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2002-07-06

目撃された人々 17


 6月23日の深夜0:00を少し越えた頃だ。相棒の運転する車に給油をし、路上に出て信号待ちしていた。交差点の右方向から猛スピードで走ってくる車の音がした。瞬時に眼の前を黒っぽい車が、時速100km以上の速さで駆け抜けていった。前後して大音響。私は相棒に言った。「左へ行った車を追え!」と。


 交差点にゆっくりと進入し、左右を見ると、左側には何も見えず、右側を見た相棒が声を挙げた。「こっち!」。


 慌てて右折すると、街路樹に突っ込んだパトカーの無残な姿があった。既に、パトカーを遠巻きにして、数人の野次馬がいた。野次馬の一人は携帯電話で110番通報をしていた。車を飛び降りて私は助手席の窓を叩いた。ドアを開けて声を掛ける。「大丈夫?」「はい、何とか……」。運転席にいた警官が答えた。無線機で懸命に発報していた。


 助手席の警官の様子がおかしい。「ちょっと、お巡りさん、大丈夫?」。返事がない。倒れかかったリクライニングシートにもたれたまま、白目を剥(む)いて、呼吸する度にいびきをかいていた。運転席の警官が発報を続ける。「こちら、○○、今、車が大破しました。○○ちゃんがいびきをかいています。至急、応援願います」。助手席の警官は、声を掛けるが一向に反応が無い。「こんなにいびきをかいていて大丈夫かね? 頭は打ってるのかな?」「多分、打ってると思います」「ちょっと心配だねー」。眼を上げて見ると、運転席の警官の後頭部が血だらけだった。「ちょっと! お宅、大丈夫? 後頭部が血だらけだよ」「あ、自分は大丈夫です」。「こっちの人はどうしよう? 降ろした方がいいかな? それとも、動かすと危ないかな?」「そのままにしておいた方がいいと思います」。


 私は助手席の警官のシャツのボタンを外した。ベルトに手を掛けたが、きつくてどうにもならない。「何か手伝いましょうか?」後ろから声がした。「いや、いびきをかいてるから、いじらない方がいいや」と答える。少し人里離れた地域のせいか、救急車がまだ来ない。私は意識を失った警官の胸に手を当てた。胸が大きく上下している。「ちょっと、大丈夫?」大声で怒鳴るがダメ。運転席の警官も「○○ちゃん! ○○ちゃん!」と声を掛けるが、どうやら聞こえてないようだった。「いびきが止まっちゃったけど、大丈夫かな?」。胸は相変わらず激しい上下運動を繰り返していた。


 と、パトカーが数台現れた。人払いと交通整理が始まった。私も車に戻った。


 酒気帯び運転をしていた若者でも追い掛けていたのだろうか。あるいは覚醒剤か。そんな思いが頭をよぎった。


 家に戻って、灯りをつけると、左手が血だらけだった。運転席の警官の頭の付近を触ったのかも知れない。


 警官は重体だったが一命は取りとめたらしい。


 後日、警察署へ行き、目撃証言をさせられた。あんまりダラダラやってるので、1時間半を経過した際、私はでかい声を上げた。「もう帰らせてもらうよ!」。慌てふためいた部長と名乗った警官は、「小野さん、もうちょっとで終わりますから、お願いします。少ないですけど日当も出しますから」「何だ、それを先に言ってよ」「大した額じゃありませんけど……」。横から別の警官が「食事代程度です」と大きな身体を小さくして言った。


 帰る際に手渡された封筒を開けてみると1万円入っていた。「お前ら、一体どんな食事をしているんだ?」と胸で呟き、2時間で1万円もらえるなら、毎日来てもいいなと私は狡賢(ずるがしこ)く微笑んだ。