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2004-05-29

古舘伊知郎を解く


 久米宏の降板を受けて、同時間枠に古舘伊知郎が起用された。


 テレビ界における久米の仕事振りを評価する声は数多い。だが、私は大嫌いだ。確かに、ニュース番組をお茶の間レベルにしたのは功績といえよう。そして、必要以上にニュースを貶(おとし)めたのも久米ではなかったか。


 久米の売りは、軽妙洒脱な語り口にある。年齢の割には、嫌らしさもなく、時にチャーミングな印象すら受けた。その罪の無いあどけなさを武器にしながら、コマーシャルが入る寸前に、わかりやすい揶揄をもって政治的メッセージを盛り込んでいた。久米の正体は、“小市民的アジテーター”というのが私の見方だ。


 その久米が降板になるというので、「やれやれ」と思いながらも、次のアナウンサーに少しばかり期待を募らせていた。


 で、古舘伊知郎である。古舘には、放送作家が4人、スタイリスト、ヘアメークが1人ずつ、担当マネジャーが2人、広報が1人、付き人が2人の総勢11人が付いているらしい。大名行列だわな。


 時折、ゲストに対して見せる傲岸不遜な態度は、こうした背景によるものかも知れぬ。「ワールドプロレスリング」の実況中継で、四文字熟語とカタカナ語を連発し、脚光を浴びたアナウンサーは、どことなく老獪に見えた。


 テレビというのは、絵で見せるものだから、タレント同士の力関係などが、一瞬でわかる。ジャニーズ系の小僧どもの増長振りなんぞは目に余るものがある。


 私は、古舘がそれなりの力を持っているのかと思った。しかし、他の番組の司会内容とは、明らかな相違が見てとれた。そこで、私はハタと気づいた。


 多分、古舘はテレビ局が書いた台本通りに仕事をしているだけなのだろう。メディア界の忠犬ハチ公といってよし。古舘は、所詮、ボキャブラリーが豊富なだけのサラリーマンだ。だから、溜まりに溜まった鬱憤を、「トーキングブルース」で晴らしているに違いない。


 久米は小生意気だが、古舘はどこか悲しい。

2004-05-24

年金問題のレトリック――衆愚の危険


 国会議員による「年金未納・未払い問題」がかまびすしい。ただでさえ、グリーンピア問題などで国民は感情的にならざるを得ない状況に追いやられている。マッチで火をつけておいて、ポンプから水を汲もうとする犯人はマスコミだ。


 テレビ朝日や朝日新聞は、もう与党案に対するネガティブキャンペーンを張っているといっていいんじゃないか。


 問題を整理してみよう。「年金未納・未払い問題」というのは“支払い手続き”の問題である。


 これを混乱させているのは、未納・未払いが発覚した自民党議員の説明だ。曰く「制度が複雑過ぎる」。これは正確には、「年金制度」ではなく、「支払い手続き」がわかりにくい、というだけに過ぎない。


 国会議員には、国民年金の督促状から除外されている。また、国民年金の未納者でも以下は訪問徴収から除外されている。

  • 医師
  • 弁護士
  • 政治家
  • 暴力団とその関係者

 つまり、取りやすいところからのみ、年金は徴収されているということだ。


 閣僚となった途端の未納が目立つが、これは、大臣になると身分が変わるため。


 大臣は「国会議員」ではなく、「国家公務員」となるのだ。


 こうしたことをゴチャゴチャにしながら、マスコミはただ、国民感情を扇動してみせる。


 もとより、与党による年金法案が完璧なものだとは思えない。しかしながら、テレビを始めとするマスメディアでは、与党案に対する賛否両論が全く示されることがない。


 ただ、否定的な論調を振りかざしながら、「一元化」という呪文を唱えて、あたかも民主党案に分があるように見せかける。


 もっと時間を掛けて論じるべきだ、という向きも多いが、このまま年金制度を改革しなければ、年間1兆円もの損失が出てしまう。


 現段階での一元化は無理だ。厚生年金は会社負担が50%となっている。これを個人事業主がどうやって負担するというのだ。試算によれば、最高で現在、支払っている国民年金の8倍の金額となる人も出るという。こうなれば、まず間違いなく、個人事業主による一揆が起こることだろう。


 また、民主党案による消費税の導入は、既に年金の支払いを終え、現在、受給されている方々にとっては、二重の負担となってしまうのだ。


 マスコミが焚きつけている情報の一つに、国民年金の未納者の占める割合が40%というのがある。しかしながら、年金全体から見れば5%に過ぎないのだ。これを声高に主張して、あたかも年金制度が崩壊するかの如き報道は、言語道断と言わざるを得ない。なぜなら、支払わない人々には給付されることがないのだから。


 感情の問題としては、理解できないでもない。だが、「年金を支払ってない議員に、年金法案を論じて欲しくない」という論理がまかり通るのであれば、「一度でも交通違をしたことのある議員は、交通法規法案について論じて欲しくない」ということになりかねない。決してそうではないはずだ。


 与党案だと、まるで掛け金が損をするような報じられ方をしているが、実際はそうではない。40年間支払って20年間給付を受ければ、掛け金の1.7倍がもらえる計算となるのだ。


 ブラウン菅の向こうで、好き勝手なことを言っている評論家が、あなたの老後を保証してくれる可能性は、万に一つもないことを理解すべきだろう。


追記


 英国の場合、年収87万3000円以下の人は、月額約1700円の掛け金で6万円の基礎年金がもらえる。


 しかしながら、英国の平均年収である440万円の収入の方だと、月額2万5000円以上の保険料を収めて、受け取る年金は月額6万6000円となる。


 部分的な情報に踊らされると、足元をすくわれてしまう。

2004-05-23

『マトリックス・レボリューションズ』

 こりゃ、キリストのパロディだね。ネオが一仕事終わった時、磔(はりつけ)になったイエスと同じポーズで横たわっているのがその証拠。ましてや、光にまで包まれている。


マトリックス』がそれなりに見せていただけに残念無念。もっと仏教的な世界になるものだとばっかり思ってたよ。


 マトリックスに存在する時は、ピカピカの恰好なのに、現実に戻ると粗末な衣服になっているところなんぞも、ピューリタンの臭いがプンプンしている(笑)。


 敵方が一方的に悪者とされているところも、如何にもキリスト教って印象だわな。戦争の理由や苦悩が全く描かれてないようにも感じた。


 根拠の弱い正義感を掲げてネオが戦う様や、勝ち目が無いとなった途端、救世主を望むところなどは、まるで現在のアメリカを風刺しているようにすら見えた。


「レボリューション(革命)」を謳っておきながら、極めて古い手法を踏襲しているのが可笑しい。映画館に足を運ばなくてよかったと痛感。


マトリックス レボリューションズ


D

2004-05-22

『es〔エス〕』

  • 監督:オリバー・ヒルツェヴィゲル 【8点】

 ドイツ映画。これは堪能できた。いわば、“箱庭版ナチ”といった趣。映像がやけにリアル。ラストの格闘シーン以外は完璧に近い(どう考えても握るのは不自然。払うのが当たり前だ)。


 権力が人間を狂わせてゆく様が巧みに描かれて秀逸。キャスティングも素晴らしい。実際に行われたスタンフォード監獄実験(1971年)がモデルになっている。

es[エス]


D

2004-05-19

森達也インタビュー 9


映像との出会い


――森さんが映像に興味を持たれたのは、テレビですか、映画ですか?


森●映画ですね。


――おー。ちなみに、どのような作品からですか。


森●中学3年のときに、『イージーライダー』と、あと『いちご白書』って知ってます?


――はい。学生運動の。


森●新潟だったんですけど、この2本立てを見たんですよ。もう、カルチャーショックでしたね。それまでは、「サウンドオブミュージック」を学校で連れられて見に行くくらいで、初めて自分貯めた小遣い持って、友人数人と繁華街を歩いて見たのがこの2本。


――それはさぞかし強烈な体験でしたね。


森●ぶっ飛びましたねえ(笑)。「おれはこれからどうやって生きていこうか」と。あれが原体験ですねえ、映画を撮りたいと思ったのは。


――関係ないですけど、ぼくは『無法松の一生』で。


森●(大笑)、バンツマの?


――はい、中学生のときですね。いちばん強烈でしたね。バッと跳ね起きるバンツマの顔のアップが。


森●珍しいねえ(笑)。最近のテレビ業界に入ってくる人間は、やっぱりテレビに影響を受けた人が多いですよ。ぼくの世代はみんな映画なんですよ。映画やりたかったけどできなかったからテレビで、っていうのが多くて。だからテレビの人間の多くは映画にコンプレックスを持っている。でも、いまの25〜26歳の人たちには、そういうの、意外とないんですよ。


――映画へのコンプレックス、かあ。ということは、逆に若い世代には、そういうコンプレックスから自由にものをつくることができる、といういい点があるんでしょうねえ。


森●それはあるだろうなあ。呪縛がなくてね、「いやあ、おれ、最初からバラエティやりたかったんですよ」っていうヤツ、けっこういますからね。すげえなあ、って思いますよ。「ドキュメンタリーとかは?」「全然興味ないっす」(笑)って。そういう人はぼくの世代にはほとんどいなかったですねえ。映画へのコンプレックスとかで変に拗ねたかたちで表現するより、よっぽどいいですよ。ちょっとこわいな(笑)って思うけど。


――あと一つうかがいたかったんですけど。


森●はい。


映像と、活字と


――けっこう本出しておられるじゃないですか。これは、文章でもって表現したい、という欲求がもともとあるのか、映像の補完なのか。


森●これって難しい質問で、最初に出したのは『「A」撮影日誌』なんですが、これは明らかにぼくのなかでは、『A』は興行的にパッとしませんでしたから、少しでも本が話題になったら、映画の方にも目を向けてくれるのではないか。正直言って、これがいちばんの理由でしたね。

 そのあと何冊か本を出しましたが、映像をもう一回活字でやるということの整合性が、実は自分のなかでないんですよ。


――ほほう。そうなんですか。


森●ええ。本来は映像だけでいいはずだし、それを「あのシーンではこういうことがあった」って説明するのはイヤなんですよねえ。


――映像で表現しきれないと思われるわけだし。


森●そう。映像だけでインスパイアするつもりで作っているわけで。それを活字で説明するようになったらおわりじゃん(笑)っていうのがありますし。けれど、ただ、『A』も「放送禁止歌」も「スプーン」もビデオなどになる予定はありませんし、要するにみんな見れないんですよね。見たいというお便りをいただいたりもするし、こういうかたちで知っていただくという方法もあるな、と。あと、文章書くのは嫌いじゃないんで、おだてられて木に登ったところもありますよ(笑)。


――いい文章だと思います。


森●そういうふうにおだてられるんですよ(笑)。今まで出した本は、撮った作品のメイキングなんで、なるべくドキュメントをなぞらないように努めているんですけど。気持のなかでは、映像と活字との間に、まだ整理がついていないんですよね。


――読み手にとっては、読んで、ある場面の意味づけができることがありますし、逆に、書き手にとっては、書くことによって、自分が撮った映像の自分にとっての意味や価値を再発見する、というようなこともあるんじゃないですか?


森●そうなんです、いま竹山さんがおっしゃったように、書くことを通して自分のなかで「あ、そうか」って腑に落ちたりとか、気づいたことがいっぱいあるんですよ。また、読んでからあらためて見てこう思った、という意見を寄せてくれる人もいるんで、あんまりスクエアに考えすぎないでもいいのかなって思いもあるんだけど、ただ映像はその映像だけで存在すべきだという思いがありますね。


――矜持(きょうじ)ですか。


森●いや、矜持ではなく、映像をいじられたくないという拒絶感は、生理的なものですね。

 いろいろとマスメディアについて申し上げましたが、あれは毎日新聞だったかなあ、信者と住民との間にコミュニケーションがある、ということを、やっと一行だけ記事の最後に書けて喜んでいた記者がいた。それまで彼はずっと、書いてはデスクに削られるという状態が続いていたそうです。

 この記者は、本篇にも出てくる信者の友人です。

 住民は、「あ、あの記者、ほんとに書いたよ」と驚いていました。

 マスメディアのなかでも日々葛藤している人もいる。彼らの葛藤をすっぽり見落としてしまえば、それは先ほども申し上げたようなオウム「反対一辺倒」の人たちと同じ愚を犯すことになる。

 状況を好転させるために、ぼくは、まったく望みがないわけではないと思っています。


【2002-02-25 於「BOX東中野」オフィス】


取材後記


『「A」撮影日誌』の末尾に、次のような一文がある。


 これまで出会ってきたすべての信者たちが、情を求め、情に傷つき、情に脅えていた。この作品の中で僕が、唯一断言できることかもしれない。

 ならば僕はそれを撮る。情なら僕にもある。彼にもある。すべての人たちにある。大切なのは、「わかる」ことではなく、「共有する」ことなのだ。言葉や論理を紡ぐことではなく、僕らが天分として与えられた想像力を、互いに普通に機能させることなのだ。(191p)


【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


 一言で要約するとすれば、『A2』には、正義感でもなく、矛盾への強い感情でもなく、この「当たり前の視点」が溢れている。


 施設内で“無言の行”の修行中にひそひそ話をしている女子中学生信者を見つけた森が、「無言の行の途中ですよね」とたずねると、彼女たちはクスクス笑っている。学校をサボるのと同じように、修行をサボッテいるのだ。


 彼女たちが修行で使っている数珠には、たとえばキティちゃんのストラップが付けてあって、座るときに敷くタオルにも、たしかキティちゃんの図柄が描かれていた。カメラを構えた森は、女性幹部に「これって“執着”(物事への執着、教義上よくないこと)じゃないんですか?」とたずねる。その幹部も苦笑いを浮かべている。


 思いっきり、「フツー」である。


 そして、“フツー”の生活空間の外には、「オウム出て行け」の幟が立てられている。


 笑いながら、明らかに、何かがオカシイ、と感じる。


 一つの映像が微笑ましくも見え、異常にも映る。この両義性によって波状攻撃を受けた観客は、「常識」を揺さぶられる。


 特に、一人の人間が持つ両義性が露見されたとき、森の作品に「救い」を感じることがある。たとえば、反対運動をしているオッサンが「いやー、やっぱまずいよ」と照れながら、オウム信者と写真を撮る風景。断罪でもなく、阿りでもなく、「いまおれはグレーゾーンを捉えている」という充実感・緊張感を、ぼくは共有する。そうした“共有感”が、ある時に、ある場所で、ある人にとって、「生きる力」に変容するだろう。


 人間の葛藤を「劇的に描き出す」ために、映像表現は最も効果的な表現手段になる。また、葛藤を感じる人間の「心を殺す」ためにも、映像表現は最も効果的な表現手段だろう。映像そのものが本来的に有しているこの両義性の狭間に、森達也は佇んでいる。


【「Publicity」より転載】

2004-05-18

森達也インタビュー 8


(正式退社の日に)本気で言っているのかと思わずまじまじと顔を見つめてしまったが、退社の手続きをしている最中に近づいてきた制作本部長が、「オウムの映像はこちらにも著作権があるとうことを忘れないでくれ」と突然言い出した。

「本気で言ってるんですか? あなたが会社で製作することを拒否したんでしょう」「君が私の言うとおりにしていたら番組として今頃は放送が終わっていたんだ」

 相変わらずの落ちつきのない目線を眺めながら、この男には確実に何かが欠落していると思う。何をどうしたらこんな欠落が為されるのだろう。僕にはわからない。鈍さだけでは説明がつかない。ここまで自分の言動に、一変の揺らぎもなく自信を持てる根拠が、僕にはどうしてもわからない。

 どこかで見た表情だと思う。施設の盗み撮りをしえちた週刊誌の記者が、こんな目つきをしていた。信者を一方的に押し倒して逮捕する警官もこんな表情をしていた。上九一色でハルマゲドンの恐怖について語っていた信者の目にも似ている。何かがすっぽりと欠落している。そしてこの欠落は、コインの裏表のようでもあり、メビウスの帯のようにどこかで繋がってもいる。(142〜143p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


――メディアが社会に果たす役割、というか、その役割に対する自覚というか、つくづく重要ですね。


森●メディアは、世相というか、その社会のメンタリティーに、常にしばられる存在なんです。これには、どうしたって抗えない。だからかわいそうって言やぁ、かわいそうなんだけど。でも本来は、もうちょっと確信犯的に、従いつつも、意表を突く戦い方、表現の仕方があるはず。

 いちばん端的な例は、モザイクとかですけど、――これだけモザイクが多くなったのもオウム以降なんだけど――そうすると何が起こるかというと、対象との関係性をつくるなんてのは誰も考えなくなった。ただ現場に行ってダーッと撮って、帰ってから編集のときに「あ、これまずいからモザイク」って。「この人いちおうインタビューしたけど、声変えてくれ」って。その人を説得して話をきくとか、その地域とどういう関係性を結ぶか、とか、そういう努力があってはじめて映像になると思うんだけど、いまはそういう苦労を誰もしない。それも95年以降。


――そう言えば、「生放送」って減ってると思うんですけど。


森●ああ、生放送は減ってるね。


――ええと、これはバラエティの話なんですけど、ぼくは「8時だヨ! 全員集合」を見て育ったんですが、そういえばあれって生放送だったな、と。


森●10分間停電時件とかあったね(笑)。


――そうそう(笑)、ぼくは毎週死ぬかと思うほど笑ってたんですけど、生放送ならではのエネルギーってあるのではないかと、今思いました。


森●技術的には、録画した後に編集するよりも、生放送のほうが楽なんですよ。技術がどんどん進歩してきたということが一つ。あとは、やっぱり生には「リスク」がありますからねえ。


――リスク回避して、ウェルメイドな方向へ、という傾向をすごく感じるんです。


森●そっちの方が大きいかも知れないね。10分間停電したときに(笑)、「誰が責任取るの?」っていう(笑)。できれば避けたいですよね。


モザイクとテロップ


森●ちょっと前に、釜が崎の街の様子を撮った映像がニュースで流れてた。不況でみんなあぶれてますっていう。全員の顔にモザイクを入れているわけですよ。


――あらあ。


森●あれはねえ……。ちょっと待てよと(苦笑)。考えてくれよ、いま自分が何やってるか考えてごらん、って。どんなに無礼なことをやっているか、全然気づいていないわけですよね。「あ、はいこれ労務者だからモザイク」。「はい、モザイク入れたからいいでしょ、人権は侵してませんよ」。


――うーん、理屈は通ってるんですよね。


森●いちおうね、ただ、モザイクってのは曲者で、いくら顔にモザイク入れても、ぼくがこの恰好で映ればぼくを知っている人には「森達也だ」ってわかる。

 見も知らぬ人にわかんなくても意味ないんですよ。知ってる人にわかるのを避けたいからモザイクをかけるわけで、知っている人にはわかっちゃうから、モザイクってあんまり意味を為さない。だからいま言った釜が崎の映像は、完璧にエクスキューズ。いちおうかけましたよっていうポーズだけですよね。


――テロップもずいぶん多くなりましたよねえ。ぼくはテロップが多くなると、考える力が失われてしまうのではないかと思ってるんですけど。


森●まあ、間違いなくテレビを見る姿勢は変化してきているでしょうね。テロップが入れば、(身を乗り出して)こうやって見ていたものも、(身を引いて)こういう見方になる。

 そもそもテレビの人にとっては映像が命のはずなのに、これだけモザイクを入れられてテロップを入れられて、平気でいる。何ら嫌悪を持たないということは、不思議でしょうがない。カメラマンも含めて、自分たちが撮った映像がぐちゃぐちゃにされて、嫌なはずなんですけどねえ。現場では全身全霊を込めて撮ってるはずなのに。そのへんの感覚が、どこか麻痺しちゃってるのかなあ。


【※この、「感覚の麻痺」に関する象徴的な話を、『「A」撮影日誌』から二つ紹介したい。一つは、麻原の発言について】


 破防法弁明で麻原の陳述に立会人として参加した浅野教授(浅野健一同志社大学)の話では、最後に発言を求められた麻原が、公安調査庁職員に向かって、「破防法を適用しなさい。しかしオウム以外の団体には今後ぜったい適用しないで欲しい」と述べたという話が興味深かった。

 当時のメディアはこの発言についてはまったく報道していない。(中略)

 とにかく少しでもオウムを正当化するような気配のある事実には、全メディアがこうして横並びで沈黙する。今に始まったことではないが。(97p)


【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也(現代書館)】


 そしてもう一つは、『A』が人口に膾炙(かいしゃ)されるきっかけの一つになった、「不当逮捕」の映像についてである。


 撮影をしている最中、たまたま公安・警察による「転び公妨」の現場を撮影することになる。単行本の112〜113pの下部に掲載されている6枚の写真が、その証拠写真である。


 もみ合いになって、わざと転んで、「公務執行妨害」で逮捕するのである。そんなアホな、とツッコミを入れたいところだが、実際にその映像を見ると、頬が引きつってしまう。物知りの知人にきくと、いわゆる市民運動家や反体制運動をしている人間の身柄を拘束する、権力側の常套手段だそうだ。


 ホントカネ、あんな簡単にいくのかね、と思っていたが、どうもうまくいくらしい。


 というのは、奇妙なことが起こるのだ。明らかに不当逮捕の現場を撮影していることが警察側もわかっているのに、彼らはカメラを止めろとか言わないし、不都合に感じている様子が、少しもないのだ。


 ずっと釈然としなかったこの疑問の答えは簡単だ。拍子抜けするくらいに簡単だ。僕らは彼ら(公安・警察)にドキュメンタリーを撮っていると何度も説明したが、彼らはたぶんテレビクルーと認識したのだろう。そして彼らにとって、テレビは警戒すべき存在ではなかったのだ。マスコミは不当逮捕を見逃す存在として認識していたから、彼らは撮られることを意に介さなかったのだ。(127p)


【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也(現代書館)】


【「Publicity」より転載】

2004-05-17

森達也インタビュー 7


「洗脳」という言葉の定義が、情緒を停止させ一方向にしか物事を考えない心理状況を示すのであれば、それは境界線の向こう側だけでなく、こちら側にも同量にある。(73p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


――しかし、お話を伺っていて、メディアの側の“不感症”には深刻なものがありますね。


森●「目の前」で見ても、気づかない。例えですけど、カマキリは、動いている虫を食べるから、止まっているものは見えない。動くものは認知できるが、止まっていると、目に見えていても認知できない。


――ははあ。ということは、そういうふうに目を働かせる原理があるはずですよねえ。目の前で見ても気づかない、その欠落は、なんなんでしょう。


森●(間髪入れず)想像力ですよ。たとえばオウム信者がしゃべってる、笑ってる姿を見て、「あ、この信者は笑ってるんだな」「なにか考えているんだな、何だろう」「もしかしたら別れた女のことを考えてるのかな」とか、こちらの側にそういう心の動きがなければ、何言っても届きませんよね。ぼくは、マスメディアの人々の多くは、そういう回路をどこかで閉じちゃっているんだと思う。


――でも、本来メディアって、想像力の回路を開くのがその役割ですもんね?


森●うーん、でも、ニュース報道に典型的ですけど、「事実」を報道して、加害者は悪いヤツ、被害者はかわいそう。それ以上の言及ができない状況になってますよね。もちろん調査報道はあるんですけど、加害者にはこういう同情すべき点がある、被害者にはこういう責められるべき点がある、という報道ってのはまずないですよね。それやったらすごくバッシングにあうし。そういう環境の中で、想像力に蓋をしてきた。

 もっとも、ニュース報道でいちいち「実はこの加害者にはこういう同情すべき点があって」とかやってたらニュースにならないから(笑)、それはそれでいいと思うんですけど、それを補完するかたちで、ドキュメンタリーやドラマが、“グレーゾーン”を扱うべきだと思うんです。

 ぼくは、表現というのはグレーゾーンを描くことだと思っている。単なる紋切り型でこいつが悪い、あいつが善だというのはニュースに任せておけばいい。で、それを補完するうえで、「ちょっと待てよ」というかたちで、ドキュメンタリーのレゾン・デートルがあったような気がするんですけど、いまはドキュメンタリー自体がどんどん少なくなっている。グレーゾーンにも、ドキュメンタリーの存在理由にも、関心を持たなくなっている。どんどん想像力が消え去る方向に、衰退する方向に向かっちゃってると思うんですけど。


メディアの変容と社会の変容


――メディアの変容、という意味でも、オウムの起こした事件ってターニングポイントだったんですね。


森●大きかったと思います。そして、あれ以降、未だに動機がわからない事件が増えている。三浦和義の事件なんて、動機は明らかなんですよ。やった、やんないは別にして、お金であったり、痴情であったり。オウムの事件って、ぼくら結局動機がわかんないんですよ。なんで地下鉄にサリンを捲いたのか。あの後に、ぼくらの中の何かが変質しちゃったような気がするんですよね。


――変質に、気がついたのかも知れませんね。


森●そうですね。動機が不明なまま事件が風化するのはすごくグロテスクな話で、ぼくはそこに不安を感じる。みんなも平気でいられるはずはないんだけど、なにかむりやりこれで終わりにしようってしている気がして。


――刺し殺した後に、「殺した理由をいま考えている」っていうニュースがありましたよね。「なんじゃそりゃ」と思いました。


森●95年以前は、そんなに多くなかったと思うんですよ。貧困なり、怨恨なり、何かしらやむを得ない理由があった。ぼくはそういうことの有機的な関連を分析できないけど、少なくともオウム以降だと思うんです。

 こうなってしまった理由として、考えられるものは二つあって、事件を解釈するぼくらの方が、事件を読み解く力を失ってしまったのかも知れないし、あるいは事件に加担する加害者の方に、盲目的にやってしまう人が多くなったのか。


――多分、両方なんでしょうね。


森●ええ。いずれにしても、今までのように「納得」できなくなっている。社会全体が、常に疑心暗鬼になっている。オウムの事件には、そういう効果もあったように思うなあ。


【「Publicity」より転載】

2004-05-16

森達也インタビュー 6


個人情報保護法案を巡る感情


――ようやく個人情報保護法案なんですけど(笑)。


森●あれも一口で言うのは難しいんですけど、やっぱり、(法律で)しばられるよりも、しばられないほうがいいですよね、間違いなく。ただ、ぼくは、たぶんマスメディアは縛られた方がいいんじゃないかと思っているんですよ。


――ははあ。


森●あのー、要するにコップ一杯の水をバケツに入れてもあふれないですよね。去年の日比谷の集会でも言いましたけど、いまのマスメディアはコップ一杯の中でしかやってないですから、今さらバケツ(規制)の中に入れられたからって、べつに関係ないじゃないか、って。

 逆にバケツというかたちできっちりした枠組みを与えてもらったほうが、もしかしたら「自分たちはこういう枠の中にいたのか」って自覚が生まれるかも知れないし。そこから違う展開が出てくるかも知れない。少なくともいまのマスメディアはそんな程度のもんだという認識です。

 やっぱり個人情報保護法の場合、フリーランスや小さな出版社が規制されてしまう問題があって――まさにそこが目的なんだろうけど――、マスはいくらでもやられちゃえ(笑)って思いはあるんだけど、ぼくも含めてバイアスをかけられちゃうのは辛いし、そういう意味ではできることなら回避したいけど、法案は成立しちゃうでしょ。

(個人情報保護法案で)思いっきりやられて、「自分で考える」ことを始めるんじゃないかなあ。


――テレビ業界の人って、個人情報保護法案についてご存じなんですかねえ。


森●ほとんど知らないよ(笑)。あのね、ぼくはテレビ業界の知人と飲んだりしたときにいつも思うんだけど、彼らは収入が多すぎるんですよ(笑)。で、そのバーターとして、時間がない。見ていて気の毒なくらいに。映画を見に行く時間もないし、本を読む時間もない。そのかわり30ちょっとで1500万の年収もらってるんですよ。


――そりゃあすげぇや。 ̄。 ̄)


森●だからぼくは彼らと会うたびに「お前ら年収減らしてもらって、もっと時間つくれば?」って。下請けからの契約社員ばかり使うんじゃなくて、局員をもっと増やして、自分の時間を増やさないと。新聞も読まない、本も読まない、映画も見ないじゃあ、いいものつくれないよ、って言うんだけどねえ。すると「今さら生活下げれないし」って言うんだよね。


――ああ、下げられないものだそうですねえ(笑)。


森●そりゃあ800万を300万に下げるってのはつらいけど、1500万を1000万に下げても、ふつうの人からすればすごく優雅な生活なわけで(笑)。いま日本でいちばんもらってるのはテレビ局ですからねえ。質のいい仕事をするためにこそ、時間をつくらないといけないと思います。


 視聴率や購買部数とうい大衆の剥き出しの嗜好に、常に曝され切磋琢磨を余儀なくされてきたメディアの姿は、ある意味では僕が抉りたかった「日本人のメンタリティ」そのものなのだ。

 その意味ではメディアは決して軽薄でも不真面目でもない。たまたま志の低い人種がメディアに集まったわけでもない。メディアは僕たち社会の剥き出しの欲望や衝動に、余計なことはあまり考えずに忠実に従属しているだけだ。自らの空白に「グル」ではなく「組織」の大いなる意志を充填させて、自分の言葉で思考することを放棄して、他者への情感と営為への想像力をとりあえず停止させただけなのだ。

 地下鉄の車両でビニール袋に傘の先を突き立てる行為も、被害者である河野義行さんを何のウラも取らず犯人と断定する行為も、エイズ感染の危険性を熟知しながら血友病治療の非加熱血液製剤の輸入を黙認していた行為も、不当逮捕の瞬間を撮影されていることを知りながら逮捕した信者を釈放しようとしない行為も、すべては同じ位相なのだ。(186p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


テレビ・ドキュメンタリーの価値


森●ぼくは山形ドキュメンタリー映画祭はもう4〜5回行ってるんだけど、テレビの人間にほとんど会わないですよ。


――エー、意外ですねえ。


森●活字の人間にはよく会うんですが、テレビでドキュメンタリー撮ってますって連中に会ったことないです。あそこでは、年に一回、世界中のドキュメンタリーを選び、一挙に上映するんですよ。ドキュメンタリーを仕事にしてる人は、みんな来るべきでしょう。テレビの意識の低さ、っていうのは、志が低い人間が集まっている、ということだけじゃなくて、テレビ業界自体がそういう考えられない構造になっちゃっているのだと思います。それもわかるんですけどねえ。


――山形ドキュメンタリー映画祭で『A2』は「市民賞」に輝いたんですね。


森●ええ、専門家が選ぶのではなく、見に来た市民が選んでくれた賞ですよね。いちばん嬉しいですね。上映後の劇場のロビーでも、仕事終わって見に来たっていうおじちゃんおばちゃんがいるんですよ。「見る前は洗脳されるんじゃないかと思ってたけど、見てよかったっぺ」って(笑)。ああ、つくってよかったなあ、って思いましたねえ。


――“素”で見に来て、喜んでくれるのがうれしいですね。


森●そうですね、そういう“声”が、つくるための“糧”ですね。


「瞑想や教学などの修行にもっと打ち込みたいとは本音では思います。でも、今の状況ではそれは許されないですから」

 言い終えて下を向く彼に、中途半端はあなただけじゃない、と言いたくなる。宗教の門を叩きながら宗教活動ができない被撮影者を前にして、メディアの世界にいながらメディアから拒絶されかけている撮影者は、言葉を失いながらも、カメラを回し続ける。(89p)


【「Publicity」より転載】

2004-05-15

森達也インタビュー 5


 ドキュメンタリーの仕事は、客観的な真実を事象から切り取ることではなく、主観的な真実を事象から抽出することだ。(中略)

 カメラが日常に介在するということは、対象に干渉することを意味する。微粒子は観測する行為そのもので大きな影響を受け、粒子としての本来の姿を決して現さないとする量子力学の基本原理と同じだ。自然なドキュメンタリーなど存在しない。撮る行為によって撮られる行為は、時には触発されるし、時には規定される。そしてまた撮られる側の反応が、撮る行為に大きな影響を与える。

 その意味では撮影における客観性など存在しない。その状況で、自分が如何に自分の主観的な真実を信じることができるかどうかが問われなくてはならないのだ。もちろん自分と対象との相関的な座標を正確に表出することは必要だ。しかしその位置さえ明確に呈示すれば、後は観る側が判断するだけのことなのだ。バランスをとるのは表現する側ではない。観る側だ。(83p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


キツかったこと


――『A』と『A2』を撮っておられたときに、「これはキツかったなあ」という思い出はありますか。


森●まずやっぱり『A』の撮り始めのころですね。職場を追われて、3人目の子どもが生まれて、収入が切れる。家族も巻き込んでますんで、これからいったいどうなるんだろう、と。あのころは、もうテレビに復帰することはないと思っていましたし、とにかくこの一本をかたちにしてから、実家に戻って、継げる仕事もないけれど、何か仕事をして過ごそう、とまで思っていました。あれがいちばん辛い時期でした。

 本に書きましたけど、撮ったテープ持ってほんといろんなところを渡り歩いて、断られるだけでなく、塩まかれるような扱いを受けたところもありましたしねえ。「そんなに価値のないことをおれはやってるんだろうか」って自問自答しましたね。安岡に出会えてから、そういう困難はずいぶん軽減されましたね。

『A2』だと、辛い、というよりも、“毒気にあてられた”ような感じになったのは、横浜の集会に右翼が怒鳴り込んできたシーン。


――はい、夜のシーンですね。


森●あのシーンは映画本編ではあんまり使っていないんですけど、(オウム反対運動をしている)住民がすごかったんですよ。「死ねー!」「やっつけろー!」って。寿町が近くで、労働者も集まってきて、正月だから酒は入っているし。いろいろな感情が剥き出しなんです。半日いたんですけど、憎悪のなかに漬かっていて、深夜になるころには、つくづくげっそりした。


テレビ界のフリー事情


 視聴率という大衆の剥き出しの嗜好に追随する現実を、公共性というレトリックに置換するために、「客観的な公正さ」という幻想を常に求められ、また同時にそれを自らの存在価値として、テレビは勘違いを続けてきた。僕も今まで勘違いを続けてきた。(84p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也(現代書館)】


――森さんは、はじめからフリーだったんですか?


森●ぼくは29歳でテレビの仕事を始めるんですが、最初はテレコムジャパンという制作会社――もうつぶれましたけど――に3年くらい働いて、辞めてたんです、小人プロレスの件で。

 テレビ業界にもけっこうフリーの人は多くて、バブルのときには番組の予算も多くて、フリーで年間1000万くらい稼いでいた人もいましたよ。


――エー、すごいですねえ。


森●しばらくフリーでやってて、バブルがはじけて、サリン事件が起こった。フリーのままじゃ食えないということで、共同テレビジョンというところと契約して、その前に荒木さんとは接触していたんで、共同テレビジョンと共同製作ということで『A』の制作を始めたら、本で書いたようなことになって。それからはまたフリーですね。


――ぼくは行きがかり上、出版業界で働くフリーランスの方々といろいろお話をする機会があって、竹中労の『ルポライター事始』で描かれている、大企業に使い捨てられるフリーの辛さを実地に見聞するようなこともあったんですけど、フリーの辛さ、という構図は、テレビの世界でも同様の構図なんでしょうか。


森●うーん、基本的には同じだと思いますよ。バブル以前は、フリーは大手を振って歩けてましたけど、バブル以降は、番組の予算枠はどんどん減ってるし。


――ははあ。今も減少中ですか。


森●年々減少中ですね。局自体は収益あげてるんだけど、広告収入が減ってることもあるんでしょうけど。だって一昔前のゴールデンタイムなんて、タレントがシベリアに行くとかニュージーランドに行くとか、いくらでもあんな番組があったじゃないですか。


――ビートたけしの、クイズで間違えるとやたらボーン! と爆発する番組がたしかありましたねえ(笑)。


森●(笑)、あったねえ、今じゃあんな番組とてもつくれないよね。ぼくの昔の仲間でフリーだった連中は、どっかと契約したとか、多いですよ。


 今のメディアにもし責められるべき点があるのだとしたら、視聴率や購買部数が体現する営利追求組織としての思惑と、社会の公器であるという曖昧で表層的な公共性の双方におもねって、取材者一人ひとりが自分が感知した事実を、安易に削除したり歪曲する作業に埋没していることに、すっかり鈍感に、無自覚になってしまっていることだと思う。

 一人ひとりが異なるはずの感性を携えているのに、最終的な表現が常に横並びになってしまうのは、そんな内外のバイアスに、マニュアルどおりの同じ反応しかしないからだ。(162p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也(現代書館)】


【「Publicity」より転載】

2004-05-14

森達也インタビュー 4


『A』の先に何が見えるか


 オウムをドキュメントで捉えるという構想は以前からあった。麻原を護送するワゴンカーのテレビ映像を眺めながら、どうしようもないほどに茫漠とした疑問符とし切実な欠落感を感じつつ、僕はこの扁平な映像の洪水を、他の視座から立体的にドキュメンタリーとして構築することを同時に夢想していた。(14p)



【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


――社会が悪くなっている、ということばの内実が、『A』で描かれていると思うんですが、平板な二元論がますます横行しているように見えます。こうした社会の急激な変容の転換点が、オウムのサリン事件だった、と。


森●そうですね、引き金が引かれた、という感じかな。自分の内面の欠落を、他者への憎悪で充填(じゅうてん)しようとする傾向が非常に強まった。


――優れた芸術や表現は、凝り固まったイメージを、ユーモアや斬新な視点で揺さぶったり解体する力がある。『A』『A2』にも、ぼくはそのような力を感じるわけですが、これから先をどうするのか、という問題が見る側に残ります。それは観客自身の問題だけど、表現者として、これから先、どのような作品をつくるつもりですか?


森●具体的なものはぼくのなかにはないですね。こういう現状だよ、というものは提示しているけれども、そこから先は、わからない。環境なり、土壌なりが変化したら、きっとみんなも考え始めるかもしれないし、違う方向が見えてくるかも知れない。


――いまは、下山事件についてと、ベトナムの最後の王様の話を、つくっておられるんですね。


森●はい。


――『A2』の続編は、もうないのですか。


森●『A2』を撮ったときに、『A3』用に撮ってある分がいっぱいあるんですよ。


――おお、なんと!


森●当然、今ある分だけじゃ足りないんで、あと少し撮影もしないといけないんですけど。『A2』の終わり方も、あれは「A3」を意識してああいうエンディングにしてあるんですよ。


――ははあ、そうだったんですか。


森●ただ、映画って、いったん終わっちゃうとけっこう気が抜けちゃうところがあって、もう一回『A3』をつくるテンションに自分をあげていく、っていうのはそう簡単なことじゃなくて、あと1〜2年でできれば、と思っています。


――じゃあ、続編の可能性は大いにあるんですね。ぼくはもう続編はないんだろうな、と思っていたんで、非常にうれしいです。


森●ええ、たぶん、『A』が終わって『A2』はない、って言っていたときよりは、いま、『A3』がある可能性は高いですよ。ぼくのなかでは、『2』と『3』はカップリングだったんで。


――(竹山、ニコニコしている)


森●最初ぼくが、プロデューサーの安岡に、『2』をやるんだったら、『3』も一緒につくろう、とか無茶苦茶言ってたんですよ(笑)。でも『2』の編集終盤に「やっぱり無理だ」と僕があっさり翻意した(笑)。

 安岡はいろいろ連絡して奔走してくれていて、内心ムッとしてましたけどね(笑)。


――じゃあ『A3』をつくる可能性はある、と小誌で紹介してもいいですか?


森●ええ、いいですよ。


――(^^)


――ところで、『「A」撮影日誌』を読むと、『A』は、プロデューサーの安岡さんがいなければ、いまのようなかたちに完成させることはできなかったんですね。


「僕も一時は森さんと同じようにテレビの世界に身を置いていました。この一年余り、ずっとテレビを眺めながら、暗澹たる思いでいっぱいだったんですよ。

 かつてテレビをやってて、そして今は若い作家を育てる立場として、自分は今のメディアの末期的な事態をこのまま傍観していていいのかという思いがずっと漠然とありました。どこかにいないのかと考えていた。どこかにそんな男がいないのかとずっと考えていた。

 小人プロレスのテレビドキュメントは僕も観ました。面白い男がテレビにもいるんだな、と思った。小島からその人が今、オウムを自主制作でたった一人でやっていると聞いた。そして昨日この映像を見せられた。余計なことは言いません。こんな映像を見せられて黙殺なんかできるわけがない。これから自分がとるべき行動は一つしかない」

 こうしてこの瞬間、この作品にプロデューサーが誕生した。(109p)


【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也(現代書館)】


森●ええ、そうですね。つくっていたとしても、自主制作で、小さな公民館で上映会をして友人を呼んで終わりでしょうね。安岡がいうには、20年前にぼくに会ってるって言うんだけどねえ。


――自主映画とかで?


森●ええ、黒沢清さんや石井聡互さんといっしょに自主映画をやってるときに、安岡も早稲田大学で自主映画をやってて、そのときに接点があったって言うんだけど、ぼくは記憶ない。けど、「あの“たれ目”は森だった」って(笑)。


【「Publicity」より転載】

2004-05-13

森達也インタビュー 3


――あのー、『A』から『A2』にかけての話ですが、もうオウムはテーマとして取り上げない、と、ずいぶん発言されていましたね。


森●はい。


――それで、要するにもう一度取り上げよう、として、『A2』をつくることになった、一番根っこにある理由をうかがいたいと思っているんです。


森●それは、『A2』のあとがきに書いちゃったんですけど、『A』のときにぼくがもう撮らない、って口走っちゃった理由は一つじゃないんですよね。でもいちばん大きな理由は、「もう撮れないだろうな」ということです。『A』は、制作段階の時点で、非常に偶発生が強い映画でした。


「……もしかしたら森さんは、信頼できる人なのかなという印象を私は持っています」

 僕は沈黙していた。初対面のこの日、いきなり彼(荒木)の口からこんな親密な言葉が出てくるなどまったく予想外で、どう反応してよいのか判断がつかず絶句していた。

「……どうしてですか?」

「はい?」

「どうして僕が信頼できるかもしれないと思うのですか?」

「手紙です」

「手紙?」

「マスコミの方は皆、電話かせいぜいFAXです。森さんのように何度も手紙をくれた方は他にいませんでした」

 ドキュメンタリーを作ろうと思いたったとき、基本的に僕は撮影対象に手紙を書く。もちろん会って離すことがいちばん確かであるが、会う前には基本的には手紙を書く。電話は確かに便利だが、特に面識のない相手と話す場合、微妙なニュアンスが伝わらないケースがあるからだ。そしてこの手法は、撮影対象者との関係性が何よりも重要なドキュメンタリーというジャンルを志す人なら、たぶん誰でもやることのはずだ。普通の作業のはずだ。(14p)


【『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月森達也現代書館)】


『A』の偶発性


森●ぼく自身が彼らを撮ろうとした瞬間、社会から疎外されて、彼らと同じような境遇で彼らを撮る、という偶然があって、不当逮捕の件もそうですよね。


――はい、ビックリしました。


森●けっきょく不当逮捕の一件があってからぼくと彼らの関係も変わったし、そのときは右往左往しているんだけど、さまざまな出来事が一つの流れに収斂していった。振り返ると、そういう意味で、『A』はぼくにとって希有な作品なんですね。


――作品をつくっていくなかで、取材対象との関係がどんどん変わっていく。その変化も作品に反映されていく。


森●そう。で、作品がより濃密になる方向に変化していったんですよね。そもそも最初にテレビから拒否されたのも、そのおかげで『A』ができたわけですし、渦中でぼくは困惑し、狼狽(うろた)えていたわけだけど。それらの出来事は、ある意味でぼくのつくる映像のテクニックやセンスとは全然違ったところでの話なんです。

『A』は、日本では評判にならなかったけど、ベルリンやいろいろなところで評価されて、かなり熱狂的に支持されたりもした。でも、「これはぼくが支持されているんじゃなくて、そうした経緯を経て、たまたまできたこの作品が支持されているんだな」という気持になって、相当なパニックに陥ったんです。


――パニック?


森●はい。実は、香港映画祭で上映後にまわりから絶賛されて、パニックになって、その夜、九龍の港が見えるバーで、一人で泣いてたんですよ。「もう絶対つくれない」と思って。


――ああ……。


森●これだけ評判になっちゃったら、次つくったときには価値を落とすだろうし、そもそも自分の才能にあんまり自信ないし、これ一発で終わるんだろうなあ、という感じで。そういったこともあって、続編なんてありえない、という発言になるんですね。


――うーん、そういう経緯があったんですねえ。


森●もちろん、あれから社会がどんどん劣悪になっていった、ということも理由の一つです。

 あともう一つは、『A』のなかで描かれたメディアとか警察とか市民は、彼らも記号になっちゃった。あのなかでぼくは「オウム」を記号としてとらえずに、一人の息づいている人間として撮りたかった。その挑戦のなかで何が見えてくるか、というのがぼくの中の一つの大きなモチベーションだったんです。でもそれをやることで結局メディアや警察や市民が、非常に下世話な、野蛮な、思考停止の、といった記号になってしまって。


――うーん。


森●あの不当逮捕の刑事も、家に帰れば親もいれば子もいるし悩んでいるだろうし、いろいろ葛藤もあると思う。それらのすべてを描きたいというのがぼくの本意だから、『A』を観た後の感想で多かったのが、「いやあ、警察ってほんとに悪いんですね!」。これって、「いやあ、オウムってほんとに悪いんですね!」といっしょだろ、と(笑)。


――あはは。その通りだ。


森●結局裏返しにしただけじゃないか、ということですよね。単なる二元論が逆になっているだけだ。これじゃあやっぱり不本意だし、ぼくとしてはもう一回できるんなら、警察やメディアや市民を立体的に描く、ということをやってみたいな、と思ったんですね。なんとなくそういう思いが輻輳していって、プロデューサーの安岡が「とにかくもう一回撮ろう」と言ってくれて、作品にできなくてももう一度カメラをもって行こう、と。そうして、施設を訊ねていった。

 で、行ったら、――冒頭のシーンですけど――ああいうのを観たら、やっぱり止まらなくなる(笑)。

 結局、『A2』では、警察やメディアのほうはあんまりふくらみを持たせられなかったけど、住民との関係については、やっぱり単なる「出て行け!」だけじゃないんだ、ということは、描くことができたと思います。


――ぼくも明らかに成功していると思います。反対運動の住民と信者が、立ち退きのときに一緒に記念写真を撮る(笑)。おっさんが「いやあ、やっぱまずいよー」とか言いながら(笑)、ニコニコしていっしょにカメラに収まる。ああいう非常にいい場面を、「絶対にマスメディアは取り上げねえな」と思いましたよ。


森●そうですね。でも、左翼運動の人たちが、よく『A』の上映会をしてくれるんですが、見終わった感想が「やっぱ国家権力は許せない」と(笑)。


――自分の持っている枠組みにはめこんじゃったんですね。というか、予(あらかじ)め持っている枠組みにはまるところだけを切り取っちゃう。


森●「オウム許せん!」って言っているのと何にも変わんないじゃないか、ってことですよねえ。仕方ないんですけどね、表現行為だから、見る側の都合や環境で見方が変わるのは。

 でも、ぼくはもうちょっと抗ってみたいな、って。

 ぼくの本意は、こっちは白、あっちは黒、じゃなくて、“みんながグレー”だし、みんなが葛藤してるし、たとえば『A2』のなかで、流山で「出て行けー!」って無邪気にやってるおじさんと、藤岡で信者と仲良くなったおじさんと、どこが違うかっていえば、どこも違わない。なにかのきっかけか、なにかの視点の転換があれば、流山のおじさんも「なんだ、お前らそうだったのか」となれるはずだし、ぼくはそれを描きたい。彼らが劣悪だとか許せないとか、そういう感情は全然ない。


【「Publicity」より転載】

2004-05-12

森達也インタビュー 2


メディアにおける「タブー」とは何か


――テレビ、新聞、ラジオ、雑誌、と、いろいろメディアに種類がありますが、マスメディアの側の壁の厚さってものは、強まっているのか、弱まっているのか、感じられることはありますか。


森●うーん、難しいんですねえ。「放送禁止歌」はフジテレビだけで3回、ローカルも大阪で2回やって広島や北海道とかあっちこっちでやってるんですよ、単純計算すると、100万人くらいが視聴している計算になる。『A』は1万人です。見た人数も全然違うし、「放送禁止歌」のときには朝日読売毎日とも大きく紹介されて、読売は「人」欄で取り上げてくれたんです。週刊文春なんて大特集組んでくれたりとか。

 しかし、「放送禁止歌」の取材のときにも、ぼくは『A』のことも触れて欲しいんですよね。だから、一生懸命「オウム」について喋る。


――うん、それはそうですよね。


森●しかし、ほとんどの媒体で、「オウム」に関しては完全にカットされます。なぜか。

「放送禁止歌」の場合は、部落差別や天皇制や、すでにメディアのなかでタブーとして認識されている問題が包含されています。


――はい。


森●でも、というか、だから、というか、すでに「これはタブーなんだ」と認知されているものは、逆に触りやすいんですよ。


――あー、そうか。


森●「オウム」は、まだ「タブーだ」と、オーソライズされていない。「非常に危険なもの」なんだ、としてしか理解されていない。


――隔離する回路が決まったもの(「これはタブーなんだ」)には触れることができる。しかし、オーディエンスが「自分で考えて決める」必要がある問題については、触れることができない。ということなんですかねえ。


森●うーん、そういうことかも知れないですねえ。


【※メディアにおけるタブーとは、すでに「これはタブーである」と社会的合意が形成されたものであり、だからこそメディアはタブーを取り上げることが出来る。この指摘はそのまま、メディアは「ほんとうのタブー」を取り上げることができない、という事実を逆証明する。だから、以下で述べられているような森の感性は、「ほんとうのタブー」に触れているがゆえに、押し潰されてしまう】




 たった一回だが、青山総本部の中で接した彼らの日常に、危険で凶悪という雰囲気を僕はどうしても嗅ぎとることができなかった。


 上祐や青山などという有名人たちだけではない。


 扉の脇で監視モニターを凝視していた男性信者、通路で擦れ違った初老の女性信者、車座になって楽しそうに雑談をしていた20歳そこそこといった感じの信者たち、どの一人をとっても邪気らしきものはまったく感じとれなかった。(11p)


『A』『A2』の印象の違い


――『A』と『A2』とを観て、『A2』の方に、出口がない辛さ、のようなものを感じたんですね。人によって見方が全然違うと思うんですけど。

 なんでそういう感じ方をしたのかな、と考えると、それは終わり方に象徴されていて、『A』は、荒木が郷里でおばあちゃんとか家族と会って、電車に乗ってまた東京、つまり戦場に帰るシーンで終わる。その映像に、なんだか希望を感じさせる音楽がかぶさって映画が終わるじゃないですか。


森●ええ。


――ぼくは、ここは少し脱線しますが、メディア内の通念からすると、ぼくは「ああ、郷里の実家までカメラがついていくんだな、どんな家庭なのかな」と無意識のうちに考えていたんですね。

 でも、カメラは駅で待っている。家庭に、ほんとは一番“絵になる”であろう場所に、カメラが踏み込まなかった。「BOX東中野」ではじめて見た時、ぼくはそこにむちゃくちゃ感動しました。


森●ああ、そうですか。


――すごく、すがすがしさというか、「そんなとこまで土足で踏み込まなくても、伝えたいことは伝えてみせるゼ」といった、表現者としての矜持のようなものを強く感じました。


森●それはありがとうございます。


――いっぽう、『A2』のラストは、音楽もなく、コンクリートの上を無言で歩いていく複数の信者の後ろ姿で終わります。

 また、ラスト近くに、森さんが信者たちに対して、“(オウムと社会との関係は)このままじゃだめじゃないか”と、こんな、決着がつかないかたちでの決着のつき方でいいのか、と問いつめるシーンがありますね。画面から、すごく息苦しさが伝わってきた。

 そういういくつかの理由で、『A』よりも『A2』の方が、より救いのない感じがしたんですね。わずか数年でも、すごく時代が変化した、ということもあるのでしょうが。作り手としては、意図的にこうした違いを出されたのでしょうか。それとも、意図せざるものなのでしょうか。


森●うーん、たぶん同じテーマの裏表だと思うんです。『A』では、荒木浩という一人の人間が、肉親への情感を自らの裡に取り戻す、その過程をぼくはエンディングにもってきたわけですよね。で、あくまでも荒木浩という「個」のなかで映画を完結させようと思ったんですよ。


――あ、そうか。


森●『A2』の方はもう一度、荒木浩という人間を取り上げながら、彼の「個」というよりも、彼の個を取り囲んでいる「社会」、日本社会ですよね、そっちに視点がいっている。すると、『A』のときのように、牧歌的にはなれないですよね。

 取り戻せる、ということに関して言えば、『A2』の方が絶望感は強い。

 ぼくは、親子の情感に関しては、それを取り戻せればある意味で違う局面があらわれるもんだ、と『A』のときには思っていたし、実際にそれは実感できたし、たぶん荒木もあの瞬間何かに気づいたはずだし、それはいまでも確信しているんですけど、「A2」の場合は、最後の方でいま竹山さんがおっしゃったような疑問をぼくが投げかけて、彼らは答えきれない。

 でも、「このままでいいのかよ」という疑問は、「オウム」と社会と、両方に対してぼくは投げかけたいし、たぶん社会からもあの問いに対する答えは返ってこないでしょう。ぼく自身もその答えを持っていない。そうした不毛感は『A2』の方が強いでしょうね。


――ああ、「不毛感」ですね。


森●社会を主語にすれば、ほんとは『A』も『A2』も閉塞感は違わないけど、『A』の場合はさっきも申したように「個」に芽ばえた情感をラストにもってきた分、まだ映画としてのカタルシスは一応あったんでしょうね。

『A2』の最後も、ほんとは音楽をつけたかったんですよ。でも、こういう終わり方だったら、音楽は使わない方がいいな、と。


【「Publicity」より転載】

2004-05-11

森達也インタビュー 1


森達也】1956年広島県呉市生まれ。1980年立教大学卒業、在学中から俳優活動を始め、自主製作映画などに出演。1989年、不動産、広告会社などの様々な職種を経て、テレビ番組制作会社に入社。以降、報道系ドキュメンタリーの番組等、40本以上の作品を手がけ、殊に小人プロレスラーや超能力者、放送禁止歌などマージナルな素材をテーマに、数々のドキュメンタリー番組の演出を手がけた。1997年3月、『A2』の撮影を終了(撮影開始は96年3月)、98年2月に完成。2001年8月、『A』の続編である『A2』を完成。現在は「下山事件」のドキュメンタリーを製作中。著書・共著に『「A」撮影日誌』(現代書館:2000-05)、『放送禁止歌』(解放出版:2000-07)、『スプーン 超能力者の日常と憂鬱』(飛鳥新社:2001-03)、『A2』(現代書館:2002-03 )などがある。


A A2


【インタビュアー:竹山徹朗】


取材前記


 まず、映画『A2』の試写会(2001-09-21、徳間ホール)で配布された資料の末尾に載っていた、森達也氏の文章を紹介したい。


「人はもっと優しい。」森達也


 今この原稿を書いている9月17日の深夜、アメリカの同時多発テロに対しての報復の行く末が気になって、僕は傍らのテレビを横目で眺めながら何も手につかない状態だ。

 もちろんその理由は、数日以内に多国籍軍の侵攻が始まれば、21日(9月、註は竹山)の試写に来る予定のメディア関係者が大幅に減ってしまうというエゴイスティックな動機が要因だけど、でもそれだけじゃない。

 昨夜のテレビでは、報復に対しての賛否を問うニューヨーク市民への街頭インタビューが放送された。被害者でありながら彼らの半分以上は、「これ以上アメリカや他国の市民を犠牲にすべきではない。報復は何も解決しない」と断言した。もちろん街頭インタビューがある程度は作為的に操作できることは明らかだし、報復を主張する人の方が絶対多数だろう。でもそれを差し引いても、かなりの数のアメリカ人たちが、単純な報復を望んでいないことは間違いないと思う。

 異なる見解や内なる煩悶を個人が表明することによって、短絡的な二元論や刹那的な懲罰論ではなく、より深い洞察と熟考が可能となる。

 ひるがえって日本はどうなのだろう?

 テロ多発翌日、テレビではどのチャンネルを回しても、例によっての危機管理評論家や大学教授たちが、「テロに対しては、少なくともその被害の3倍以上の報復を果たさなければ意味がない」と拳を握り締め、首相は早速「アメリカの報復についてはこれを全面的に支持する」と発言し、大多数の世論もこれに同調した。

 報復は何も解決しない。新たな憎悪と遺恨を生むだけだ。たぶんこの程度は小学校低学年のクラス会でも、当然の前提となる論理のはずだ。ビンラディン氏が実行犯の黒幕であるという確かな証拠がない限り、引渡しには応じられないというタリバーンの姿勢は、極めて正当な判断だ。

 しかし現段階では僕の見るところ、大多数の日本人は、当事者であるアメリカ人よりも報復に対して無条件に賛同している。葛藤や煩悶などほとんどない。「やられたのだからやり返す」という発想が、いつからこの国の市民社会におけるマジョリティになってしまったのだろう?

 前作『A』がクランクアップした97年以降、日本社会はまるで歯止めが外れたように急激に変質した。残虐で理解不能な犯罪が勃発し、ガイドライン法案や国旗国家法案、通信傍受法に住民基本台帳法案などの法案があっさりと成立し、一旦は破却された破防法は団体規制法案(オウム新法)として復活し、タカ派的言動の政治家が支持されて、遂には太平洋戦争における日本のスタンスは正しかったと主張する勢力まで現れた。

 全ては地下鉄サリン事件以降なのだ。

 思い出して欲しい。僕らは事件直後、もっと煩悶していたはずだ。「なぜ宗教組織がこんな事件を起こしたのか?」という根本的な命題に、必死に葛藤をしていた時期が確かにあったはずだ。6年が経過した現在、オウムの側では今も葛藤は続いている。

 でも社会の側の思考は停止したかにみえる。「正と悪」との二元論ばかりが幅を利かせ、ひとつの刺激に対して全員が一律の反応を無自覚にくりかえしている。(僕らの父や祖父の世代は、そうして取り返しのつかない過ちを犯してしまったはずじゃなかったのか?)

 葛藤を続けなくてはならない。煩悶を取り戻さなければならない。僕らはオウムの事件からまだ何も獲得できていない。剥きだしになっただけだ。だからこそオウムをこんな形で風化させてはいけない。日本をこんな形で収束させてはいけない。

 でも一年余りの撮影と数ヶ月の編集作業を終えて、よりによって初めての試写と宗教が関与した悲惨な事件が同時期に重なった今、つくづく思う。切ないくらいに思う。

「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」

 結局は外したけど、『A2』のサブタイトル候補だったこのフレーズの意味を、一人でも多くの人に伝えたい。僕らが今、後戻りのできない地点にまで無自覚に近づきつつあることを、一人でも多くの人に知って欲しい。難しいことじゃない。立ち止まり、これまでとは少しだけ違う視点で、ゆっくりと周囲を見渡してみればよい。

 その瞬間、きっと誰もが気づくはずだ。


 テープ起こしをしながら、あらら、と思った。「なんだ、ここに全部書いてあるじゃん」。これ以上の事柄を引き出すことのできなかった非力を悔やんだ。


「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」。


 以下は、この一言に与えるべき註釈である。




――『A』『A2』の両方とも、リアルタイムで見させていただきました。間違いなく見る者の価値観を揺さぶる作品なのに、マスメディアではいまだに紹介しづらいというか、抑制が働いてしまうのですね。


森●そうですねえ。建て前とかあんまり気にしない雑誌の方が、活発に取材をしてくれるし、記事も出してくれますねえ。


――朝日新聞は紹介してくれたんですね。


森●あと、共同も取り上げてくれますね。読売、産経、毎日は今のところ来ないですね。


――マスメディアって一般的に、異質な存在である、と決めつけられたものに対しては、どんどん突っ込んでくる。そうじゃない、曖昧な存在に対してしっかり取材しようとする動きは少ないですねえ。


森●共同の場合は、けっこう一枚岩じゃないし、朝日は腐っても朝日なのかなあ(笑)。あと、やっぱり何かではずみがつく場合がありますね。朝日の場合も、最初は山形支局が取材してくれて記事にしてくれて、そうすると社内的にもお墨付きがつくみたいな、そういうこともあるんでしょうね。


――ははー、なるほど。


森●誰が最初に首に鈴をつけるか(笑)。

 あるテレビ局が、年末から年始にかけて何回か取材してくれて、でも途中でさっぱり音信不通になった。このパターンが多いんですけど、先日そのディレクターから携帯電話に連絡があって、「実は、うちの局は以前オウム関係で不祥事を起こしていまして、オウム幹部は扱わない、という規約があるみたいで」って言うんだよね。でも、「おれはオウムの幹部じゃないよ」って言ったんだよ。そしたら彼が、「いや、うちの偉いさんからすると、幹部みたいなもんだって」(笑)。


――わはは、笑い事じゃないですね。


森●「オウム」を擁護する反社会的存在なんだ、と。テレビ局の制作の、部長クラスがその認識なんですね。


【※こうした無認識ぶりは、べつに驚くにあたらない。森氏の『「A」撮影日誌』には、オウムを巡る彼我の認識の違いが、ユーモラスなまでに描かれている(以下、引用は断りのない場合はすべて『「A」撮影日誌 オウム施設で過ごした13カ月』から】


「……おっしゃることがわかりません。(テーマとして)オウムの何が問題なのですか?」

「TBSの件は君はどう考えているんだ?」

「話が違います」

「オウムは殺人集団なんだ。そのドキュメントを撮るのなら、それなりの理論武装と方法論が必要なんだ。そこまで説明しないとわからないのか?」

「ですから、彼らが殺人集団だという既成の概念を捨てて対峙したとき、そこから何が見えるのか? というのが、この企画のテーマです」

「そんなテーマはありえない。殺人者の集団はどう見ようと殺人集団なんだ。その組織のドキュメントを撮るのなら、それなりの方法論があるはずだ。君が思いつかないのなら私から呈示する、まず一つは、例えば江川詔子や有田芳生など、反オウムのジャーナリストを積極的に起用することだ。レポーターとして起用することがいちばん望ましい」

「レポーター?」

「次に、信者の日常を撮るのなら、被害者の遺族や信者の家族は必ず取材して、社会通念とのバランスをとることを目指して欲しい。信者に言わせっぱなしは絶対に駄目だ。そして三つめの条件は、番組放送前に、素材を見せることを要求しないことを約束した念書を荒木に書かせることだ。これが条件だ。これを一つでもクリアできないのなら、このドキュメントは会社の制作としては認めることはできない」

「一つも呑めません」

即座に答えていた。

(中略)

「相手はオウムだ。信用できるわけないだろう。(念書は)念のため書いてもらうだけだ」

「念書によって維持される関係性ではドキュメンタリーは作れません」

「オウムは例外だ。とにかくこの企画書は意味不明だ。日本人のメンタリティを探るってこれは何だ?」

「……文字どおりですよ。英語はわかりますよね?」

「日本人のメンタリティなんで、テレビを見る誰も知りたいとは思わない」

「僕は知りたいんです」(36〜37p)


「オウム」、小人プロレス、超能力者、放送禁止歌……。森が取り上げてきたテーマは、メディア内外の通念を突き破るようなものばかりだ。ぼくには意図的にそういうテーマを選んだとしか思えなかったのだが、「自然にそうなった」と森氏は言う。


 彼の言葉遣いにぼくは、言うところの“自然さ”を、自然なままに維持しようとする意志を感じた。というよりも、人間としての自然な感じ方を保護せざるをえない困難を経てきた、慎重さと率直さを感じた。自然な感情を維持できない類の困難が、メディアの中にはあるのだろう。それは、メディアの中にだけあるのではない。どのようなかたちで、この困難は表出するのか。その典型的な例を、ぼくは『A』『A2』の成立過程に見る。


【「Publicity」より転載】

2004-05-09

国内最多251万部


 片山恭一という作家の『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館)の発行部数が5月7日、251万部に達した。


 国内作家の小説としては、村上春樹の『ノルウェイの森』(講談社)を抜き、過去最多部数となった。『世界の中心――』は2001年4月出版。突然の重い病に侵された女性と、その恋人との切ない恋愛をみずみずしく描いている。出版科学研究所などによると、国内の作家の小説単行本では、1987年に出版された『ノルウェイの森』上巻の238万部が最多だった。


【日刊スポーツ】


 全く読む気がしないね。そんな私が、『ノルウェイの森』も読んでいるはずがない。韓国では、『冬のソナタ』制作チームが映画化するという。ますます、読みたくなくなる。ベストセラーを支えているのは、多分、少女趣味の女性達であろう。読んでいる間だけ、夢見るような気分になれるのかも。


 別に、「世界の中心」で愛を叫ばなくてもいいだろう。若者であれば、4畳半のアパートの中心で叫んだって構わないはずだ。もちろん、トイレで叫んでもいいし、カラオケボックスで叫んでもよし。


 大体が、「世界の中心」ってどこだ? よもや、南極や北極ではあるまい。


 愛を叫ぶのも結構だが、もっともっと叫ぶべきことがあるだろう。恋愛感情が人の心を昂ぶらせるのは明らかだが、人の眼を曇らせるのも、また事実。愛なんぞを叫んでいる内は、テレビや映画の中にしか感動がないような生活を送っているに違いない。


 青年であれば自分が今、存在するその場所で、社会の不正や、世の中の矛盾、虐げられている人々の気持ちを叫ぶべきではないのか?




 この本、まだまだ売れてるよーですなー。いやはや驚き。


 これが日本一だと思ったら大間違いだ。1872年(明治5)に発行された、福沢諭吉の『学問ノスゝメ(初編)』は17編で、総発行部数は340万部なのだ。ざまあ見やがれ!


 と、世界の端っこで、読まない本の文句を叫ぶ。

 2006-06-10

2004-05-06

『24 TWENTY FOUR』&『シーズンII』

  • 監督:スティーヴン・ホプキンス&ジョン・カサー 【10点】
  • 脚本:ロバート・コクラン&ジョエル・サーノウ

 話題となっている『24 TWENTY FOUR』と『シーズンII』を見た。どれぐらい話題になっているかというと、この間、北海道へ帰省した際、決して映画好きとはいえない私の父を始め、親戚一同が見ているほどである。全米で大ヒットしたテレビ番組。


 共に全24話となっており、DVDもビデオも全12巻。因みに私は『シーズンII』のvol.8までしか見てない。vol.7〜8が4月29日にレンタル開始されたが、今日、やっと見つけてきた。近所のレンタルビデオ店を駆けずり回ってこのザマである。


『シーズンI』は、アメリカ初の黒人大統領が選出されようとしたその時に、大統領候補の暗殺計画が発覚。テロ対策ユニットのジャック・バウアーの長い一日が始まる。ご存じの方も多いと思うが、“リアルタイム”を売りにしており、一日をきっかり24時間かけてドラマ化している。合間合間に挿入される時刻と、心臓の鼓動を思わせる効果音が、否応(いやおう)なく緊張感を強いる。


『シーズンII』は、中東のテロリストがアメリカ国内に核爆弾を持ち込む。既に引退したジャック・パウアーが大統領からの依頼によって、再び現場に復帰する。


 噂に違わぬ面白さ。手に汗握るとはこのことだ。DVDプレーヤーをお持ちの方は購入した方がいい。


 実はミステリ愛好家にとっては、さほど珍しい筋運びではない。所謂(いわゆる)、モジュラー型警察小説と同じスタイルで、様々な事件が同時多発で進行する。ロバート・ラドラムや、デイヴィッド・マレル、フレデリック・フォーサイスの系譜といえばわかりやすいだろう。私が最も好むジャンルである。


 このテレビ番組の成功を考えてみた。まず、スピーディな展開が挙げられる。いずれのシーンも、短篇小説のような完成度の高さである。それが次々と場面展開してゆくのだから面白くないはずがない。第一に挙げられるのは脚本の完成度の高さといっていい。


 次にキャスティングの素晴らしさだ。取り立てて美男美女が現れるわけではない。それが逆にリアリティを生んでいる。更にそれぞれの配役が完璧な定型化に成功しているのだ。これは『シーズンII』を見て、ハッキリと認識できた。『シーズンI』では、ジャック・バウアーの妻子に終始、イライラさせられたが、これすらも同様なのだ。家族思いの愚かな役どころとなっている。これが『シーズンII』になると、マリーの姉がその役を担う。しかしながら、単純な定型化ではなく、例えば、バウアーを始め、駄目上司やテロリストまでもが、“父親の顔”をしっかりと示すシーンもある。


 これまで様々な映画化されたミステリ作品を見てきたが、いずれもしっくりとこなかった。要は、2時間という制約がある中で、どうしてもストーリーを端折っている印象が拭えなかった。この作品はその制約を打破し、ミステリ小説そのものが持つ緊迫感を見事なまでに表現している。


 陰謀に次ぐ陰謀、裏切りに次ぐ裏切り……。迫真の構成が終盤まで途切れることはない。どの巻をとってみてもストーリーがダレることは無かった。


 私が今までで最も好きなアクション映画は『狼 男たちの挽歌・最終章』(ジョン・ウー監督、チョウ・ユンファ主演)だが、これに勝るとも劣らぬ作品だ。否、『狼』が一話完結であるとすれば、『24 TWENTY FOUR』は大河ドラマの趣がある。


 内藤陳であれば、「見ないで死ねるか!」と叫ぶことだろう。


 5月14日にvol.9とvol.10が、5月28日にはvol.11とvol.12がレンタル開始される。当然と予想するが、この日にレンタルすることは難事中の難事だろう。見終える日までに必要とされる忍耐力を想像すると、頭がおかしくなりそうなほどだ。


24 -TWENTY FOUR- シーズン1 ハンディBOX 24 -TWENTY FOUR- シーズン2 ハンディBOX