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2008-06-28

『老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた』三好春樹


 これほどエッセイを堪能したのは、古波蔵保好著『男の衣裳箪笥』以来かもね。介護というのは、人生の最終ステージにおける人間ドラマである。それゆえ、誰もが「される側」になったり、「する側」になる可能性がある。


 まず、三好春樹氏の顔がいい。どこかで見たことのあるような親近感を覚える。多分、手塚治虫の漫画に登場する顔だ。


 本書前半で、自分達のことを「シロウト集団」と称しているが、これは卑下しているわけではなく、介護という職種がまだ認知されてない社会状況を象徴した言葉だろう。あるいは、実状を弁えない医療のプロに対して、「在野」の現場主義を声高らかに宣言しているようにも感じる。


 病院からやってくる老人がオムツになっているのはやむを得ないものだと思っていた。なかには“神経性膀胱障害”なんて難しそうな病名がついたりしたから、オムツは老人の病気のせいなのだと思わされていた。

 しかし、松平さんにはなんの病気もなかったではないか。ただ、高すぎるベッドと、トイレにいけないならオムツという貧困な介護状況、というより介護の不在が、彼女を尿意はおろか、おしっこがオムツに出ているかどうかもわからないような状態に追いこんだのである。これは“神経性膀胱障害”でもなんでもない。原因は“神経”ではなく“ケアなき看護”ではないのか。私はそれ以来、“看護因性膀胱障害”こそ、老人のオムツの原因であると考えるようになった。


 医療は政治の影響を強く受ける。翻弄されるのは、いつも弱い立場の人々である。著者の筆鋒は鋭さを増す。


 ところが、彼ら(PT〈理学療法士〉、OT〈作業療法士〉)は老人を知らない。当然ながら、彼らはリハビリの専門家ではあっても、老人についての専門家ではないのである。だから、既成のリハビリというレールに老人を乗せようとするのだが、そうはいかない個性のかたまりが老人なのだからうまくいくわけがない。(中略)リハビリという専門性が、老いへの適応力を欠いた代物であることを暴露してしまったのだ。


 老人が動かないよう手足を縛る安静看護。それが誤りだといって出現してきたリハビリテーションが、こんどは老人を無理矢理動かしている。やれやれ、と私はため息まじりに思う。安静看護にせよ、リハビリにせよ、老人は専門性を押しつけられる対象でしかないじゃないか、と。ちっとも、老人が主体として登場していないのだ。


 そして、もう一つの特長はユーモアの精神が横溢していること。駄洒落も上手い。生々しい介護の現場には、普段お目にかかれないような頓珍漢なやり取りが生まれる。


「立ったよ!」と面倒臭そうに丸岡さんがいう。「立ったらこんどは歩いてみて」と私。またブツブツいいながらも、丸岡さんは危なげもなく歩き出す。そして、平行棒の端まできて「歩いたよ!」とまた無愛想な声がする。私が「じゃこんどは向きを変えて帰ってきて」といったときに丸岡さんが返したコトバで、訓練室中の老人が大笑いとなった。

「帰らすくらいならいかさにゃええじゃない」

 丸岡さんはそれ以来、施設内の人気者になってしまった。訓練室にいた“三人娘”が「あの笑わんばあさん面白いで」といって歩いたのである。


 著者は皆と一緒に笑いながらも、この発言に衝撃を受ける。機械的な動作の繰り返しを強いるリハビリは、患者にとって苦痛以外の何ものでもなかった。そして、深い自省から「生活リハビリ」という視点が誕生した。


 一読して驚いたのは、ほんのちょっとした工夫や配慮で、麻痺や障害が驚異的に回復することである。これが病院だと、症状をカテゴライズ化して、画一的な治療法が施されてしまう。だが、介護の現場で求められているのは、似たような症状であっても、そこにその人固有の人生の来し方があるという眼差しなのだ。


 例えば認知症は、まず親しい家族に対して症状が現れるという。つまり、見知らぬ人々と出会うデイサービスなどに行けば、さほど症状が出ない。更に、完全な認知症患者であっても、認知症同士であれば「会話」が可能になるそうだ。もちろん、噛み合わない支離滅裂な会話である。それでも、患者は落ち着きを取り戻す。


 命あるものは生老病死を免れない。科学や医療の発達に伴って、「老い」の期間は格段に長くなっている。身体の自由が損なわれると、精神まで崩壊することも珍しくはない。要介護者の最大の問題は、家族からもまともな「人間扱い」をされなくなることだろう。家族から重荷と見なされた瞬間から、自らも重荷と自覚するのだ。


 小泉政権によって社会保障が大幅にカットされた。後期高齢者医療制度の真の目的は、お年寄りを医療保険から介護保険に追い出し、最終的には民間保険にまで投げ飛ばすことにある。保険報酬を減額されている以上、病院も介護施設も手の施しようがない。


 医師の数を減らし、社会保障を打ち切る政治判断によって、既にリハビリ難民が続出した。次は、介護難民が全国にあふれることだろう。その皺寄せは、高齢者を抱える家族にのしかかる。社会の二極化が進む中で、貧乏人にはますますストレスが増える。


 超高齢社会となるのは既に秒読み段階である。大きな社会問題が起こる前に、営々と積み重ねてきた介護スキルが実を結ぶような社会保障制度が不可欠だ。

じいさん・ばあさんの愛しかた―“介護の職人”があかす老いを輝かせる生活術 老人介護じいさん・ばあさんの愛しかた (新潮文庫 み 37-2)

(※左が単行本、右が文庫本)

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