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1999-03-19

『誰も書かなかった灰かぶり姫の瞳』梁瀬光世


童話に託された英知をすくい取る


 サブタイトルが「25の童話の驚くべき真相」。最近この手の本が随分と流行っているようだが世紀末現象の一つであろうか。25の童話を通し、なぜ曲解さたのか、作者が伝えたかった本質は何なのかが、短いが丹念な文章で書かれている。この本で紹介されている物語の大半は、幼い頃に誰もが聞かされたり読んだりしたものだろう。時代や国境を越えて語り継がれるだけの智慧が童話には秘められている。それにしても、私が聞かされた話がこれほど情報操作されているものだったとは知らなかった。例えば『アリとキリギリス』。ギリシャ原典の古代寓話では『アリとセミ』が正しく、「夏の間歌ったなら、冬の間踊りなさい」というのが本当の結末とのこと。『白雪姫』の最後は、王子様に結婚を申し込まれてめでたしめでたし、ではなかった。白雪姫は名を伏せて、母親であるお妃を結婚式に招待し、真っ赤に焼けた鉄の靴を無理矢理はかせ処刑をする、という残酷な復讐劇になっているそうだ。著者は丁寧に童話の意図するところをすくいとり「白雪姫の物語は少女期特有の虚栄心と残酷性をテーマとし、それを被害妄想にまで膨らましてストーリーに仕上げたものだといえます」と解説する。


 わかりやすい文章と人間の心理を巧みに突いた解説は、軽い推理小説を読んでいるような気にさせられる。「ふーん」「へーっ」「ほーっ」「なるほど」というリズムが小気味良い。ちょっとした余技にこういう話ができると株が上がるかもしれない。


 こうした童話が生き生きと語られていた頃は、何の説明も必要としなかったに違いない。ある種の人間学として語り継がれていったことだろう。直接的などぎつい内容が、幼い心に世界観の原形を形成したに違いない。あとがきによれば「童話というものは、もともと魔術のようなものであった、ただしくは、宇宙や生命の隠されたいとなみについての、創造的な科学技術であった、という視点」を持ち「たいせつなのは、この宇宙的事実をしっかりとふまえ、その流れのなかの法則をしっかりつかみ、そして日々活用しいくことです」と著者は静かに語りかける。


 感受性の乏しい子供がありのままの物語を聞いても、何も感じないかも知れない。あるいは、表面的な残酷さを真に受け、空恐ろしい空想に発展するかも知れない。現代の子供達であれば、そうか、その手があったのかと血で血を洗う惨劇に発展しそうだ。童話がアニメーションにとって変わり、印象深い倫理性よりも短絡的なストーリーが求められる時代となってしまった。ものの豊かさは、人間から「語り」という行為を奪い取ったのかも知れない。家事・育児に束縛感を抱く母親がカルチャークラブに通い、エステティックサロンに足を運ぶ一方で、テレビと向かい合う寡黙な子供の姿が目に浮かぶ。疲れ切った表情で、うつむき加減のままテレビに見入る子供の心の底で、悪意と怒りがたぎり始める様相が迫ってくる。


 子供を大人と対立するものとする見方が、童話の変質を支えてきたのではないか。そうした思考による手加減が子供を脆弱にしてしまったと言えば言い過ぎだろうか。人間性なんてそんなに変わるものではないと思っていたが、どうやら年数を勘定できるようになってから2000年になろうとするところで、その質は激しく劣ったものに変質してきたのではないか。訓戒を込めた童話よりも現実の方がはるかにグロテスクで残忍なものになってしまった。童話を聞かずして育った子供達が、ちょとしたキッカケですぐにキレルようになり、カウンセリングを受けるのが当たり前の光景となった昨今である。童話が心理学にとって変わった。時代変遷を解くカギがここにある。価値観の多様化にかまけ、自由と放縦をはき違えた結果、共通の道徳・公共性が著しく欠如してきている。稀薄になった関係性が人間を軽い存在にしている。拠って立つものを喪失した自分が透明な存在になりつつある。閉塞的な社会が人生の選択肢を驚くほど狭いものにしてしまっている。病んだ心を精神病理学によって分析するはるか以前に、躍動する子供の心を育むために、生き生きと物語る親の存在が求められている。


 童話と心理学との落差を思う。理詰めの知識に欠如しているものは何か──それは物語性と詩心だ。


 人間を見据えた庶民の智慧が瑞々しく語り継がれるとき、キレる子供達の顔に微笑が取り戻せるに違いない。


誰も書かなかった灰かぶり姫(シンデレラ)の瞳―25の童話の驚くべき真相 (幻冬舎文庫)

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