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2008-05-29

『日本の税金』三木義一


 今後の政治テーマとして税金がピックアップされてくることもあり、読んでみた。著者は立命館大学の教授。文章がわかりやすく、質の高い市民講座を受けているような印象を受けた。税法の複雑性と不公平性がよく理解できる。ガソリン暫定税率にも触れており、「姑息だ」とバッサリ斬り捨てている。「税制改正が法律改正であり、憲法問題である」との指摘に目から鱗が落ちる思いがした。


 社会が二極化に進む中で、平均値の意味がなくなりつつある。不公平感を少なくするには、抜本的な税制改革しかない。所得の再分配という観点から、社会を再構築するほどの気構えが政治家になければ、二極化は加速度を増す。そもそも二極化とは、所得が一部の人に集中することを意味している。これを再分配するに当たっては、雇用を創出できる事業が望ましいと思う。こうした背景があるわけだから、プライマリーバランスの黒字化よりも社会保障を充実させるのが先だろう。


 尚、赤字財政について勘違いしている人が多いが、単純に考えれば国が赤字ということは、民間が黒字という意味になる。今、一世帯あたり1650万円ほどの財政赤字となっている。これは、一世帯あたりが国に貸している金額だ。つまり、日本という国家が潰れない限り、デフォルト(債務不履行)することはあり得ない。なぜなら、国家は紙幣を印刷することができるからだ。だから、一家の支出に例えることは適切ではない。アメリカを見れば一目瞭然である。アメリカが貿易赤字ということは世界が貿易黒字ということになる。また、ドルという基軸通貨によってアメリカは覇権を構築しているのだ。ブッシュ大統領から名指しで「悪の枢軸」と言われた北朝鮮、イラク、イランの3ヶ国は、いずれも石油決済をドルからユーロに変えようと目論んでいた。現在、外貨準備高としてのドルを一番保有しているのは中国であり、その後に日本が続いている。この2ヶ国でドルを売りに出せばアメリカは崩壊する。その代わり、中国と日本も崩壊する。日本は立場上、絶対にドルを売ることができない。


 多くの人的控除が用意されているが、この中でまず注目しなければならないのは「基礎控除」である。これは、憲法25条で保障されている生存権の反映である。生存権は一般に生活保護等の国の積極的な行為を求める権利として理解されているが、この権利は同時に、一生懸命働いて健康で文化的な最低限の生活が可能な所得を得た場合に、それに課税されない、という権利も保障しているのである。この権利を具体化したのが、所得税法の基礎控除である。すべての納税者に保障されているのである。これが本来の意味での課税最低限である。

 しかし、この金額がわずかに38万円(2003年現在)というのはあまりにも低すぎないだろうか。1965年当時はこの基礎控除は13万円で生活扶助額より高額だったが、生活扶助が毎年改正されるのに対して、基礎控除の引き上げは数年に一度しか行われなかった。そのため、ついに1977年から社会給付と逆転しはじめ、今日では生活扶助基準額の50〜60%にすぎなくなっているのである。所得税の改革を考えるのであれば、何よりもまずこの点なのである。ドイツでは憲法裁判所が1992年に課税最低限と生活扶助基準の一致の必要性を認め、生活扶助費を大幅に下回っていたドイツ所得税の課税最低限を違憲と判断し、そのためドイツは1996年改正で基礎控除を倍増したことにも留意すべきである。


 雑損控除は災害・盗難・横領に対象が限定されている。災害にあった場合は当然として、横領の場合は控除されるのに、詐欺にあった場合は控除の対象にならないことが、従来から疑問視されている。詐欺にあったのは本人の責任ということかもしれないが、両者の差は紙一重で、実際には詐欺被害者の方が悲惨である場合が多い。


 累進税率が高すぎると批判する評論家などが、このような誤解をしたままテレビ等で解説をする場面に出くわしたが、その計算方法はいわゆる「単純累進税率」で、世界の所得税が採用している「超過累進税率」ではない。超過累進税率というのは、課税総所得金額が1000万円の場合、最初の330万円の部分は10%なので33万円となり、次の900万円までの570万円の部分(900-330)は20%なので114万円となり、900万円を超え1000万円までの100万円部分に 30%を適用し、税額はこれらの合計である177万円とする計算方法である。


 このような税負担を感じることを「痛税感」とか「税痛感」というが、わが国の消費税は市民にもっとも強い「税痛感」を自覚させ、子供にも消費税の名前を知らしめた。なぜ、そうなったのだろう。消費のたびごとに負担しているからか、それとも消費税が高いからか。

 もし、ビールを買うとき、値段が180円と表示しているので180円渡したら、「180円に酒税140円と消費税16円の合計336円いただきます」といわれたら、あなたもビールの酒税がこんなにも高いのかを自覚し「税の痛み」を感じるはずである。


 実に個人業者の8割、法人を含めても6割の業者が免税業者なのである。にもかかわらず、消費者はあらゆる取引に際しておとなしく消費税分として負担してきているのである。


 数年前まで資産家が自分の子供をアメリカに数年住まわせることがしばしばみられた。留学のためではない。租税回避のためであった。(日本の贈与税は受贈者に課税する方式で、アメリカは贈与した者に納税義務があるため)


 1950年代の大蔵省(現・財務省)関係者の解説(例えば、三好寛『酒の税率』醸界タイムス社、1956年、70頁以下)によれば、ビールはその大半が家庭以外の料理店等で消費されており、そうした料理店に出入りできる層は社会的に裕福であることが高税率の根拠とされてきた。(高級酒という位置づけ)

 日本の税制には以上述べてきたような問題がある。今後の税制改正で、こうした問題がどう解決されていくのだろうか。毎年の税制改革に対するマスコミの取り上げ方は、税の財政面や経済面への効果ばかりに着目し、税制改正が法律改正であり、憲法問題であることを全く意識していない。そのため、技術的な問題に目を奪われ、税制改革がもたらす私たちの生活への影響が憲法の理念からみて望ましいことなのかどうか、ほとんど検討されてこなかった。その背景には、裁判所が租税立法に広範な立法裁量を認めてきたため、不公正な税制が放置されてきたことも影響しているかもしれない。

日本の税金 (岩波新書)

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