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2008-08-29

悪しき「私化」の進行/『男らしさという病? ポップ・カルチャーの新・男性学』熊田一雄


 サブカルチャーから読み解くジェンダー論といった内容。軸足がジェンダー論にあるため難解な点もあるが、アニメや漫画に言及することで身近な問題として考えることができる。


 以下は、石原慎太郎のテキストに対して賛否両論を示した件(くだり)――


 私流に言い替えれば、公共圏・共同性を欠いた悪しき意味での「私化」が進行しているのである。公共圏・共同性が求められているのは確かだと思う。しかし、現在の「私化」は、旧来の公共圏・共同性が若い世代に通用しなくなったことを背景として生じているのであり、いま求められているのは新たな公共圏・共同性ではないだろうか。それなのに石原(慎太郎)は、忠臣蔵物語を持ち出すことによって、若い世代にはもはや通用しなくなった「滅私奉公」の世界を復活させようとしているのである。

 公共圏・共同性のモデルとして、忠臣蔵という近代日本の覇権的男性性を持ち出すことは、ポストモダン状況においてはアナクロニズム以外の何ものでもない。


【『男らしさという病? ポップ・カルチャーの新・男性学』熊田一雄(風媒社、2005年)】


“悪しき意味での「私化」”というのは秀逸なキーワードだ。現代社会には「共通の物語」が欠如していることを見事に表していると思う。


 ただ問題は、私化=価値観の多様化という背景を踏まえた上で、果たして「公共圏・共同性」を築くことが可能かどうかである。一旦バラバラに散ったものを、再びまとめることは難しい。


 確かに『忠臣蔵』で若者を糾合することは無理がある。多分、石原慎太郎は封建主義が好きなだけだろう。私に言わせれば、「短気な主に仕えた不幸な家臣の物語」にしか見えない。


 価値観を支えているのは物語性である。とすると、新しい物語はアニメや漫画から生まれる可能性が高い。おじいさんやおばあさんから教えてもらった話ではないことだろう。


 新しい共同性は、マーク・ブキャナンが言うところの「弱い絆」=緩やかな関係性、になるはずだ。そうでなければ、何らかの強制性が働くことになる。


 誰もが憧れるヒーロー像を描くのは、極めて困難な時代である。多用なモデルがあってしかるべきだ。

男らしさという病?―ポップ・カルチャーの新・男性学

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