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2001-03-19

『テロリストのパラソル』藤原伊織


 再読。ご存じ、直木賞と乱歩賞をダブルで受賞した作品。社会からドロップ・アウトしたアル中の主人公・菊池と少女の出会いから物語が始まる。少女が年齢の割りには、やけにませているきらいはあるものの、一気に引き込まれる。別れた直後に起こる爆発テロ。秋晴れの公園は一瞬にして惨状と化す。その夜、菊池がカウンター・バーの店じまいをしようと外へ出るや否や、暴漢に襲われる。袋叩きにされた挙げ句、意味不明な警告を受ける。翌日、爆弾テロの犠牲者の中に、学生時代、一緒に暮らしていた女性がいた事実を知る。20年前。学生運動の記憶。点と点がつながり、線と線が連なる。引き摺り出される過去。世間から隠れるように生きてきた男が再び戦闘を開始する。


 とまあ藤原伊織の基本的なパターンがデビュー作で既に確立されている。ラストに至っては登場人物全員がつながって、過去の亡霊オール・キャストといった感あり。サービス満点、あっと驚くドンデン返しも付いて、この値段! てんこ盛りの内容は天丼と焼肉定食、更に併せてハンバーグともんじゃ焼きを食べたような脂っこさがある。ちょっとやり過ぎ。


 などとケチをつけてはみるものの、この作品が面白いことに変わりはない。私の場合、この手のミステリを評価する基準は、主人公のこだわりを物語の中で巧みに描き出すことができているかどうかにある。この点が藤原は抜きん出ている。


 爆弾テロがあったその日の夜、菊池がバーテンダーを務める店にやくざ者二人が訪れる。若いチンピラ風のがメニューを求める。菊池はホットドッグしかない旨を告げる。怒声を上げ渋々、やくざがホットドッグを注文する。


 青いスーツがホットドッグをひと口かじり、無邪気な声をあげた。「へえ。うまいですね、これ」「ああ」白いスーツがうなずいた。その目からふっと氷が溶け去ったようにみえた。私の思いちがいかもしれない。「おれの口にゃあわねえが。そうだな、たしかにこりゃよくできている」白いスーツはそういった。

「それはどうも」

「かんたんなものほど、むずかしいんだ。このホットドッグは、たしかによくできている」白いスーツがくりかえした。


 何気ないやりとりだが妙に巧い。売り出し中のやくざ者は確かに見る目があった。この後で、こういう会話もある。


「最初見たとき、あんたはケチなアル中かと思った。けど、そうでもないかもしれんってことさ。おれたちの商売わかるか」

「デパートにお勤めですか」

 彼はかすかに笑った。はじめてみせた笑いだった。


 こうした機知が、物怖じしていない菊池を雄弁に物語っている。後々この二人は共闘するようになる。人間の出会いを劇的に捉える手並みが見事。


 公園で出会った少女の安否を気遣う様も泣かせる。


 友情のために全てを犠牲にした男が、その友情によって裏切られる。人と人との関係は崇高でもあり、愚かでもあった。人生の歯車が軋(きし)みをあげて狂い出し、一人の男に襲いかかる。全てが終わった後で、信義を貫いた男に悔恨はなかった。


テロリストのパラソル

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