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1999-10-30

『A型の女』マイクル・Z・リューイン:石田善彦訳


 全く酷いものだ。映画や書物につける邦訳タイトルの拙劣さは、これまでにも数多く指摘されてきたが、これなんぞもその最たるものだろう。更なる悲劇が文庫本の表紙を襲う。アメリカあたりの4コマ漫画から取ってきたような淡い色調のカットが、控えめに中央に配されている。購入してから数年間、手をつけなかったのもそのせいだ。実に不運な本と言わざるを得ない。だが、中身は違う。「ボロは着てても心は錦」といったところだ。


 私は、宮部みゆきと相性が悪い。もちろん彼女に罪はない。そのことについて彼女と話し合ったこともない(当たり前だ!)。彼女の著作は『本所深川ふしぎ草紙』(新潮文庫)しか読んだことがない。この本の解説で池上冬樹が10ページにわたって宮部を絶賛している。「池上君サヨウナラ……」一読後、私は池上に別れを告げた。そんな経緯(いきさつ)があっただけに、本書の解説で池上の名前を見つけた時に「マズイ」とうろたえたのは確かだ。その上、彼が「3回読んだが、3回とも泣いてしまった」と書くに至っては「その手に乗るものか!」と固く身構えた。だが、数ページ読む内に私の杞憂は霧散した。「池上君、過去のことは水に流そう」穏やかな気持ちになって私は呟いた。


 昼食後に、重大な決断が待っていた──オフィスで読書するか、居間に残って読書するか、についての。


 この書き出しである。これはもう、ジャブを超えてショート・フックになっている。足に来るほど効いてしまった。《アルバート・サムスン》シリーズの幕開けだ。


 閑古鳥が鳴くサムスンの事務所に若い依頼人が訪れる。エロイーズと名乗った女性は16歳だと告げた。依頼内容は、自分の本当の父親を捜して欲しいとのことだった。未成年者の依頼に迷ったもののサムスンは調査を開始する。少女は富豪の娘だった。


 物語はサムスンの魅力的なキャラクターに率いられ静かに進む。軽口を叩くところなどはロバート・B・パーカーが描くスペンサーを思わせる。だが、決定的に違う点がある。サムスンは「拳銃が怖いから、簡単に怖気づく」ような探偵だった。この男は抜きん出た身体能力を持ち合わせていない。子供を喜ばせるスーパー・ヒーローではないのだ。ネオ・ハードボイルドにおけるアンチ・ヒーロー像の詳細については解説に譲ろう。


 サムスンの魅力を一言で表すならば《自分で自分を支配するタフな精神の持ち主》とでも言えようか。物事を選択する際の執着などはそれをコミカルに象徴している。


 早い昼食をとってひと休みするか、それとももう少し情報を集める仕事を続けるか、決めなければならなかった。


 昼食には、質と便利さのどちらかをえらばなければならなかった。


 問題は、(ネガの)焼付けを朝食前にするか、あとにするかだ。


 こうした些事への固執は、自分の意志に基づく選択によって、人生をコントロールしていることを確認する作業なのだろう。私も時たまやっている。余談になるが、心理学では、極限状況・危機的状況に陥った場合に、自分をコントロールしている自覚がある人は、ストレスが大きく軽減されるという。戦争捕虜や長期間にわたる人質となった人々の証言によれば、習慣化した行為の反復や、敵の要求を拒否することなどが、極めて効果的だという(ジュリアス・シーガル著『生きぬく力逆境と試練を乗り越えた勝利者たち日本実業出版社)。


 エロイーズの父親の事務所に侵入したサムスンが、警官に取り押さえられ留置場送りとなる。その後、足が着いてしまったサムスンはエロイーズの両親と直接話し合う。事実を娘の前で打ち明けた父親はゴシップを恐れ、5万ドルの小切手をサムスンに手渡し示談を持ちかける。エロイーズもこれに同意する。高額な小切手をポケットに入れたままサムスンの心は揺れる。


 銀行に行くのを邪魔していたのは、職業的な誇りが傷つけられるという気持ちだった。

 わたしは、人生に偽りの誇りを持たないようにしている。しかし、わたしは7年かけてこの仕事の基礎を築いている。こつこつ働くだけであまり金にならない仕事だが、やりたくないことはやらないできた。だから、だれかが割りこんできて、そんなことをさせようとしたら、それを麦芽入りココアのように黙ってのむわけにはいかない。


 サムスンは納得のゆくまで単独で調査を続けることを決心する。


 もつれ合った事実の糸が少しずつほぐれてきた頃、調査が続けられていることを知ったエロイーズが事務所を訪れる。


「なぜこんなことをしているの?」

「嘘をつかれるのが嫌いだからだ」


 ここにタフな男の真骨頂がある。単純であっても、自分が決めたルールは死守する。そのためであれば損得勘定も無視する。それは、決して上手な生き方とは言えないだろう。だが、失ってはならない何かを堅持することから誇りは生まれるのだ。


 解説に「暴力嫌いの市井人」とのサムスン評があるが、これは厳密に言えば「暴力を振るう」ことを苦手としているのだ。留置場に入れられた際、特別に電話をする許可を得たサムスンが、部長刑事の目の前で電話を掛ける。サムスンはあろうことか終夜営業の店の番号を回し「『チキンの丸焼きと、フライド・ポテトを市の留置場へ配達してくれるかい? 名前はダック、D・ダックだ』」と告げる。怒り狂った部長刑事は手の甲でサムスンを殴りつける。「わたしは心のなかで笑いながら、通りを横切った」。ここには暴力を振るわれることへの臆病さは微塵もない。最終盤で怪我を負った後も、普通であれば抱くであろう恐怖感を感じさせない。


 ミステリであることを忘れてしまうほど、物語は静かに進む。サムスンの機知にたびたびニヤリとさせられながら。しかし、最終盤でアッと驚く急展開が炸裂する。それにしても1971年に発行された作品でありながら、いささかも古さを感じさせない。


 孤独な中年男性と孤独な少女が寄り添うラスト・シーンには、涙を禁じ得なかった。


 私が最近読んだものではドン・ウィンズロウ著『ストリート・キッズ』(創元推理文庫)、ジョン・ダニング著『死の蔵書』(ハヤカワ文庫)以来の秀逸なミステリだ。この秋、孤独の至福を味わいたい方は是非ご一読を。

A型の女

1999-10-29

『通りすぎた奴』眉村卓


 水の上へ右足を一歩踏み出す。その足が沈む前に左足を前に出す。更に、左足が沈まない内に右足を繰り出す。こうすれば水の上も歩けるだろう。観念論を嗤(わら)う喩(たと)えとしてよく用いられる話である。


 そう考えると人生とは、何を目指したかよりも、何を成し遂げたかに価値があるのかも知れない。だが、寝転がってお菓子を食べながら痩せる本を読んでいる、そんな生き方が実際には多くはないだろうか。願望は人一倍ありながら、はたまた、そのための知識を蓄えながらも全く進歩がない。そんな人をよく見かけはしないだろうか。あっ、いたいた、今、ディスプレイに向かってキーボードを叩いてるお前さんだよ。そう! 何を隠そうこの私がそうなんです。幼少の頃から、「歩く有言不実行」と母から罵られながらも今日(こんにち)までスクスクと育ったのでした。小学校高学年になると「ほら吹き童子」と言われ、中学になると「大風呂敷」と豊富な語彙(ごい)を巧みに使い回して、母は私をいたぶったのでした。その甲斐あってこんなに打たれ強い強靭な精神が涵養(かんよう)されるに至ったわけです(話を面白くするため、一部フィクションが含まれております。お願いだから信じちゃイヤよ!)。


『通りすぎた奴』(角川文庫)と題した眉村卓の短編集がある。タイトルになっている作品は30ページあまりの掌編だが、実に味わい深いSFに仕上がっている。


 未来社会の都市、それは超高層の巨大な建物の内部に存在した。ここでの主要な乗り物はエレベーターで、現代の鉄道と変わりはない。全階停止の無料エレベーターや有料特別シート、特急などがある。


 この都市を登りつめようとする「旅人」が現れる。最頂部は25130階。その男はゆっくりと自分のペースで、金がなくなると賃仕事をしては、また登る。疲れると階段でスケッチを描き、悠々と登り続ける。建物の中で生きる都市の人々は何の疑問も持たず、外部への憧憬を抱くこともなく平々凡々と暮らしていた。「旅人」は明らかに異質な存在だった。数年を経て「旅人」は最頂階に辿り着く。そこでは「旅人」は「聖者」と呼ばれていた。


「みんなが“聖者”と呼ぶ人を拝んで、おかしいかな? たしかにあの人は“聖者”じゃよ。歩いて最頂部へ行くなんて、ふつうの人間にはとてもできん。それとも何かね? あんた、できるかね?」

「いいや。しかし、その気になれば誰だって最頂部へ登るくらい──」

「無責任なことをいっちゃいけないよ。考えついたり真似ごとをしたるするのと、ほんとうにやり通すのとは全然違う。あの人はそれをやったのじゃ。あんたはやっとらん。わしもしとらん。そこがだいじじゃ」


 エレ弁(エレベーター弁当)売りのオヤジと主人公のこんなやりとりがある。若き心に鮮明に焼きつけられたシーンだ。


 物語は都市に住む無知な民衆の狂気によって、恐るべき展開を遂げる。最頂部で彼を待ち受けていた暗い深淵に読者は戦慄を憶えるだろう。


通りすぎた奴

1999-10-27

言いわけする哲学/『われ笑う、ゆえにわれあり』土屋賢二

    • 言いわけする哲学

 凄まじい哲学が誕生した。一言で言うならば「言いわけする哲学」! 鋭い弁解の数々は英知に裏づけられ、際限のない揚げ足取りを集中力が支える。不況に喘ぐ世紀末を生き抜く者にとっては必読の書と言えよう。抱腹絶倒間違いなし! とどまるところを知らぬユーモアが、技巧ではなく著者の人格に根差したものであることを証明している。このような偉大な教授を抱えているとは、お茶の水女子大学の学生諸君が羨ましい。


 それにしても凄い! 本を開くなり「献辞」から笑わせられる。次の「はじめに」まで読めば、既に本書を手放すことが困難になっているだろう。どんなに読書が苦手な方でもハマッテしまうことを私が断言する。


「今日からタバコをやめられる──でなくても禁煙をやめられる」に始まり、「愛ってなんぼのものであるか?〈懐疑主義的恋愛論〉」「洗濯の概念〈大きい顔をされないための概念分析〉」等々、18の文章で構成されているが、こうして目次を見るだけで、既に怪しげである。ムムッと妙な期待感がせり上がって来るでしょう? 土屋先生はその期待に120%応えてくれます。


 タバコの有益性を証明する根拠が10も挙げられている。その一番目が「タバコを50年吸い続けた人は少なくとも50年は確実に生きたはずである。ゆえにタバコを長期間吸えば吸うほど長生きする」というもので、これらが論破された場合の方法としては、


 手遅れの肺ガンにかかってしまう。こうなってしまえばもう恐いものなしである。論証のことは忘れて吸いたいだけ吸えるのだ。


 とアドバイスを怠らない。ここまでくると詭弁というよりは「喜弁」と表現していいんじゃないかしら? オチもなかなかひねりが効いていて、愛煙家にとっては痛快。


 続く「助手との対話」を爆笑の内に読み終え、この辺で誰もが「そろそろペースが落ちてくるかな?」とか「このパターンで最後まで行っちゃうのかな?」とそわそわすると思われる。確かに似た傾向がある作家を思えば、それはお笑い作家の運命(さだめ)とも言える。清水義範しかり、赤瀬川原平またしかりである。しかし、土屋はアプローチを変え、論理的な笑いに着手する。更に、突飛な例をあげつらうことによって恋愛という幻想にメスを入れる。吹き出すような笑いに支えられながらも、整合性を崩さないところはまるで大学教授のようだ。


 この調子でなんと最後まで突っ走ってしまう。「あなたも今日から老化が楽しめる」などは、赤瀬川原平の『老人力』より遙かに先んじて書かれたもので「さては赤瀬川め、パクりやがったな」と想像がつく。


 英米ではユーモア精神が高く評価されているが、ユーモア精神は最終的には、自分を笑うことができる能力、苦境に立たされても笑うことのできる能力のことであろう。つまり、不幸を笑いに変える能力のことであろう。


 これこそが土屋教授の真骨頂なのだろう。だが、ユーモアととるか、ただの悪ふざけととるかは分かれるところだ。


 豊かな発想、意表を衝いた視点は、笑いながらも見逃してはなるまい。何にもまして練られた文章が素晴らしい。最後に収められた「何も考えないで楽しく生きる方法」などはわかりやすい哲学入門とでも言うべき作品で、幾度も読み返す価値がある。笑い続けた後だけにスッと頭の中に染み込んでくる。笑いは緊張を解き、心を開かせる効用があることにハッとする。


 門下生の柴門ふみ(漫画家)による解説も心がこもっていて清々しい。

われ笑う、ゆえにわれあり

1999-10-26

『ドストエフスキー伝』アンリ・トロワイヤ/村上香住子訳


 ダラダラと無為な時間を過ごしている時に思い起こす話がある。


 それはかのドストエフスキーが銃殺刑に処せられようとした“あの瞬間”のエピソードだ。革命分子と目され逮捕。予想だにしなかった判決が下される。この時、ドストエフスキー27歳。処刑は3人ずつ行われ、彼は2回目に当たっていた。5分後には目の前の柱に自分の屍体が括(くく)りつけられているに違いない──。


 なにか不思議な感動がこみあげてくる。この貴重な5分間を無駄にしたくはない。最後に残された宝物のように、大切に使いたい。そのなかに含まれた芳香を味わい、永遠に闇の底に葬られる前に、底知れぬ生の歓喜を堪能したい! 彼はその残された時間を三つに振り分けた。2分間は瞑想に、2分間は友との別れに、そして残りの1分は、まだ彼が踏みとどまっているその世界に目を向けることにする。(212p)


 死がそこまで来ている。あと5分、わずか300秒。心臓の鼓動が終焉(しゅうえん)の時を刻む。この5分間に彼の人生の縮図があったと言えまいか。瞑想とは自己の裡(うち)に深く沈んで、宇宙をまさぐる行為。エゴから離れた清廉な心は友への感謝に満ち、最後の時間は、如何なる悲劇が襲いかかろうとも、それを真っ向から見据え、受け入れる準備があることを示している。


 突然体がしびれるような恐怖感がこみあげてくる。「もし死ななかったらどうするだろう? もしまた生きることができたら! それはなんという無限だろう! それは全部、自分のものなんだ! もしそうなったら、一瞬一瞬をまるで100年のごとく大切にして、なにひとつ失わず、どの瞬間だって、けっして浪費しないように使うようにしよう!」(『白痴』)


 土壇場で恩赦が下る。


 流刑、追放。体がしびれるようなよろこびが、胸の底からこみあげてくる。助かったんだ! あとのことはもうどうなってもいい! 20年後、彼は妻にこう語っている。

「あんな幸福だった日はこれまでになかったよ」(214p)


 絶体絶命の5分間が、歴史に名を残した偉大な作家を育てたのかも知れない。


 そんなことを考えながら更にボーッとしていたら、コーヒーを引っくり返してしまった。


ドストエフスキー伝

1999-10-25

『銀の匙』中勘助


 この本はまもなく読まれなくなるだろう。


 コルクの箱に収められた玩具の数々。幼い日の想い出をまざまざと蘇らせたであろう品々の中に銀の匙(さじ)があった。物語はこの銀の匙の想い出から紡ぎ出される。


 前編は、主人公の出生から10歳くらいまでが描かれ、後編は今の中学から高校くらいとおぼしき年齢になるまでが書かれている。どこにでも転がっているような日常生活が淡々と綴られる。大人に恐れおののく幼い心、竹馬(ちくば)の友ともじもじしながら出会った日、学校での出来事、異性を意識し激しく揺れる自我、成長してゆく少年はふとしたことでなぜかしら涙ぐんでしまう。と、別にどうってことのない話なのだが、滴(したた)り落ちてくるような懐かしさで心を満たしてくれる。私の幼い瞳も確かにそれを見た、そんな不思議な感興を誘う。


 この作品の前編は明治44年、著者が27歳の時に書かれたという。真っ先に夏目漱石が高く評価し、漱石の推薦によって東京朝日新聞に掲載された。和辻哲郎の解説によると「子供の世界の描写としては未曾有のものであること、またその描写がきれいで細かいこと、文章に非常な彫琢(ちょうたく)があるにかかわらず不思議なほど真実を傷つけていないこと、文章の響きがよいこと」などを漱石が賞賛したとのこと。


 私が生まれたのは昭和38年。半世紀を経ても尚、変わらぬ子供の世界。この作品に見られる童心の有様は、国を超えても理解されるのではないだろうか。新人類のハシリである私ですら共感できるのだから。


 生まれが東京・神田となっているが、「坊っちゃん、坊っちゃん」と呼ぶ伯母がいるところを見ると、中流以上の家庭だったと思われる。驚いたのは当時の言葉遣いだ。9歳の女の子が「ごめんあそばせ」(101p)とか「きのうはあたくしが悪うございました」(同頁)と言うのだ。更に6〜7歳の時の話で「二人がさしむかいになったときにお国さんは子供どうしがちかづきになるときの礼式にしたがって父の名母の名からこちらの生年月日までたずねた」(54p)とある。大人びた言葉使いに格式を感じ、はたまた幼い子供が公(おおやけ)という概念を持っていることに感銘を受けた。封建性の名残(なごり)とはいえ、公私を厳しく峻別する社会の機能は望ましく思った。


 やや古めかしくはあるものの、文章のリズムに乗ってしまえば淀みなく読める。どこをとっても匂い立つような懐かしさが詰まっている。


 例えば、隣に越して来たお嬢さんとの出会いはこんな感じだ。


 私が裏へいってこっそり様子をみてたら垣根のところへちょうど私ぐらいのお嬢さんがでてきたが、ついとむこうへかくれて杉のすきまからそっとこちらをうかがってるらしかった。しばらくしてお嬢さんはまた出てきてちらりとひとを見たので私もちらりと見て、そして両方ともすましてよそをむいた。そんなことをなんべんもやってるうちに私はお嬢さんがほっそりとしてどこか病身らしいのをみてなんとなく気にいってしまった。そのつぎに目と目があったときにあちらは心もち笑ってみせた。で、私もちょいと笑った。あちらは顔をそむけるようにしてくるりとかた足で回った。こちらもくるりと回る。あちらがぴょんととんだ。こちらもぴょんととぶ。ぴょんとはねればぴょんとはねる。そんなにしてぴょんぴょんはねあってるうちにいつか私は巴旦杏(はたんきょう)の陰を、お嬢さんは垣根のそばをはなれてお互いに話のできるくらい近よってた。(90p)


 全てがこんな調子で、子供の所作が生き生きと躍るように描かれている。物語の目的が、ある世界を示すことにあるとするなら、この作品は完璧な小説だと言い切って良いだろう。


 しかし、だ。この本に共感を示すのは、私ぐらいの世代が最後であろう。今時の若い連中が読んでも「ツマンナ〜イ」で終わるのが関の山だろう。読み了えることさえ不可能かも知れない。死せる昆虫を見て「電池が切れた」と思うような育て方をされてしまっているのだから、止むを得ないと言ってしまえばそれまでだ。連綿と続いてきた子供の世界は既に亡い──。


 多くの青年によってこの本が読み継がれるような、そんな時代と社会になれば猟奇と名のつく事件も目にしなくなるに違いない。

銀の匙

1999-10-23

『タウン・ウォッチング 時代の「空気」を街から読む』博報堂生活総合研究所


街の変化から時代を読み取るフィールドワーク


 街を楽しもうというコンセプトで編まれた“マーケティング街論”とでも言うべき書物だ。発行は1985年となっているから、バブルの絶頂期に突っ込む前の、街の変化が際立った頃(カフェバー・ブーム等)にはタイムリーな1冊だったのであろう。街の観察の仕方から、人の流れる構造、経営論・時間論など盛りだくさんの内容となっている。なんと言ってもネーミングが絶妙だ。お家芸健在の感あり。


 前著『「分衆」の誕生 ニューピープルをつかむ市場戦略とは』(日本経済新聞社)を踏まえ、価値観の多様化に伴い、モノを売る側が非常に読みにくくなったマーケットの状況を示す。分衆が人と同じモノを嫌う嗜好があることに着目し、入りにくい店ほどはやる現象を紹介。通りがかりの客を拒否する店が一部の人々から圧倒的な支持を受けるという秘密結社的なムードが面白い。店が客を選ぶといった雰囲気が、選ばれた客の自己満足を煽る効果が見られる。


 入りにくい、との条件には当然ながら街外れという要素も含まれる。街外れの定義付けが試みられているが、これが実に鋭い。「現代の大都市の『街外れ』とは、内側に盛り場を抱え込み、外側に住宅地を背負った中間地帯」(46p)のことであり、そこには「盛り場には欠かすことのできない『盛り場のバックアップ施設』と、普段そこで生活している人たちに利用されている『住宅地関連施設』が集まっているはず(同頁)」と指摘。盛り場のバックアップ施設とは「氷屋・おしぼり屋・酒屋・ラブホテル・駐車場など」(同頁)で、同じく住宅地関連施設とは「米屋・豆腐屋・床屋・クリーニング店など」(同頁)を指す。故に、街外れとは床屋・クリーニング店などが目印となると言及。更に具体的には、街の中心から半径600メートル以降の範囲であることを渋谷を例に証明してみせる。こうした街外れに存在する店を「600メートルショップ」と名づけ、若者に人気がある店の隣にはクリーニング店があるとまで言う。まあ、こうなってくると「○○の法則」みたいで少々鼻白んでしまうが……。


 呼吸する街をフィールド・ワークした斬新な視点からの提案は傾聴に値する。今まで見えて来なかった街の顔が現れてくる。多少古い本だが、その発想法は現代でも充分生かせる。


タウン・ウォッチング 時代の「空気」を街から読む

1999-10-21

『遊ぶ』富岡多恵子(責任編集)、鶴見俊輔、中野収、畑正憲、三上寛


 私は以前から「遊び」ということに多大な関心を持っている。しかし、私が遊び人だということではない。ある青年が(私も青年ではあるが)「最近、遊ぶ場所がないんですよね。まあ金さえ出せばどこでも遊べるんですが……」とぼやいた。今から10年ほど前のことで、ビリヤードが流行っていた頃の話だ。時を同じくして波多野誼余夫稲垣佳世子著『知的好奇心』(中公新書、1973年)を読んだ。これで決まりだった。遊びとは正反対の概念と思われる仕事・勉強に対して、遊ぶような姿勢でできないだろうかといったことを心理学的に模索した労作。私のテーマが「遊び」になった瞬間だった。そんなこんなで、この本を神田古書街で見つけた時はなんのためらいもなく買った。ついでに一緒に並んでいた同シリーズの『争う』(岸田秀・責任編集)も買ったのだった。


 失敗だった。コン畜生め! 『争う』の方が遙かに面白かった。いや参った。よく読み了えることができたと、自分の忍耐力の強さを誇りたい気分だ。


 座談と論文で構成されているのだが、論文が全く駄目。読むに値するのは鶴見のものだけだ。富岡多恵子に責任を取ってもらわねばなるまい。「富岡あーっ、腹を切れぇーーーっ!」と私は言いたい。


 対談だけならまあまあである。当時30歳の三上寛が良い味を出している。そして、最も驚かされたのは畑正憲だ。東大卒の動物好きなオヤジくらいにしか思っていなかったが、とんでもハップンだった。ギャンブラーだったのね、この御仁。更に記録映画の仕事に従事していただけあって、含蓄に富んだ発言が随所に見られる。鶴見はマイペース。この人はペースの崩しようがない。


 のっけから出てくる「身を隠すことが最高の遊び。それは結局死ぬってことでしょ。死ぬのは怖いから、死ぬすれすれまで行くわけよ。それで遊んでるわけ」(11p)という鶴見の卓見には驚いた。そうするとかくれんぼなんてのは、生と死をモチーフにした遊びなんですな。暴走族が走り回るのも、死を感じることで遊んでいるのかも知れない。シンナー遊びってのもあるわな。ラリることによってしか生を感得し得ない現実があるのかも知れない。


「穏やかな皮膚の接触がお互いに愉快な感じをつくっていくというのが、だんだん失われていくでしょ。たとえばテレビを通してというとフィルターがかかるから」(24p)。これも鶴見の意見。ペットブームの本質を「接触を楽しむ」ものと喝破していてお見事。


 高度成長以降の若者に見られる変化が取り上げられ、小粒になりつつある様相が兆し始めることが話題に。ここで畑が言う。「豊かさというのは毒をなくす」(124p)。こりゃ名言ですな。さすが元ギャンブラー! 確かにそうだ。豊かさは感情の濃度を薄める。喜怒哀楽をオブラートで包み隠す効用がある。


 遊びは桃源郷であってユートピアのビジョンを持つ場所なんだな。(129p)


 鶴見は遊びの本質を照射する。遊びは非現実であるが故に遊びたり得るのだ。何者にも束縛されない時間を遊んでいるのかも知れない。


 畑の論文に強い棋士のタイプが二通りあげられている。その一つが私の興味を惹く。


 碁や将棋こそが、自分に与えられた唯一無二の天職だと信じ、信じようとするため、他のものには一切目をくれず、すべてを捧げてしまうタイプ。

 インタビューにはこう答える。

「あなたの趣味は?」

「碁です」

「え? それは本職でしょう」

「碁です。それしかありません」

 打ってそして研究する。

 重い古書を左手に持ち、右手で打ち進めていくので、左手の指が反対側にそってしまい、変形しているものもいる。

 爪の形が、石を打ちおろす力によって変わってしまっているものもいる。(228-229p)


 苦痛を苦痛に感じなくなる、ここに遊びの真骨頂があるのではないか? ある目的に向かってがむしゃらに進み、そのために必要な苦しみを完爾として許容する。苦しむことさえ楽しんでゆく強靭でしなやかな精神力、それこそが人生を遊ぶ者に必須の能力ではあるまいか。ルールのない遊びは存在しない。ルールというものは困難を表している。守らなければならない足枷(あしかせ)である。足枷があればこそ自分の力が試される。試練とは人生を遊ぶ者にとって欠くべからざるルールなのだと気づかされた。


遊ぶ

1999-10-18

『争う 悪の行動学』岸田秀(責任編集)、いいだもも、黒沼ユリ子、小関三平、日高敏隆


人類に巣食う本能への考察と激論


 前半はバトルロイヤルを思わせる対談、後半はそれぞれのレポートで構成されている。多分絶版になっていると思うが、古本屋で比較的入手し易いだろう。新書サイズを一回り大きくした版で、単行本の背を高くした大きさのソフトカバーである。


 対談の脚注に工夫が凝らされている。本人達の手によるものでページ下に配したのも便利で好ましい。脚注のためにこの判型になったのかも知れない。小見出しなどは発言そのものをゴシックで表記し斬新。表紙裏には様々な字体で「争」の字があり、更に色々な辞書から「争う」の項目が複写されている。そして、豊富な写真と絵が見事にマッチしている。実に考え抜かれた体裁で、ちょっとした興奮を覚えるほどだ。気合いのこもった見事な企画である。


 生存競争に見られる「争い」から、人間の果てしのない「争い」に至るまで、興味深い対話が疾走する。話が横に逸(そ)れて、更に興(きょう)を惹く。


 同じ種の動物同志は殺し合うことはないという。儀式化された本能が歯止めとなり、敗北を認めるポーズをとった途端、攻撃できなくなってしまうとのこと。人間に歯止めが利かないのは、本能が破壊されているからであり、そのために道徳を必要としたのではないか、との岸田の論調には強い説得力がある。終始、岸田がリードした対談となっている。岸田の唯幻論は余り好きではないが、その整合性は卓越したものがある。非常に腰の強い論理であることは認めざるを得ない。


 第2部の岸田、いいだ、黒沼の対談は失敗。ミス・キャストだ。出版社の意図としては、岸田の観念論と、メキシコで少数民族の解放に取り組む黒沼の実践と、労働運動を模索し続けるいいだをぶつけようという目論見だったのだろう。だが、岸田と黒沼の話が全く噛み合っていない。同じ言葉が違う背景から繰り出され、泥沼状態と化してしまった。岸田の言い分ははっきり言って黒沼にとっては随分失礼なものとなってしまっている。机上の学者と現実に目前の人をどう救うかという問題に直面している人とでは、話が噛み合わないのも当然か。だが、岸田理論は、黒沼を初めとする少数民族の良き理解者達の本質を鋭く見抜こうとしている。岸田の唯幻論は共産主義のように美しい均衡を保ち、如何にも実現可能に思える。そこに共産主義と同じ陥穽(かんせい)があるのではないか? 綺麗なモノは魅力的だ。しかし、壊れ易いガラス細工のような思考であると思えてならない。彼自身が臨床に携わっていないところに弱みがあるのではなかろうか。具体的な変革を伴わなければ観念の遊戯に過ぎない。説明・解釈からは納得を覚えても、感動は生まれない。魂に火を吹き込むような何かが欠けている。


 個人的には、トインビーが説くところの「挑戦と応戦」や、現代の社会事象に見られる争いを掘り下げて欲しかった。


 多少、散漫な嫌いはあるが、それを補って余りある勢いが楽しい。

争う 悪の行動学

1999-10-11

『心をあやつる男たち』福本博文


人間を操作する快感の末路


 高度成長期にさかんに行われた管理職を特訓するST(センシティビティ・トレーニング)と、飽食の時代に入り横行した宗教的な手法を駆使する自己開発セミナー。これらがどのような時代背景の中で誕生し、如何なる社会問題へと至ったのか。あるトレーナーの半生を軸に描いたノン・フィクションである。


 ユダヤ人によって考案されたキリスト教指導者養成のノウハウ。これが企業の管理者教育を求める風潮とマッチした。あるキリスト教指導者研修が信者以外を対象にし始める。カウンセリング理論に裏づけられた効果的な手法が、徐々に脚光を浴び出す。その時、一人の男が禅の要素を加えることによって、より一層効果のある方法を編み出した。男は短期間で激烈な変化を望むあまり、暴力を駆使するようになる。遂に、出るべくして自殺者が出る。


 STは、一種の「踏み絵」であった。企業側には、この特訓を難無く通り抜けてこそ管理者の資格がある、といった認識があり、途中で逃げ出す社員を馘にしたこともあった。(113p)


 STは「モーレツ時代」をそのまま反映する特訓に豹変した。(同頁)


 男はトラブルを巻き起こしながらも、確かに法悦状態を生み出す技に長(た)けていた。妙なカリスマ性に引き摺られる一部のスタッフと参加者が哀れ。“チェンジ体験”と名づけられた現象は、俄(にわか)には信じ難い。2週間ほど閉鎖された環境下で抑圧され、コントロールされ続けることで、現れる反動ではないのか? 大体、殴られて黙っているような手合いなのだ。プレッシャーに人一倍敏感な点からも、精神的に脆(もろ)い連中と思えてならない。大の大人が抱き合って泣く姿に吐き気を覚えた。抱き合って泣くか、自殺するかしかないような連中だ。こんなところへ大手企業のビジネス戦士達が陸続と送り込まれていたのだから、全く、開いた口が塞(ふさ)がらない。能率と効率こそ最優先される社会にあっては、インスタントな人格改造が信じ込まれていたのだろう。高度成長が人間をどのように扱っていたかが一目瞭然である。そこから引き継がれた負の結果として、彼等の子や孫が今、世紀末を揺るがしているのではないだろうか。経済至上主義が作り出した歪んだ魂はきちんと受け継がれている、と言う他ない。


 ST誕生の経緯が始めに記されているが、来日したロジャース(カウンセリングの泰斗)が登場したのには驚いた。つまりST自体の概念は心理療法的な根拠があるということだ。只のインチキではない事実を始めて知った。アメリカではSTは有力な心理療法として受け入れられているとのことである。では、アメリカと日本では何が違うのだろうか。


 アメリカのような離婚社会では、夫婦の愚痴をきくサイコセラピストの存在理由があるが、日本では酒場や電話での長話がその役割を果たしている。精神の病をかかえる者は、精神科に行って薬物療法の世話になるか、それでも治らない患者は呪術的な宗教や霊能者めぐりに明け暮れる。精神科が精神療法(心理療法)を敬遠するのは、保険点数がきわめて低いことにくわえ、著しい効果がないからである。しかも精神分析は、日本人の自我では耐えきれなくなり危険が伴う。(201p)


 そして耐え切れなくなった自我はフラフラになり自分の命を手に掛ける結末となる。夥(おびただ)しい自殺者を出し、STの飛ぶ鳥を落とすような勢いは一気に雲散霧消する。


 時代を経て現れた「自己開発セミナー」。これも結局、根は一緒だった。


 両者の狙いは自己探求にあり、宗教以外の手法で「宗教体験」をさせる点で見事に一致していた。(274p)


 一部熱狂的な支持者がマルチ商法まがいに友人・知人を誘い出す。


 滑り出しが良いだけに後半の失速が惜しまれる。もう一歩、時代と人間の闇に光を当ててくれれば好著なのだが……。私の嗜好に合う合わないもあるとは思うが、概要をなぞって終わってしまった印象を拭えない。


 心の弱さこそが、マインド・コントロールの標的であり、コントロールを可能にしている最大の要素であろう。これに対抗する唯一の手段は、日常生活の中で、弱い自分をリードし、自分自身を支配できるかどうかということに尽きるのではないだろうか。


心をあやつる男たち

1999-10-09

『近代の拘束、日本の宿命』福田和也


威勢は好いが腰砕けの感拭えず


 それなりに読ませる本だ。著者は自ら右翼を名乗る若手オピニオン・リーダー。


 前半の国体論には少々辟易させられる。国の構えを論じる場合どうしても防衛という一点を外すわけにはいかないのはわかるが、納得できる説明などしようがないんじゃないか? 根本的には暴力を肯定せざるを得ないが故に、いかなる正義の図柄を描こうとしても、どこかに破綻が生じてしまう。力めば力むほど醜悪な詭弁に思えてならない。


 情報が瞬時に世界を駆け巡るグローバルな時代を迎えた今、敢えて「日本」という垣根を高くして、国家としての違いを色濃く現すことにそれほどの意味があるとは私には思えないのだ。


 福田は恵まれた環境で育ったようで、この手の話にありがちの声高な調子ではなく、知的好奇心旺盛な論調は好ましい。蕩児の如き自由闊達さと説得力に富んだ切り口でズケズケとモノを言う小気味好さがある。


 であるにせよ、古い思考であることに変わりない。右翼を名乗ること自体がそれを物語っている。所詮、分析であって、新しい世紀の政治思想たり得ないだろう。


 福田からは血と汗と涙が感じられない。天下国家を論じるのも大事であろう。だが、国家を支える国民一人ひとりの行動に決定的な影響を与える思想とは、塗炭の苦しみの中からしか生まれないと私は信じる。その点では宮崎学に軍配が上がってしまうだろう。


 国と国との力関係を全く違う関係性に転化することができなければ、国体論なんざ、百害あって一利なしと断ぜざるを得ない。そうやって得られる独自性とは、差別以外の何物でもなく、いたずらに摩擦を加える結果にしかならないであろう。そうではなく、国際社会にどのような貢献が出来得るのか。そうした、実践の中から新しい「日本」の青写真が浮かび上がって来ると私は考える。


 嘉永6年のペリー来航をもって日本の近代と定義付ける彼はこう記す。


 ペリー来航の意義は、圧倒的な武力による開国の強要だけではなく、また交易の開始でもなかった。政治と経済、文化といったあらゆる面において、日本が近代という巨大なシステムに吸収されるということだったのである。(132p)


 この時の日本の選択肢としては属国となるか、適合するかの二つしかなく、独立を選んだ日本は否応なく西洋の近代システムに放り出される結果となった。これによって日本に課された条件は、国防線の拡大と貿易立国として資本を確保することの二つ。そこから具体的に引き起こされた結果としては、


 関税等のイニシアティブをとられたまま自由貿易にさらされたことによって、国内の均衡として維持されてきた日本経済の仕組みは崩壊の瀬戸際にまで追い込まれた。(同頁)


 その結果、大量の金が流出。更に武器艦船の購入等などにより債務が増大、開講後10年で「生活費は2倍に値上がりした」(同頁)。流れるように書かれる近代論は説得力充分だ。しかし、ピタッと来ない。なぜなら、それ(外国による軍事介入)以外の開国のあり方が想像しにくいからだ。まさか、開国を拒否し続け、チョンマゲに刀を差した世界を彼が望んでいるとも思えない。上手い説明だとは思うが、上手いなあ、で終わってしまう力の弱さを否めない。人を動かしゆく論理にまで至っていない。運動性をはらんだ論理でなければ、結果的に机上の空論となってしまうのではないだろうか。


 前半は日本の近代史を俯瞰し、日本のアイデンティティを模索した内容。後半は文学論・美術論を通し、個人の立場から日本人のあり方を問う。こういった話題に興味のある方は読まれると良い。


 湾岸危機によって日本に突き付けられた諸問題の提起などは、現実を弁えた“生きた意見”であろう。国体論に不可欠な防衛・安全保障といった課題を取り上げ、「青年に『生命』の犠牲を要求しうる価値」(169p)を示さなければいけない、と威勢は好いが腰砕けの感は否めない。しかし、後半に入るや否や、俄然、読み易くなる。哲学・文学・美術を通し、自己のアイデンティティを書き表す。就中「村上春樹氏の世界観は、その徹底性と孤独さにおいて吉田茂と一脈通じている」(346p)なあんてのは、いいですねえ。


 総じて読後の印象の薄さが、所詮、サロンにいる人間が好き勝手を言っているだけじゃあねえか、という気にさせる。そして決定的にウンザリさせられるのは西部邁のベタベタした解説だ。若者が書いた恋文のようなナルシシズムに満ちた薄気味の悪い文章で、若いツバメにラブコールを送るオジサマといった体裁だ。


 悪口ばかりで申しわけないが、決して悪い本ではない。ただ、福田の思考は現代を見事に射抜いてはいるが、遠い将来の大きな的にまでは至らないだろう。

近代の拘束、日本の宿命

1999-10-07

子供の詩


「むげん」中村太一


 うちゅうより

 ひとつ

 おおきいかずだね


【足立みどり幼稚園 5歳(読売新聞 1999-10-04付)】


 君はどうやって、その真理を知り得たのだ?

1999-10-06

『ブエノスアイレス午前零時』藤沢周


とんだ肩透かしを食わされた話題作


 今月、河出書房より文庫化されることを知り、面白かったら人に薦めてみようと思って読んでみた。ご存じ、昨年の芥川賞受賞作品。いまだにハードカバーを平積みにしている本屋があるところを見ると、結構売れているのだろう。本書にはタイトル作品と「屋上」の2編が収められている。


 芥川賞も地に墜ちたものだ。所詮、文藝春秋という一出版社が施す賞に過ぎないことが大変よくわかった。受賞が発表されたその日には、きっとあの世で流した芥川の涙が、冷たい雨となって降り注いだことだろう。


 それほど大した作品ではない。この本を薦められるのは20代の純文学愛好青年のみだ。あるいは純文学入門としてはそれなりの効果を発揮できるかも知れない。とんだ肩すかしをくわされてしまった。引間徹によく似ているが、引間の『19分25秒』(集英社)の方が面白い。


 雪国にある「ホテルみのや」。田舎ホテルではあったが110坪のコンベンション・ホールが目玉で、社交ダンスをパックにしたツアー客で何とかしのいでいた。主人公のカザマは、東京での暮らしに見切りをつけUターンして来た孤独な青年だ。ホテルの従業員として働くカザマと、ダンス・パックで訪れた老嬢ミツコの一瞬の出会いを、独特のタッチでスケッチした物語である。


 筋運びはそれほど悪くはないのだが、文章の腰が弱く、ちょっとボーッと読んでいると何が何だかわからなくなっている。更にレトリックが一様なのも気に掛かるところだ。そのために、どうしてもリズムが平板になってしまいがち。だが、科白は上手い。時に方言を交える工夫が施され、老若男女の息遣いを巧みに科白に配している。主人公の神経質なまでの感覚描写もなかなか技巧を凝らしている。但しこちらは著者の性癖かも知れない。汚れたものへの過剰な感性が悪意とは少し異質な退廃感を生み出している。物憂い嫌悪を抱く閉鎖的な青年心理をカッターで切り取ったように記す。


 いきなりナチュラル・スピン・ターンで派手にドレスの裾を回したのは、女将だった。もちろん、相手は竹村だ。昨日とは違って、ブルーに金のスパンコールが散っているドレスを着ている。竹村のどす黒い顔がずっと笑い続けていて、串刺しされた生首のようだ。それを女将が持って踊っているのだ。(73p)


 些細な醜悪を殊更誇大に表現する藤沢のペンは邪な力を込めて走る。


 カザマ(どうしてカタカナなのだろう?)は呆け老人ミツコにダンスを申し出る。神経質でペシミズムに取り憑かれた青年を動かしたのは何だったのだろう。元娼婦にして、盲目の老女。ホテルを徘徊し、記憶は過去に呪縛され、ブエノスアイレスが頭を占めている。そんなミツコにカザマが手を差し延べ、躊躇しながらもステップを踏み出したその瞬間、魂がシンクロするようなドラマが生まれる。数日前にはには閉ざされていたピアスの穴にサファイアが揺れて光っていた。そして、ダンスという行為がミツコの心に風穴を空けた。踊りながら過去と現在を行き来するミツコ。フラッシュ・バックするミツコに不思議な同調を覚えるカザマ。渾然一体となった過去と現在を挟んでミツコとカザマは向き合う。


 クルクルと回り続ける2人が踊る様(さま)に輪廻が垣間見える。ブエノスアイレスの記憶は、昨日と今日を分け、過去と現在が溶け合う「午前零時」で二人のステップに合わせて揺れている。


ブエノスアイレス午前零時

1999-10-01

『無敵のハンディキャップ』北島行徳


荒技で障害者への偏見をぶっ飛ばす


 副題は“障害者が「プロレスラー」になった日”。表紙に掲載されている写真を見るとわかるが本物である。正真正銘の障害者の面々だ。小ぶりの写真に何とも言えぬ笑顔の数々が眩しい。


 著者が代表を務める障害者プロレス団体「ドッグレッグス」が誕生した経緯から、興業に至るまでのドラマが綴られている。滅茶苦茶面白い。アッと言う間に読んでしまった。


 記念すべき第1回目の興業から物語は幕を開く。1991年4月27日、都内某所のボランティアセンターにて、定員30人の会議室中央に6畳用の絨毯を敷き“ドッグレッグス プレゼンツ 障害者プロレス第1回興業 体拳発表大会”が始まった。雨の中集った観客は5人。内容は「スタローン神山の筋肉パフォーマンス」そしてメインイベントである世界障害者選手権「サンボ慎太郎対挑戦者・獣神マグナム浪貝」の一試合のみ。試合の結果はあびせ蹴り、腕ひしぎ逆十次固め等の多彩な技を繰り出すサンボ慎太郎が、クロックヘッドシザースと「ソープランドに行ったときに思いついたというオリジナル技『慎太郎ソープ固め』(16p)」でギブアップを2本取り勝利を収めた。興業収益、1500円。試合後、静かな喜びが彼等を満たした。やれば出来る、そんな自信が新たな挑戦への追い風となった。


「……ぼくは、うたがへたなのも、しばいがへたなのも、じぶんでは、わかっては、いるのですね。でも、おきゃくさんは、はくしゅをくれます。なにか、どうじょうの、はくしゅみたいで、いやなのですね」(21p)


 慎太郎が所属する劇団のミュージカル公演を見終え「なんで観客が障害者の親とか、養護学校の先生とか、施設の職員とか身内ばっかりなんだよ。(中略)お前は、そこのところをどう思っているんだよ」(19p)との北島の問いに慎太郎が答える。これが北島の頭にこびりついて離れない。どうすれば正当に評価されるのか。思案し続けた彼は「健常者に近づくのではなく、逆に障害者であることを強調することでこそ、固定化されてしまった障害者観を揺るがすことができるはずだ」(26p)との結論に達した。


 ある時、慎太郎と浪貝がボランティアの女子大生を奪い合う。2人の電話攻勢によってノイローゼとなった彼女は引っ越してしまう。浪貝は顔を合わせる度に慎太郎をイビるようになる。それは段々とエスカレートし腕力を伴うものになっていった。幾度となく繰り返される喧嘩にうんざりした周囲は「勝手にしてろ」と放っておくようになった。酒を飲んでいた際、またしても2人の喧嘩が始まった。殴られ続ける慎太郎に怒りを覚えた北島が叫んだ。


「なんだよ、慎太郎! いつもいつもだらしねぇぞ、やられっぱなしで黙っているのか!」(47p)


 次の瞬間、もう我慢ならんとばかりに、慎太郎はビールで濡れたシャツを脱ぎ捨てて、上半身裸になった。私が「いいぞ、やれ、やれ!」とはやしたてる。慎太郎は隣の広い会議室に出ると、浪貝を手招きした。

「かもぉん! なみがい! かもぉん! なみがい!」

「じょうとうだぁ! やるのかぁ、しんたろう!!」

 顔を真っ赤にして、浪貝は叫び、ゆっくりと自分のシャツに手をかけた。慎太郎と同じように裸になろうとしたのだが、シャツに頭と麻痺した手がひっかかって脱げなくなってしまった。

「ちょっとぉ、だれかぁ、てぇ、かしてぇ」

 神山に手伝ってもらい、上半身裸になった浪貝は、すぐさま慎太郎に襲いかかる。


 勝負は慎太郎のDDTという大技で幕を閉じる。この名場面から障害者プロレスは生まれた。


 2ヶ月後に第2戦“障害☆勝ちます”を開催。新たにブルース高橋が参戦。観客は10人。だが、ここからドッグレッグスの快進撃が始まる。


 試合が終わると同時に観客の中にいた車椅子の障害者が叫びだした。

「はーーい! はーーい!」

 言語障害がひどく、何を言っているのかわからない。障害は浪貝よりも重い脳性麻痺のようだ。私たちがキョトンとしていると、彼は中指を一本突き出して体を震わしている。その隣に座っていた介助者が「真一はドッグレッグスに挑戦すると言っています」と笑顔を浮かべながら話した。まるで予期しなかった観客の乱入であった。(54p)


 こうしてアームボム藤原のデヴューが決まった。


 新たな出会いを重ねながらドッグレッグスは、数百人の観客を集めるようにまでなる。北島のペンは一人ひとりの人生を確かに捉え、悲喜こもごもの劇を書き上げる。折に触れて障害者への思いが盛り込まれているが、その冷徹な瞳は社会の現実を鋭く暴き立てる。読者は涙と笑いの合間で「差別」を考えずにはいられなくなる。障害者と関わる現場から発せられる北島の意見は、どこまでも甘えを排除しようとの信念に貫かれ、今まで曖昧だった「障害」の輪郭がクッキリと浮かび上がってくる。


 飲んでいる席で「しょうがいしゃのきもちは、けんじょうしゃにはぜってぇーにわかんねーんだよ!」(36p)と浪貝から言われる。北島は「……うん。わからないな」(同ページ)と答える。


 浪貝は少し驚いたような顔をして、そのまま押し黙った。本当は「ドッグレッグスは、オレたちだけは、浪貝の気持がわかるぞ」と言って欲しかったのかもしれない。いや、私だって言いたいのである。その言葉が、喉元まで出かかっているのである。だが、それをグッと堪(こら)えたのだ。わかると言ってしまえば、障害者と健常者は同じだと言ってしまえば、その瞬間、互いに気持は少しは楽になるかもしれない。しかし、それは違うという現実から目を背けることになる。障害者と健常者のおかれている立場が明らかに違う以上、わかるというのは欺瞞(ぎまん)だ。だから、私は綺麗な言葉にすり替えたりはしない。違うという悲しみを、痛みを、浪貝と共有したいと思うのだ。(36p)


 束縛された身体の限界に挑む真剣勝負は、弱い自分との戦いであり、「障害」という甘えとの戦いであった。


「障害者対健常者」「バトルロイヤル」「障害者女子プロレス」というカードを組み、ドッグレッグスは走る。健常者と結婚しながらブルセラ多重人格者の大賀宏二。リングネームは愛人(ラ・マン)。小使いをもらうと全部菓子パンにつぎ込んでしまう菓子パンマン。その他これでもかと言わんばかりに濃厚なキャラクターが次々と登場する。


 障害者と健常者の間には越え難い深淵が存する。だが、障害は彼等が仲間であることに何の支障も来(きた)さない。北島はある試合を前に自分の来し方を振り返る。心の傷を、ポッカリと空いた暗闇を凝視する。障害者仲間に癒されてきた自分自身を静寂の中で見つめる。


 ハチャメチャな仲間と、障害の悩みと、飛び散る汗を乗せてドッグレッグスは走り続ける。


涙と笑いと感動がこってりと詰まったこの作品は第20回講談社ノンフィクション賞に輝いた。

無敵のハンディキャップ―障害者が「プロレスラー」になった日