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2008-05-23

『武装解除 紛争屋が見た世界』伊勢崎賢治

 威勢がいい。喧嘩も強そうだ。国際NGOに身を置き、世界各地で紛争処理の指揮を執ってきた人物である。白々しい理想もなければ、七面倒な平和理論もない。伊勢崎氏は素早く現実を受け入れ、具体的に武装解除を行う実務家である。平和は「説くもの」ではない。明治維新において数々の調停をこなしてきた勝海舟を思わせる。


「組織は所属し自分のために利用するが絶対に帰属しない」というスタンスはその後、今の今までずっと続いている。


【『武装解除 紛争屋が見た世界』伊勢崎賢治講談社現代新書、2004年)以下同】


 やや日本人離れした印象を受けるのは、徹底して個人であろうとしているためだろう。


 人は、明日の糧を想い、子供たちの明日を想い、たとえ慢性的な飢餓の状態であっても、ぎりぎりの状態まで、来季植えるはずの種に口をつけるのをためらう。この営みを「開発」という。「開発」とは、明日を想う人々の営みである。だからこそ、どんなに貧しい人々であろうとも、それぞれの地にとどまり、なけなしの種を蒔(ま)き、雨を待つ。未来への投資。まことにちっぽけなものであるが、それこそが自らの「開発」に向けての意欲である。僕たち国際協力業界の人間は、その意欲に寄り添い、それが倍倍速で進むよう追加投資をするのだ。しかし、「紛争」は、それを根こそぎ、人々の社会秩序、伝統文化、人間の倫理を含めて、すべて破壊し、人々を地から引き裂く。人々の「開発」の営みが、その積年の集積が、そして僕たち「部外者」が他人の生活のうえに描く理想郷が、一瞬にして廃墟と化す。


 平和活動家にありがちな自己讃美は皆無だ。「開発」という言葉の重みを見事に表現している。


 9.11、世界貿易センターでの犠牲者は3000人余。

 シエラレオネで、殺人より残酷と言われる手足の切断の犠牲者になった子供たちの数は、数千人。10年間の内戦の犠牲者は、5万とも、50万人とも言われる。この内戦の直接的な指導者は、フォディ・サンコゥ。

 過去の虐殺を犠牲者の数だけで比較するのは不謹慎かもしれない。しかし、3000人しか死んでないのに、なぜそんな大騒ぎを、というのが、1000人単位で市民が犠牲になる身近なニュースに馴れたアフリカ人の率直な感想だろう。そして、3000人しか殺していない(それも自爆テロという勇敢な方法で)オサマ・ビンラディンが“世界の敵”になり、量的にその何十倍の残虐行為(それを無知な子供を少年兵として洗脳し、親兄弟を殺させ、生きたまま子供の手足を切断し、妊婦から胎児を取り出し、目をえぐり、焼き殺す)を働いた首謀者フォディ・サンコゥが、どうしてシエラレオネの副大統領になるの? というのが、前述のBBCの番組に生の声の出演をした名もないシエラレオネ人婦人の本音であったろう。


 この鬼畜の如き人物を副大統領にしたのは米国であった。BBCのラジオ国際放送に電話で参加したリスナーの女性は、「オサマ・ビン・ラディン氏を米国の副大統領にすべきだ」と主張した。


 米連合軍の司令官クラスと日常的に接する著者は、日本の資金的貢献が評価されていることを実感する。


 つまり、相手はちゃんと評価しているのに、評価していないと、その相手がいない日本国内で、日本の政治家たちは騒ぎ立ててきたのだ。

 本来、国際協力の世界では、金を出す者が一番偉いのだ。

 それも、「お前の戦争に金だけは恵んでやるから、これだけはするな、それが守れない限り金はやらない」という姿勢を貫く時、金を出す者が一番強いのだ。

 しかし、日本はこれをやらなかった。「血を流さない」ことの引け目を、ことさら国内だけで喧伝し、自衛隊を派兵する口実に使ってきた。

 ここに、純粋な国際貢献とは別の政治的意図が見え隠れするのを感じるのだ。


 議論巧者とは全く異質の説得力がある。さすが、「紛争屋」を名乗るだけのことはある。

武装解除  -紛争屋が見た世界 (講談社現代新書)

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