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1999-10-01

『無敵のハンディキャップ』北島行徳


荒技で障害者への偏見をぶっ飛ばす


 副題は“障害者が「プロレスラー」になった日”。表紙に掲載されている写真を見るとわかるが本物である。正真正銘の障害者の面々だ。小ぶりの写真に何とも言えぬ笑顔の数々が眩しい。


 著者が代表を務める障害者プロレス団体「ドッグレッグス」が誕生した経緯から、興業に至るまでのドラマが綴られている。滅茶苦茶面白い。アッと言う間に読んでしまった。


 記念すべき第1回目の興業から物語は幕を開く。1991年4月27日、都内某所のボランティアセンターにて、定員30人の会議室中央に6畳用の絨毯を敷き“ドッグレッグス プレゼンツ 障害者プロレス第1回興業 体拳発表大会”が始まった。雨の中集った観客は5人。内容は「スタローン神山の筋肉パフォーマンス」そしてメインイベントである世界障害者選手権「サンボ慎太郎対挑戦者・獣神マグナム浪貝」の一試合のみ。試合の結果はあびせ蹴り、腕ひしぎ逆十次固め等の多彩な技を繰り出すサンボ慎太郎が、クロックヘッドシザースと「ソープランドに行ったときに思いついたというオリジナル技『慎太郎ソープ固め』(16p)」でギブアップを2本取り勝利を収めた。興業収益、1500円。試合後、静かな喜びが彼等を満たした。やれば出来る、そんな自信が新たな挑戦への追い風となった。


「……ぼくは、うたがへたなのも、しばいがへたなのも、じぶんでは、わかっては、いるのですね。でも、おきゃくさんは、はくしゅをくれます。なにか、どうじょうの、はくしゅみたいで、いやなのですね」(21p)


 慎太郎が所属する劇団のミュージカル公演を見終え「なんで観客が障害者の親とか、養護学校の先生とか、施設の職員とか身内ばっかりなんだよ。(中略)お前は、そこのところをどう思っているんだよ」(19p)との北島の問いに慎太郎が答える。これが北島の頭にこびりついて離れない。どうすれば正当に評価されるのか。思案し続けた彼は「健常者に近づくのではなく、逆に障害者であることを強調することでこそ、固定化されてしまった障害者観を揺るがすことができるはずだ」(26p)との結論に達した。


 ある時、慎太郎と浪貝がボランティアの女子大生を奪い合う。2人の電話攻勢によってノイローゼとなった彼女は引っ越してしまう。浪貝は顔を合わせる度に慎太郎をイビるようになる。それは段々とエスカレートし腕力を伴うものになっていった。幾度となく繰り返される喧嘩にうんざりした周囲は「勝手にしてろ」と放っておくようになった。酒を飲んでいた際、またしても2人の喧嘩が始まった。殴られ続ける慎太郎に怒りを覚えた北島が叫んだ。


「なんだよ、慎太郎! いつもいつもだらしねぇぞ、やられっぱなしで黙っているのか!」(47p)


 次の瞬間、もう我慢ならんとばかりに、慎太郎はビールで濡れたシャツを脱ぎ捨てて、上半身裸になった。私が「いいぞ、やれ、やれ!」とはやしたてる。慎太郎は隣の広い会議室に出ると、浪貝を手招きした。

「かもぉん! なみがい! かもぉん! なみがい!」

「じょうとうだぁ! やるのかぁ、しんたろう!!」

 顔を真っ赤にして、浪貝は叫び、ゆっくりと自分のシャツに手をかけた。慎太郎と同じように裸になろうとしたのだが、シャツに頭と麻痺した手がひっかかって脱げなくなってしまった。

「ちょっとぉ、だれかぁ、てぇ、かしてぇ」

 神山に手伝ってもらい、上半身裸になった浪貝は、すぐさま慎太郎に襲いかかる。


 勝負は慎太郎のDDTという大技で幕を閉じる。この名場面から障害者プロレスは生まれた。


 2ヶ月後に第2戦“障害☆勝ちます”を開催。新たにブルース高橋が参戦。観客は10人。だが、ここからドッグレッグスの快進撃が始まる。


 試合が終わると同時に観客の中にいた車椅子の障害者が叫びだした。

「はーーい! はーーい!」

 言語障害がひどく、何を言っているのかわからない。障害は浪貝よりも重い脳性麻痺のようだ。私たちがキョトンとしていると、彼は中指を一本突き出して体を震わしている。その隣に座っていた介助者が「真一はドッグレッグスに挑戦すると言っています」と笑顔を浮かべながら話した。まるで予期しなかった観客の乱入であった。(54p)


 こうしてアームボム藤原のデヴューが決まった。


 新たな出会いを重ねながらドッグレッグスは、数百人の観客を集めるようにまでなる。北島のペンは一人ひとりの人生を確かに捉え、悲喜こもごもの劇を書き上げる。折に触れて障害者への思いが盛り込まれているが、その冷徹な瞳は社会の現実を鋭く暴き立てる。読者は涙と笑いの合間で「差別」を考えずにはいられなくなる。障害者と関わる現場から発せられる北島の意見は、どこまでも甘えを排除しようとの信念に貫かれ、今まで曖昧だった「障害」の輪郭がクッキリと浮かび上がってくる。


 飲んでいる席で「しょうがいしゃのきもちは、けんじょうしゃにはぜってぇーにわかんねーんだよ!」(36p)と浪貝から言われる。北島は「……うん。わからないな」(同ページ)と答える。


 浪貝は少し驚いたような顔をして、そのまま押し黙った。本当は「ドッグレッグスは、オレたちだけは、浪貝の気持がわかるぞ」と言って欲しかったのかもしれない。いや、私だって言いたいのである。その言葉が、喉元まで出かかっているのである。だが、それをグッと堪(こら)えたのだ。わかると言ってしまえば、障害者と健常者は同じだと言ってしまえば、その瞬間、互いに気持は少しは楽になるかもしれない。しかし、それは違うという現実から目を背けることになる。障害者と健常者のおかれている立場が明らかに違う以上、わかるというのは欺瞞(ぎまん)だ。だから、私は綺麗な言葉にすり替えたりはしない。違うという悲しみを、痛みを、浪貝と共有したいと思うのだ。(36p)


 束縛された身体の限界に挑む真剣勝負は、弱い自分との戦いであり、「障害」という甘えとの戦いであった。


「障害者対健常者」「バトルロイヤル」「障害者女子プロレス」というカードを組み、ドッグレッグスは走る。健常者と結婚しながらブルセラ多重人格者の大賀宏二。リングネームは愛人(ラ・マン)。小使いをもらうと全部菓子パンにつぎ込んでしまう菓子パンマン。その他これでもかと言わんばかりに濃厚なキャラクターが次々と登場する。


 障害者と健常者の間には越え難い深淵が存する。だが、障害は彼等が仲間であることに何の支障も来(きた)さない。北島はある試合を前に自分の来し方を振り返る。心の傷を、ポッカリと空いた暗闇を凝視する。障害者仲間に癒されてきた自分自身を静寂の中で見つめる。


 ハチャメチャな仲間と、障害の悩みと、飛び散る汗を乗せてドッグレッグスは走り続ける。


涙と笑いと感動がこってりと詰まったこの作品は第20回講談社ノンフィクション賞に輝いた。

無敵のハンディキャップ―障害者が「プロレスラー」になった日

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