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2001-05-30

『妻として母としての幸せ』藤原てい


全編に漲(みなぎ)る全力疾走の爽快さ


 ストレートを全力で投げ込むような小気味好さが溢れている。青春時代の挫折・亡き夫(新田次郎)への慕情・満州からの命懸けの生還・ユニークな教育論などが語られている。重いテーマがほとんどであるにもかかわらず明朗な語り口になっているのは、単なる懐古談ではなく藤原ていさんの瞳が常に未来を見据えているからであろう。一生懸命に生きたという事実が何ともいえない美しさを伴って味わい深い光を放っている。


 圧巻は満州からの逃避行。敗戦後、夫はシベリアへ送還。放浪の末、ソ連兵に捕えられ幼子3人と共に収容所へ。飢えと寒さの余り発狂し出す人が出るほどの過酷な環境で乞食同然の生活を強いられる。夏を待ち脱走。死線を越えて米軍に助けられた時には、足の裏を鉄クズや小石・木のトゲが1cm程の厚さでびっしりと突き刺さっていたという。


 収容所を脱走した人々の殆どが命果て生還することはできなかった。藤原さんが生き抜いたのはまさしく奇跡だった。絶体絶命ともいうべき人生の局面に晒(さら)された20代の女性が如何にしてこの困難を克服できたのであろうか。藤原さんは帰国後、マスコミに華々しく取り上げられた際、訝(いぶか)し気に振り返る。


 私は特別なことを何もしていない。ただ追い詰められた時、もう駄目だということは一言も言わなかった。どこかに生きていく道はあるのだ。ひたすらにそれを求めてきた。


 絶対にあきらめない、必ず道はある。この執念と希望の力が生死の明暗を分けた。自己に課された運命との徹底抗戦、命懸けの闘争ありて人間の真価は無限の光彩を放つ。ユニークな教育論もそこから醸(かも)し出されたものであろう。


「死」を意識できるのは人間だけである。ある哲学者は著書の中で「『死の重み』を忘れた生は、動物的な『軽薄な生』になっていく」と述べている。他人の痛みを思いやれない昨今の風潮は、「死の重み」を忘れ「生」の意味を問うこともなく、生命軽視の歯車を大きく回転させ、中学生はバタフライナイフを握りしめて狂ったように踊り出す。


 このような風潮に歯止めをかけ、時代の闇を払うには、藤原さんのごとくありったけの生命力を燃焼させ「生」の意味と充実を自分の手でつかみ取る以外ないと痛切に感じる。


 人生の四季を美しい出会いで彩(いろど)りながら、手応えに満ちた「生」を重ねる藤原さんは、きっと、笑顔の皺が輝くような表情の持ち主に違いない。


 藤原さんの心豊かな人生は「命懸けで何かに打ち込んでますか?」と読者に暖かく語りかけている。


妻として母としての幸せ

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