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2004-04-30

超映画批評

 シネマレビューは星の数ほどあるが、この「超映画批評」の右に出るサイトはそうあるまい。ペンを握るのは映画批評家の前田有一氏。プロであっても、制作側に媚びへつらう売文屋が多い中にあって、その真摯な文章から、爽やかな情熱が窺える。


 私が参考にするサイトはこの他に、「みんなのシネマレビュー」があるが、ここは情報提供者が多いものの、野次馬的な無責任さが否めない。また、投稿されたレビューの著作権がサイト運営者に帰属するというアコギさに鼻白んでしまうのだ。


「超映画批評」は、「このサイトについて」を一読すればわかるように、「映画業界の活性化」を目指して、映画館に足を運ばせることを目的としている。つまり、より素晴らしい作品を援護射撃することによって、更にレベルの高い作品作りに貢献しようとしているのだ。これは、見上げた根性と言わざるを得ない。


 一般にプロというのは、ある専門分野において、それでメシを食っている人物を指す。それ故、プロが立ち上げているサイトの大半は、マーケティングや商品の販売促進を目的としている。文筆業であれば、“書いてなんぼ”の世界であるから、金にならない文章は書かないのが普通なのだ。


 それを惜し気もなく書いているというのは、やはり、前田氏が「正真正銘の映画大好き小僧」であるからだろう。私が前田氏の人物を信用できると踏んだのは、この一点に尽きる。


 作品はいずれも点数で評価されていて、文章だけではわかりにくい部分も一目瞭然だ。素人の私なんぞでも感じることだが、評価は低いものの、文章が上手く書けてしまう場合が少なからずあるものだ。


 私が最近、映画館で見た作品で一等、気に入っているのは『HERO/英雄』であるが、この作品のラストシーンにおける前田氏の評価は私が受けた印象と完全に一致している。


 趣味・嗜好の世界であるから、当然、私が受けた印象と異なる場合も多い。だが、それすらも「こういう見方があるのか」と参考になる。また、前田氏には申しわけないが、映画を見ることがなかったとしても、テキストだけでも楽しめる筆力が確かにある。


 更に一見、斬り捨てるような文章にも、どこかしら温もりを感じさせるのは、映画そのものに対する愛情の為せる業(わざ)なのだろう。

2004-04-29

プライドグランプリ2004開幕戦


 ミルコが負けた。小川が勝った――。


 ここ最近は、K-1よりもPRIDEの方が断然、面白い。


 K-1はキャスティングで勝負しているようにしか見えない。それに比べてPRIDEは試合内容が格段にいい。勝ち負けがハッキリしているのだ。


 プライドグランプリ2004開幕戦が始まった。


 ミルコ・クロコップが負けたのには驚いた。ミルコはこれで、ノゲイラ戦に続いて2連敗目である。それでも、私はミルコが好きだ。あのストイックな顔つき。クロアチアの内戦によって、目の前で友達が殺されていったことを語るあの表情。信じ難い悲惨さをくぐり抜けてきた彼は、いかなる練習であろうとも、わけもなく乗り越えることだろう。その彼が負けた。筋肉ムキムキで、やたらとピョンピョン飛び跳ねる相手に。これで、ミルコvsヒョードルの対戦はお預けとなった。


 だが、ミルコは無冠の帝王でいいのだ。それでこそ、ミルコ・クロコップだと思う。


 吃驚したのは小川だ。K-1ファイターのステファン・レコが有利と思われていただけに、呆気ない勝負だった。試合内容もさることながら、最も驚かされたのはリングパフォーマンスだった。マイクを握るや否や、自分の興行である「ハッスル」の宣伝をしたのだ。それはあたかも、“自分は営業をしにきたのであって、そのついでに、一試合こなしただけだ”とでも言いたげであった。人をおちょくるようなパフォーマンスに小川直也の強さが窺えた。PRIDEは今後も目が離せない。

2004-04-27

イラク日本人人質事件


 テレビはこのニュースでもちきりだ。各メディアは人質となった時点で色めきたち、「自己責任」を突きつけては手を叩いているようにしか見えぬ。要は、騒ぎ立てる話題に事欠かなければ満足できるのだろう。そういう連中が垂れ流す情報を我々は受け取っていることを自覚すべきだ。


 外務省が彼等に請求した金額は、「帰国のための約198万円に東京からの帰郷時にかかった運賃を合わせ、総額約237万円(時事通信)」とのこと。


 米メディアでは「解放された人質はより大きな苦しみを味わっている」と相次いで報道。「AP通信は同日『人質に非難の嵐』との見出しで記事配信。3人が『政府の警告を無視した』『自衛隊を危険にさらした』理由で非難され『受刑者のように家に閉じこめられている』と伝えた。CNNテレビも『黄色いリボンはなかった』と放映した。タイムズ紙、AP通信とも『危険を恐れない国民がいることを日本人は誇りに思うべきだ』とのパウエル米国務長官発言を使って、日本人の反応に異議を唱えた。さらにタイムズ紙は『3人の罪はお上に盾突いたことだ』と分析。政府が言う“自己責任論”を『結局、政府に何も期待するなと言っていることと同じだ』と批判している(西日本新聞)」。


 帰国した彼等はバッシングにさらされ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)となった。更に追い討ちをかけるように、「自民党の柏村武昭参院議員は26日の参院決算委員会で、イラクの日本人人質事件について『反日的分子のために数十億円もの血税を用いることに違和感、不快感を持たざるを得ない』と述べた(毎日新聞)」。これは、人質の中に共産党系と思われる人物がいるため。つまり、我が国では国民のために税金を使う場合、思想・信条によって差別をするということを表明したも同然であり、愚劣にもほどがある。


 外務省が金を請求したのは、彼等が再びイラクへ渡ることを防止する目的なのだろう。あたかも、解放された人質から身代金を奪うようで、滑稽極まりない。その意味でこの国家は、拉致を実行した犯人グループにも劣る存在といって構わないだろう。


 ジャーナリズムの二人が日本に帰ってきた時の映像を見た。駆け寄る老いた両親が、「イラクは危険過ぎる。もう行かないでおくれ」というようなことを言った。だが、息子は真っ向から異を唱えた。「僕の目の前で、多くの子供達が死んでいっているんだよ。何もしないわけにはいかない」と。確かこんな調子だったろう。間違ってたら、誰か訂正しておくんなせい。


 切り取られた場面ではあるが、これが今回の問題の象徴だと思う。つまり、可愛げがないということだ。彼等は、殺されかねない局面に自分がいたことを、どうも失念しているようだ。私が最も腑に落ちないのは、人質となった人々の誰一人として、犯人を非難してないことだ。彼等が実感をもって現実を受け入れることができないのは、テレビ社会の病弊としかいいようがない。


 しかしながら、「自己責任論」は結局、“死ね”と言っているのと同じだ。


 私は、国のやり方にも、人質の主張にも、バッシングする意見にも与(くみ)することができない。


 私の所感は、人質が解放されて、よかったよかった――以上である。この問題がどこかスッキリせず、何となく混乱させられるのは、マスコミが細部を取り上げ過ぎるのが原因だと考える。




 今日、人質となった内の2人が記者会見を行った。若い方は、病院から止められていたにもかかわらず、自らの意思で出てきたという。


 これによって、「可愛げのなさ」は10倍ぐらいになったんじゃないか? 若造は事もなげに「犯人グループに恨みはない」と断言。その上、あろうことか、「人質を取るといった形でしか表現できなかったのではないか」と、犯行グループの肩を持つ始末。これには、本当に参った。


 先に書いた文章の結論は変えたくないのだが、ちょっと考えざるを得なくなってきた。


 彼等は「分相応」という言葉を知らないようだ。誘拐後、殺害された外国人の家族の前で同じことを言ってみるがいい。


 人質は、命を助けられたことに感謝することもなく、自分達の政治的主張を声高に叫び始めた。


 マスコミ側が意図的に彼等の発言を部分的に繰り返すようなことになれば、彼等の信念はたやすく木っ端微塵となることだろう。


 あれが、自分以外の誰かの力で助けてもらった人間の態度とは到底、思えない。カメラの前に立たないよう強く望みたい。


 2004-04-30




 記者会見で澱(よど)みなく話していた未成年者は、何度も何度も練習をして臨んだという。そして、記者団からの質問には一切、答えない旨、徹底されていたそうだ。


 彼等のイラクに対する思いが本物であるならば、いっそのこと、イラクに今直ぐ送り返してはどうだろうか?


 2004-05-01

2004-04-21

プリンタ買い換え


 プリンタを買い換えた。以前、使用していたのは、CanonレーザーショットLBP220Pro。3年ほど使って寿命がきたようだ。初めて買ったプリンタだったんで、それなりに愛着もあった。オフィス・デポで29800円だったと記憶している。


 ある日のこと、ウンともスンとも言わなくなったんで、同じ機種を使っている太郎先輩に訊いてみた。「まあ、寿命だろうな。ありゃあね、あんまりいい代物ではない。買い換えるしか手はないだろうな」とのこと。


 知り合いの会社でEPSONの商品だと半額になると聞き、レーザーで一番安いオフィリオLP-1400を買うことにした。20500円也。一度、レーザープリンタを使うと、インクジェットに触手が動くことは、まずない。


 EPSONのプリンタは桁違いによかった。まず、無機質で薄気味悪い女の声が出ないところが素晴らしい(笑)。そして、紙の置く場所が前面に寝かせるようになっているので、1枚ずつすくい上げる格好でグィーーーンと快適に送られる。レーザーショットは後方に立てて入れるので、やたらと何枚もの紙をくわえ込んでは、「用紙のサイズが違います」などと声が出てくるのだ。更に、スピードに至っては、蒸気機関車と新幹線ほどの差がある。人力車とポルシェと言い換えてもよい。


 しっかし、こんなにも違うもんかね?


 尚、プリンタが壊れていたため、昨日までに発送したお客さんについては、納品書が同封されてない。チト、恥ずかしかったが何卒、ご勘弁願いたい。

2004-04-20

タゴール


 人間の歴史は、侮辱された人間が勝利する日を、辛抱づよく待っている。


【「迷える小鳥」/『タゴール著作集』第1巻所収/藤原定訳(第三文明社)】


 タゴールはアジアで初のノーベル文学賞を受賞した詩聖。その巨大な足跡は、死して尚、世界の瞠目を集めている。


 インドは、豊かな精神世界とカースト制度を併せ持つ国だ。非暴力を説いたガンジーも、凶弾という暴力によって殺害された。相反する価値観が共存する現実の中で、詩聖の心に去来したものは何か――それは、人間扱いされない虐げられた人々への限りない共感であり、人間が人間らしく生きてゆける世界への渇仰であり、正義が正義としてまかり通る真っ当な歴史への期待と確信であった。

2004-04-17

『NARC ナーク』

 傑作といっていいだろう。主役と脇役の二人がいい。個人的には脇役警部補の方が好み。


 過去の傷が癒えぬ二人の警官がコンビを組んで、麻薬捜査官殺しの犯人を追う。情け容赦のない取り調べに痺れる。


 途中に散りばめられる映像は、極端な効果音を装って詩的なまでに美しい。ラストで主役刑事が殴られ、画面が真っ暗になるのも実に上手い演出だ。


 真相に迫りつつも二転三転する。骨太な二人の生きざまが物語りに力を加え、謎解きのスパイスが五感を刺激する。


 私が最近、見た中では『es〔エス〕』に匹敵するほど堪能できた作品だ。


NARC ナーク [DVD]


D

2004-04-03

『アメリ』

 以前から、気になっていた『アメリ』をやっとビデオで見た。私は基本的に、人がバタバタと死ぬ映画が好みなんで、この手の作品にはあまり食指が動かないのだ。


 いやあ、もっと早くみておきゃよかった。こいつあ、傑作だ!


 私は、ハーヴェイ・カイテルは好きだが、『スモーク』という作品は嫌いだ。一方、オドレイ・トトゥは好みでないが、『アメリ』は大好きだ。


 アレクサンドル・デュマの芝居じみた展開を、リアルな映像で表現したような趣がある。芝居じみた手法でハリウッドは失敗しているが、『アメリ』は見事なまでに成功している。その上、ミステリアスな伏線まで用意しているのだから、フランス映画恐るべし。


 日本人であれば、『レオン』のマチルダは可愛いと思っても、オドレイ・トトゥの顔には、身を強張らせるような何かがある。しかしながら、青磁を思わせる肌と白目がこの上なく美しい。ワカメちゃんと同じオカッパ頭は私好み。そして何よりも、少女と大人の間(はざま)を揺れる甘酸っぱい演技がお見事。笑うと別人の如くチャーミングになる。


 どこを取っても、フランスの洒落っ気が楽しい。アメリは「境界性人格障害」と思われるが、よくもまあ、ここまでカラッとしたポップな映像に収めたものだ。


 細部の描き方が秀逸。登場人物の「好きなもの」と「嫌いなもの」は文学的ですらある。人間の癖を前面に出すことによって、愛すべき人物のリアリティが増している。


 アメリは主人公でありながら、トリックスターでもある。アメリが、一滴(ひとしずく)のエッセンスを振りまくと幸福が生まれ、怒りのスパイスを加えられた人は不幸になる。社会と折り合いをつけることのできないアメリを取り巻く人々も、やはり社会から阻害されている。だが、この上ない親愛の情が、アメリに勇気を与える。淡い恋心は、互いを労(いた)わるような優しい口づけとなって実を結ぶ。


癒し系映画「アメリ」への疑問』に書かれている批判は見当違いも甚だしい。雑誌『プレジデント』なんぞに絡んでいるような手合いにとっては、“社会的な成功”しか幸福の数に入らないのだろう。


 同じように空想を巧みに取り入れた『ダンサー・イン・ザ・ダーク』とは全く正反対の意味で傑作だ。私は立て続けに二度も見てしまった。閉ざされた少女の心をすくい上げ、乙女の小さな夢を巧みに描いて秀逸。映像と効果音も比類のないものだ。

アメリ


D