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2001-03-10

『静寂の叫び』ジェフリー・ディーヴァー


 一日半で読み終えた。久方振りの読書は喜ばしいことに快感を伴うものとなった。ロバート・ラドラム亡き後、ジェフリー・ディーヴァーに掛ける期待は大きい。作風は異なるが、極限状況を克服するドラマが与える興奮は同じものだ。ディーヴァーの場合、人質や主人公に身体的な障害を添えることによって、金網デスマッチ的、あるいは引田天功的なスリルが増幅される。


 前にパラリと開いた『監禁』(早川書房)がつまらなかっただけに、本作品は溜飲を下げるほど堪能できた。


 凶悪な3人の脱獄犯が、聾(ろう)学校の教師と生徒達を人質に、閉鎖された食肉工場に立てこもる。FBI危機管理チームの交渉担当者アーサー・ポターが犯人の説得に当たる。


 緻密なプロット巧者のディーヴァーは、人間の知・情・意をものの見事に描き切っている。


 ポターはプロフェッショナルだった。ブリーフィングを終え、一人の警部が人質の無事救出を最優先することを言っておくべきだった、と伝える。


 実はそれは最優先課題ではないんだ、チャーリー。行動原則ははっきりしている。わたしの任務は犯人を投降させること、投降しない場合には、人質救出班が突入し、武力行使によって相手をねじ伏せるのを支援することだ。人質救出に関しては、最大限努力するつもりだ。だからこそ、現場を仕切るのは、HRT(人質救出班)ではなくわたしでなければならないんだ。だが、犯人たちは、手錠を掛けられるか、もしくは死体袋に入らないかぎり、あそこから出ることはできん。そのために、人質を犠牲にしなければならないとなれば、犠牲になってもらうしかないんだ。


 虚実を盛り込んだ駆け引きは、時に濃厚なやり取りとなり、異様な親密感を与える。ストックホルム症候群と呼ばれる感情移入に陥りながらもポターは知性の限りを尽くして犯人の心を読み解く。


 指揮系統の混乱、マスコミの功名心、事件への政治的思惑が交錯し、交渉は難航を極める。犯人という悪意の存在が、それぞれの心の闇を引き摺り出す。人質となった教育実習生のメラニー・キャロルは、コンプレックスに苛まれ、窓越しに一目見たポターを救世主に見立て、心の中で会話をする。一方、ポターはポターで、作戦ミスの恐怖と戦いつつ、心がメラニーに惹きつけられてゆくことを抑えることができない。


 こうした人物を配した上で、ディーヴァーのペンは、聾者の世界をリアリティーというスパイスで料理してみせる。


 音は体で感じることができる。

 音とは、たんに空気が変動し、それによって生じる振動にすぎない。波のように押しよせてきては、恋人の手のように優しく額に触れる。その刺激的な感触に、人は涙することすらある。


 現実から目を背け、心の中に閉じこもり、メラニーはポターと語る。


「わたしたちは、耳が聞こえる人たちを“外の世界の人”と呼ぶの。でも、“外の世界の人”のなかには、わたしたちみたいな人もいるのよ」

「どういう人間たちのことをいうのかね?」

「自分の心に従って生きてる人たちのことよ」


 物差しで測れぬ人間性が善悪いずれの領域にもはみ出す。真実と嘘、障害と暴力、愛と欲望――相反する価値を乗せて、物語という列車は最後までフルスピードで疾走する。

静寂の叫び〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 静寂の叫び〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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