古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

パソコン周辺機器の快感


 パソコンを買ってから、早2年余りとなる。今では、朝から深夜に至るまで、私の生活に欠かすことのできない道具となった。自己主張の強い私はかねてから「ファックス? 必要ないね。電話で充分だ」「携帯? 行き先をちゃんと伝えておけば、そんなものなど要らない」「パソコン? 文字は手で書くから頭に入るのだ。印刷された文字は書き手の顔が見えず、文化的堕落の原因になる」などと声高に叫び、持っている人間にまでやめるよう促してもきた。その私が今では全てを持ち合わせているのだから、周囲も黙ってはいない。「小野さんは、あれもこれも全部、否定してましたよね? 全く人間ってヤツは信用なりませんね」などと言われる始末。その度に「いいか、“君子豹変す”と言ってだな……」と力強く弁明している。


 この2年間、パソコンが鎮座ましましたのは小さなテーブルの上だった。足が折り畳めて、座ったままで使用する物だ。引っ越してからはディスプレイの下に「タウンページ」を二冊重ねて眼の高さに合わせるようにした。何不自由ない、頗(すこぶ)るつきの快適さであった。まあ、難といえば時間が経つに連れ猫背になってしまうことぐらいだった。


 私はどちらかといえば古いタイプの人間だ。顔が老けていることは別にしてもだ。やや古め。「古いタイプ」のリベラル派、若しくは中道左派ぐらい。故に、便利だからといって周辺機器を無闇やたらと買い足すことはない。8人家族の生活で培われた貧乏性がどうしても抜けないのだ。


 そんな私が少し贅沢を試みた。パソコンラックの購入である。多少の金があったのと、引っ越しを期に思いついたのだ。いつでも買えたのだが、部屋がどうにもこうにも片付かなく、計画は延ばし延ばしになっていた。


 生来の物臭と、昼の仕事の多忙さがガッチリと手を結び、部屋は引っ越した時の状態がそっくりそのまま保存されていた。物臭ではあるが几帳面な一面を併せ持つ私は、段ボール箱から衣類を取り出し、段ボール箱にきちんとしまっていた。一進一退。戦況は膠着状態。優先順位は常に“本の入力”――。


 チャンスがやってきた。季節は冬、暦(こよみ)は師走、となれば大掃除に決まっている。しかも世紀末。20世紀最後の大掃除だ。私は綿密な計画を立てた。そして――チャンスは静かに去って行った。好機を逸した。チャンスに前髪はないと聞いてはいたが、確かにその通りだった。ヒットエンドランのサインが出ている場面で、見逃しの三振を喫した打者さながらであった。


 パソコン・ラック購入計画は懸案事項のまま棚上げにされていた。そんな折り、太郎先輩(仮名―半分実名)から電話があった。


「小野ちゃん、パソコン・ラックをゴミ捨て場で発見したが、持って行こうか?」


 私は尻尾をちぎれるほど振る犬のような状態で「ハイ」と15回ほど返事をした。


「よし、これから持っていってやろう」


 太郎先輩に一生ついてゆこうと心に固く決めた瞬間だった。


 キャスターが1ヶ所壊れているだけの立派な物だった。その場でテキパキと配線を外し(私は見ていただけ)、パソコンを据えつける。出来た。ほっほーーー、見惚れましたね〜。以前は隣に置いてあったプリンターとファクシミリが最上部に置かれ、すっきり爽やかコカ・コーラってなもんだ。


 椅子は近所のお宅から無理矢理、頂戴してきた。ここは息子さんが大手文具メーカーに勤務していて、椅子がたくさんあるのだ。速攻Aクイックで電話をしたところ、渋々ながらも商談は成立。


 それから本の発送のため外へ出る。ふとディスカウントショップが目に入り、ぶらりと寄ってみる。何から何までよく揃っている。「ヘエーーー、こんな物まであるんだー」溜め息混じりに私が買ったのは“マウス・テーブル”と“エアダスター”。前者はラックに取りつけ、マウス操作をしやすくする代物。後者はエア噴射で埃(ほこり)やゴミを吹き飛ばすエアゾール式の掃除具。


 いやあ、もう便利、便利、快適、快適!


 まずエアダスターだ。キーボードに吹きつける。まあ、出るわ出るわ。よくもこんなに溜まっていたもんだってえぐらい出たね。あんまり溜まっていたもんだから隙間から出られないゴミは爪楊枝で掬(すく)い取らねばならなかったほど。毛糸玉が作れるんじゃねえかってえぐらい取れたね。


 そして、マウス・テーブルだ。私は昔からスポーツをしていたせいか姿勢や構えを重んじる。そんなもんだから、キーボードのFとJ、すなわちホーム・ポジションがディスプレイの正面にきっちっと定まっていないと落ち着かないのだ。これがマウス・テーブルのお陰で上手くいった。


 たったこれだけの贅沢ではあったが効果は予想を遥かに上回るものだった。


 喜び余った私は太郎先輩に電話をした。


「いやあ、凄い便利な物を買っちまいましたよー。こりゃホントに凄いッスよー」
「何だよ。何を買ったんだよ」
「そう簡単には教えられませんぜ」
「もったいぶらないで教えろよ」
「ぷっちんプリンを2個買ってきてくれたら教えてあげますよ」
「必ず買っていくよ」
「ヒント――奥さん、これさえあれば旦那さん無しでオッケーですぜ」
「わかった。電動コケシ」
「ピンポーン!」
「嘘を言え。好い加減に教えろよ」
エアダスターとマウステーブルです」
「なあーーーんだ。そんなモンかー。誰でも持っているよ。くっだらねえーの」
(これが37歳と43歳の男の会話なんだから嘆かわしい。日本の景気も低迷するワケだ→因果関係は各自で考えること)


 ショックだった。こんな便利な物があると知っていながら、どうして誰一人、私に教えてくれないのだ!


 などと書きながらもルンルン気分だもんねー。これは全部、今日の出来事。


 私は今、椅子の上であぐらをかいてキーを叩いている。あれ? 何か膝にぶつかったな。何だろう? ゲゲッ、キーボードを載せる引き出しの下に、マウス用の引き出しが付いてるじゃねえか! ああ、失敗!


 マウス・テーブルの価値が森首相の支持率並みに下落した瞬間だった。まあ、でも好いや。左側に出しておいて本でも載せれば、それはそれで便利だろう。森首相の場合はどっちに出しても駄目だろうけどね。

追記


 これは、後になってわかったことだが、キーボードのキーってえのあ、取り外しができるんですな。ドライバーなんかを使えば、わけはない。引っ剥がしたキーをバケツに放り込み、洗剤をかき混ぜる。こうして半日も立てば、キーはピカピカになるって寸法だ。こっちの方が、スッキリ度は高い。ただ、パソコンの取り扱い説明書などがないと、後でキーの位置がわからなくなるので要注意。


2004-06-09