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2008-05-28

『獄窓記』山本譲司


 予想していたとはいえ、やはり『累犯障害者 獄の中の不条理』の後に読んでしまうと、インパクトの弱さが否めない。それでも、文章の上手さでぐいぐい読ませる。先に読んでいれば、それなりの衝撃を受けたことだろう。


 自伝的色彩が強く、菅直人氏の秘書になる件(くだり)から、秘書給与流用事件で実刑判決を受け、出獄されるまでの経緯が描かれている。山本氏の実刑判決は弁護士ですら想定していなかった。それでも、敢えて控訴をしなかったのは、政治家としての責任感からだった。潔い生き方である。


 本書で注目すべきは、辻元清美議員の秘書給与疑惑である。覚えている人も多いだろうが、当初辻元氏は声高に「山本譲司さんと一緒にしないで欲しい」と強気の態度で臨んだ。実はこの二人、早稲田の同期生という縁があった。辻元氏はなりふり構わず、山本氏を貶(おとし)める戦法で「自分は違う」と強弁した。挙げ句の果てには「あの人(山本氏)の場合は、秘書給与を私的に流用していたが、私は違う。個人的な費用に使ったことはない」と言い出した。この時、「カツラ代」という言葉が飛び出したのだ。しかし、山本氏が秘書給与を私的に使った事実は全くなかった。


 獄中にあった山本氏は弁護士を通して反論を公表する。後に辻元氏は予算委員会参考人招致の際に、山本氏への謝罪を述べたが、弁護士同士が約束したものとは異なっていた。人気のみを頼りに突っ走る辻元氏のあざとさが浮かび上がってくる。


 黒羽刑務所に移送された山本氏は、「刑務所の掃き溜め」と言われる寮内工場の配役となる。心身に障害のある収容者が集まる場所だ。そこで、ヘルパーさながらに収容者の面倒をみる。垂れ流された糞尿や吐瀉物(としゃぶつ)の清掃が日常活動だ。


 少し気になったのだが、山本氏はカッとしやすい性格でありながら、直ぐ反省するような傾向が窺える。文章に比べると話し方が軽薄に見えるのも、同じ理由からだろう。


 それにしても、障害者が置かれている惨状は目に余る。


「山本さん、俺ね、いつも考えるんだけど、俺たち障害者は、生まれながらにして罰を受けているようなもんだってね。だから、罰を受ける場所は、どこだっていいのさ。また刑務所の中で過ごしたっていいんだ」

「馬鹿なこと言うなよ。ここには、自由がないじゃないか」

「確かに、自由はない。でも、不自由もないよ。俺さ、これまでの人生の中で、刑務所が一番暮らしやすかったと思ってるんだ。誕生会やクリスマスもあるし、バレンタインデーにはチョコレートももらえる。それに、黙ってたって、山本さんみたいな人たちが面倒をみてくれるしね。着替えも手伝ってくれるし、入浴の時は、体を洗ってくれて、タオルも絞ってくれる。こんな恵まれた生活は、生まれて以来、初めてだよ。ここは、俺たち障害者、いや、障害者だけじゃなくて、恵まれない人生を送ってきた人間にとっちゃー天国そのものだよ」


 フランス・ドゥ・ヴァール著『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』によれば、類人猿社会ですら障害を持った者に対しては、優しさを示すという。人間は合理性を追求する一方で、自分の中に不合理な葛藤を抱えている。強者だけが生き延びるのが適者生存と思いがちだが、群れというネットワークで考えると弱者を切り捨てるのは「社会の弱さ」を示している。


 どのような問題も他人事で済ませられれば、思い悩むこともない。思考は停止させた方が楽なのだ。私の胸の中で、ナチス支配下にあったマルチン・ニーメラー牧師の言葉が谺(こだま)する。


 ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。

 それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だからたって行動にでたが、そのときはすでにおそかった。


【『現代政治の思想と行動』丸山眞男】


獄窓記 獄窓記 (新潮文庫 や 60-1)

(※左が単行本、右が文庫本)

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