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2008-06-20

『見よぼくら一戔五厘の旗』花森安治


 B5版で3段組、写真も豊富。『暮しの手帖』の名編集長・花森安治氏の自選集。昭和40年前後に書かれたものが多く、戦時中の記憶を辿った内容が多い。とにかく文章が勁(つよ)い。敗戦直後から暮らしを見つめる眼差しはぶれることなく、炯々(けいけい)と光を放っている。花森氏は終生、庶民に寄り添いながら、「賢明であれ」とのメッセージを送り続けた。


 戦争を振り返る時、花森氏の文章はトーンが変わる。燃え盛る怒りの焔(ほのお)を抑制しながらも、辛辣(しんらつ)の度を増す。民衆から、つつましい暮らしさえ奪い取った何者かに対し、反旗を翻す。バタバタと疾風にたなびく音が聞こえてくるようだ。


 戦争がだんだんはげしくなってきて、これは、敗けるかも知れないという重苦しい気持が、じわじわと、みんなの心をしめつけはじめるころには、もう私たちの心から、〈美しい〉ものを、美しいと見るゆとりが、失われていた。

 燃えるばかりの赤い夕焼を美しいとみるかわりに、その夜の大空襲は、どこへ来るのかとおもった。さわやかな月明を美しいとみるまえに、折角の灯火管制が何の役にも立たなくなるのを憎んだ。

 道端の野の花を美しいとみるよりも、食べられないだろうかと、ひき抜いてみたりした。


【昭和44年4月】


 私が育った札幌の地が歌われていた。


 かつて、寒風にりんれつと鳴ったあの壮大な歌声は、もうどこにも聞かれなくなった。

 この町は、歌うことをやめた。

 旗音はやんだ。

 理想の星は消えた。

 かつて、かがやかしい理想をかかげて立っていた時計台は、小ざかしい夜間照明に残骸をさらし、その破風(はふ)に星が打たれてあることさえ、しらぬ人がふえた。その鐘の音は、すさまじいトラックの騒音にかき消されて、きくすべもない。

 かつて、若い情熱をたぎらせ、新芽を空にのばした北大のポプラ並木は、枯死寸前、観光客の失笑のまえに、老残の身をさらしている。

 これが、札幌なのか。

 これが、かつて新しい町づくりの夢を託した札幌なのか。

〈理想〉という言葉は、色あせ、汚れ、たれもかえりみなくなった。〈理想〉なき人間が、したり顔で国つくりをいい、人つくりを説いている。

 そして、札幌は、いま泥まみれの盛装に飾られ、花やかな挽歌につつまれ、東京のご都合主義の指さす道を、歩こうとしているのだ。

 札幌よ。

 その鉛いろの空とビルの上に、

 いま一たび、新しき旗をかかげ、

 りんれつと寒風に鳴らしめよ。

 札幌よ。

 いま一たび、ここにかがやかしき星をかかげ

 りょうりょうと北風に歌わしめよ。

 老人すでに黙すとあれば、

 若き者たて。

 男子すでに志を失うとあらば

 女子立て。

 立って、日本にただひとつ、

 ここに、理想の町つくりはじまると

 世界に告げよ。

 Boys and Girls,

 Be Ambitius!


【昭和39年2月】


 そして、私が青春時代を過ごした東京の下町も歌われていた。


 あの夜にかぎって

 空襲警報が鳴らなかった

 敵が第一弾を投下して

 七分も経って

 空襲警報が鳴ったとき

 東京の下町は もう まわりが

 ぐるっと 燃え上っていた

 まず まわりを焼いて

 脱出口を全部ふさいで

 それから その中を 碁盤目に

 一つずつ 焼いていった

 1平方メートル当り

 すくなくとも3発以上

 という焼夷弾

〈みなごろしの爆撃〉

 三月十日午前零時八分から

 午前二時三七分まで

 一四九分間に

 死者8万3793名

 負傷者11万3062名

 この数字は 広島長崎を上まわる

 これでも ここを 単に〈焼け跡〉

 とよんでよいのか

 ここで死に ここで傷つき

 家を焼かれた人たちを

 ただ〈罹災者〉で 片づけてよいのか

 ここが みんなの町が

〈戦場〉だった

 こここそ 今度の戦争で

 もっとも凄惨苛烈な

〈戦場〉だった


【「戦場」 昭和43年8月】


 その時、亀戸の横十間川からは国会議事堂が見えたという。世界では今尚、同じ愚行が繰り返されている。兵器は格段に進化しているから、その殺傷力たるや比べ物にならないだろう。


 表紙に配されているツギハギだらけの乞食旗。この庶民の旗を高く掲げることなしに、世界の平和が訪れることはない。一人ひとりが旗幟(きし)を鮮明にして、愚かな為政者を排除する必要がある。民衆は無知で無力かも知れない。しかし、生活の実感から下される判断が誤ることは少ない。おかしな判断を下すのは、国会議事堂と霞ヶ関と相場は決まっているのだ。


 さあ、旗を掲げよう! 小さくても、ボロくても構わない。

一戔五厘の旗

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