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2001-04-21

『思考のレッスン』丸谷才一


 知識の豊富な人の本だから、まあ、それなりには面白い。読んで損はしないと初めに断っておこう。レッスンというタイトルがついているものの、押しつけがましさは全くない。その上、対談形式なので大変わかり易い。


 読書に対して何を求めるかは人によって様々だろう。十人十色であってしかるべきだし、狭い考えでかくあるべしなんて言ったところで誰ひとり見向きもしないに違いない。楽しむために読むもよし、学ぶために読むもよし、暇つぶしだって構いやしない。


 一読後、考えさせられたことは、私自身が読書に何を求めているのかということだった。それは、本書が私の求めている「本」ではなかったことを期せずして証明していることになる。結構スイスイ読めたにもかかわらずどうしてこのような思いに駆られるのか。


 丸谷才一と聞けば、軽妙洒脱なエッセイを思い出す人も多いだろう。小説も書くし、手掛けた翻訳も数多い。その上、古典にも造詣が深い。そうでありながらも学者然としたところがなく、遊び心を大切にする知識人といった印象が強い。


 面白い話が多数、紹介されている。例えば、歌舞伎がキリシタン劇に端を発しているという仮説なんかはたまげた。歌舞伎で使用する小道具がイエズス会演劇を描いた古い絵に出てくることを紹介。イエズス会演劇がバロック演劇の一分派であることに注目し、名誉・復讐・裏切り・陰謀といったモチーフの共通性を挙げ、歌舞伎とバロックの語源にまで迫りトドメを刺す。歌舞伎はご存じのように「かぶく」の連用形で、かたむく、常軌を逸する意。これに対してバロックはスペイン語の「バロッコ」に由来する言葉で、変形した真珠を表わすとのこと。生命力がありすぎて球形になることができずに歪んだことを示す。丸谷曰く「どちらも生命力の過剰ですね(232p)」。思考の空中ブランコを眺めているようで、息を飲む手応えがある。


 膨大な読書量と該博な知識の人物が説く逆説的なアドヴァイスも警句の余韻をはらんでいて楽しい。例えばこう。


 一番大事なことがもう一つある。それは、まとまった時間があったら本を読むなということです。本は原則として忙しいときに読むべきものです。まとまった時間があったらものを考えよう。


 名は体をあらわすとはよくいったものだ。この本を読んでいると「才」の字がどんどん大きくなって読者に迫ってくる。だが「才」は興味や関心を引き立てることはあっても、感動で打ちのめすことはできない。知識がひけらかされるごとに心が冷めてくる場合すらある。ハッキリいえば、脳みその表面では刺激を感じながらも、魂に触れる一節は皆無であったということだ。


 私が求める書物は、ページをめくるごとにそわそわさせられ、読み終えるといてもたってもいられなくなり、本を閉じた途端、新たな変化へと猛烈に促すような本である。その意味で本書は、ためにはなるものの、魂を殴りつけられるような感動は無い。


 私が書店で丸谷の本を発見した際は、素早く右隣にさっと目を配り丸山健二の作品を血眼になって探すのが常である。


思考のレッスン

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