の子がとった」と事実を記したあとで


 でも わたしがわるい/その子の百ばいも千ばいもわるい/わるい/わるい/わるい


 と続ける。悲しむ母親に折檻され、家から叩き出される。


 いつでもいくこえんにいったら/よその国へいったみたいな気がしたよ せんせい


 懺悔の叫びは、悪を正確に捉える善良な心から発せられる。過ちに気づいた時、見慣れた世界からも拒絶された自分がそこにいた。


 小さな悪を厳しく見つめる少女の濡れた瞳は、小さな悪と妥協し迎合してしまう大人の日常茶飯の行為を見つめ返す。これは最早、子どもの言葉ではない。“人間の言葉”だ。


 更に、関西弁がもつストレートな感情表現によって言葉は一層、率直の加速度を増す。


 灰谷氏が小学校を去った時、それを聞いた子どもたちが「そんな殺生な」と叫んだという。私は思わず笑い、泣けてきた。大好きな先生を奪われた子どもの心情をこれほど見事に言い当てた言葉を私は知らない。


 もう一つ傑作を。「先生」という詩。


 おれ/もう先生きらいじゃ/おれ/きょう 目だまがとびでるぐらい/はらがたったぞ/おれ/となりの子に/しんせつにおしえてやっていたんやぞ/おれ/よそみなんかしていなかったぞ/先生でも手ついてあやまれ/「しんじちゃん かんにんしてください」/といってあやまれ


 芸術家の岡本太郎が「この子どもの怒りを、美しさとしてとらえることができる人がいますか?」と言ったそうである。


 これが小学2年生の詩というのだから驚く。この子には「目だまがとびでるぐらい」の正義感が備わっている。これっぽっちも畏れるところがない。怒りは正義感から生まれる。怒ることを忘れた我々大人どもは、正義感すらなくしてしまったのかも知れない。


 この本によって私は林竹二を知った。


 学んだことのたった一つの証は変わることである。


 こんにちの子どもの不幸は、先生がたが自ら変わろうとしないで、子どもに変わることだけを要求するところにあるのではないでしょうか。


 教育現場での格闘の果てから発せられる言葉の重みは計り知れない。


 灰谷健次郎の誠実さは、自分の人生の100パーセントを子どもに捧げているところにあると思う。写真週刊誌『フォーカス』(新潮社)が、神戸小六殺害事件の容疑者とされた少年の顔写真を掲載した時も、真っ先に抗議の声を発した。灰谷氏は一歩も退かず、遂には新潮社と出版契約を解消するに至った。こうした行動も、子どもを思う止(や)むに止まれぬ感情の発露であろう。


 この人は多分、子どもから「先生!」と呼ばれる刹那に得もいわれぬ至福を感ずる人に違いない。

わたしの出会った子どもたち

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