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2008-08-05

善は急げ、遅いのは悪だ/『夜』エリ・ヴィーゼル


 私たちは目から鱗が落ちたが、もう遅すぎた。


【『夜』エリ・ヴィーゼルみすず書房、1995年)以下同】


 ルワンダ大虐殺と同じ光景がここにも。「まさか……」「よもや……」「いくら何でも……」――そんな人々の声が聞こえてきそうだ。『夜』でエリ・ヴィーゼルが書いた風景を辿ってみよう。


 私のうしろで一人のユダヤ人が溜息をもらしながらこう言っているのが聞こえた。

「しようがないじゃないですか。戦争だもの……」


 人びとはこんなふうに話していた。

「(ロシア戦線において)赤軍は巨人のような足どりで前進している……。ヒトラーはたとえそうしたくても、われわれに害を加えることができないだろう……。」

 そう、彼にわれわれを絶滅する意志があるのかどうかさえ、われわれは疑っていたのである。


 過越祭(すぎこしのまつり)の7日め、幕があいた。ドイツ人がユダヤ人共同社会の重立った(ママ)人たちを逮捕したのである。

 このとき以後、いっさいが非常に速やかに伸展した。死へむかっての競争がもう始まっていた。

 最初の措置――ユダヤ人は3日間自宅を離れてはならない、もし離れたならば死刑に処する。


(ゲットーがつくられてから)生活は少しずつ平常どおりに戻っていった。鉄条網が壁のように私たちをとりまいていたが、それはほんとうの畏怖をよびさましはしなかった。私たちはかなり居心地がよいとさえ感じていた。まったく仲間同士だったからである。ささやかなユダヤ共和国……。ユダヤ人評議会、ユダヤ人警察、社会援助局、労働委員会、衛生部が――政府機関のすべてが――つくりあげられた。

 だれもがすばらしがっていた。もう目の前に、あの敵意にみちた顔や、あの憎しみのこもったまなざしを見なくてもよいのだ。畏怖も不安も、これでもうおしまいだ。ユダヤ人同志(ママ)、兄弟同志(ママ)で暮らしているのだ……。


 明け方には、この憂鬱な気分はもうあとかたもなくなっていた。まるで休暇旅行にでも来たような感じであった。人びとはこんなふうに語っていた。

「わかったものじゃない。われわれを流刑にするのは、われわれによかれと思ってのことかもしれないよ。前線はもうあまり遠くない、いまに砲声が聞こえるようになるよ。そこで一般市民が撤退させられるのさ……。」

「たぶん彼らは、われわれがパルチザンになるのを恐れているんだね……。」

「ぼくの考えでは、この移送騒ぎはすべて、大がかりの道化芝居以上のなにものでもないんだ。そうなんだよ、笑わないでくれ。ドイツ野郎どもはわれわれの宝石をくすねたいだけの話。ところで連中は、なにもかも埋めてあって、掘り返しさえすればいい、ということを知っているんだ。家主が休暇旅行に出かけているときのほうがやさしいものね……。」


 文字通りの致命的な油断だった。変化の風はあっと言う間に数百万のユダヤ人を飲み込んだ。安住を好む人間の性質が瞳を曇らせたのか。はたまた、ナチスが巧妙だったのか。どんな理由があったにせよ、亡くなった人々が生き返ることはない。


 人の生死(しょうじ)は小さな変化に支えられている。脳の血管が一本切れたり、詰まったりしただけで、五体は不満足となるのだ。そうであれば、小さな変化、些細な予兆を侮ることはできない。


 非正規雇用、後期高齢者医療制度だって、大量虐殺の前兆かも知れない。

夜 [新版]

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