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2004-11-04

『となりのひと』三木卓


 杉浦日向子の装丁が、内容としっくりしていて秀逸。横向きに置かれた箸。茶碗の中には水が張られ、赤い金魚が泳いでいる。ページをめくると、神経が張り巡らされたような紋様があり、中表紙には花の芯だけ赤く着色された胡蝶蘭のモノクロ写真。


 この短篇集は、登場人物のほぼ全員が皆、おかしい。社会生活を営む上ではさほど障害にはならぬが、微妙な狂気を発している。1991年に発行されているから、時代の先端を、ひょいとつまみ上げて、目の前に見せてくれているような趣がある。「人格障害モノ」といえばわかりやすいだろうか。


 毎朝、6時に起きて、トーストと日本茶をとり、それから厚切りのヨウカンを一切れ食べる男性(「エレベーター」)。隣の家の壁紙が、自分の家と同じものであることに対して苦情を述べる隣人(「胸」)。荷物を届けた際に、「おや、いったいだれからだろう」と客が言うやいなや、「だれからだなんて、おれにわかるわけないじゃねえか」と怒鳴りつける宅配便の運転手(「笛」)。


 社会と関わり合ってる場面では、一見、普通に見えるが、どこか屈折した感覚のある人々を、著者は巧みに描き出している。


 横須賀線というのに、直通で横須賀へ行くことはできない。(「目」119p)


 七つの短篇が収められているが、いずれもこうした視線に貫かれている。“変な人”は周囲と摩擦を起こしながらも、日常を淡々と生きてゆく。無くて七癖と言われるが、核家族化が進み、一人暮らしの若者が増えれば増えるほど、自分の癖には気づかなくなるものだ。人間がバラバラに引き離され、住まいの内部から家族の視線が消えた時、人格障害が増えてきたのではなかろうか。


 本書のタイトルが『となりのひと』となっているもの示唆的だ。読みながら、「内の隣にも、こんなのがいるかも」なあんてクスクス笑いながら、読み終えた時、隣人から見れば、自分が『となりのひと』であることを思い知らされる。


 文章は淡々として読みやすい。ただ、科白(せりふ)部分の浮いてるような感じが、やや気になった。


となりのひと

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