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2001-05-30

『妻として母としての幸せ』藤原てい


全編に漲(みなぎ)る全力疾走の爽快さ


 ストレートを全力で投げ込むような小気味好さが溢れている。青春時代の挫折・亡き夫(新田次郎)への慕情・満州からの命懸けの生還・ユニークな教育論などが語られている。重いテーマがほとんどであるにもかかわらず明朗な語り口になっているのは、単なる懐古談ではなく藤原ていさんの瞳が常に未来を見据えているからであろう。一生懸命に生きたという事実が何ともいえない美しさを伴って味わい深い光を放っている。


 圧巻は満州からの逃避行。敗戦後、夫はシベリアへ送還。放浪の末、ソ連兵に捕えられ幼子3人と共に収容所へ。飢えと寒さの余り発狂し出す人が出るほどの過酷な環境で乞食同然の生活を強いられる。夏を待ち脱走。死線を越えて米軍に助けられた時には、足の裏を鉄クズや小石・木のトゲが1cm程の厚さでびっしりと突き刺さっていたという。


 収容所を脱走した人々の殆どが命果て生還することはできなかった。藤原さんが生き抜いたのはまさしく奇跡だった。絶体絶命ともいうべき人生の局面に晒(さら)された20代の女性が如何にしてこの困難を克服できたのであろうか。藤原さんは帰国後、マスコミに華々しく取り上げられた際、訝(いぶか)し気に振り返る。


 私は特別なことを何もしていない。ただ追い詰められた時、もう駄目だということは一言も言わなかった。どこかに生きていく道はあるのだ。ひたすらにそれを求めてきた。


 絶対にあきらめない、必ず道はある。この執念と希望の力が生死の明暗を分けた。自己に課された運命との徹底抗戦、命懸けの闘争ありて人間の真価は無限の光彩を放つ。ユニークな教育論もそこから醸(かも)し出されたものであろう。


「死」を意識できるのは人間だけである。ある哲学者は著書の中で「『死の重み』を忘れた生は、動物的な『軽薄な生』になっていく」と述べている。他人の痛みを思いやれない昨今の風潮は、「死の重み」を忘れ「生」の意味を問うこともなく、生命軽視の歯車を大きく回転させ、中学生はバタフライナイフを握りしめて狂ったように踊り出す。


 このような風潮に歯止めをかけ、時代の闇を払うには、藤原さんのごとくありったけの生命力を燃焼させ「生」の意味と充実を自分の手でつかみ取る以外ないと痛切に感じる。


 人生の四季を美しい出会いで彩(いろど)りながら、手応えに満ちた「生」を重ねる藤原さんは、きっと、笑顔の皺が輝くような表情の持ち主に違いない。


 藤原さんの心豊かな人生は「命懸けで何かに打ち込んでますか?」と読者に暖かく語りかけている。


妻として母としての幸せ

2001-05-26

「末世法華経」/『笑うな』筒井康隆


(『笑うな』所収/徳間書店:絶版、現在は新潮文庫)


 パロディの精神とはシニシズムなのであろうか。あらゆるものを見下し、自分を高みに置き、鼻で笑って済ます態度を指すのであろうか。私はそうは思わない。笑って達観してみせる知性は、弱きを助け強きを挫く反権力の思想に裏打ちされているのが本来ではなかったか。


 私は本編で揶揄(やゆ)されている宗教団体の一員である。黙っていられようはずがない。


 それなりに取材の跡が窺えるが、歴史的な事実の誤認があちこちに認められる。


「訶黎帝母(かりていも/鬼子母神のこと)がわしの守護神なのじゃと?」日蓮はおどろいていった。「夫婦和合の神が、なぜわしの守護神なのじゃ? それは何かの洒落ではないのか?」


 日蓮がしたためた真筆の本尊を書写したものを採用しているにもかかわらず、あたかも後世に発案したかのような印象を与えている。


 この作品を面白がるような人間は「そんなことは問題ではないのだ」と口にするだろう。読んでいる間だけでも自分がクスクスと忍び笑いができれば満足なのだろう。そうした種類の人間は、笑っている自分の姿を鏡に映してみるといい。


 事実はどうあれ笑えればよしとする独善性は、歪んだ思考回路の形成に手を貸してくれる。学校でのイジメが、遊び半分で友を蔑むように笑って幕が開かれるのは、ご存じの通り。


 筒井の手に掛かれば、ハンセン病患者も容易に揶揄の対象となるのだろう。身体障害者も小説の小道具にして、ふんだんに思いついた悪ふざけをしてみせるのだろう。彼ほどの技術を持ち合わせていれば、ヒトラーに殺された600万人のユダヤ人の全てを笑い飛ばすことも可能だろう。あるいは、一昔前にアジアを席巻した日本兵に強制されて、衆人環視の中で性行為を強要された父と娘のことまでも、下衆な笑いに転じてみせてくれるだろう。彼は作家生命を賭けて、そうした叙述に腐心するのだろう。彼にとっては、それこそが作家の面目躍如たる証なのだろう。そして彼の言語によれば、そうした行為を“言論の自由”と名づけるのだろう。下劣の見本がここにある。


 私はテレビ番組の背景に流される笑い声に誘われるままに同調するような人間ではないので、全く面白く感じられなかった。


 冷笑主義は小才氏(こさいし)の得意技と納得できる。私が求める本物の感動は、行間にすら見当らなかった。


笑うな

2001-05-25

「お母さんは“黄金”」


 母親が我が子を殺し始めるようになった昨今、世間は並大抵のことでは驚かなくなった。特攻隊が叫んだあの「お母さん」はどこへ行ったのか。自分の都合・勝手・わがまま・欲望・体裁を最優先にした時から、お母さんはいなくなった。静まり返った場所で声に出すと、涙ぐむような思いが込み上げ、温泉のように感謝の念が湧いてくる言葉、それが“お母さん”ではなかったか。


 先日、ナイジェリアのヨルバ族に伝わる『お母さんの歌』を知った。


 お母さんは『黄金』。それは、とても、お金には替えられない。

 お母さんは、9ヶ月も10ヶ月も、お腹の中で育ててくれた。

 お母さんは、3年間も背中に背負って育ててくれた。

 お母さん、本当にありがとう。私はお母さんを大切にします。


 こんな素敵な歌が歌い継がれている社会では、子が親を殴るようなことはないだろう。何の変哲もない言葉で、ありのままを歌にまでした事実に心打たれるのは私だけではあるまい。


 感謝即決意と締め括られているところに人間性の豊かさが溢れている。お母さんの瞳を見つめながら歌うアフリカの子等が目に浮かんでくる。

2001-05-24

『酒、男、また女の話』池田彌三郎


エロではなく、色という奥床しさ


 艶っぽい話が多数出てくる。それもそのはず前半は題して「西鶴十話」。男女のいかがわしい話しが大半なのだが、なんとも言い難い趣がある。あっさりとした軽妙さといおうか、離れた位置で嗤(わら)っているような醒めた視線がある。“粋”という美学が文章にゆき届いていて楽しい読み物だ。


 とは言うものの現実はどうだろう。


 講釈師だって言っている。

  色恋と 飢えと寒さを 比ぶればはずかしながら ひもじさが先

 なのである。はずかしながらと言うだけ、まだしも昔の人は殊勝だが、何と言っても、食いたい欲望が第一で、ほれたはれたの騒ぎなどは、つまり腹がはってからのちのことなのである。


 と書いた上で、返す刀はこう。


 だが、さすがに西鶴は、あくなき色欲を追求した。色欲そのもの、性欲それ自体を描き出したのだから、やはりその点は脱帽しないわけにはいかない。しかも『好色一代女』で追求したのは女性のそれを追及したのであるから、西鶴自身もあくなき求道者だったといっていい。


「酒の話」も、おつなものである。


酒、男、また女の話

2001-05-22

死なず殺さず25歳

 かね子さんの極私的ホームページ。メインは日記。「本箱」に5段階評価つきの短いコメントがある。読み手の顔が見えるランナップだ。だが、なんといっても日記である。これは配信されていて「メールマガジンの説明」でバックナンバーを読むことができる。


 どうしようもなく殺したい衝動、激烈な嫉妬心、死ぬことへの甘美な誘惑と底知れぬ自己嫌悪、母親と彼氏へ抗(あらが)い続ける日々。日常の水面下に潜むマグマのような狂気を、醒めた目で突き放して描いている。歳月を超えるほどの、とてつもなく長い絵筆でサイケデリックな絵を描いているような印象あり。

2001-05-21

ニュース拾い読み・書き捨て 3


 ドイツでは捨て子対策として「置き去り箱」が設けられた。1年前に初めて設置されたハンブルクでは、既に6人の赤ちゃんが。37度に保たれた小さなベッドに赤ちゃんが寝かされると、近所のボランティア宅のアラームがなるという仕組み。

「出産した人が育てない子どもは、社会全体で受けとめればいい」とは昨秋、設置した病院スタッフの弁。


【朝日新聞 2001-05-18付】


▼変貌しつつある社会が、また新たな顔を見せた▼ことの是非よりも、それで救われる母親がいればよしとするか▼母になることを拒否する背景には、どのような事情が存在するのか▼私達が“当たり前”と思って、疑いもしなかったことが、確実に変容してきている。


 5月17日、旅先の中国で團伊玖磨氏逝去。36年間の長きにわたって『アサヒグラフ』に連載された『パイプのけむり』。同誌休刊のため連載を終えた時、「敗戦から立ち上がったこの国が、今のようにうちしおれてしまったのは、なぜなんだろう。まだまだ書きたいことはある」とつぶやいたのが忘れられない。


【朝日新聞夕刊 2001-05-18付】


▼『パイプのけむり』は私も好きだった▼ある対談で文化について、発信するということについて、熱気のこもった持論を展開されていた。衝撃的な内容だった▼志に生きた作曲家は走りに走り抜いて一生にピリオドを打った。


 霊長類の行動研究からみると「子虐待は人類滅亡への第一歩」となるらしい。「人間と動物の行動を単純につなげるのは危険だが」と前置きして筆を執るのは杉山幸丸・東海大学人文学部長(霊長類学)。生物の使命は、自分の持っている遺伝子のコピーをたくさん残すこと→現代では、子孫を残すことよりも親の個人としての生活が優先されている→これは絶滅の道である、という内容。まあ、かなり割愛しちゃったけどね。


 で、興味深いのはここから。集団から隔離されて育ったサルは、子育てばかりか、あいさつも性行動もできなくなる。あいさつができないと、同じ年頃のサルと調和のとれた遊びができず、一緒にいるのだが誰とも無関係に行動し続ける。衝突しても抑制がきかない。また、合意の性行動ができなくなり、交尾はできたとしても適切な育児ができない。乳を飲むわが子を胸から引きはがし、泣き叫ぶ赤ん坊を地にたたきつけ、死なせることもあるという。こうしたことは文化であり、学習を必要とする。インターネット社会は、この隔離飼育症候群をますます激化させることになろう。


【朝日新聞夕刊 2001-05-18付】


▼かなり説得力があると思うが、いかが?▼で、これからどうすりゃ好いんでしょうかねえ▼社会の仕組みをすぱっと変えるのも簡単そうじゃない▼子虐待を逆手に取って、これで社会の仕組みを見直してはどうだろう▼まず、駆け込み寺みたいなセンターをつくる▼同時に地域のネットワーク体制を設ける▼子供の悲鳴が聞こえたら、直ぐに連絡できるラインを用意しておく▼小学生や中学生のボランティアで幼い子供の面倒をみるのも好いかも知れない▼今後も核家族化は避けられないだろうから、たまに、合同生活を営むのはどうだろう。子育てのための合宿。5家族が共同生活すりゃ、少なくとも5人兄弟ぐらいにはなる▼なにか名案がないかしら?


 池田高校野球部元監督・蔦(つた)文也氏逝去。4月28日。攻撃的な野球と、その風貌から“攻めだるま”とあだ名された。授業中であっても、酒席であっても、口を開けば野球談義。人生を野球に捧げた氏は、練習試合を優先し、4人の子供の結婚式を全て欠席した。


【朝日新聞夕刊 2001-05-21付】


▼「そこまでする必要があるのか」という声が聞こえてきそう▼彼には、あったのだ▼「いや、だけど子供の結婚式ぐらい」と誰しも思うだろう▼出席したところで、チームの力が落ちるわけでもあるまい▼結婚式の欠席を決めるまでに、彼はそれほど迷わなかったに違いない。むしろ、あっさりと決めたのではないだろうか▼野球に生きることを決めた彼は、寸分の妥協も許せなかったのだ▼休日の予定を選択する次元の問題ではない▼それは彼の生き方だったのだ。というよりも、彼はそう生きたのだ▼4人の子供は呆れ果てながらも、父を誇りに思ったことだろう。▼父親としてはどうかわからないが、男としては立派だ▼こんな激しい生き方は、内助の功なくしてできるものではない。破天荒な夫の陰に賢婦人あり、と私は見た。

2001-05-20

『詩の中にめざめる日本』真壁仁


真っ当な言葉に込められた瑞々しい生命力


 力のこもった詩のオムニバス。つるはしを振るうように言葉が突き刺さってくる。経済の太陽に先駆けて、確かな黎明を告げる逞しい声がここにはある。以前、紹介した「便所掃除」も収められている。


 いつの日から か

 指は

 秋の木の葉のように

 むぞうさに

 おちていく。


 せめて

 指よ

 芽ばえよ。

 一本、二本多くてもよい。

 少なくてもよい。

 乳房をまさぐった

 彼の日の触感よ。


 かえれ

 この手に(「指」)


 作者は森春樹というハンセン病詩人。真壁がこの詩を評する。


 木の葉のようにむぞうさに落ちていく指をこともなげに描いている。その指がふたたび芽生えるのに、一本二本多くてもよいし、少なくともよいとはだれが書けるだろう。この凄い虚無感のうえに、「乳房をまさぐった 彼の日の触感よ」「かえれ この手に」という感傷がしみわたっていく。(31p)


 去る5月11日、ハンセン病患者の隔離政策が患者の人権を阻害したとして、国会の過失を含めた国の違法性を認める判決がおりた(熊本地裁)。「刈り込み」と称して、しらみつぶしに該当患者を探し、家畜同然にトラックの荷台に積載し、社会から隔離。劣悪な環境で強制労働をさせた。親がハンセン病だとわかるや自殺をした娘。ふるさとでは既に死んだ者とされ、骨になっても故郷に戻ることができない。治癒できる病でありながら、残酷極まりない仕打ちに終始した数十年間。無知が人間をかくも恐ろしい存在に変貌させる。


 乳房に象徴されたのは何だったのか。愛する女性か。はたまた、記憶の彼方の憧憬に立ち現われた母親の姿か。直截な言葉は、無条件で自分を受け入れてくれる温もりが直ぐそこにあった日を、切実なまでに渇仰している。五感の一つが侵されてゆく恐怖が「乳房」という語によって際立った翳(かげ)をそびえさせている。


 雲をける

 風をける

 光のしまをもつきぬける

 ぱっとひらける視野!

  生けがきのむこうに

  さっきおこったばかりのママが

  ミシンをふんでいる

  鶏小屋のうしろに

  タンポポが咲いている


 空の手に抱かれるたびに

 少女の眼はステキなものを

 とらえる

 子どもの背たけが

 すくっと、のびるのは

 こんなときではないかしら(「ぶらんこ」高田敏子)


 ぶらんこのスピード感が乗り移ったようなテンポ。それにも増して娘の眼から母の眼差しに転じる妙が、プロレス技のローリング・クラッチ・ホールドを思わせる。あるいは、土俵際で体(たい)が入れ替わったかのような鮮やかさがある。ここには、叱った者と叱られた者という対立は全くない。家族が崩壊する昨今、一幅の名画を見るような思いがする。


 子供の詩もいくつか紹介されている。


 キリスト教は

「百姓も武士もおんなじだ」

 と教えた

 武士はたまげた

 武士が人間ならば

 おれも人間だと

 百姓がいった時

 武士の世の中 封建社会は

 きっとこわれたろう(「宗門御改帳」菊地綾子)


 これは社会科の授業から生まれた詩。


 最後にもう一つ――


 動物のひげの根元には

 敏感な神経が配置され

 ひげを自在にうごかす筋肉がある


 人間のひげの根元には

 面目をつくろう神経が配置され

 威厳をたもつ筋肉がある(「ひげのソネット」有馬敲)


 ニヤリ。この詩人、昼間は銀行員をしているそうだ。もひとつ、ニヤリ。


詩の中にめざめる日本

2001-05-18

目撃された人々 3


 近所の雑貨屋を出ようとした時だった。ドアのガラスの向こうに少年が現われた。ドアが外に開く作りになっていたので、私は少年が先に入るのを待つ格好になった。両手に荷物を持ったまま少年を見下ろす私。少年はドアを開けると、背中でドアを押さえたまま立ち止まった。彼の好意に気づくのに2秒ほどかかった。「ありがとな」。5月の太陽が私に降り注いだ。すかさず私は少年の行動を反芻(はんすう)した。あのような行動を何気なく実行できる背景を探った。


 まず、両親の心根の好さが挙げられるだろう。あの年齢で「譲る」振る舞いができるとは見上げたものだ。彼はそれを家族の中で学んだに違いない。それは強制的な躾(しつけ)というよりは、両親の振る舞いから育まれたものだろう。なかんずく、お母さんが立派であると見た。


 母親は少年が親切な行動をする度に「ありがとう」と満面の笑みを湛えて感謝したことだろう。更にその後に「助かるわ」「偉いわね」などと称賛の言葉を添えたはずだ。また、両親の間や、家族の間で、そうしたことが当たり前に行われていたものと私は想像する。


 我が探究心は止(や)むことを知らない。つまりだ、少年の両親を育てた親、すなわち少年のお爺さんとお婆さんが出来た人物であることまで示しているのだ。


 よき種は、よき苗となる。よき苗は、必ずやよき大樹と育とう。


 件(くだん)の少年が立派な社会人となることは、私が太鼓判を押そう。

2001-05-17

鬼気にあらず、茶目っ気迫る古書蒐集(しゅうしゅう)癖/『子供より古書が大事と思いたい』鹿島茂


 痛快な本である。おまけに愉快ときたら読む他あるまい。以前からタイトルが気になってしようがなかった本書をやっと読んだ。著者は現在、共立女子大学の文学部教授。『ユリイカ』の連載が編まれたもの。19世紀フランス小説を専門とする著者が、フランス語の稀覯(きこう)本コレクターとして、破滅すれすれの人生を歩む様子が描かれている。


 愛書趣味というのは、ことほどさように、だれからも理解されず、健全な世間の常識からは疎(うと)まれ蔑(さげす)まれ、家族からは強い迫害を受ける病なのだが、この病の特徴は病人がいささかも治りたがっていないというところに特徴がある。治りたがらない病人ほど始末に悪いものはない。さらに、この病は、財政的に完全にお手上げになって、もうこれ以上は1冊も買えないというところまで行き着かないと、治癒の見通しがつかないという点で、麻薬中毒やアル中などの依存症にも一脈通じるところがある。


 著者は本書を執筆する15年前に神田のとある書店で、19世紀フランスのロマンチック本というジャンルの挿絵本と出会い、木口木版の魅力に取りつかれる。この時、出会った本のタイトルが『パリの悪魔』と、まさしく著者のその後の人生を象徴するかのような本。しかし、月給が18万円だった当時、さすがに15万円の本を購入することはかなわなかった。


 後日、図書館からその本を借り出した。だが、それを手にした著者は言いようのない悲しみに襲われる。


 たしかに、手にもっているのは『パリの悪魔』そのものである。だが、扉に図書館の公印がべったりと押されたその本は、あきらかに何物かを失っていた。1845年の誕生から、130年以上の長い年月を、様々な人の手に渡りながら生き抜いてきた本としての人生に突然終止符を打たれたとでもいうような感じだった。図書館に入れられた本は、同じ本でも生きた本ではない。本は個人に所有されることによってのみ生命を保ち続ける。稀覯本を図書館に入れてしまうことは、せっかく生きながらえてきた古代生物を剥製にして博物館に入れるに等しいことなのだ。新刊本の場合には、いささかも意識にのぼらなかった本の生命というこの真実が突如天啓のようにひらめいた。そして、その日から私はピブリオマーヌとしての人生を生きることを決意した。私が本を集めるのではない。絶滅の危機に瀕している本が私に集められるのを待っているのだ。とするならば、私は古書のエコロジストであり、できるかぎり多くのロマンチック本を救い出し保護してやらなければならない。これほど重大な使命を天から授けられた以上は、家族の生活が多少犠牲になるのもやむをえまい。


 と、まあ土屋賢二氏顔負けの見事な論法である。ここで弾みをつけてあとは一気読みである。私は稀覯本には全く興味がないが、奥深い世界は端(はた)から眺めているだけでも楽しいものである。


 一様に稀覯本といっても様々な種類があり、皮革の装丁や挿絵の種類も実に豊富。超Aランク級の古書店ともなると、本の状態が完璧な上に「なにか特別のプレミアム、つまり、献辞、直筆原稿、デッサンなどの『この世でただひとつのもの』が添えられて差別化された稀覯本のみを売るという姿勢が必要とされる(69p)」というのだから、さすが文化の宗主国と沈黙するしかない。著者がフランスに滞在して時には、オークションでドラクロアの献辞をもつ『悪の華』などは、3900万円で落札されたというから凄い。


 著者は日本に帰国してからも蒐集の手を止めることはない。ファクシミリで入札するのである。具体的には記されていないが、結構な借財があるらしい。自宅を抵当に入れ、融資を受けてまで本を漁る姿が、滑稽で憎めない。まるで水晶を思わせる物欲である。


 あとがきがまた奮っている――


 コレクションというものは、およそ客観性を欠いた、きわめて主観的な趣味の表現だ。


 むしろある種の創造性、あるいは一つの『思想』と呼んだほうがいい。なぜかといえば、コレクションというのは、この世にまだ存在しない『なにもの』を作り出す作業なのだから。


 コレクションには、コレクション特有の自動律のようなものが存在していて、これが、コレクションが拡大するにしたがって次第に「意志」を持つようになり、最後には、コレクターを思いのままに動かし、自らを完成させていくことになるからである。


 コレクターとは、常に「党」を開いていくことを運命づけられた永久革命者の別名にほかならない。


 これほどの理屈をこねさせる力が稀覯本にはあるという見事な証拠だ。「狂」や「馬鹿」がつくような人間ほど面白いのは確かだ。


 尚、本書は文藝春秋社より文庫化されたので、求めやすくなったことを付記しておく。講談社エッセイ賞受賞作品。


子供より古書が大事と思いたい (文春文庫)
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2001-05-16

『いちど尾行をしてみたかった』桝田武宗


尾(つ)ける快感


 変な気持ちを真面目な行動に移した本である。誰もが今直ぐ実践できるフィールド・ワーク。


 知らない人を尾行するという行為には、なんとも言い難い後ろめたさみたいなものがあるし、覗き見をしているようなトキメキもある。つまり尾行には、おおっぴらにはできないような秘密の楽しみがあるのだ。


 普段からこのような意識の持主であるから、獲物の方も妙に面白い生態を見せるから不思議だ。デパートで見つけたオバサンを追い、高校生カップルを尾(つ)け、ホームレスの老人にくっついてゆく。その数、11名。


 当然、時間に限りがあるから尾行は途中で打ち切られることになる。これがまた、淡い夢のような印象を残して読者の想像力をかき立てる。


「ヘヘーン」などとニタついて読んでるあなた、明日はあなたが尾(つ)けられる番かも?


 ただ現在では、ストーカー規正法に引っ掛かるので、安易な実践はやめておいた方がいいだろう(笑)。


いちど尾行をしてみたかった

2001-05-14

『傑作の条件』向井敏


心に染み入る言葉


 目を瞠(みは)る言葉がある。並べられた言葉の遥か彼方から、書き手が見つけた真珠のような何かが、迫力を持って私の目前に立ち現われる。そんな詩句が紹介されていたので、皆さんにも、おすそ分けしよう。


 タイトルは「本よむ人の歌」。筆頭に掲げられたのは永瀬清子の「諸国の天女(『永瀬清子詩集』)」。


 諸国の天女は漁夫や猟人を夫として

 いつも忘れ得ず思ってゐる、

 底なき天を翔けた日を


 きづなは地にあこがれは空に


 続いては長谷川四郎の「本よむ人の歌」(『鶴 (講談社文芸文庫)』)。


 風にページをめくらせ

 海をみている

 本よむ人


 鼠にページかじらせて

 夢をみている

 本よむ人


 そして、生田長江。(初出は不明。太宰のエッセイ「もの思ふ葦」に引用されている)


 ひややかにみづをたたへて

 かくあればひとはしらじな

 ひをふきしやまのあととも


 最後は佐藤春夫の「諺」(『佐藤春夫詩集』)。


 まぼろしは逃げる

 まことは苦い


 どうです? 好いでしょう。たまには心安らかに詩を諳(そら)んじてはいかが?


傑作の条件

2001-05-13

読者と記者が奏でる喜怒哀楽のハーモニー/『記者の窓から 1 大きい車どけてちょうだい』読売新聞大阪社会部〔窓〕

    • 読者と記者が奏でる喜怒哀楽のハーモニー

 黒田軍団とあだ名された、黒田清率いる読売新聞大阪社会部が、新機軸として紙面に掲載した「窓」欄(1980年1月1日開始)の集大成。小さな欄でありながらも、読者と記者が人間として交流する内容には人生の悲喜こもごもが凝縮されていて、深い感興を誘わずにはおかない。


 それぞれの読者の思いが込められた投書はいずれも名文。無名の庶民が織り成す日常の小さな物語が、知らず知らずの内に読む者の心を打つ。


 生活の中から感動の二字が失われつつある方には是非とも読んで頂きたい一書である。


 本書のタイトルは大阪読売が発刊されて以来という空前の反響を巻き起こした市井の母が寄せた投書から引用されている。本書が絶版となっていることと、結構な歳月を経ていることを鑑み、全文引用しておく(本書257p)。


 窓様へ。初めておたよりします。いつも楽しみに窓欄を読ませていただいております。お手紙を出そうかどうしようかずっと迷っておりましたが、やはり息子の最後の言葉を聞いてきただこうと思い、ペンを取りました。


 私の息子は去る7月16日の夕方、交通事故にあい、翌17日早朝、初めての夏休みを目前にして6歳半の短い一生を終えてしまいました。大阪府下ことし200人目の交通事故犠牲者とかで、新聞などでもとりあげられました。


 いつもは家の近所でばかり遊んでおり、お友達の所へ行ってきたらと言う私に「遠いからいいの」って答えていた息子(和也といいます)だったんです。でも事故の前日と当日に限って友達の家に遊びに行っての帰りでした。


 その日、初めは私の家にきて遊んでいたのですが、バッタ取りに行くからと言って出かけたんです。夕方一人の友達が帰ってきたので、まだこれから遊ぶと言う彼に「和也君にごはんだから帰るように」って伝言を頼んだんです。その帰りに事故にあいました。


 前日も6時過ぎても帰って来なかったので「遅く帰ってきたらごはん食べさせないよ」って叱ったところだったので、早く帰らないと私に叱られると思って飛び出したのではないかと、ずいぶんくやみました。


 その道路は東行きが結構渋滞しており、西行きがすいているため危険なのです。事故の前日も同じ友達の家に行っておりましたが、帰り道で近所のおじさんに車に乗せてもらい、一度は命拾いしたのですが……飛び出しとはどういう場合を言うのでしょうか?


 和也の場合、目撃者のかたから後で聞いたのですが、左右きちんと確認してから走ったらしいのです。でも子供ですから走る時は下を向いて一目散――車のスピード感が1年生の息子にはつかめなかったのか、それとも死角になって車が見えなかったのか……


 自分で左右確認して走って事故にあったのだから仕方ありません。横断歩道のない所を渡る時に、親として注意できること、それは『左右をちゃんと見て渡りなさいね』って言えるだけではないでしょうか。大人だったら右左見ながら歩きますよネ。でも小学校1年の息子にそんなこと、こわくって出来なかったろうと思います。相手のかたが、もし前を見て走ってさえいてくれたら、ブレーキを踏んでいてさえくれたら、けがだけですんでいたのではないかと残念です。


 警察で「相手のかたが『最初は、ネコか犬をひいたと思った』と言っていた」と言われた時の私の心の中をお察し下さい。


 大切な息子を犬やネコと同じにして、たとえ加害者が警察でそのように行ったとしても、両親の前で言うべきことではないのとちがいますか。私にはこの警官の一言が忘れられません。


 さて事故の後、和也は三国ヶ丘のS病院へ運ばれました。最初の診断は頭には異常ありません、腹部を引きずられているので腸がやられているかもしれないが、12時間くらい経過を見ないとわからない。お腹がはってくるようだったらすぐに手術します。12時間は目が離せません、とのこと。他に大腿(だいたい)骨が真横に骨折してましたし、あちこちすり傷だらけ。でも頭は大丈夫とことだから一応安心しておりました。一晩中「のどがかわいた、お水ちょうだ、お水ちょうだい」って言ってました。


 けれど、お腹がやられているかもしれないから、一切水は飲ませてはならないと言う医者の指示で、心を鬼にしながら、水をほしがる息子に与えませんでした。祖父母の顔を見たとたん、“おばあちゃん、お水ちょうだい”って、動かせない体を上半身おこして、手をさしのべたんですよ。お父さん、お母さんに言ってだめでも、おじいちゃんたちの甘いのを知っていたからでしょうね。とにかく、のどがかわいた、あつい、かゆい、ハイソックス(包帯のこと)をぬがせ、その他、学校のこと、宿題のこと、お友達のこと、近所のお友達のこと、弟のこと、心に気にかかることすべてを話したみたいです。あまりしゃべらせたらだめだって言われたけど、息子の質問に全部答えてやったら、いちいち納得したみだいでした。翌朝5時近くになって、息子もおちついているみたいだし、“11時間たったね。お腹もはってきていないし、峠こしたかな”って喜んでいた途端、何だか息づかいがおかしくなってきたので、看護婦さんに来てもらったが、“えづいているんでしょう、様子みて下さい”ってことで、医者も呼んでもらえませんでした。だから医者が来てくれた時は、もう虫の息でした。呼吸困難をおこしてから半時間もたたないうちに、息子はあっけなく亡くなりました。胸をかきむしりながら、のびをして、うなっておりました。あの時が一番苦しかったんでしょう。“大きい車どけてちょうだい”。これが息子の最後の言葉だったんです。この言葉が、和也が事故に関して言ったたった一つの、そしてこの世での最後の言葉です。この言葉を、私は車にのっている、また免許証をもっている、すべてのドライバーのかたに伝えたかったんです。


“大きい車”。そうなんです。たとえ軽自動車にのっているかたでも、人間、まして子供にとっては“大きい、大きい車”なんです。その大きい車を、あなたがたは運転されているんです。車と相撲をとって勝つ人間はいないのです。いつも自分は大きい車にのっているんだ、だから注意して、安全運転しなければならないんだ、と肝に銘じて運転して下さい。それから、最低限前を向いて走って下さい。いくら横断歩道があろうとも、信号があろうとも、脇見をされていたら、ないに等しいのです。自分の子供のことを考えて走ってくだされば、あまり無茶な運転はできないと思うのですが……。子供を持っておられない若いかたには、子供の習性がわかりにくいでしょうが。


 ということで、事故から12時間後に息子は6歳半という短い生涯を終えてしまいました。医者の死因は脳挫傷(のうざしょう)ということでした。でも、初め頭に異常がありません、と聞かされていた私には、レントゲンだけではわかりませんでしたと言われても、納得できませんでした。それに、その病院には、すばらしい脳検査の装置が設置されていたと、あとからわかり、何の検査もしてもらえず、亡くなった息子のことを考えると、とても残念です。12時間、目が離せないと言われたわりには、見にもきてくれなかったし、素人目にみても呼吸困難をおこしているのではないかと思えるのに、医者もよんでくれなかったし、こんなことを言っても亡くなった息子は帰ってきませんが、出来るだけのことをしていただいて亡くなったのなら、あきらめもつきますが、違う病院に運ばれていたらって思うと、残念です。脳挫傷で、初めから助からないってわかっていたならば、あれだけほしがっていた水を、思いっきり、のませてあげたかったです。おっとりして、こわがりだった息子が、まさか交通事故にあうなんて。でも、そのまさかがこの世にはおこるのですね。


 昨年秋に私のおじが亡くなってお葬式、骨あげ、初七日、四十九日、納骨とすべての法要に参加して以来、時折「和君、死ぬのいやや、こわいねん、祐二(弟の名)とわかれるのはいややねん」と言って泣いていた息子だったんですが、彼には何か感ずるところがあったのでしょうか。


 小さい時からしっかりしているね、かしこいねってみなに言われながら育ってきた息子。学校ではものしり博士だったらしい息子。賑やかなのが好きで誕生日だと言っては両祖父母たちも集まり、入学式には両おばあちゃん、私、弟のつきそいで行きました。中学校、高校の分まですませていったのかもしれません。


“和君、三国ヶ丘高校(私も主人も卒業生なので友達がほとんど三国出身)へ行くんやで”って言ってましたから、家の外でそんなこと言ったらだめだよって言っておりましたが、その高校が彼にとってプレッシャーとなる前に亡くなってしまいました。予防接種もすませ、虫歯の治療もすませて会いたい人には亡くなる2週間の間に全部会っていますので心おきなく行ったことでしょう。いまごろ“和君、かしこいんやで”ってみなに自慢しているかも。なぞなぞ遊びが好きだったので、きっとなぞなぞで遊んでいるでしょう。弟にはお兄ちゃんはウルトラマン80に変身していつもみなのことを見守っているからねって言いました。困ったことがあったら助けに来てくれるよって、弟は弟なりにそう思いこもうとしているみたいです。“死”とはどんなことか、3歳半の彼にはわからないでしょう。でもお兄ちゃんはもう帰ってこないっていうことはわかるみたいです。毎日必ずお兄ちゃんのことを口に出します。


 事故から5か月近くたってようやく3人の生活にも慣れてきましたが、長男のことは生涯忘れることが出来ないでしょう。いまでも家にはいないけれど、どこかに生きている……そんな気がします。同封のお金(5000円)は息子の供養です。少しですが地の塩に加えて下さい。


 それと、1000円は亡くなった息子が主人からもらった最後のお小遣いです。クルクルテレビのウルトラマン80のカセットを買うって、とりおいていたお金です。カセットの方は納棺の時に私の弟が買って入れましたので使うことなくこの世に残して行きました。地の塩に加えていただいてどなたかの役に立てていただければ息子もきっと喜ぶだろうと思います(読売テレビの24時間テレソンの時も自分のお小遣いをだしたくらいです)。


 同封の種は普通の朝顔の種ですが、学校の理科の教材で息子の形見となった朝顔の花からとれた種です。来年その種をまき、花をさかせ、またその花からとれた種を翌年まき……。夏になったら息子が帰ってくるような気がします。全部はお送りできませんが、半分同封いたします。出来たら遠方のかたにもらっていただけると遠くに旅が出来るみたいでうれしいのですが……。


 去年、息子と一緒に〈戦争〉展を見に行ったんですよ。一昨年はまだ小さくって連れて行かなかったのですが、去年は“なんで戦争なんかするんやろ、あほやな――”って感ずるところがあったみたいでエラブカ仏等にお供えをしておりました。ことしも一緒に行く予定だったのですが、来年は彼の写真と一緒に行こうと思います。それと弟を連れて。


“大きい車どけてちょうだい”この言葉を私は一生忘れないでしょう。時節がらスタッフのみな様がたお風邪をめしませんように。長々の乱筆乱文お許し下さいませ。


 12月6日夜、林 知里


 後日譚によれば、大阪府豊中市の主婦が早速、北海道の酪農高校へ行っている息子さんに、朝顔の種を託した。以下はその主婦からの投書。


 和也君は2日がかりの長い長い旅をし、いま、原野に眠っています。いや、一人で流氷を見に行っているかもしれません。冬がすぎ、春がすぎ、夏を迎えると、必ず温室に種をまいてくれるでしょう。そして芽が出たら、広い原野に根をおろし、花を咲かせてくれるでしょう。息子は必ずそうすると約束して帰りました。


【『記者の窓から 2 走れ村の子負けるなよ』】


 黒田自身も強烈な印象を受けたと見え、彼が新聞界への遺恨を淡々と綴った『新聞が衰退するとき』(文藝春秋)にも、そっくり引用されている。

大きい車どけてちょうだい―S.55.1.1‐12.30 (角川文庫―記者の窓から (5936)) 走れ村の子 負けるなよ―S.56.1.12‐12.30 (角川文庫―記者の窓から (5937))

2001-05-12

『逃げ歌』丸山健二


7度の推敲の跡なし


 買わなくてよかった、と心底思いながら私は本をパタンと閉じた。上巻117ページに「よしんば」が3回出てきた直後のことだ。「野郎、嘘をつきやがったな」と私は心の中で呪った。「貴様、7度の推敲から“逃げうた”な」と駄洒落を言おうとしてやめた。そんな場合ではない。「あれだけの男も、ここまでか――」。大きくため息を一つついて、私は布団を頭からかぶった。


 読むに値しない作品だったせいもあるのだが、丸山が抱える“負の部分”がやたらと目立つ。家族への不信・家という呪縛・自立しているかのように見せかけて、その実、都合がいいだけの男女関係。


 更に、いつまで経っても現われない「詩人・カナシミイカル」。主人公の大望と野心を込めて書かれるはずの詩「逃げ歌」は、書き出しすら出てこない有り様だ。読了している須藤凝人君に訊ねたところ、なんと「逃げ歌」は完成しないという。


 ブラブラと仕事もしないで、大きな目標を夢見る主人公は、丸山そのものではないか。今後はエッセイでも、でかい口は叩けなくなるだろう。


千日の瑠璃』(文春文庫)で世一という珠玉の如き少年を創り出し、『野に降る星』(文藝春秋)では、青い旗を取りにゆくまでの不滅のストーリーを紡ぎ出した丸山は、一体どこへ行ったのか。


 好きな作家が老いに敗れつつある姿を見るのは辛いものだ。


 丸山よ、満身創痍になる覚悟で次の作品を自らの「挑戦の歌」とされよ。

逃げ歌〈上〉 逃げ歌〈下〉

2001-05-11

『こんぺいと・は・あまい』くらもちふさこ


思春期のてらいをすくい取る鮮やかな手並み


 何を隠そうくらもちふさこのファンである。それも高校生の時からだ。別冊マーガレットに連載されていた『いろはにこんぺいと』を読んで、見事にはまってしまった。本書はその続編で、中学生になった「クンちゃん」が主人公。達(とおる)とチャコは脇役だ。


 少女から乙女へと変化する季節に揺れる心。何気ない日常の中の、行き違いと自己嫌悪、そして優しさ。蟹座生まれはね、こういうストーリーに弱いのだよ。古本チームで野球の練習をして、くたくたであったが、寝床で3回読んだ。3度とも同じところで涙が出た。37歳にもなって少女漫画を読んで、枕を濡らす男は、そんじょそこいらにはいないぜ。


 くらもち作品はキャラクターの秀逸さもさることながら、多彩なカットを映画のように効果的に描き出すところがミソ。「おやじ」が煙草を吸うシーンは忘れ難い。あとはあれだね、手と涙の描き方が上手いね。


 クンちゃんが心に秘めた悩みをチャコがすくい取る。その優しさがクンちゃんの心を開かせる。何遍、読んでも、いいものは、やはりいい。

いろはにこんぺいと (集英社文庫―コミック版)


『くらもちふさこ THE BEST 1』(『こんぺいと・は・あまい』収録)

2001-05-10

『死とどう向き合うか』アルフォンス・デーケン


「死生学」の権威が認める“尊厳死”に疑問


 ノリ太(英国でオンライン古書店を営む私の弟子)に薦められ、デーケンの本を始めて読んだ。「死生学」とは、死をどう捉え、どう理解するかを学ぶ学問。著者はドイツ生まれで現在、上智大学文学部教授。過去に、アメリカ文学賞(倫理部門)や菊池寛賞を受賞している。


 日常生活の中で死と向き合うことは殆どない。これについて語り合うことなども稀であろう。通夜や告別式などに行った際ですら、故人を偲(しの)ぶ程度で、自らの死について思いを馳せることも、まずない。


 誰にでも平等に訪れる死に対して、どうして人間はこれほどまでに無自覚で生きることができるのだろうか?


 考えるだけ無駄だと放棄しているのだろうか。それとも、迫り来る恐怖から目を逸(そ)らしているのだろうか。もしくは、只単に他人事で済ませているのだろうか。


 こうしたことを学問の対象として取り上げるのは重要だ。学ぶに値する内容だ。学びたくてウズウズしてくるほどだ。


 しかし、本書の安楽死のくだりを読み、大いなる疑問に当惑した。


 リビング・ウィル(尊厳死の宣言書)が掲載されているので引用しよう。


尊厳死の宣言書(リビング・ウィル Living will)

 私は、私の傷病が不治であり、且つ死が迫ってくる場合に備えて、私の家族、縁者ならびに私の医療に携わっている方々に次の要望を宣言いたします。

 なおこの宣言書は、私の精神が健全な状態にある時に書いたものであります。 従って私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、又は撤回する旨の文書を作成しない限り有効であります。

 1. 私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死期が迫っていると診断された場合には徒に死期を引き延すための延命措置は一切おことわりいたします。

 2.但し、この場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。そのため、たとえば、麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとしても、一向にかまいません。

 3.私が数か月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の生命維持措置をとりやめて下さい。

 以上、私の宣言による要望を忠実に果たして下さった方々に深く感謝申し上げるとともに、その方々が私の要望に従って下さった行為一切の責任は私自身にあることを付記いたします。(118p全文)


 デーケン氏は積極的安楽死は許されないが、消極的安楽死は認められるべきだと説く。


 苦痛の第一に挙げられるのは、痛みに対する恐怖であり、続いて大きいのは孤独に対する不安でしょう。


 と指摘しながらも、安楽死を認める決定的な理由は極めて薄弱である。


 尚且つ、前の章で自殺への警鐘を鳴らしているのだから、整合性に欠けると私は批判したい。


 時代の闇を払うためには健全な思想が求められる。グローバル化する社会においては、あらゆる差異を超えても尚、共感し得る価値観が必要ではないか。その根本の座標軸をどこに据えるか。私は「生命こそが最も尊厳なものである」という共通の価値観を育むことが不可欠であると考える。その私の立場において安楽死は認めるわけにいかない。


 安楽死を選択する判断に潜んでいるのは、デーケン氏が言うような「痛みに対する恐怖」と、更には、醜悪な姿をさらすことへの忌避があるように思う。または、医療技術に自分の身体が乗っ取られ、生の主導権を奪われるのではないかという恐れなどが考えられる。だが、そうした様々な理由によって死を選択することを正当化してしまえば、生命がそれらの理由よりも低い価値となってしまう。そりゃあ、いかん。


 消極的な安楽死が社会的に認知されるようになれば、当然、今度は積極的な安楽死を願う人間が数多く出てくることだろう。そうして人類は苦痛と戦うことをあきらめ、何かあれば安易に死を選ぶような手合いが現われるだろう。


 デーケン氏が信奉するキリスト教的な立場からいっても、疑問が残る。天地を創造した神によってつくられた人間の生命を人為的に操作することを、神は認め給うたのであろうか?(←変な日本語になっちゃった)


 社会や世界を覆う問題の根っこにあるのは「生命軽視」という風潮であろう。他を犠牲にして平然とする価値観が、ありとあらゆる局面に歪(ひず)みを生んでいる。仏教においては様々な教典が説かれているが、どのような教えであれ、戒律の第一項目には「不殺生(ふせっしょう)戒」というのが必ずある。生きとし生けるものから命を奪わない、という戒律。これこそ人類普遍の価値とすべきではなかろうか。


 生きることは闘争である。皮膚に傷ができると白血球がばい菌と戦って生命は健全に維持される。人生の晩秋の季節は様々な様相を呈するに違いない。思わぬ出来事に直面することも避けられないだろう。だが、最後の最後まで人間らしく戦いきって私は人生を全うしたい。


死とどう向き合うか

2001-05-09

『豹の呼ぶ声』マイクル・Z・リューイン


人生の苦悩引きずるナイス・ガイ


 またしても石田善彦の訳である。「その凶報をもたらしたのは、執筆のローリングだった」。冒頭一行目から、これだ。どう考えても「執事」である。校正の問題なのかも知れないが、石田の名前しか表記されてないので、取り敢えずは石田を悪者にしておこう。


 私が愛読する“アルバート・サムスン・シリーズ”だ。一気に読み終えたのだが、及第点ギリギリってところ。


 環境保護を訴えるテロリスト・グループが、爆発しないようにセットした爆弾を仕掛け、自らそれを警察へ通報する。この手口でテロリスト・グループは、マスコミからもてはやされる。ところが、ある公共の場所へ仕掛けた爆弾が盗まれてしまった。テロリスト・グループは個人で開業しているサムスンの元へ仕事を依頼する。折からのテレビ・コマーシャルで事務所の景気が上向きになっていたサムスンは渋々、条件つきで仕事を請け負う。


 いつにも増してサムスンの苦悩は深い。どことなくW・P・マッギヴァーンを思わせる部分もある。そうはいっても、社会派というよりは、むしろサラリーマン・ミステリといった感が強い。


 特にどうということもないのだが、スラスラ読ませるのは、やはりリューインの筆力の為せる業(わざ)か。


 時間は一次元的で、単一の方向性をもち、それがどんなにみじめで永遠につづくように思われるときでも、人間の営みはいつか必ず終わるという信念だけに支られて、私は2時すぎに帰宅した。


 これはろくでもない仕事を終えて、帰宅するサムスンの描写。ニヤリ。


 こんな小噺(こばなし)も出てくる。


「女房とテロリストの違いは?」

「テロリストとは交渉できる」


 サムスンはいつものように等身大の人間の顔をさらして見せる。どうということのない行動に、優しさと誇りが垣間見える。人生の瑣末に耐えるタフ・ガイの姿は、とても恰好の好いものではない。だが、それで彼の人間としての魅力が減じると思ったら大間違いだ。

豹の呼ぶ声

2001-05-08

『愚連 岸和田のカオルちゃん』中場利一


笑ってしまうほどの凄まじい暴力


 あのカオルちゃんが主役である。生存している間に一度お目にかかりたいものだ。ただし近距離は遠慮したい。非合法地帯というか、暴力による民主主義とでもいう他ない岸和田が舞台。私もそれなりに悪い人間は見てきたつもりだが、中場の作品に触れると品行方正だったことを思い知る。中場と小鉄のコンビも悪いが、岸和田でヤクザが避けて通り、警察も恐れるカオルちゃんである。毎度のことながら「こんな暴力を許してなるものか」と思いながらも、「プッハアァーーー!」とけたたましい笑い声を抑えることができない。


 のっけから全快である。まだ中学生だった中場・小鉄コンビがヤクザ者に喧嘩を売る。ヤクザは5人。こいつらの喧嘩は実に早い。中場があいさつがわりに耳の下を殴りつけ、両耳をつかんでは鼻に頭突きをくらわせる。一方、小鉄はチェーンを振り回して、ヤクザの頬を血まみれにする。立て続けにミゾオチがアバラの骨にめり込むほど蹴り上げる。そこにカオルちゃんの登場である。「くわーっ、ぺッ」と痰を吐きながら歩く音がカオルちゃんのトレードマークなのだ。一瞬にして「風が舞い、男たちも舞った」。その時だった。警笛が鳴り響き、警官二人がやってきた。


「こらー、そこで何をしとるかあー」(中略)

「なんか用かい、おう」

「あらァー」

「うわっちゃあ、カオルやー」

 いせいよく走ってきたものの、二人の警官は相手がカオルちゃんだとわかると、かなりはなれた所で止まってしまった。

「こらあカオルぅー、ケンカはやめろー」

 大声を出して言った。警棒の上にのっていた手は、すでに拳銃カバーの方へと移動していた。

「どうしたんだ、何があったんだあ」

 警官たちは遠くから首を伸ばして、カオルちゃんの足元にたおれるヤクザたちを指さしていた。

「うるさいスピッツがおったから、キャンて鳴かしちゃったんじゃい。もんくあるか、おう」

「ないない」

 言いながらも警官たちは、駅前交番の方へ少しずつ下がっている。


 全編この調子である。更に、カオルちゃんを多彩な形容で読者にわかり易く伝える。

  • なぐってもあたりにくい小さな顔と、なぐれば必ずあたる大きなゲンコツを持ったカオルちゃん。
  • 千年杉のような首
  • ハナクソを丸めて飛ばすだけで窓ガラスを割ったといわれる人のゲンコツである。
  • バナナのような指やツルハシのようなヒジもある。
  • ズワイガニをそのまま食べるとウワサされる奥歯

 機動隊と日常的にケンカをし、連行されるや、並みいる刑事をのしまくり、挙句の果てには警察署に火を放つような人間がとてもこの世のものとは思えない。


 妙な遺恨がないせいでカラッとしている。これほど血生臭い場面の連続でありながらも笑わせるところが関西の懐の深さか。

岸和田のカオルちゃん (講談社文庫)

2001-05-07

向井敏と中野翠


 前に紹介した丸谷才一の『思考のレッスン』(文藝春秋)にこういうくだりがあった。「思考の準備において最も大切なのは読書である。そして、読書のコツは、その本を面白がること。面白くない本は読むべからず」(趣意)。更に本の選び方として「書評を読む。面白い書評があったら、それを書いた人の作品も読んでみる。ひいき筋の書評家をもつことも大切である」(趣意)。


 我が意を得たりと膝を打ち、早速、向井敏の『真夜中の喝采』(講談社)をパラリとめくった。同人誌『えんぴつ』の盟友だった開高健谷沢永一等と較べるとやや地味な存在だが、向井のバランス感覚が一等抜きん出ている。なあんて理屈をつけてみるものの、本の嗜好が私と合っているのが最大の魅力。


 寝しなにパラパラとめるってみる。


 ほめられた当人があっけにとられるような筋違いの讃辞をつらねる人がいるものだが、その道の大家といえば、まず加藤周一の名をあげなくてはなるまい。いったいこの人は、反体制、反権力でありさえすればやみくもに持ちあげるという偏った性癖の持主で、そのうえ、どこをどう押せばあんなにも無味乾燥な文章が出てくるのか、何か不思議な作文技術を身につけていて、とてもまともにつきあえたものではない。


 朝日新聞に連載されいている加藤周一の『夕陽妄語』を最後まで読めた試しがない私は快哉を上げた。「いいぞぉー、向井!」などと布団の中で声に出し、拳を振り上げる。


 読み進む内に「書評の条件」なるタイトルに遭遇した。新刊の書評を手掛けることが多いが、機会を逸して数ヵ月後に筆を起こす場合がある。そういう場合、既に発表された書評にできるだけ目を通すという。これは参考にするのではなくして、同じ内容となることを避けるため。で、


 そんなとき、いちばん頭をかかえるのは、おみごとというしかない名評に出会うことである。急所をおさえて類なくあざやかな、あるいは瀟洒このうえない語り口の書評がすでにあるというのに、及ばぬことを承知でのこのこ出ていくというのは、これは相当な勇気を必要とする。その手の勇気を持ちあわせていない私などはたちまち意気阻喪して、書くのをあきらめてしまうことになる。


 もっとも、こんなことはそうしばしば起きるものではない。起きては困る。ところが、ついさきごろ、そのめったにない事態に出くわした。


「ほほうー。そやつは誰かな?」と私。


 取り上げられた本は丸谷才一の『男ごころ』。あっしも読みましたぜ、旦那。『思考のレッスン』なんぞよりも遥かに面白かった記憶がある。『低空飛行』と併せてお気に入りッスよ。


 で、ここまで向井を脅かし「千に一つといいたいくらいのしゃれた書評」とまで言わさしめた相手は――何と!!! 中野翠だった! 十本指でピアノの低音階を鳴らしたような音が頭の中で響き、呆気にとられた私の口からはよだれが流れ落ちた(布団の中で横になって読んでいた)。ジーパン刑事の最期の科白(「なんじゃい、これは!」)をやろうかと考えたが、時間が遅過ぎた。


 実は以前、中野翠の『私の青空』(毎日新聞社)か何かを読んで挫折した経験があった。それ以来、中野翠を私は馬鹿にしていたのだった。その上、名前の印象から勝手に若い女だと決めつけていたのだ。


 向井にそこまで言わさしめたのだから、これはもう読むしかあるまい。私は図書館へ走った。1分30秒後には図書館に到着し、2分後には中野翠の本を手にしていた。


 あった、あった、ありましたよ! 向井が絶賛していたくだんの書評が。「ふうむ、確かに面白い」。『ムテッポー文学館』は中野翠を見直す一書となった。更にページをめくると、どうやら中野はオバサンのようだ。取り上げられた本は硬軟併せて幅が広く、書評はいずれも自分のスタンスを堅持している。「翠オバサン、好いじゃーん」。


 幸田露伴の『五重塔』を評した冒頭にこうある。


 4〜5年前、にわかに古典落語に興味を持ち、カセットテープを次々に買って、集中的に聴いたことがあった。夜眠るときはテープをオートリバースにして、繰り返し聴きながら眠る。3日目くらいで、別の新しいテープが欲しくなる。「ヤクが切れた、ヤクが……」と中毒患者みたいな気分になって、テープを買いに走るという日々。


 何と私が現在かかっている病そのものだった。ここのところ毎晩のように古今亭志ん生のカセットテープを聴いているのだ。中野翠、恐るべし! 私は、年上で同じ誕生日の人と出会ったかのように気を好くした。


 丸谷の本から出発し、丸谷の作品の書評によって、私の新たな触手が伸びた。なんとも不思議なホップ・ステップ・ジャンプでござんした。

2001-05-06

『倒れた者たちへの祈祷 1980年5月・光州』富山妙子作


反戦の怒りが生む斬新なかたち


 光州事件を題材にした版画集である。映画のパンフレットほどの体裁。


 これほど太い線で、どうしてここまで繊細な表情を描き出せるのかが不思議だ。縄に繋(つな)がれ一列で進む人々。一様に打ちひしがれ、うなだれ、膝を屈し、狭い歩幅で歩かされている。5人は同じ背格好であるが、表情が微妙に異なる。個々人の意志によって決起したことを示しているようだ。志半ばにして斃(たお)れた同志達が真っ直ぐに身体を伸ばし、横たわっている。生き残った者よりも遥かに自由を謳歌しているように見える。


 狂気を剥き出しにした兵士の顔。眼はギラギラと光り、焦点が定まらず、鼻腔を大きく膨らませ、牙を丸出しにしている。周囲に施された鉄条網は彼らの神経そのものだ。


 息子の亡き骸を抱いたまま大粒の涙を流す母親。その後ろでは両手を広げて軍隊を制止しようとする母親。


 宗教画さながらに胸を打つ何かがある。ノミの一彫り一彫りに込められた祈りが、真実の姿をありのままに描き出したのだろう。

silenced by history―TOMIYAMA Taeko's WORK 富山妙子時代を刻む

2001-05-05

『無頼伝 涯』福本伸行


孤独の充実を説く傑作


 またしても漫画である。休日には、やはり漫画が似合う。これは先日、注文して、やっと今日届いた作品。


 孤立せよ…


 ――これが1ページ目にアップで書かれている。少しバランスの悪い明朝体が、木に彫られた文字のように見える。真っ黒な背景の中から浮き上がるような白い文字。続けて次のページからは、警察に追われる少年のコマが続く。


 人は…世界が…バラバラに…バラバラになれと…まかれた種だ…! だから…孤立せよ…!


 帯に「鬼才が描く新境地」とあるから名の通った作家なのだろう。絵が独特なタッチなので好き嫌いがわかれるところだ。内容はというと丸山健二の向こうをはる凄さ。これはもう文学作品といっていいのではないか。


 不遇な生い立ちの中学生・涯(がい)が人殺しの罪を着せられる。罠を仕掛けたのは、ある富豪のファミリーだった。涯は連行された後で「人間学園」という名の保護施設に送られる。ここは富豪の息がかかった施設で、孤島に設けられた“人間改造施設”だった。繰り返される暴力、有無をも言わさぬ洗脳教育。涯は自らの冤罪を晴らすために戦いを開始する。


 彼が過去を回想する場面で、こういうくだりがある。


「先に…

 先……

 先に行きたかった…!」


「放たれたい!

 もう切り上げたいっ……!

 この『仮』からっ……!」


 彼は親に喰わせてもらいながら、のうのうと生きている連中と過すことに辟易(へきえき)していた。一学期の終了間際に、施設へ戻らず家出を決行する。人が住んでないと思われたアパートの一室に寝泊りしていたところ、不思議な縁によって、ある男に養われることとなる。男が彼に命じたのは、競売物件に居座続けることであった。この頃の生活を涯が振り返って語る。


「押し寄せて来たっ……!

 孤独……

 貧窮……

 不便

 不都合

 不合理……

 そんな

 ありとあらゆる

 煩わしさと

 心細さが

 次々に

 押し寄せてきた……!

 しかし……

 同時に

 今までずーっと……

 オレの体にまとわりつくようにあった空気……

 空気が動き出したっ……!

 この体を通り過ぎていく清新な気配……

 感覚……

 そうだっ……!

 こんな風を感じたかった……!

 オレは……

 オレに依って立っているっ……!

 これが自由だ……」


 身の丈に合った自由を死守するために少年は戦う。彼は虐待による洗脳教育にも決して屈することがない。孤立を愛する涯だったが、脱走するための協力をよしとする。最後の最後で絶体絶命の窮地に陥った時、魂の自由を命懸けで選んだ者が勝利する。松本大洋以来の傑作だ。


無頼伝涯 (1) 無頼伝涯 (2)


無頼伝涯 (3) 無頼伝涯 (4) 無頼伝涯 (5)

2001-05-04

『童夢』大友克洋


あり得ないリアル


 今では既に古典の感がある作品だ。奥付けを見ると1983年とあるから、私が丁度、二十歳(はたち)の時だ。同じ頃にスティーヴン・キングの『ファイア・スターター』(新潮文庫)が出たせいか、どこか似た印象を受けたままになっている。友人を家に招いては無理矢理読ませたことが懐かしく思い出される。


 巨大な団地で次々と自殺する人間が現れる。挙げ句の果てには事件を担当する刑事までが自殺をする。ボケ老人と少女。超能力を持つ者同士の対決となる。初めて読んだ時の衝撃は凄まじいものがあった。宝島か何かで紹介されているのを読み、直ぐさま買いに走った。家に帰るなり、3回立て続けに読んだ。やっと理解できた。ストーリー中心の漫画に馴らされていた私は、絵の細部を見落としていたのだ。だから、この漫画は大判で読まれなければならない。


 今読んでも、血まみれになった団地の廊下や、老人が団地の壁に叩きつけられて壁が陥没するシーンは、凄まじいリアリティをもって迫ってくる。見開き一コマというのは、大友克洋が切り拓いた手法かも知れない。


 細部の厳密さも凄いのだが、視点の縦横無尽さはそれまでに無かったものだろう。空から鳥瞰する絵は過去にもあったが、足元から見上げる絵は見た記憶がない。大友克洋は自由自在に世界を回転させる。


 少女が老人に鉄槌を振り下ろす時、外で遊んでいる子供や、部屋にいる子供達までもが、少女の念力に加担する。童(わらべ)と呼ばれた昔の子供(すなわち老人)のわがまま極まりない夢は、現代っ子の連帯によって葬られる。


 手塚治虫を開祖とすれば、大友克洋が中興の祖と呼ばれる時代がきっと来るはずだ。


童夢

2001-05-03

『ミッドナイト・サン 新・北欧紀行』丸山健二


殴られる心地好さ


 私は軽井沢の地にいた。新世紀初のゴールデン・ウィークを、余りにも有名となった避暑地で優雅に過ごす予定だった。2日に出発。クルマで向かう途中、怪しげな顔を見せていた雲がパラパラと雨を落としてきた。面子が悪過ぎた。古書店仲間だったのだ。道中、古書店でも巡りながら行きましょう、ということだったので、「あんまり荷物になっても仕様がないし、適当にみつくろってくるか」程度に思っていたのが、そもそもの過ちだったのだ。1軒目、2軒目は、まだバカンス気分だった。3軒目あたりから、妙な熱気が身体を包み込んだ。この時点で私を含めた4人の旅の目的が道楽ではなくなったように思う。買う度にはしゃぐ姿は、とても大人のものではなかった。単なる仕事にしては執念が深過ぎた。


 結局、一泊二日の旅で数十件の古本屋を回り、私は67冊もの荷物を持つ羽目となっていた。多目に持ってきたはずの所持金は1000円札一枚となっていた。「宵越しの金は持たねえ流儀よ」と心で呟いたが、下唇には歯型がクッキリとついていた。しかし、私にはまだ伝家の宝刀が残されていた。「俺は、まだ普通だ。オヨヨの山崎君と較べれば……」と自分を慰めることができるのだから。とある書店で山崎君は持ち出した本の値段を訊いた。1万円足りなかった。こんな買い方は普通の人間はできねえぜ、全く! イカシタ古書店主とイカレタ古書店主は紙一重だった。その点、月影の大塚さんなんぞは買い方が上手い。クルマの後部座席で、山崎君と2人で大塚さんが買った袋の中を覗いた。「上手いのを抜いてくるねえ」と私が言うと、山崎君はすかさず「失敗しても傷が浅く済む買い方ですね」と応じた。西荻窪で「ハートランド」というブックカフェを構える斉木さんは相性が悪かったようで収穫は少なかったようだ。


 持ってはいたのだが、丸山健二の『ミッドナイト・サン』を買った。皆を待つ間、パラパラとめくってみた。本の状態は非常に悪かったのだが、読むには差し支えなかった。


 暗く、重く、うんざりさせられる日々とすっぱり手を切りたいと願うなら、旅に出るがいいだろう。これが一番だ。もしくは、さんざんあがいて、音をあげて、苦しんだ挙句に万策尽きたと思ったなら、さっさと旅に出るがいい。


 この冒頭を読み、私は自分を呪った。軽井沢まで来て本を買う姿は旅とは懸け離れ、日常そのものだった。


 丸山は、旅が逃避行為であることを認めた上でこう書く――


 少なくとも、家に閉じこもって無為のうちに過すことよりはましなはずだ。弁解の言葉に埋まって動かないよりも、ともかく出ることだ。未知なる時間と空間のなかをくぐり抜けて行くうちには、おそらくどうになかなるだろう。よしんばどうにもならなかったとしても、移動しているあいだはまばゆい光輝に包まれる瞬間がきっとあるだろう。きょうはなくてもあしたには得られるかもしれないという期待につきまとわれるだけでも意味があるだろう。


 30代の丸山はなかなか威勢が好い。「アナーキズムは思想ではなく哲学である」などと面倒なことはいわない。充実した体力のせいであろうか。エッセイの文章はどこか余裕がある。最新作の『逃げ歌(講談社:上下)』などは、とても読めた代物じゃない。落ちた体力を総動員してペンにしがみついているような印象しか受けなかった。あるいは、庭仕事に精魂を傾け過ぎて、ペンを握る力が残ってなかったのかも知れない。


 タイトルは、ラオネル・ハンプトンの名曲からとったようだ。ノルウェーを中心にクルマで走破する5500kmの旅。丸山がしかと見据えた土地や人々がスケッチされている。もやもやした鬱屈を抱え、それを排気ガスと一緒に吐き出す旅だ。


 がむしゃらに前へ進みゆく者の言葉が清々しい。丸山の言葉には“殴られる心地好さ”がある。

ミッドナイト・サン 新北欧紀行