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2008-06-24

『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・シトーウィック(リチャード・E・サイトウィック)


 ものを食べると形を感じる人、はたまた音を聴くと色が見える人がいるんだってさ。これを共感覚という。複合感覚といってもいいだろう。生まれつき、そんな感覚を持っている人が10万人に1人の割合でいるそうだよ。0.001パーセントの確率だ。するってえと、日本にも1200人はいるって計算になる。


 彼等の語るイメージは鮮烈だ。生々しく、具体的で、あらゆる形状が語られる。彼等の脳は実際にその形を「感じている」のだ。読み始めて間もなく、「きっと、脳内の神経が混線しているのだろう」と思ったが、あっさりと否定されていた。結論は、読んでからのお楽しみ。


 それにしても、脳の可能性ってえのあ、凄いもんだね。言葉を持たなかった頃の古代人は、我々よりもはるかに豊かな感覚機能を持っていたことだろう。ひょっとしたら、テレパシーなんかもあったような気がするよ。しかし、言葉を使い、文明が発達し、科学技術の伸展に伴って、感覚機能は退化していったに違いない。


 共感覚も万人に具わっていたかも知れない。しかしながら共感覚は、個人の中では一貫性があるのだが、同じタイプの共感覚者同士でもイメージが全く異なるのだ。つまり、共有することができない。ここに共感覚が退化した原因があったのだろう。


「でもまあ、そんな感覚があったところで、邪魔にしかならねーだろーよ」と思う人もいるだろう。でもね、この本を読むと羨ましくなってくるよ。彼等は鮮烈なイメージが喚起されるため、記憶力もすこぶるいいのだ。


 更に、医師としての心構えや、言葉に関するトピックもあって、大変参考になる。私が一番勉強になったのは以下――


「異種感覚連合の能力が言語の基礎であることは、ずっと以前から知られています。サルはこれができません。人間以外の動物で容易に確立できる感覚と感覚の連合は、快などの情動刺激と、視覚、触覚、聴覚といった非情動刺激との結びつきだけです。非情動刺激を二つ結びつけられるのは人間だけです。だからこそわれわれは、物に名前をつけられるのです」


 サルは非辺縁系の感覚を二つ、連合させることができない。人間はそれができる。そしてそれが、ものに名前をつけ、より上位の抽象化のレベルを進んでいく能力の基盤となっているのだ。


 ボノボよ、お前の負けだ。結局、他の動物と比較して人類が異様なまでに言葉を巧みに使うのは、脳の仕組みと咽頭の進化にあるようだ。


 それにしても脳の世界は深い。私の脳は浅いけど。

共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人

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