古本屋の覚え書き このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2000-02-29

オンライン古書店の風景


 吾輩は店主である。まだ儲かってない。


 なぜ本を売るのか? 部屋に本があるからだ。


 このわずか2行が我が人生の現在を語り尽くしている。電網超厳選古書店「雪山堂」を立ち上げて、早、3ヶ月。振り返るほどの日月(にちげつ)は重ねていないが、雪山(せっせん/ヒマラヤ山脈の意)の登攀(とうはん)を目指す第一歩として、記し残そう。


 私は本が好きだ。どのくらい好きかというと、ただ、ひたすら好きなのだ。読書も好きだが、それ以上に本が好きなのである。本がないと猛烈な居心地の悪さを感じる。呼吸が乱れ、動悸・息切れ・めまいに及ぶ場合もある。「何を大袈裟な」と言うなかれ、わかる人にはわかってもらえることだろう。これを“同病相楽しむ”と言うことにしよう。


 例えば本を持たずして電車に乗ってしまうことが稀(まれ)にある。ドアが閉まりホッと一息ついた直後に「うっ、ガッ!」といった具合で気付くことが多い。旅行先で持病の薬を忘れたことに気づいたお年寄りの状況に酷似している。応急処置としては、中吊り広告を読み漁ることしかない。これが食堂の場合だとメニューを繰り返し読む羽目になる。


 私がこの病を意識するようになったのは、CDショップがまだレコード店だった頃である。音楽は確かに人一倍好きだったが、レコード店に入るのが段々詰まらなく感じるようになった。FM放送で流されたわずか1曲か2曲を気に入り2800円を支払うには勇気を必要とされる時代であった。店に入りアルバム・ジャケットをためつすがめつ眺め、迷いに迷った挙げ句、たった1枚のレコードを選ぶ。私は人生における「選択」という行為をレコード店で学んだ。それだけではない。自分の選択に誤りが多いことまで教えてもらった。レコードを買うことはギャンブル行為そのものだった。


 傷つき、敗れ、疲れ果てた私を慰めてくれたのが古本屋だった。黄ばんだページが私には優しかった。値段も手頃なせいかハズレがあったところで敗北感は薄い。それどころか古本においては完全なるハズレは存在しないと断言しても良い。レコードに失敗した時ほどの絶望感はない。ハズレを10枚集めれば別な粗品がもらえる、というような淡い期待感がどこかにある。少なくとも、「旦那っ、いい写真がありますぜ!」と声を掛けられ、飲み屋の陰でこっそりと封筒の中身を取り出したら、猿が交わっている写真だった──というほどの騙(だま)し討ちには遭わなくて済む。


 このように、満足感・勝率・幸福度が極めて高いことも手伝って、私の趣味は、より一層、本に傾いていったのだ。


 まあそんなわけで、気がつくと36歳の秋が訪れていた。更に気がつくと手持ちの本が2000冊ほどになっていた。またまた気がつくと読んでない本が900冊を越えていた。季節は読書の秋を迎えていたが、人生は折り返し地点に到達しようとしていた。事ここに至り、私の趣味は読書ではなく「本を買うこと」であることが判明した。既に数年前から、人に読ませたい本まで買い漁り、友人や後輩に無理矢理、読ませていた。


 私は電卓を弾いて計算した。20歳から記録をとっている読書ノートによると、年平均の読書量は79冊。70歳まで存命したとした場合、残された人生で読める本の数は2686冊である。今、眼前にある未読の本が900冊強。つまり自分で読む心算があるならば、後1786冊の本を買えば間に合ってしまうのだ!


 この事実を知った時、私は「全く美人薄命だな」と呟いた。深い意味はない。立て続けに「帯に短し襷(たすき)に長し」をもじったギャグを考えたが、好いのが思いつかなかったことを付記しておく。


 オンライン古書店の風景──それは悲惨極まるものである。地球の温暖化が進んで北極の氷が溶けだし、水位が30cm上がると、数億人の生活スペースに影響が及ぶという。これと同じことが我が家で起きているのだ。最近では本を買って玄関に入るや否や映画『ジョーズ』のテーマ・ミュージックが頭の中を大音量で流れる。スチール製書棚の各段には2列ずつ並べられ、床には積み重ねられる本の山々。視界がどんどん狭くなっているのが実によくわかる。愛する本の一冊一冊が私の生活空間を浸食してゆく──。


 それだけではない。梱包材が子供2人分ほどの場所を占拠しているのだ。段ボールがデカイ顔をして、家主である私がどうして、これほど小さくならねばならないのか? しかしながら、厳寒の季節になると段ボールからは人肌にも似たぬくもりを感じる。その手触りの好さにウツツを抜かし、思わず頬ずりすることさえある。本を包むのには飽き飽きした段ボールが私を包み込もうとする。梱包材は近い将来の住居になる可能性をも秘めていた。


 こうしたことが苦痛であれば古書店の資格はないと断じて良いだろう。これはある種の快楽なのである。なぜなら、これらの本を読む人たちのために一時的に私が預かっているだけなのだから。お客さんから、読書の醍醐味を信託されているというのが私の立場である。これを譲るつもりは毛頭ない。


「読んで欲しい本しか売らない」この信念だけは手放したくない。それで食えなくなるようになれば、それまでのことだ。別の仕事を見つけて、一人、読破の旅路に赴くのも悪くはない。


 だが、すっくと背を伸ばした本や、静かに横たわる本の数々が「大丈夫!」と微笑んでいるように感じられるのは、私の甘さであろうか。

2000-02-09

『ラジオの鉄人 毒蝮三太夫』山中伊知郎


 心を響かせて発せられたものが言葉だとすれば、声に心根が現れると言って良いだろう。この間読んだ藤原伊織著『てのひらの闇』(文藝春秋)には、会長秘書の言葉を称して「ステンレスの定規みたいに事務的な声」なんてのがあったが、巧いもんだね。生の言葉は、書き言葉とは違って、言葉遣いよりも息遣いに人間が出る。「ステンレスの定規」ってのがピンと来るのは、冷たさと硬さ、そして隙(すき)のなさであろう。我が国では人と人とが会った時は、時候の挨拶から始まる。「随分と寒くなって来ましたね」「全く鬱陶しい雨が続きますな」「生憎(あいにく)の天気ですね」など、万人がわかり切った内容の確認から会話が始まる。四季の移り変わりがハッキリとしてるが故に、気温に敏感なのだろうか。


 声の響きもそうだ。自分に対して親近感を抱いているか、打ち解けようとしているか、そんな温もりを人は素早く察知する。


 私は北海道出身で、ゆったりした言葉の中で育ったせいだろうか、江戸っ子言葉に弱い。何とも言い難い威勢の好さに魅了されるのだ。寅さんやマムシが放つ言葉は、生き生きとしたリズムを奏で躍動する。乱暴な言葉遣いをガッチリと人情が支えている。


 私が初めてマムシのラジオ放送を聴いたのは10年程前だったろうか。ウルトラマンのアラシ隊員でお馴染みだったマムシが、ぽんぽんと毒気の強い言葉を放っているのを耳にした時は度肝を抜かれた。


「いやァ、キレイな店だね。汚いのは客だけ。まったく、きょうもあの世から早く来いって呼ばれてるようなジジイ、ババアばかりだ」


「湿気取り置いとくと、年寄りはみんなカサカサにひからびちまう」


「こんなくたばりぞこないに何かあげても、冥土まではもってけないよ」


「アンタの時代は女学校なんてねーよな、寺子屋だよな」


「素直じゃないよ。女房に無理矢理保険に入れられるタイプだよ、お前は」


 大体こんな感じで「ジジイ、ババア」のオンパレードだ。


 私は耳を疑った。だが、更に驚いたのはマムシとやりとりする老人達の明るい笑い声だった。大事にしなきゃならない存在だからという理由だけで、配慮され、体よくあしらわれて来た年寄り連中が、本音で語るマムシに大らかな笑い声を上げていた。その番組を聴き終えた時、ああ、これは小学校の同窓会みたいなものかも知れないと、ふと思った。


 当初はやはり苦情が殺到したそうだ。しかし、マムシの人となりをよく知るスタッフは、これで行こうと支持した。更に、マムシ自身が、自分の言葉をたぐり寄せるために毎晩、メイン・パーソナリティの近石真介とその日の仕事を振り返り、入念な反省が行われていた。この電話は短くて1時間、長いと数時間も続いたという。


 本書はコンパクトながら、毒蝮三太夫の生涯をなぞり、番組の舞台裏が垣間見え、軽めの読み物として一気に読める。


 ゴリラそっくりで近所のオバアサンをつかまえては、「よう、しばらく見ねえから、くたばっちまったかと思った」などと言う、口の悪い父親。目が不自由な近所のオバアサンの手を引いて15年の長きに渡って、毎日、銭湯に連れていった母親。マムシの芸は父と母から受け継がれたものだった。


 マムシは下町のオヤジ宜しく人情で掛け合いを締め括る。


「そうか、10年もクニに帰ってないのか。クニのオフクロに、ラジオ通して元気でやってるって言ってやれ」


「お前がここまでやれたのも近所の皆さんのお陰なんだぞ。近所の皆さんにどうもありがとうございますって言いなよ」


「一人娘が結婚するんじゃ、オヤジも寂しいなァ。結婚する娘に、ユミコ幸せになれよって言ってやれ」


 懐かしき父性と言ったら言い過ぎであろうか。実の父親が我が子に遠慮する昨今である。妙なものわかりの好さが子供達を増長させてやしないだろうか。厚底のサンダルやブーツ越しに少女達は大人を見下している。


 マムシはこんなことを言っている。


「心地いい本音じゃないとね。お互いに昂揚しないと。そこに知的な作業がなきゃだめなんだよ、毒がないとね。豆腐だって、にがりがないと固まんない。でも、にがりそのものは食えない。僕はにがりみたいなもんだと思うよ」


 一見、何気ない話術は、熱心な研究と彼の優しさがつくり上げたものだった。そこに誰もが真似しようのない独創性が磨かれていったのだ。


 ラジオとはまたひと味違うマムシの魅力に触れることができた。

ラジオの鉄人 毒蝮三太夫

2000-02-08

『てのひらの闇』藤原伊織


 あなたの周囲には、信じるに足る人間が何人いるだろうか?


 常に一緒にいても、ただ饒舌なだけで、深く交わろうともしない互いを「友達」と呼称する時代。表現する自己すら失った社会では、言葉は虚しい響きしか持たず、鳥のさえずりにも劣り、殺伐たる様相を呈している。空虚な音声はコンクリートの反射によって増幅され、至る所に真空状態をつくり出している。その真空は主に、弱者としての青少年の心に核を為し、これに触れると突然、狂ったような条件反射を呼び起こす結果となる。「キレる」とは現代のカマイタチに遭遇した謂(い)いであろう。


 20年前、生放送中のCM放映でアクシデントが起こった。取り返しのつかない失敗に騒然とする最中(さなか)で、メーカー名を読み間違えた女優と、それを庇(かば)おうとする主人公・堀江、そしてメーカーの代表が、赤い糸によって結ばれる。この件はメーカー代表の意向によって責任は不問に付され、美談で幕を閉じる。だが誰知ることなく、ここから悲劇の幕が開けられたのだった。


 大手飲料メーカーで希望退職を2週間後に控えた堀江。彼は会長の死に疑問を抱く。46歳にして会社勤めにウンザリした堀江は20年前の恩に報いるために走り出す。企業に見られるありきたりの職場の光景が現実感を支え、秘められた過去が明るみに引きずり出されるごとに、墨を刷(は)いたようにクッキリと人間が浮かび上がってくる。堀江は己の内側につないでおいた野獣を解き放った──。


 それにしても人物造型が巧みだ。なかんずく印象深かったのが堀江の上司・真田である。社内で希望退職者を募ったものの、会長の死によって株価が下落し、少し先に予定していた大幅なリストラ案が実行される。白羽の矢が立った管理職の男が、出社したての真田を殴るシーンがある。わずか2〜3ページの描写ではあるが短編小説のような味わい深さがある。嫌われ者上司の典型として描かれて来た真田の「眼鏡をはずしたその顔に、はじめて見る表情があった」と記される。


 命を賭した二人の男によって展開される物語は、過去の謎へと向かい、人が歩んで来た真実を一つひとつ明らかにしてゆく。信ずればこそ沈黙する関係がある。堀江を突き動かしたのは、会長が死の直前に言った「感謝する」との一言であり、20年前の「赤い糸クズ」だった。


 藤原伊織は確かな筆致で人間を捉え、その秀逸な筋運びは山本周五郎著『樅の木は残った』(新潮文庫)すら思わせるものだった。


 都会の喧噪に包まれる中で本書を一日で読み了えた。本をパタンと閉じ、私は言葉を失った。如何なる言葉で飾ろうと、本書の魅力を解き明かすことにはならないだろう。呑んでいた息が読了した瞬間、停止した。小さな死を思わせるほどの完結であった。


てのひらの闇 てのひらの闇

(※左が単行本、右が文庫本)

2000-02-04

『日本語 表と裏』森本哲郎


 人は言葉を介して他人や事物を理解し、言葉を用いて思考し、言葉を発して自己を表現する。人はまさしく言葉に生きる動物であるといってよい。


 誰しも言葉を自由に扱っているつもりになっていよう。欲求を示すに当たっては幼児期の「ママ」に始まり、愛の告白、商談、国家間の外交に至るまで、言葉を支えているのは欲望かも知れないと思わせるほどである。一昔前までは「ありがたいお言葉」なんてのもあったな。結婚後、数十年も経つと「オイ、あれ」だけで全てを済ませてしまう御亭主もおられるようだが、定年退職後になると得(え)てして捨てられる羽目に陥っているようだ。最近の若いお嬢さん方は「エー」「ウッソー」「ホントー」の三つで大体の会話は成立するらしい。


 言葉をぞんざいに扱って来たツケが今頃になって現れて来たのではないだろうか? 歌を忘れたカナリヤに存在価値がないとすれば、言葉を失った人間はどうなるのだろう。


 日本語は表現豊かだという。確かに人称名詞の数を考えただけで首肯出来よう。英語であれば「I」一つで済むものが、我が国には優に10を越える一人称がある。人間関係の特性によって微妙に変化をつけるのは、顔色を窺う数だけ自分の呼称が変わるということかも知れない。うがった見方をすれば、表現力を強いられているだけともいえる。


 日本語のもう一つの大きな特徴は、その曖昧さにある。占い師なんぞがよくやる手口に「あなたの親御さんは、お亡くなりになっていませんね」というのがある。親が健在であれば「死んでない」ということになり、逝去してる場合は「亡くなって、既にいない」と、どちらの意味にも受け取れるような仕組みになっている。


 本書は、こうした曖昧な日本語の意味を探り、言葉の底に隠された知恵に迫る内容となっている。俎上に載せられた言葉は、どれもありふれたものであり、よく親しんでいるお馴染みの言葉ばかりである。


「いいえ」という項では、イエス・ノーをあからさまに表現しない日本人の体質を示し、相手との関わり合い次第で微妙に使い分けると指摘。


「結構」とは「充分に満足すべき状態」を意味し、したがって、それが相手のことがらについて用いられるときには「すばらしい」の意になり、自分について使うときには「充分満足しているのだから、これ以上は望まない」という婉曲(えんきょく)な拒絶の意となる。だから「結構です」といえば「ノー」であり、「結構です“ね”」というと「イエス」となる。


 そして、「人生とは否定と肯定とで織り出されている行為の集積(65p)」であるが故に、メリハリある人生を送るためには、イエス・ノーをきっぱりと言い切る言語習慣が求められると結論する。


 そんなわけで、日本人はあからさまな言葉をきらう。あからさまとは、はっきりということだが、はっきりとものをいうのは下品なのである。上品とは「奥ゆかしい」ことであり、「奥ゆかしい」とは、奥に行かまほし、すなわち、奥のほうに何かあるので、そこへ行ってみたいという気持ちを起こさせることである。つまり、あいまいな表現こそ、奥ゆかしいということになる。


 日本人はすべてのものごとに「裏」を見ながら、「裏」をつきとめようとはしなかった。「裏」を「裏」として、ただ承認しただけだった。(中略)日本人の“おぼろの美学”が何よりもそれを証言している。日本人は“あからさま”なことをきらい、ものごとをあきらかにすることを“あきらめる”という形で、断念するの意へと転化させてしまった。なぜなら、ものごとがあきらかになれば、そこにはもう「裏」はなく、何の価値もなくなってしまうからである。日本人はそれを白々しいともいった。


 興味深い考察は推理小説さながらで小気味が好い。さくさくしたかき氷のように体内に涼しげな感興を誘う。絶景とされる「日本三景」の由来を明かすアプローチには昂奮を覚えたほどだ。


 相手を思いやる日本人の心が、甘えの温床となって単なる持たれ合いを生んでしまったことに、何とも言いようのない寂しさを感じさせる。日本語の表と裏は、温暖な気候が育んだ善良なる現状維持の精神に支えられていたのかも知れない。


 いずれにしても本書は「言葉の復権」を願う人であれば、読まずにはいられない好著と言えよう。

日本語 表と裏 (新潮文庫)

2000-02-02

『梟の拳』香納諒一


 黒いマントを羽織った誰かが、いきなり俺の前に飛びおりたのはそのときだ。


 チャンピオンの栄光をつかんだ主人公が、網膜剥離(もうまくはくり)で視力を奪われた瞬間をこのように表現する。思わずため息が出た。巧い。ところどころに挿入されるボクシングのエピソードも見事な効果を発揮している。600ページもなんのその、読了に至るまで、本を閉じたのは一度だけだ。力のこもった秀逸なミステリである。


 主人公は元プロ・ボクサーの桐山拓郎。盲目となった彼は、チャリティー・ショーへの出演や、講演活動を行っていた。カクテル光線の中から闇の世界へと不意打ちのように追いやられた拓郎は失意の日々を過ごす。障害者となった彼が微笑を浮かべて見せるだけで、人は善意を示し、拍手を惜しまない。「ミッキーマウスやパンダとどこが違うのだろうか」(15p)。卑屈な感情は、栄光が失われたためではなく、遣り場のない闘争本能を持て余していたためだった。


 大掛かりなチャリティー・ショーの舞台裏で一人の男が殺される。発見した拓郎は確かにその部屋から出て行く人間を感知した。だが、テレビ局は病死として片づける。その直後には、ホテル内で再会した友が不可解な事故死を遂げる。チャリティー・ショーの背後には恐るべき黒い野望が渦巻いていたのだ。妻が同伴しなければ外出すらしようとしなかった拓郎が動き出す。光以上に失った何かを取り戻すために。


 心配する妻に拓郎は語る。


「俺はこういう人間になっただけの話だ。目が見えなくて、誰かの助けがなけりゃあ生きられない人間になっちまっただけの話だ。だけど、目が見えねえってのは、友達に何にもしてやれねえってことなのか」


 彼を動かしたのは、友達としての使命感だった。身体に、また、行く手に如何なる障害があろうとも、人間として果たさねばならぬ使命だった。


 チャリティー・ショーの裏では数千万単位の金が着服されていた。障害者施設に寄付の名目で送られていた。浮かび上がって来たのは原子力研究所だった。


 真相を究明しようと調べ始める彼等の前に次々と謎の人物が現れる。ある時は脅され、またある時は我々に味方せよ、と告げる。敵なのか味方なのか判然としない男が現れる。


「目が見えないっていうのは、どんな感じなんでしょうね」

 唐突にいわれた。

「たとえ自分の鼻先に、誰かが刃の切っ先を突きつけていてもわからない。一歩踏みだし、傷を負い、はじめて気づくというわけだ。せつないですね。まるで人生そのものって感じがしますよ」


 そうなのだ。敵が目の前に現れたところで拓郎は知る由もないのだ。


 理解することばかりを強いられ、自分を理解してもらえないやるせなさを抱く妻の和子。刑事と偽って情報をせしめた韓国人の金。死んだ友人の妹、留美。障害のために年齢よりもはるかに若く感じる耕平。障害者施設〈あけぼの荘〉への援助を惜しまない町工場の主、山田。


 これら主要な登場人物の全てが物語の中で変化する。目に映る世界は水面(みなも)にも似て、その底には紛れもない人それぞれの修羅があった。


 何よりも拓郎自身がそうだった。事件を追うごとに、妻にもひた隠しにして来た出生の秘密へと迫らざるを得なくなってゆく。自分の存在を揺るがしかねないコンプレックスが白日の下(もと)に晒(さら)し出される。


 大男と対決し、命からがら2階の窓から飛び降り窮地を脱した。その夜、妻から一人で動いたことを詰(なじ)られる。傷だらけになった拓郎を気遣う妻の言葉は厳しいものだった。


「──俺は大男に敗れたわけじゃない」


 的外れな返答は、拓郎の叫びだった。誇りと愚かさがない交ぜとなったこの一言は、男であれば誰もが共感せざるを得ない響きを湛(たた)えている。


 最終盤で拓郎は再び暗闇のリングに上がる。耳と皮膚の感覚だけを頼りに。怒りを込めた拳に確かな手応えを感じる度に彼は蘇生する。敗者復活戦だ。戦い終えた時、拓郎は再び栄光を手中にした。


 傑作である──。


梟の拳