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2008-10-28

日本は流動性なきタコツボ社会/『生物と無生物のあいだ』福岡伸一


もう牛を食べても安心か』で火がつき、本書がベストセラーとなった。科学本が売れるのは異例の事態。出版界の動向を変えるほどの衝撃を与えた。


 福岡伸一が来し方を振り返り、このように綴っている――


 ポスドク(ポスト・ドクトラル・フェロー/博士研究員)の賃金は安い。私が雇われていた頃で二万数千ドル程度であった(もちろん年俸である)。今でもそれほど変わってないはずだ。ニューヨークやボストンといった都会にいれば、まずレント(家賃)だけで給与の半分は飛ぶ。

 それでもポスドクが日々ボスのために研究に邁進できるのは、次に自分がボスになる日を夢見てのことである。ポスドクの数年間に重要な仕事をなして自らの力量を示すことができれば(成果は論文として表れ、筆頭著者にはポスドク、最後の責任著者にはボスの名前が記される)、それはそのまま独立した研究者へのプロモーションの材料となる。科学専門誌の巻末には必ずおびただしい数のポスドクの求人広告がある。少なくともたこつぼではなく流動性のある何か、あるいは風なのだ。


【『生物と無生物のあいだ』福岡伸一講談社現代新書、2007年)以下同】


 私はハタと膝を打ち、悟りを得る思いがした。ま、いつものことだ。私は過去に数百回ほど悟りを得ているのだ。悔しかったら私を拝んでみろ。


 丸山健二が『見よ 月が後を追う』(文藝春秋)で「動く者」と「動かざる者」の鮮やかな対比を描いてみせたのも、つまるところは「流動性」であった。


 日本は山紫水明と言われる通り、縦長の国土の真ん中に山々がそびえ立っているため、全国どこへ行っても川が多い。海となると、準備をして出掛けなくてはならない人々が多いが、少し歩けばどこにでも川は存在する。


 古来、日本人は川の流れに過去・現在・未来を見つめ、鴨長明は「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし」(『方丈記』)と書いた。


 であるにもかかわらず、我等の先祖は「定住」の道を選んだ。つまり、農耕で生計を立てることにしたのだ。こうして「ムラ意識」は末裔である我々のDNAにまで脈々と伝えられることになったってわけだ。


 ムラの掟に従うことなく流動性を求める人々は土左衛門となった(ウソ)。自由を追い求める者は三途の川を渡らざるを得なかった(更なるウソ)。だが、村八分(残りの二分は葬式と火事)は限りなく死刑に近い仕打ちであったことは容易に想像がつく。流れる川に身を投げたくなる人々がいたとしても、決して不思議ではあるまい。


 日本人ははみ出すことを嫌う。だから、本来であればはみ出し者の先頭に立つべき不良少年(&少女)の類いですら横並びである。同じ髪型、同じ服装、同じ言葉遣い、同じ顔つきをしている。ま、小さなムラに過ぎないわな。


 これは、どうしたことか。流動性は川だけで、変化は四季だけで満足しているのだろうか。あるいは、年に一度の祭りで鬱憤を晴らせているということなのか。それとも、我々は流動性を忌避しているのだろうか。


 きっと、そうなのだろう。いや、間違いない。我々の子孫は、田舎の山道の脇にある地蔵や、田んぼに突っ立っている案山子(かかし)を目指しているのだ。私の目には、林立しながらも微動だにしない未来の日本人が確かに見える。


 生命とは動的平衡にある流れである。


 とするならば、日本人はとっくに死んでいることになる。南無――。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)

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