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2008-10-19

多田富雄


 1冊読了。


免疫の意味論多田富雄/既に古典と化した感のある作品。読もう読もうと思いながら、そのままになっていた。「『自己』を規定しているのは免疫系であって、脳ではないのである」との断言に痺れる。専門用語が多いので、すっ飛ばしながら読むことを勧めておこう。アレルギーや癌についても、独特の高い見識を示している。

幼少期の歪んだ価値観が肉体を破壊するほどのストレスと化す/『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ

 珍しい名前なんでアジア人かと思いきや、カナダ人医師だった。「ストレス理論」の提唱者ハンス・セリエ博士の弟子でもある。


「2200円でソフトカバーはねーだろーよ」と思ったが、400ページあったので許そう。


 自己免疫疾患ALS、はたまた乳癌やアルツハイマー型痴呆症までが、ストレス由来の可能性があると指摘している。


 ハンス・セリエ博士がストレス学説を発表したのは、1936年(昭和11年)の『ネイチャー』誌上(「種々の有害作用から生ずる一症候群」)でのこと。そんなに古かったんだね。で、誤解している人が多いが、ストレスそのものは否定されるべき代物ではない。人間には「適度なストレス」が必要とされている。


 問題は負荷の掛かり方だ。例えば互いに好意を抱いている男女がいたとしよう。やがて、二人の間には愛情が芽生え、ムフフという関係になる。この時点でムフフは快感だ。時は移ろい、四季は巡る。ある時、女性の中に秘められていた性的嗜好が目を覚ます。女は鞭とローソクを用意して男を縛り上げたのだった。男が感じたのは痛みだけであった。とまあ、性的なコミュニケーションと暴力ですら、力の加減によるものなのだ。


 そもそも、産道を通る時だってストレスを感じたであろうし、我々は24時間地球に引っ張られているのである。自分の体重ですらストレスの要因となりかねない。ストレス解消のために食べる→体重が増える→膝関節と靴底に負荷が掛かる→またぞろ食べる、これがストレス性デブの無限スパイラルだ。数年後には地面の中に足がめり込んでいることだろう。


 メアリーのからだは、彼女の心ができなかったことを実行していたのではないだろうか? 子供のころは無理やり押しつけられ、大人になってからは進んで自分に課してきた執拗な要求――常に自分より他者を優先する生き方――を拒絶するということを。1993年、医学コラムニストとして初めて『グロー、アンド・メイル』紙に執筆した記事で、私はメアリーのケースを採りあげ、今ここに記したような見解を披露した。そしてこう記した。「ノーと言うことを学ぶ機会を与えられずにいると、ついには私たちのからだが、私たちの変わりにノーと唱えることになるだろう」。コラムには、ストレスが免疫系におよぼす悪影響に関する医学論文もいくつか引用しておいた。


【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ/伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)】


 価値観は選べない。なぜなら、生まれて来る時に親を選ぶことができないからだ。人は誰もが「正しくありたい」と望み、「正しくあろう」と努力する。ところが、そうした正義感が教条主義と化せばストレスとなってしまう。「大義のために死ね」ってことだ。


 ところが「正しい行為」が習慣化されていると、行動しない場合、更なるストレスに襲われる。こうなると背水の陣どころか、四方八方すべて海だ。がんじがらめの緊縛プレイ。縛り上げられたマゾは、動くだけでもロープが食い込み身体が痛む。


 このような人生を歩むことによって、「ノー」と言えなくなる。だが、負荷は掛かり続ける。そして、信号機が黄色になるように、ウルトラマンの胸のカラータイマーが点滅するように、肉体がシグナルを発する。これが病気だ、というのが本書の骨子。


 かなり説得力がある。私なんぞは完全に鵜呑みにしている。本のページ数に限りがあるためと思われるが、反対意見を紹介すれば、更なる説得力が増すことだろう。女性で、その辺の下らないカウンセラーに金を払っている人がいれば、本書を読んだ方がましだ。自分を理解する一助となることだろう。

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価