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2002-05-01

目撃された人々 16


 電車の吊り革につかまっている時だった。私の右斜め前に行楽帰りとおぼしき家族連れが座っていた。子供2人に母親とおばあちゃんの4人組。大人達は疲れ切った表情でどっかと腰を下ろしていた。上の女の子はまだ2歳になっていないだろう。下の子はおばあちゃんの腕の中で眠っていた。


 女の子は座席に立ったまま、矢継ぎ早の質問で母親を責め立てる。子供は皆、学者の卵みたいに探究心が旺盛だ。「次の駅はどこなの?」「新小岩よ」「ちんこいわ?」「違う、し・ん・こ・い・わ」「ち・ん・こ・い・わ」。私は忍耐力を総動員して笑い声を抑えた。女の子は何度やっても「し」の音を発音できない。そこで、おばあちゃんが援護射撃を繰り出した。「『白い』って言ってごらん」「しろい」。さすが年の功である。すかさず発想を転換するあたり、このおばあちゃん、只者ではない。「じゃ、新小岩」「ち・ん・こ・い・わ」。ハイ、おばあちゃんの負け(笑)。


 ホームで擦れ違う電車が並んで停車した。座席の上に立った少女の前には3歳ぐらいの男の子がドアの向うで佇(たたず)んでいた。女の子は窓に顔をくっつけんばかりに持ってゆき、とっておきの笑顔を見せる。男の子は、はにかみながら隣りに立っているお母さんの方を見上げた。電車が同時に動き出した。少女が手を振る。遅れ馳せながら少年も手を振った。私はこの微笑ましい光景から感銘に近い何かを感じた。濃密なコミュニケーションといえばいいのだろうか。見知らぬ者同士であっても、手を振ることのできる彼等のような心が世界中に行き渡れば、平和な世界も決して夢物語で終わらないはずだ。


 そんな少女の行動に気づくこともなく、母親は携帯電話にメールの文字をせっせと入力していた。おばあちゃんは、とっくに夢の中――。

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