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2001-09-25

『マエストロ』ジョン・ガードナー


指揮者とスパイの顔を持つ男の光と影に満ちた人生


 上下巻合わせて6cm近くある。1285ページに亘る物語。その殆どが一人の老人の独白である。主人公は“不思議”という名の人生そのものである。世界屈指のオーケストラ指揮者、マエストロ・ルイス・パッサウの罪と栄光の物語。聞き手は、あのハービー・クルーガーだ。クルーガー・シリーズ(『裏切りのノストラダムス 』、『ベルリン 二つの貌』、『沈黙の犬たち創元推理文庫)の続編とも読める。


 パッサウの90歳を祝すコンサートが終わるや否や何物かが彼を襲撃する。間一髪で既に引退したハービーが救出。第二次大戦中にナチスやKGBとの関係を噂されたパッサウから真相を聞き出すために、ハービーは英国情報部との連絡を絶って、マエストロと2人で逃避行の旅に出る。


 ルイス・パッサウは筋道立てて供述することを頑強に主張し、自らの幼少期から晩年に至るまでを語り出す。一筋縄ではいかないパッサウと、百戦錬磨の元情報部員の戦いが幕を開ける。


「わたしの物語はおそらく君の耳の垢(あか)を一掃することになるだろうよ。ハーブ。まじりっけなしの本当の物語だ。笑いと涙がこもっている。声なき号泣、秋の花の静かなる凋落(ちょうらく)というわけだ」


 その内容たるや――


 ふつうの人間ならその重荷に耐えかねて死んだかもしれないほどだった。だがルイス・パッサウはふつうの人間ではなかった。そして彼の生涯の物語は、ハービーがこれまでに遭遇したどんな人間の体験談とも違うものだった。


 ユダヤ人として生まれ、アメリカに渡り、アル・カポネと知遇を得、女優を娶(めと)り、指揮者としての名声を一身に担った男の人生は、汚辱にまみれたものだった。20世紀の権謀術数が渦巻く世界の真ん中をパッサウは泳いできたのだった。


 ハービーがマーラーを愛好してることもあり、前三部作では折に触れてマーラーの楽曲が鳴り響いていた。ところが、この作品では、ありとあらゆるクラッシク音楽が取り上げられているといっても過言ではない。クラッシク好きの方であれば、2倍は楽しめるだろう。


 パッサウは冷戦の申し子だった。華やかな女性遍歴が物語りに彩りを添える。また、ハービーとイギリス情報部のミズ・パッキーとの恋物語も奏でられる。また三部作でハービーを罠に落とし入れた愛人のウルズラ・ツュンダーも登場し、重層な交響楽が轟くような展開となっている。


 ラストが悲劇となるであろうことはガードナーが伝統を踏襲しているので読めてしまうが、それにしても、これほどの大作を一気に読ませる筆致は相変わらず冴えているといっていいだろう。


 大柄で動きが鈍く、音楽をこよなく愛すハービーの印象は実に鮮やかで、フリーマントルのチャーリー・マフィンを凌駕するキャラクターである。


 オーケストラを名指揮で導くマエストロは、自分の運命の指揮を執ることがかなわなかった。彼の人生は、常に歴史の大波の上に持ち上げられていただけで、太陽の下に素顔をさらけ出すことができないような一生だった。その意味では豪華絢爛でありながら、救いようのない男の物語とも読める。


マエストロ〈上〉 マエストロ〈下〉

2001-09-23

私がこよなく愛する詩〜「結語」ユゴー/『ユゴー詩集』


 私の好きな詩をご紹介しよう。たまには、こういうのもいいでしょ。


 ヴィクトル・ユゴーの『懲罰詩集』より。尚、小さな「*」は脚注で、クリックするとジャンプできる。念のため。


「結語*1


 人間の良心は死んだ。乱痴気騒ぎの宴で、

 あいつ*2は良心の死骸の上にうずくまる。その死骸が好きなのだ。

 ときどきあいつは陽気に、勝ち誇り、赤い目をして、

 振りむいては、死んだ良心をひっぱたく。


 裁判官の奥の手は淫売になりさがること。

 正直者は聖職者の圧力にふるえあがってとり乱す。

 陶器師の畑から聖職者たちは財布を掘り出す*3

 シブールはユダの売った神をまた売りわたす*4


 あいつらは言う、「カエサル*5様が治めているのだ、軍神が

 彼を選んだのだ、国民よ従え、従うべきだ!」と。

 あいつらはその手をぎゅっと握りしめて、歌いながら歩いていく。

 すると、指のあいだから金貨がのぞいているのが見える。


 ああ! 教皇に祝福された、あのならず者、

 あの君主、追剥ぎ君主が位についているあいだは、

 片手に王杖を持ち、片手に強盗のやっとこを持ったあいつ、

 サタンがマンドランを刻んで作りあげたあのシャルルマーニュ*6が、


 あいつが悪事にふけっているあいだは、共和国憲法への誓いや、

 美徳や、宗教の名誉をバリバリ噛み砕きながら、

 酔っぱらった恐ろしい顔つきで、我々の栄光に恥を吐きかけながら、

 大空の太陽の下にこんな姿を見せているあいだは、


 たとえ民衆の卑しさが昂じて、

 あの憎むべきペテン師を崇(あが)めるようになろうとも、

 たとえイギリスやアメリカさえもが

 亡命者に向かって、出ていってくれ! 俺たちは怖いんだ! と言おうとも、


 たとえ我々が枯葉のようになろうとも、

 あのカエサルのご機嫌をとろうとして、人々が我々みんなを見捨てようとも、

 追放された者たちが、戸口から戸口へ逃げまわらねばならなくなろうとも、

 釘に引っかかったぼろきれのように、人々の手で引き裂かれて、


 神が人間の卑小さに抗議を行っている砂漠が

 追放された者たちを追放し、追いたてられた者たちを追いたてようとも、

 たとえ世のすべてのものと同じように、いやしく卑劣な

 墓が死者を外に放り出そうとも、


 私は断じて負けない! 繰りごとなど言わず、

 泰然として、胸に悲しみを抱き、あの羊のような群集を軽蔑しながら、

 亡命の立場を一途に守り、おまえを胸に抱こう。

 祖国よ、ああ、私のぬかずく祭壇よ! 自由よ、私の捧げる旗よ!


 高潔な同志たちよ、私はきみたちと同じ理想を抱いている。

 追放された者たちよ、共和国こそ私たちを結ぶもの。

 私は誇りに思う、世の人が辱めるすべてのものを。

 私は侮蔑する、世の人が祝福するすべてのものを!


 私は喪の服に身を包んで、

 災いあれ! と言う声となり、否! という口になろう。

 おまえの下男どもは、おまえにルーヴル宮*7を見せるだろうが、

 私のほうは、カエサルよ、おまえが入る狂人用の監禁室を見せてやろう。


 かずかずの裏切りや、おもねり従う者たちを目の前に見ても、

 私は腕組みをし、憤りながらも、泰然自若としてたたずんでいるだろう。

 倒れさった者を愛してうち沈む誠実な心よ、

 どうぞ私の力と喜びと青銅の堅固な柱になってほしい!


 そうだ、たとえほかの人々が屈しようと、亡命の地にがんばろうと、あの男がいるあいだは、

 ああ、フランスよ! 我々が愛し、いつもその不幸を嘆いているフランスよ、

 私は二度と踏むまい、おまえのやさしく悲しい国土を。

 私の祖先の墓、私の愛する者を育てた土地よ!


 私は二度と見るまい、我々を引きつけるおまえの岸辺を。

 フランスよ! 私のなすべき義務のほかは、ああ! すべてを忘れよう。

 試練を受ける人々のあいだに、私は自分のテントを張ろう。

 追放されたままがんばろう、意気軒昂として立っていることを望んで。


 たとえ果てしなくつづこうとも、私はつらい亡命を受けいれる、

 意志強固だと信じていた友が屈服してしまったかどうか、

 また、亡命地にとどまるべき者の多くが帰国してしまったかどうか、

 そんなことは知ろうとも、考えようともせずに。


 あと千人しか残らなくなっても、よし、私は踏みとどまろう!

 あと百人しか残らなくなっても、私はなおスラ*8に刃向かおう。

 十人残ったら、私は十番目の者となろう。

 そして、たったひとりしか残らなくなったら、そのひとりこそはこの私だ!


ジャージー島にて、1952年12月2日


【『ユゴー詩集』辻昶・稲垣直樹訳(潮出版社)】

*1:原文は Ultima verba というラテン語。このラテン語には、『懲罰詩集』を締めくくる「結語」という意味と同時に、「最期(いまわ)の言葉、遺言」という意味もある。

*2ナポレオン3世を指す。

*3:「マタイによる福音書」第27章3-10によれば、ユダはイエスを売りわたして得た報酬を聖所に投げ捨てた。それを拾った聖職者たちはその金で陶器師の畑を買ったということである。いままた、この出来事の二番煎じで、聖職者たちはナポレオン3世に協力することで不当な利益を得ているという意味。こうした聖書の記述の解釈には、あるいはユゴーの思いこみがあるかもしれない。

*4:シブールが、神に仕える身でありながら、「邪悪な」ナポレオン3世に積極的に協力したことを指す。

*5:ここでは、ナポレオン3世のこと。

*6:マンドランは、18世紀フランスの有名な盗賊。シャルルマーニュは9世紀の西ローマ皇帝。ナポレオン3世はもともとは、「大泥棒」なのだが、それが悪魔の力によってシャルルマーニュのような権力者に姿を変えたという意味。

*7:フランスの数多くの王たちが住んだ壮麗な宮殿。現在では、この一部はルーヴル美術館になっている。

*8古代ローマの将軍、政治家(前138〜前78)。独裁官となり、反動政策を進めた。ここではナポレオン3世を指す。

2001-09-21

ニュース拾い読み・書き捨て 13


 湾岸戦争では国民1人あたり1万円を負担したが、この巨額支援にも世界の評価は低かった。侵略から救われたクウェートは、米紙に「ありがとう地球家族の国々」と広告を出したが、挙げた30か国に日本の名前はない。支援が資金面に偏ったこと以上に、地球家族の一員としての強い決意を世界へ発信できなかった失敗だろう。


【「編集手帳」読売新聞 9月21日付】


▼そして読売新聞では毎日、夕刊一面のコラム「よみうり寸評」にて参戦ムードを盛り上げるのに余念がない▼湾岸戦争時の「トゥー・リトル、トゥー・レイト(少な過ぎる、遅過ぎる)」という米首脳の発言も先日、紹介されていた▼21日付の朝刊では「テロリストは国家とは違う。話し合いのみで平和に解決すべきだという論調は非常におかしい」との山内昌之東大教授の寄稿が▼米同時多発テロに関する読売の論調は、大本営発表を垂れ流していた半世紀前を思わせるほどだ▼「編集手帳」子が言っているのは、「世界から高い評価を得るためなら、なんでもしよう」という阿諛追従(あゆついしょう)に過ぎない。更にクウェートから認められなければ地球家族の一員ではないと思い込んでいるのは読売さんだけではないのか?▼私を含めた平和的解決を望む多くの人々が抱いているのは、暴力や殺人を否定する極めて常識的な感覚なのだ。特定の理由があれば、罪なき人を巻き添えにする戦争行為が許されるのか、という疑問に他ならない▼私は、山内某に窺いたい。では、ある個人が不意打ちの暴力に襲われた場合、どうすべきであると考えているのか、と▼国際間の政治力学から見れば、国を挙げて応援すべきかもしれない。また、戦争後の国際経済への影響を鑑みれば、財政的な支援も惜しむべきではないだろう▼だが、そんな思惑は真っ平御免だ。いつまでも金魚の糞みたいにアメリカのケツを追い回すのはやめたらどうなんだ▼世界の目を気にし、後で何を言われるかを恐れ、仲間外れにされることに戦々恐々とする国なんぞが、所詮、何をやったところで、どこの国からも信用されませんよーだ。

2001-09-18

『緊急深夜版』W・P・マッギヴァーン


善と悪に引き裂かれる人間ドラマ


 何冊かのミステリを読んで肩透かしを食らった後は、自(おの)ずから昔、読んで面白かったものを本棚から取り出してしまう。ドラマに飢えた中年男の悪しき癖である。


 今から20年ほど前に初めて読んだマッギヴァーンの作品だ。松本清張が苦手な私は「これこそ社会派ミステリだ!」と一読後、小躍りしたものだ。確か、会社の私設図書棚にあったものだ。その後、マッギヴァーンが物した作品は数冊読んだが、最も強烈な印象を受けたのは本書であった。


 主人公は新聞記者のサム・ターレル。この理想に燃えた若者の元に密告電話が入る。ターレルが動き出すや否や、奇怪な事件が起こる。一人のいかがわしい女が殺された。その傍で清廉潔白で鳴り物入りの市政改革派の候補者が発見される。警察の捜査はそこそこで打ち切られてしまう。市政が絡んだ陰謀だった。容疑者らしき人物を発見した警官は口をつぐみ、挙句の果てには殺害されてしまう。


 市の至るところが悪徳によって汚染されていた。ターレルは汚穢(おわい)を掻き分け、一人、真実に向かって進む。


 20年という歳月をはさんで再び手に取ると、感動したという事実は覚えているものの、内容はきれいさっぱり忘れ去っていた。19歳の時に読んでも、38歳になって読んでも感動するというのは、私に進歩がないことを踏まえても、やはり素晴らしい作品である。派手さはないが、いぶし銀のような光を放っている。どおくまんの漫画であれば、さしずめ「シ、シ、シブイ!」といったところ。ジョン・ボールの『航空救難隊』(ハヤカワ文庫)を思わせる作風である。


 謎解きではないだが、最後に大どんでん返しがある。読者が男性であれば涙を催さずにはいられないだろう。「よっ、男だねえ」という世界である。清濁併せて呑んできた一人の男が丸裸となった時、思いも寄らぬ行動をとる。それで罪滅ぼしになるとは思わないが、男を上げたのは紛れもない事実だ。


緊急深夜版

2001-09-17

ニュース拾い読み・書き捨て 11


9月11日、アメリカにて同時多発テロ発生


▼メディアはこれ一色である。私が購読しているメールマガジンもほぼ90%が、この内容で染まっている。ということで書かないわけにもいかなくなってしまった▼死亡者推定5000名という大惨事。これが、いつ、どこの国で起こり得てもおかしくない状況となってしまった▼日本政府は法律を改定して、後方支援を可能にしようとしている▼ブッシュ大統領は「戦争だ」として国威発揚に拍車をかけた。NATO挙げての戦争状態となれば、大変な被害に及ぶことだろう▼容疑者とされるビンラディン氏だが、どのような証拠が発見されたのだろうか。具体的なことを私は寡聞にしてしらない。それにしても、早い捜査結果だった▼アメリカ本土を襲われたのだから、“世界の警察”の威信はしこたま傷ついたことだろう▼私が恐れるのは、現在の状況がアメリカ側からの情報によって報道されているところ。それと、今回の事件によって、アメリカ全土が強烈な国家意識を持ち始めたことだ▼「目には目を、歯には歯を」の論理では何も生まれない。だが、“やられたらやり返す”そんな論理が大手を振って世界を歩き回っている▼私は戦争には断固、反対だ▼罪の無い子供や女性が犠牲になることは目に見えている▼世界の英知を集めて、戦争回避の方途を見出すべきである。▼テロを防ぐことも大事だが、警察国家のようになるのはお断りしたい▼テロは絶対に許されるべきではない。だが、アメリカ側に反省がない限りは、いたちごっこのような結果になるのではないか▼最後に、亡くなった全ての方に哀悼の祈りを捧げます。行方不明者が一人でも生存されてますよう念じております。

2001-09-10

豆腐に目覚めた人生


 これら(自分に伴うあらゆる責任)の要素を完全に自分のものにするには、常にプロフェッショナルとしての意識を研ぎ澄ましておかねばならない。それは口に入れるものひとつとっても、細心の注意を払うことから始まる。


【『狼たちへの伝言 3 21世紀への出撃』落合信彦(集英社文庫)】


 こう語ったのは夭折(ようせつ)した天才ドライバー、アイルトン・セナだった。


 何を隠そう私も口の中に入れるものには細心の注意を怠ることがない。特に、買ったまま忘れていたヨーグルトを食べる時なんぞは、注意のメーターがレッドゾーンの域まで達する。私の家には冷蔵庫がないのだ。丸一日以上、真夏の部屋に放置されたヨーグルトを食べるという行為が、どれほどの冒険かお察し願いたい。


 とか何とか言いながら、実際の私の食生活は実に杜撰(ずさん)なもので、血となり肉となれば何でもよしとするのが特徴である。随分と前の話になるが、何も食べるものがないので、非難訓練の際に消防署からもらった“乾パンセット”を食べて過ごしたことがあった。普通の人であれば、こうした時に感じるのは、やるせなさ・切なさ・物悲しさなどであろう。しかし、私の場合、「お、乾パンも、たまーに食べると、なかなかオツなもんだな。粗食という感じが何とも言えナイス!」などと、ふざけた駄洒落を考えた記憶がある。


 経費節減のためとあれば、どんな食材でも使う外食産業やコンビニ弁当によって私の胃袋は痛めつけられている。一昨年、十二指腸潰瘍が3つあることが判明した。私は医師に「ストレスですよね?」と何度も訊ねたのだが、医師からは「違います。随分、以前からあったもので、刺激物の取り過ぎですね」と告げられた。


 この頃から食べ物に対して多少は考えるようになった。唐辛子・胡椒などの香辛料も少なめにするよう心掛けた。ヨーグルトを毎日食べるようにしたのは、ビフィズス菌を飼い慣らし、潰瘍を攻撃する指令を与えようと考えたからだ。不思議なもので、こうなってくると今まで気にならなかったものが、どんどん気になるようになってきた。意味もなく「タウリン1000mg」という言葉なんぞに反応してしまうのである。


 私の周囲から夏が立ち去ろうとしていたある日、豆腐を買った。コンビニの中でウロウロしていたところ、突然、豆腐に目を吸い寄せられた。一瞬にして私は先輩が語っていた話をまざまざと思い出した。「小野君、豆腐は身体にいいんだよ。1日1丁ぐらいは食べるべきだな」と、運送屋で豆腐を配達してる先輩がよく語っていたのだ。38年の人生で生まれて初めて豆腐を買った。


 信じられない美味さだった。こんなモノが世の中にあったのか! と叫びたい気持ちを押さえるのに一苦労した。冷ややかにして滑らかな口当たり、咀嚼することを要さずして胃袋に溶け込んでゆく。更に、十二指腸潰瘍の上を涼しげに撫で去ってゆくのだ。“畑の肉”なんていう形容は弱過ぎると思わず悲憤慷慨したほどだ。


 それからというもの、毎日、豆腐を食べている。1日で3丁食べることも珍しくない。私は既に豆腐さえあれば、この先、生き続けてゆくことができる。


 豆腐三昧の日々が開始されて1週間後のこと。「そうだ!」と妙案を思いついた。削り節をまぶせば、もっと美味くなることだろう。併せて、辛口の中華ドレッシングも買ってきた。高鳴る鼓動を押さえつつ私は手を合わせてから豆腐を試食した。豆腐の上には場外乱闘になるほど大量の削り節がかけられていた。削り節の香りが鼻をくすぐり、豆腐が口に入った瞬間、私は気絶しそうになったね。削り節がかもし出す磯の香りと、豆腐が織り成す土の匂い。海と大地の絶妙なハーモニーが、まったりと溶け合い、その間を、ドレッシングによって中国大陸の風が吹き抜ける。「オウ! トレビア〜ン! デリシャス! ナマステ! スパシーバ! アンニョンハシムニカ! ツァイチェン!」とワケのわからん外国語を並べ立て、私はエクスタシーに達していた。


 ふと思ったのだが、ひょっとすると豆腐依存症候群になったのかも知れぬ。遠からぬ内に、ケツから豆腐が出てくる日が訪れることだろう。

2001-09-06

ニュース拾い読み・書き捨て 10


【読売新聞 2001-09-05付夕刊】


▼毛髪の約2000分の1.25ナノ・メートル(100万分の25ミリ)の細さで、半導体などを簡単に加工できる技術を日立製作所が開発。この装置、従来の4分の1の細密さで、値段も10分の1とお得。ナノ・テクノロジー研究の底辺拡大とスピードアップに役立つそうだ。▼夕刊1面には紫色の背景に金色に見える文字で般若心経が書かれている。見ようによっては、パソコン画面に映る文字と遜色がない▼ところが翌6日付夕刊によると、この般若心経の最終行に誤植があったという。一文字抜けてるようですな▼日立の製作者が「世界最小の誤植ナノ」と言ったかどうかは不明。

2001-09-05

目撃された人々 8


 一昨日のことである。 なんだかわからんが両国を横断する清澄通りに出店が建ち並んでいた。私はスクーターにまたがって、蔵前橋通りとの交差点で信号待ちをしていた。右手の派出所に目をやると、緑色のベレー帽をかぶった老人が、道を訊ねられて案内をしている模様だった。背筋がピンとしていて、やや長身の老人を見てボンヤリしていた。「あ!」と私はヘルメットの中で叫んだ。「ま、ま、まさか、元グリーンベレーじゃないだろうな!」。直後に一人、笑い声を上げた。

2001-09-04

時代の波を飛び越え、天翔けた男の物語/『始祖鳥記』飯嶋和一

 空への憧れ。それは地に束縛されるものにとって宿命なのかも知れない。無窮の彼方に向かって飛翔する夢。それは無限の可能性を示すものであり、翼のない動物にとっては文字通りの自由を意味する。


 物語は1785年、備前岡山から幕を開ける。


 国を挙げての大飢饉、天変地異。乾いた雑巾から一滴(ひとしずく)の水を搾り取るように課される年貢。貧しい庶民はバタバタと地に倒れ、再び目を覚ますことはなかった。この頃、岡山城下では深夜になると鵺(ぬえ/仮想の怪獣のこと)が飛び回るという噂があちこちで囁かれる。源三位頼政(げんざんみよりまさ)が射落とした怪鳥鵺と同じく「イツマデ、イツマデ」と鳴き声をあげては、藩の失政を嘲(あざわら)っているという。塗炭の苦しみに喘ぐ庶民は、自分達の声を代弁したものと受け止め、喝采を上げる。まことしやかな噂は諸国にまで駆け巡った。その鵺と目された人物が幸吉であった。


 幸吉が縄を受ける身となり引っ立てられたその時、見送る人々は手を叩き歓声を上げた。英雄扱いをする余り「あっぱれ、紙屋」などと叫ぶ者までいる。事ここに至って幸吉は自分の行動の意味を知った。幸吉、数えで二十九歳であった。


 幸吉は飛びたいから飛んだだけだった。しかし、尋常ならざる行為が、打ちひしがれる人々に都合のいい解釈を与える結果となった。逆から考えれば、それほどまでに人々が苦しめられていたともいえる。


 真っ黒な闇の中から、大きな動物が飛び立つ姿を見れば、誰しも不吉な想像をせずにはいられなかったのだろう。それをお上への批判と意味づけることも、さほど時間を要することもない。明日の我が身がどうなるかわからぬ人々にとって、幸吉の存在は一筋の光明に他ならなかった。


 幼少から凧揚げに異様な熱を上げた幸吉。凧を揚げるのはどこの子供でもやることだが、幸吉は骨組みにまで手を加え、様々な意匠を凝らして少しでも高く揚げることにこだわった。夕暮れが迫る中で幸吉の凧だけが残照を浴びて金色(こんじき)に輝いている。「……岡山からも、見えとるかなあ(p45)」。それは別れて暮らすようになった弟の弥作に見せようという兄の思いやりだった。


 後に幸吉は弥作の養子先に養われることとなる。兄弟の愛情を描いた場面はいずれも秀逸。弥作が幸吉に対して言う「ああやん」という言葉の響きには、胸が締めつけられるほどの郷愁が溢れている。


 自分が為したいことを誰に遠慮することもなく果たさんとした幸吉の生き方に多くの人間が心を動かされる。幼馴染みの源太郎もその一人だった。所払いとなった幸吉を故郷の地で向かえた源太郎がこう述懐する。


 気がつくとため息ばかりついてる。16年ぶりに聞いた幸の噂は、そんなおれの目を覚まさせた。おれはこんなところで、いったい何をやってるんだと、無性に己に腹が立ってきた。お前が空飛んで入牢させられた話は、おれが誰だったのかを思い出させた。


 お上によって身ぐるみ剥がされた幸吉は源太郎の船に乗る身となる。


 人が人を呼び、男が男を呼び寄せる。飯嶋作品の特徴は主人公と双璧を成す人物が登場し、二人の人生がうねりを上げて交錯するドラマを描くところにある。この作品では、地廻(じまわ)り塩問屋・巴屋の当代伊兵衛である。伊兵衛は飢饉のあまり無理心中したと思われる親子三人の亡き骸を見て自分を罵る。まだ幼い二人の娘は伊兵衛の娘と変わらぬ年頃だった。もはや手をこまねいている時ではないと立ち上がった伊兵衛は、良質の塩を廉価で人々の手に渡るよう、知恵を尽くす。


 物語はもう一本の大きな糸を紡ぎ出す。伊兵衛の戦いは周囲の塩問屋との戦いでもあり、お上との戦いでもあった。20代の伊兵衛は、二人の幼い亡き骸を思い出しては、何としても仇を討たんと粉骨砕身の働きをする。良質の塩が遠方の民から歓ばれ、あっという間に売れる。作れど作れども売れてしまう伊兵衛の塩。遂には塩が足りなくなってしまった。絶体絶命かと思われた時に、手を差し伸べたのは源太郎だった。


 伊兵衛と幸吉はすれ違うような出会いしか重ねてない。だが、伊兵衛が意を決して自分の事業で勝負を打って出たのは、悪政を指弾して空を飛んだ男の噂があったからだと述べた。


 黄金は掃き溜めにあっても輝きを失うことはない。船を下りた幸吉は駿河府中に身を置き、木綿を商うようになる。すでに不惑の年齢を過ぎていた。斗圭(時計)を直したことが縁で幸吉は町名主の仁右衛門と知遇を得る。異国語を解し、抜きん出た表具の技を持つ幸吉は、まるでレオナルド・ダ・ヴィンチさながらである。仁右衛門は幸吉に惹かれてゆく。仁右衛門から端午の節句に凧を作って欲しい旨が伝えられる。揚げ納めの際、各町から大凧が出されるのだ。幸吉が住む江川町はここ数年、凧を出してないという。


 幸吉は人々が度肝を抜かすような凧を、悠々と大空に舞わせた。このことが幸吉の胸に沈んでいた埋み火に風を吹き込ませた。人生で行き交う人々から、昔の自分の噂話を他人事のように聞いてきた男が、再び、大空へ引き戻された。


 己がなぜただの表具師ではいられなかったのか。あるいは、なぜただの木綿商人としてとどまれなかったのか。時の節目に、幸吉が自ら不可解に苦しむのは何よりそのことだった。(中略)

 暮し向きが定まれば、所帯を持つことを人は考える。子をもうけ、妻子を養うために日々を送って年老いてゆく。腕のいい表具師と言われ、他国木綿の移入で財をなした商才のある者と呼ばれ、あるいは運がいいと噂される。通常人が望むものが目の前にあっても、その時に幸吉がまず感じたものは耐えがたい腐臭だった。(中略)

 いずれ永遠が目をさませば、この生は即座にかき消える。その時がいつやって来るのか、全くわからない。だが、必ずそれは訪れる。何かに収まってしまうことは、それからの生をただ無駄に費やすことのようにしか思われない。流れがせき止められた水のように、そこには停滞した腐臭しか感じられなかった。若かった頃、なぜ表具師として別家を構えながらあの馬鹿げた凧乗りに打ち込んでいかざるをえなかったのか、五十路近くに至ってやって見えてきていた。(中略)

 飛ぶことは、すべてを支配している永遠の沈黙に抗(あらが)う、唯一の形にほかならなかった。


 生きてゆくことさえ自由にならない時代の中で、一人の男が迫害されても、社会的な抹殺の仕打ちにあっても尚、あきらめることなく自由を追い続けた。それは、いつ訪れるかわからない死との戦いであった。捨て身の覚悟があって、初めて生のエネルギーは完全燃焼する。幸吉にとって、それが飛ぶことだった。その信念の生き方に人々は希望を見出した。尾ひれがついた噂とはいえ、多くの人々に勇気を与えたのは、紛れもなく幸吉という男が発した人間性の光であった。離れ離れになった幼い弟を励ますつもりで揚げていた凧と、幸吉が飛翔する姿がオーバーラップする時、人の一念の不可思議な劇に感動を抑えることができない。

始祖鳥記 始祖鳥記

(※左が単行本、右が文庫本)

2001-09-03

『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子


 彩花ちゃん、今ごろあなたは既に生まれ変って、どこかお母さんの近くにいるのでしょうね。


 あなたのお母さんが綴った本を読みました。あなたが亡くなったことは、全国を揺るがせた悲しく許し難い事件で、わたしも知っていました。そのお母さんのお心はどれほどのもであるか察するに余りあるものでしょう。手記を読むことでわたしが少しでもその悲しみを共有することができれば、と思って手にとってみたのです。わたしにも彩花ちゃんと同い年の娘がいます。あなたのお母さんがあなたを大事に思うのと同じように、わたしも娘をとても愛していて、自分の命より大事だと思っています。その娘が、ある日突然他人の手によってその生を永遠に奪われてしまう、これほど辛く悲しい出来事はありません。けれど、どんなに想像してみても、本当の悲しみは当事者でなければわからないことでしょう。そのことに申し訳なさを感じながら読み始めてみました。ところがね、驚いてしまったの。悲しみを共有するどころか、反対に私のほうが励まされ、読み終えた今では子供達へのますますの愛情や自分の中にある勇気を信じる力、そして明日からまた続いていく未来への希望、そんなもので心の中は今いっぱいになっているのです。


 嬉しいことに読み始めてすぐ、わたしとお母さんには共通点があることがわかりました。それは、「息子も娘も、偶然にわが家に生まれてきたのではないと思っています。この二人は、まぎれもない私たちとの『縁』によって、遠いところから間違いなく夫と私を選び取り、私のお腹を借りてやってきてくれたのだと信じています。決して、誰でもよかったのではありません」とお母さんが考えているところです。わたしも、うちの子ども達はわが家に必要なメンバーだったから、お互いに呼び合って、私たちを家族と選んで生まれて来てくれたと思っています。生まれたてのくにゃくにゃの赤ちゃんを抱いて「やっと会えたね、ずっと待ってたのよ」と声を掛けチュッとしたあのホッペのあたたかさ柔らかさは今でも覚えています。きっと彩花ちゃんのお母さんも同じ気持ちだったでしょうね。


 そんな大事な娘を他人に奪われた悲しみ、悔しさ、怒り、苦しみ、そのような状況の中へ一人にしてしまった後悔、自分を責め、なぜこんな事件があったのか、なぜ彩花ちゃんでなければいけなかったのか、彩花ちゃんの身に起きたこと、自分に降り掛かってきた事を受け止めなければならないこと、自分の中に受け入れなければならないこと。どうやって納得して心に収めていくのか、この問題は実は私にとっても意味のあることでした。この事件から逃げることや忘れることをせず、しっかり目を開け、心を開いて立ち向かっていったお母さんは立派でしたね。恐ろしいことにも目を背けずに臨む姿勢は、人間として見習わなければいけないことだと気づかされました。


 わたしには子どもの頃、とても悲しく辛いことがたくさんありました。2歳の時に母と別れたので、母のわたしを呼ぶ優しい声やあたたかい抱っこの記憶がありません。寂しさに加え、一緒にいた父には、わたしの存在は怒りの対象にしかならなかったのです。その事がどうしても悔しくて悲しくて、あった事をみんな心の奥深くにしまってしまいました。心がザワザワするよりは忘れた振りをしている方がずっと楽なのです。そうして結婚するまでずっと、楽しいことが全く無い家庭で暮らしてきました。この気持ちは誰にも打ち明けず、外では「明るい笑顔のわたし」で過ごしてきました。けれども、いくら忘れた振りをしていてもその事実が無くなったわけではありません。ときどきフッと浮かんできてはとても悲しい気持ちになります。特に子どもが生まれてからは「こんな可愛いわが子を、どうしてお母さんは置いていったのかしら」「どうしてわたしだったのかしら」「本当なら違う暮らしをしていたはずなのに」と、たまらなく悔しくてあきらめきれない怒りに襲われて、その気持ちがどうにも処理できず、すっかり疲れ切ってしまうことも度々ありました。事実を許さず受け入れず、そのことに囚われて自分のことを哀れんでばかりいました。けれどもある日、そんな親をわたし自身が選んで生まれてきたんだと気づいたのです。そして今度はその理由を探したくなりました。そんな時、彩花ちゃんのお母さんの本を読んだのです。


 運命が動いていくときというのは、人間があらがってもあらがってもどうしようもないくらい、すべてがひとつの方向に流れていきます。人間は、定められた運命や宿命というものの前では、まったく無力なのでしょうか。私は今、人間を貫く運命というものの巨大な力を思い知らされながら、しかし、ときに人間は、流されてしまったように見えるなかにも、運命を乗り越えて勝ってみせることができるのだと信じられるのです。


 このくだりでは勇気と希望を感じることができました。わたしに起きた納得できない、取り戻すことの出来ないわたしに向けられるべき母の愛、この悔しさや悲しさに立ち向かい、乗り越えて、心からの笑顔を取り戻すことが本当にできるのかも、という希望です。母からの愛情を渇仰したわたしが、今、溢れ出る愛情で子ども達を包んでる。そうしてわたしの心が満ちていくことを確かに感じていました。それでも心の中には常に暗いものがあったままでした。でも、そこにとうとう希望のひかりが射したのです。


 わたしがもっとも心を打たれたのは、どんな状況にあってもそこに留まらず、前進しなければいけない、という考えです。彩花ちゃんのお母さんに、手を取ってもらって歩き出したような気がしました。


 運命だからあきらめよう、というあきらめの思想でも、私たちは悲しみの現場に置き去りにされてしまいます。生きる勇気を奪われてしまいます。憎しみとあきらめを乗り越えて、私たちは前に進しかないのです。新しい生き方を切り開いて、すべてを「価値」に変えていくしかないのです。


 わたしは自分にあった出来事を、変えられないならあきらめようと自分に課していました。あきらめればすっきりした気分で歩き出せると信じて疑わなかったのです。けれど、それはまったくの誤りで、間違っていたからこそ、どうにもこうにも前へ進めず苦しばかりがつきまとっていたことに気づいたのです。わたし自身に起きたことは、わたしにとって必要不可欠な出来事で、これを自分の「価値」として「栄養」に変えていくことこそが、わたしの課題だったのです。


 苦しみながら立ち止まっていては何も生まれません。悲しみや辛さだけで心は一杯になってしまいます。それと同じく愛情や優しい気持ちで、心を一杯にすることもできるはずです。それどころか、わたしが溢れるほどの愛情をもって子ども達を抱き締めても、心の中にはまだあり余る愛情が溢れてきます。母もきっと、そんな気持ちで遠く離れて暮らすわたしを思っていてくれただろうと、今ではとても自然に信じられるのです。そして、わたしが幸せにならなければ、もちろん母の幸せもあり得ないと気づいたのです。今はとてもゆったりとしたあたたかいもので、心の中が満たされています。進んでいく道が開けたので、もうそれほど苦しむこともないでしょう。


 彩花ちゃんを亡くしたお母さんの苦しみにはほど遠いものですが、わたしの問題もまた、わたしにとっては抱え切れない苦しみでした。けれどもお母さんの気持ちに、わたしの気持ちを重ねて読み進んでいくうちに、不思議な力が湧いてくるのがわかりました。この先なにか大変なことがあっても、頑張って乗り越えていける力だと信じています。幸せに向かって歩き続け、努力する力です。こんな素晴らしいことを教えてくれた彩花ちゃんとお母さんに感謝の気持ちを伝えたくてこうして手紙を書きました。とうとうわたしを抱き締めることなく、去年亡くなったわたしの母の分のお礼もつけ加えます。本当にありがとう。


 最後に、加害者の少年に対して「共に苦しみ、共に闘おう。あなたは大切なわたしの息子なのだから」と手を差し伸べる山下さんには心から敬意を表します。母性というものは、無限の包容力に支えられていることを知りました。


 彩花ちゃんへ。それから、いつか母になる娘へ――。


【のり】

彩花へ―「生きる力」をありがとう 彩花へ、ふたたび―あなたがいてくれるから (河出文庫)

2001-09-01

目撃された人々 7


 新宿のとある大きな書店でのことだ。


 私の右側に若い母親が立っていた。まとわりつくように二人の少女。まだ、学校には上がってないほどの幼さだった。4歳か5歳と思われる上の子が母親のシャツの袖を引っ張った。


「ねえねえ」と落ち着いた声。


「この間、おかあさんが探してるって言ってた本、なんだっけ? ここならきっとあるよ。わたし、探してくるから」


 若い母親は「いいわよ」と邪険な返事をした。


 二人の少女は、本の題名を聞くこともなく小さな身体を躍らせるように走って行った。題名を聞いたところで彼女達には文字が読めなかったことだろう。


 しばらくすると、息堰(せき)切った二人が母親の元へ戻ってきた。上の子はポツリと「なかったよ」と呟いた。母親はこれを無視。「なかったに違いない」と私は密かな確信を抱いた。


 少女二人を見下ろしたままの姿勢で私はニヤリと笑った。少女は共にキョトンとしていた。


 ただそれだけの、夏の終わりに差し掛かった土曜日の夕刻である。