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2007-03-11

『心にナイフをしのばせて』奥野修司

 既に内容は、かなり知られていると思われるので、明かしてしまうことを許されよ。

 著者としての意図はそこにあったのだろうが、私はむしろ、家族心理を明かした貴重な証言として読んだ。


 事件そのものが家族を崩壊させたのか、あるいは、崩壊する要因のあった家族を加速させたのか――その辺りは微妙だ。


 証言中心の構成で、大半は被害者の妹の独白である。ただ、30年も前の事件であり、遺族が心を封印してきたこともあって、周辺取材を行った上で補強されている。


 興味深い内容で、人間心理の綾が見事に描かれている。著者が手を入れた文章でありながら、証言者の個性や息遣いが、しっかりと伝わってくる。家族であるが故のわがまま、衝突、身勝手、反発、妥協の数々が、実に生き生きと浮かんでくる。


 加害者が弁護士となっていたことは、本書の最後の最後に出てくる。書かれているのは、わずか20ページ余りである。このことからも、予想外の展開となったことが窺える。


 この本を読むに当たっては慎重な姿勢が求められる。人間は、生(=性)と死(=暴力)に関する情報に対して、興奮を覚える性質がある。広告などで使われるサブリミナル効果も、いずれかを象徴する情報が盛り込まれている。


 そもそも著者自身が、猟奇的な殺人事件でなければ取り上げることもなかったはずだ。つまり、「高校の同級生によって殺され、頭部を切断された」という情報を知った時点で、我々は残虐極まりないストーリーを勝手に描いて、興奮を求めてしまうのだ。


 惨殺されたから、家族が崩壊したのか――そうとは言い切れまい。大体、「普通の殺人」という言葉が成立するとも思えない。交通事故死にしても同様であろう。あるいは、子供の夭折(ようせつ)によって、同じ軌跡を描く家族もあっておかしくない。


 それ故、「あとがき」に記された著者の結論に私は与(くみ)しない。


 被害者の妹が結婚し、二人の娘が中学生となった頃、神戸で酒鬼薔薇事件が起こる。そして、他人の不幸に群がる銀蝿のようなマスコミが自宅を訪れる。留守宅には、封もしてない取材依頼が置かれていて、これを目にした娘が、初めて母親の兄が殺害されたことを知る。母親から全てを打ち明けられた娘は、普通に学校へ通えなくなった。


 奥野氏の行為は、これと全く同じ類いのものである。そもそも、加害者が弁護士となっていることを、わざわざ被害者に教える必要がないのだ。遺族に寄り添うことと、ジャーナリストとしての仕事は、全く別のものであるべきだ。


 結果的に、加害者が金持ちになり、被害者が貧乏になったという話を、猟奇殺人によって麗々しく飾り立て、被害家族の不幸をかき回して膨(ふく)らませているのだ。


 著者が、「過去に犯罪を犯した少年は、更生してはならない」ことを主張し、証明しなければ、単純な感情によって社会的制裁を求めるような結果にしかならないことを危惧する。


心にナイフをしのばせて 心にナイフをしのばせて (文春文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

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