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2008-10-05

カテゴリーに「キリスト教」を追加


 欧米を理解するには、「キリスト教」と「結社」の歴史を知る必要がある。そこで、比較的触れることの多い「キリスト教」をカテゴリーに追加した。

現在の議会制民主主義の実態は貴族政/『民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう』薬師院仁志

 前回、「意志決定者の数によって王政・貴族政・民主政が決まる」と学んだ。すると、現在の議会制民主主義が実は民主主義ではないことが発覚する。


 ともあれ、古代アテナイ型の分類法に従えば、今日の議会制民主主義は、本来の民主政ではなく、むしろ貴族政だということになってしまう。国権の最高機関にして唯一の立法機関である議会が、全員ではなく、ごく一部の者によって構成されているからである。

 とはいえ、現実問題として、大きな国では、全有権者が一堂に会して直接話し合うことなど不可能であろう。だからこそ、ルソーは、「一般に民主政は小国に適する」と指摘したのである。直接民主制、あるいは、少なくともそれに近い制度を実施しようとすれば、そうならざるを得ないだろう。


【『民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう』薬師院仁志〈やくしいん・ひとし〉(PHP研究所、2008年)】


 どう? 参ったでしょ? わたしゃ、1000回くらいタップしたよ(ウソ)。我々が民主主義だと錯覚していた議会制民主主義は、政策の意思決定には関与しておらず、議員を決めているだけだ。言われてみりゃ、確かにそうだよなー。


 で、なぜモンテスキューやルソーが「民主政治=くじ引き」と考えたのか? 答えは次回にて。

民主主義という錯覚

効率化が仕事量を増やす/『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆


 小田嶋隆の著作を読むと頭がスッキリする。目からウロコが落ち、脳細胞のシナプスが活発になる。そして、ガハハハと笑っているうちに、オダジマン教の信者となってしまう。


 大衆消費社会は広告戦略によって購買意欲を刺激するのが常だが、企業内においては経済原則に則って合理化が推し進められる。つまり、コスト削減。中年期を過ぎたオジサン、オバサンはメタボリックな体型で緩慢な動きとなるが、大企業はおしなべて贅肉を削ぎ落としたアスリートのような体型となっている。


 トヨタ自動車に至っては、工場ライン周りの歩く歩数までカウントされ、無駄な歩数はコストとして計上される。これが、トヨタカンバン方式。まるで、レーザーレーサーを着用した体型である。


 では、社内のコスト削減が社員の幸福につながるかと言えば、決してそうではない。人員整理をすれば、必ず誰かの負担が増える。結局は綱引きのメンバーを減らしているのだから。


 では、OA(オフィス・オートメーション)が定着し、事務が効率化したことは、素晴らしいことだったのかというと、話はそう単純ではない。

 なぜって、OAによって事務が効率化したにもかかわらず、ジャパニーズビジネスマンの超過勤務がたった半時間でも減ったわけではないからだ。

 そうだとも、考えてみようではないか。

 たとえばの話、これまで社員一人分の人事管理ファイルを更新するのに4時間かかっていたものが、データベースの導入によって2時間に短縮されたとする。

 と、人事部長は、

「さあて、今日からわが部は3時退社ということにしよう」

 と言うだろうか。

 言わないね。絶対に言わない。

 部長はきっと、

「よーし、今期から人事管理ファイルの項目数を倍にしよう」

 と言うか、でなければベテランの部員を子会社に出向させることを検討しはじめることだろう。

 おわかりになるだろうか。「事務の効率化」とは、つまり「単位時間内に一人の社員がこなせる仕事量の増加」にほかならないのであり、要するに「ノルマの増加」つまりは「労働強化」なのである。

 さらに意地の悪い言い方をすれば、「事務の効率化」および「生産性の向上」とは、単に「単位時間内にこなす仕事量の増加」のみならず、「一定の報酬を得るために必要な仕事量の増加」でもあるわけだから、これは給与生活者にとっては、相対的な貧窮化でさえあり得るのだ。


【『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆(JICC、1993年)】


 オダジマンの天才ぶりは、枕=導入部にある。30代半ばでこれだけの文章を書くのだから、晩年にはどうなっているのか見当もつかない。

仏の顔もサンドバッグ