古本屋の覚え書き このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2000-10-24

「昭和のこどもたち 石井美千子人形展」を見て


 子供たちが――

 笑っていた。

 泣いていた。

 遊んでいた。

 躍っていた。


 人形であるにもかかわらず彼等は1950年代から切り取られた“生”そのものだった。


 冷たく乾いた空気の向こうから柔らかな陽光が降り注ぐ中、錦糸町そごうで催された「昭和のこどもたち 石井美千子人形展」へ行ってきた。


 私が初めて石井の人形を見たのは、ある古本屋でのことだった。ビニールに包まれた写真集の表紙には、胸をはだけて赤ん坊に乳を呑ませる母親と、笑顔で見つめる夫と祖父母の人形が掲載されていた。私は本を手に取ったまま身動きできなくなっていた。凄まじいリアリティに打ちのめされた。人形の細部に至るまでが精緻なのは言うまでもないが、それだけでは説明のできない何かがあった。命を吹き込まれた人形から放出されていたのは、社会が真っ当に機能していた時代の喜怒哀楽だった。


 そして数週間後、偶然見つけた折り込み広告で人形展の開催を知った。


 不思議な感覚が湧いてきた。あの頃の“私”や“あなた”がそこにいた。ああ、そうだったな、そんなこともしていたな……。私よりも一世代前の時代であるにもかかわらず、そういう思いに駆られる。肘(ひじ)の擦り切れたセーター、膝の辺りに縫った跡のあるズボン、もらいたてのお下がりでぶかぶかの洋服等々。人形が着ている衣服は当時のものを使用しているそうだ。微小なメンコや紙芝居まで忠実に再現されていた。


 場内のあちこちで時折声を上げて感嘆している人々がいた。懐かしむという行為は少年時代の純粋さを蘇らせ、自分の根っこを確認する作業にも似ていた。目の前には駆け引きとも打算とも全く無縁な人生が輝いていた。


 作品のキャプションがこれまた素晴らしい。例えば「けんか」と題した作品。一人の子はしゃがみこんで両手の中へ顔をうずめて泣いている。もう一人は、立ったまま、風呂敷マントに包まれ、腕で眼をこすって泣いている。真ん中では「あ〜あ、泣かしちゃった」と気まずそうに笑う少年が佇(たたず)んでいる。


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――けんかをするうち 親友になっていた そんな時代の風景です――


 石井は人形作りに関してはズブの素人で、初めは我が子のために作っていた。ある日、個人ギャラリーの個展を開いてはどうかとの声が掛かり、テーマを決めて取り組もうと思い立つ。


 最初に思い浮かんだのが、行き過ぎた管理社会の弊害の中で、ストレスで苦しんでいる40代、50代の社会の中枢を担う人たちのことでした。まさに、わたしと同年代の心悩める人たちです。『彼らが何かホッとできるものを』という思いが、このシリーズの誕生するきっかけとなりました。


【『われら腕白小僧 昭和のこどもたち』石井美千子、井上一写真(小学館、2000年)】


 見る人の心を和ませる作品の数々はこうした石井の胸中から生まれた。


 恐るべきリアリティを支えているのは、美化することを許さぬ創作姿勢であろう。ありのまま、そのままの姿を描き出すことによって人形はあなたとなり私となり得るのだ。


 現代の少年が大人になった時、懐かしく振り返る共通の思い出があるだろうか。ふと私はえげつない想像をしてみた。題して「平成のこどもたち」。展示されているのは塾の看板、コンビニ弁当、ゲーム・ソフト、携帯電話、バタフライナイフ等々。人間が欠落した展示になりそうな気がしてならない。


 凌(しの)ぎを削る社会でエゴを曝(さら)け出して生きる大人たち。我が子に正義を教える勇気すら失った親たち。サラリーマンと堕した教師たち。社員や下請け企業の犠牲を強いる経営者たち。利権の獲得に余念がない政治家たち。マスコミに次々と汚名をかぶせられる警察官たち――。


 みんな子供だったはずだ。万人が子供だったのだ。そんな当たり前のことに気づかされる。毎日が新しい発見に満ち溢れ、天真爛漫な心で生を謳歌していた“あの頃”を忘れるな、思い出せ、蘇らせよ――人形に託されたのは、そんなメッセージのような気がしてならない。


 汚れた心を人形たちにこすってもらい、微かな光が取り戻せたような思いがした。

われら腕白小僧―昭和のこどもたち (Shotor Museum) 昭和のこどもたち

2000-10-19

2億5000万年の眠り


 ニューメキシコ州の地下約570メートルの岩塩層から塩の結晶が採取された。約2億5000万年前の塩の結晶から複数の細菌を発見。米国ウェストチェスター大学のグループが培養したところ繁殖が確認された(10月19日付読売新聞)。この菌、育ちにくい環境にさらされると殻を硬くして活動休止状態になるとのこと。


 過去の長寿(?)記録は約2500万年前の琥珀に封じ込まれた蜂から検出された細菌というから恐るべき記録更新といって好いだろう。


「内の子は寝起きが悪くて――」とお嘆きのお母様方、上には上がいることを知ろう。米科学者グループは繁殖の瞬間「起きやがれ!」と言ったかどうか? 目覚し時計までは用意していないだろうなあ。


 私は当年とって37歳になるが、37年間にわたって眠ったままになっている何かがあるような気がしてならない。これを発見、培養するためにはどうすれば好いのか? いまだかつて成し遂げたことのない目標に向かってチャレンジするか、新しい出会いによって刺激を与えるしかないだろうね。

2000-10-17

『お宝ハンター鑑定日記』羽深律


 数ヶ月振りに本を読んだ。


 手持ちの本を売るようになってからというもの、全く読書する意欲が失せていたのだが、本書を読んだのにはワケがある。実は、著者から直接頂いたのだ。私は抜け目なく「読んだら売りますぜ」と御礼の後に付け加えておいた。


 古物商の世界が軽妙な筆で綴られている。それもその筈、羽深(はぶか)氏は『月刊 宝島』の編集に携わっていた時に小説新潮新人賞を受賞している文筆家だ。著書には手相の本や『現代語訳 南総里見八犬伝(1〜6)』(宝島社)というものまである。


 こうしたことを私は全く知らなかった。羽深さんのお店が私の住まいから近い場所にあり何度か買い物をした。二度目に行った際だと記憶するが、同業である旨を告げ正体を明かした。嫌な顔をされることも覚悟したが、羽深さんはロマンスグレーの長髪に挟まれた端正な顔をほころばせた。以来、扱う物は些(いささ)か違うが色々とアドバイスをして頂いている。


 人生に大切なのは心であることは論を俟(ま)たないが、手っ取り早く人生を豊かにするのは、やはり物である。


 人間の小さな身体は所有欲という触手を伸ばし、色鮮やかに自らを飾ろうとしているのだろうか? あるいは、自己の分身として傍に置き、生きた証としての置き土産(みやげ)なのかも知れない。


 人間というのは勝手極まりない動物だ。多分、物に対する愛情も買った瞬間が絶頂期であり、時間が経つにつれ段々冷めてゆく。買った時にはあれほど光を放っていた“物”も、いつしか部屋の片隅に追いやられ、挙げ句の果てにはゴミとなる運命だ。結末だけを見ればゴミを買っていることになる。消費とはゴミを生産することかしらん。


 人の欲望が物を買わせ、その欲望が失せた時、持ち主の手を離れる。そうして一旦は死んだ物が再び新たな買い手によって生を吹き込まれる。小さな興亡盛衰が垣間見えて何とも言えぬ興趣がある。まあ“蘇生のドラマ”と言ってしまえば大袈裟になるだろうが、手放された物には、別な人間の欲望に火を点ける力がまだ充分残っているのだ。


 不要となった物を売るには、それなりの目が利かなければならない。失敗から学び、貪欲なまでに売れる物を探す眼つきは狩猟者を思わせる。


 ガラクタが化けたエピソードが多数、紹介されている。ギャンブルなどで儲けた話と違って、シンデレラ姫の変身を思わせる痛快さがある。JBLの大スピーカーを“火事場の馬鹿力”さながらに運んだ件(くだり)には笑わせられた。古物商にとっては仕入れが火事場と言えないこともないだろう。


 前書きで著者は古物屋の自由な様を紹介した後でこう記している――


 古物屋にはメーカー、問屋がないだけでなく、定価もない。どこで仕入れ、幾らで売っても勝手なのだ。ただし、扱うのは「古物」──。つまり一度表舞台から消えた物に限る。なんでそんな物が売れるのか? やはりここが人の国であるからだ。


 処分に困り果てるゴミを生み出す飽食の時代。あなたが今、捨てようとしているゴミはひょっとすると他の御仁にとってはお宝かも知れない。


 ガラクタを蘇らせる眼力と薀蓄(うんちく)が飄々(ひょうひょう)とした筆致で描かれ、一読後、それとなく、わけ知り顔になっている自分に気づくだろう。知人であることを差し引いても充分、堪能できた。


 お店は都営新宿線「西大島駅」から徒歩3分。明治通りをJR亀戸駅方向に歩いてゆくと左手に大島銀座商店街がある。入口から入って左側2軒目。本はあまり置いてない。レコードと道具がメイン。お近くの方は是非、一度行ってみて下さいな。【※店舗はその後なくなった模様】→【千葉県市川市八幡に移転


お宝ハンター鑑定日記

2000-10-16

茶柱


 日常生活は微妙な幸不幸に支えられている。不幸の後を幸福が和らげ、幸福の隣を不幸が駆け抜ける。紛(まが)うことなく存在するのは「今」という目の前の一瞬だけだ。


 女性相手の雑誌の売れ行きは“占い記事”が左右するという話を聞いたことがある。今週、今月を占う言葉は中途半端で曖昧極まりなく、当てど無く人生を歩む女性連中には好まれるようだ。


 かくいう私も幼少の頃には“花占い”なぞしたものだ。好きな娘(こ)が自分のことをどのように思っているか――「好き、嫌い、好き、嫌い……」などとゴモゴモ口ごもりながら、都合の好い結果が出るまで手当たり次第に花を毟(むし)り取ったものだ。


 はたまた西部劇の影響を受けて、十字路に立つ度に十円硬貨をクルクルと放り投げ、進行方向を決めたりしたこともある。悪ふざけして全ての十字路でやったところ、とんでもない場所へ辿り着き、帰るのに一苦労したことも今では懐かしい。


 私は茶柱だ。

 普通ならまず見落としてしまうほど小さな、あしたへ希望をつなぐことなどとてもできない、茶柱だ。


 世一の母親は「まるで宝くじにでも当たったみたいに有頂天になり、家の者に見せた。(中略)『そろそろ何かいいことがあっても罰は当たらないわよねえ』」と語る。


 年頃であるにもかかわらず恋人もいない世一の姉と、人生の目標を遠い過去に置き忘れてきた父親は言下に否定する。ささやかな幸福の予感は家族に伝播(でんぱ)する迄に到らなかった。


 それにしても茶柱に幸運を予期させる力を付与した文化の正体は何なのだろう? 確率の低い現象に立ち会えたという事実が、稀少性の高い幸福を招くとでもいうのか――。


 ささやかな演出を施した茶柱は、丸山のペンにかかると“自立した意志”を持つ。


 母は残ったお茶を私(茶柱)といっしょに飲み干した。私は、粗末な朝食や悲哀のかけらや儚(はかな)い望みが詰まった胃袋のなかでも、かなり無理をして垂直に立っていた。ほどなく世一がヤカンをひっくり返してしまい、熱湯を指の先にほんの少し浴びただけで、大音声を張りあげた。その拍子に私は横倒しになった。


 病気のため、真っ直ぐに立つことも歩くこともできない世一は“縁起の良さ”を否定する者なのか? そうではあるまい。自立した魂を持つ少年は、自ら汗を流すことなくして妙な運勢に期待する精神を嫌ったのだろう。


千日の瑠璃〈上〉 (文春文庫) 千日の瑠璃〈下〉 (文春文庫)