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2001-07-27

標高8848mに解き放つ男の本能/『神々の山嶺』夢枕獏


 再読。読了後、眠ること出来ず――。


 極限を生きる充実、徒手空拳で大自然の拒絶をはねのける闘争、それ自体が純粋な目的と化す劇(ドラマ)――男達はなぜ山頂を目指すのか。


 カメラマンの深町誠がネパールの首都カトマンドゥの、とある店で1台の古ぼけたカメラを見つける。「これはマロリー卿のカメラではないのか?」。このカメラを巡って物語りの縦糸が編まれる。マロリーは1924年、山頂近くの8600mで姿を消したまま行方不明となった登山家である。「なぜ、山に登るのか?」と訊ねられ、「そこにそれがあるからさ(そこに山があるからだ)」と答えたのは余りにも有名。彼が残した最大の謎は、山頂に辿り着いたのかどうかという一点であった。カメラに収められたフィルムが回収されれば、その謎が解けるのだ。本書の初出は1994年7月から1997年6月に亘って『小説すばる』に連載。不思議なことに約2年後の1999年5月1日、マロリーの遺体は75星霜を経てアメリカ捜索隊によって発見された。


 前半では、杳(よう)として行方をくらませた伝説のクライマー・羽生丈二(はぶじょうじ)の過去に迫り、後半において、羽生が単独でエヴェレスト未踏ルートへ挑む様が描かれる。横糸を紡ぐのは、羽生と深町との絆。何と言っても羽生のパーソナリティが秀逸。山に対するどうしようもない思い、やむにやまれぬ情念が、人の歩んだルートを拒絶する。困難また困難を選ぶ生き方が、周囲との摩擦を必然的に生んでしまう。それでも尚、彼は山へ向かう。取りつかれたように山頂を目指す。


 日本で羽生が所属していた青嵐山岳会がヒマラヤ遠征を行うことになった。若き羽生は資金を用意できず不参加。荒れた彼が思い立ったのは冬の鬼スラだった。鬼でも攀(のぼ)れない鬼殺しのスラブ。谷川岳の難所中の難所のスラブ。羽生は井上にザイルを組もうと呼び掛ける。「おれは死にたくない」と井上がきっぱりと断る。


 羽生は身悶えし、涙をこぼした。

「おまえ、何のために生きてるんだ」(中略)

「山へ行くためじゃないのか。山へ行かないのなら、死んだも同じだ。ここにいて、死んだように生きてるくらいなら、山に行って雪崩で死んだほうがましだ――」


 羽生の“鬼スラ神話”が生まれた。彼の名は登山界で一気に知られるようになる。しかし、誰にも心を開かず、心無い言葉でパートナーを平然と傷つける羽生と、ザイルを組もうとする人間はいなくなった。


 一旦、ネパールから帰国した深町は羽生の過去を調べる。羽生はモンブラン北東に位置するグランドジョラスの登頂に失敗。50mを落下。全身打撲、右腕・左足骨折、肋骨3本骨折。そこから彼は片腕だけで脱出を遂げる。羽生の再びの神話は世界に名を知らしめた。


 グランドジョラスでの羽生の手記があるという噂を耳にした深町は、それを預かっているという岸涼子と会う。涼子の兄・文太郎は羽生と組んで滑落死している。一部では羽生がザイルを切ったというまことしやかな風聞が流れた。


 この手記が凄い。以下――


 左へゆくのは、おれのルートじゃない。それは他人がやったルートをなぞるだけの行為だ。まだ、誰もやってない直登のルートこそが、おれのルートなのだ。この岩壁におれが刻みつけることのできるものなのだ。


 人間の身体能力が破壊され、幻聴・幻覚が死への甘い誘惑を奏でる――


 ああ。

 岸のやつだ。

 きしのやつが、そこにぶらさがって、おれを見ている。

 あのときのかっこう。

 だいたいこつが、むねまでもぐりこんでいて、くしゃくしゃになってちみどろのかお。

 でも、わらっている。

 おいでおいでをしている。

 きしよ。

 きしよう。

 おれも、いきたいけどな。

 そこへいってやりたいけどな。

 まだ、ジョラスをのぼっているとちゅうなんだ。

 さいごまでやらせてくれ。


 この後、羽生は25mの登攀を単独でやってのけ、3000mを越える冬山で二夜に亘ってビヴァーグし、救助される。


 その羽生も五十に手が届こうとしていた。だが――


 まだ、収まっていない。

 登っても登っても、まだ、猛るものが心の裡(うち)にある。

 鬼が、心に棲んでいる。

 その鬼が、まだだといっている。


 標高8000mを超えると酸素は地上の3分の1。その過酷さは、眼底出血を催し、肺には水が溜まるほどだという。更に脳細胞をも破壊して脳浮腫に至る。ここまでくると幻聴・幻覚と現実との見境がつかなくなる。そして大気はマイナス40℃。なぜ、人間を拒絶するこのような場所を目指すのか。苦しむことがわかっていながら、どうして再び男達は山へ向かうのか。メモ帳の表紙を破り、鉛筆を短くして、フォークの柄をも切り詰め、トイレットペーパーの芯を抜いてまでして、彼等は体内から発した水分がテント内に凍りつくほどの死地へと赴く。


 羽生はマロリーの言葉を否定する――


 そこに山があるからじゃない。ここに、おれがいるからだ。


 山に登ることが生きることだった。彼等は地上での安穏を拒否する人間だった。日なたぼっこは彼等にとっては死そのもだった。山でしか生きられない男達。山に登ることは彼等の命に宿ったどうすることもできない業(ごう)だった。


 以下はエヴェレストでの羽生の手記――


 やすむときは死ぬときだ。

 生きているあいだはやすまない。

 やすまない。

 おれが、おれにやくそくできるただひとつのこと。

 やすまない。

 あしが動かなければ手であるけ。

 てがうごかなければゆびでゆけ。

 ゆびがうごかなければ歯でゆきをかみながらあるけ。

 歯もだめになったら、目であるけ。

 目でゆけ。

 目でゆくんだ。

 めでにらみながらあるけ。

(中略)

 もう、ほんとうにこんかぎりあるこうとしてもうだめだったらほんとうにだめだったらほんとうにもううごけなくなってうごけなくなったら――

 思え。

 ありったけのこころでおもえ。


 この一念心が羽生の生命(いのち)だった。我が身がどうなろうとも、彼の心は既に如何なる険難の嶺をも制覇していた。強靭なる一念は崇高な祈りに等しく、その烈々たる心が難局へと彼を駆り立てていたのだ。“波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す”という。羽生の生命の中に猛る波浪が、ぬるま湯につかったような生き方を断固として許さなかったのだ。彼は“壮絶”を生きた――。「そこに山があるからじゃない。ここに、おれがいるからだ」。この言葉が呼び覚ますのは「我思う、ゆえに我あり」との実存である。羽生にとっては、山こそが思想であり、哲学であり、そこにしか真実はなかった。


 小説とはいえ、安易な言葉を綴るのがはばかられる。本物の厳しさが沈黙を強いる。目指すべき頂上に歩を運ぶこと以外に人生はあり得ない。そして、地獄の苦しみを経たものでなければ、理解しようのない何かが、あの最高峰に存在しているのだろう。

追記


 本書の内容はその大半を、『狼は帰らず アルピニスト・森田勝の生と死』(佐瀬稔著、山と渓谷社)に依っている。批判する向きも多いが、読み物としてはこちらの方がずっと面白い。パクリと悪口を言うよりも、大半が事実に支えられている小説として読むべきだろう。


 2004-07-23

神々の山嶺〈上〉 神々の山嶺〈下〉

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