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2008-10-30

戦後を支えたのは政府ではなく女性だった/『見よぼくら一戔五厘の旗』花森安治


 頼んでもいないのに銃後を守らされた女達が、戦後は走らされる羽目となる。男どもは、せめてお母さんの肩くらい叩いてあげるべきだろうな。


 終戦のとき、なにかでみた一枚の写真を、ぼくはいまでもおぼえている。

 汽車であった。いっぱいの人がぶら下っていた。タラップにまで二重三重になって、それでもあふれた人たちが、機関車の前部にもぎっしりしがみついていた。

 ほとんどが女の人である。どろどろのモンペにリュックを背負い、包を下げていた。芋であろう。

 政府なんて、なんの役にも立たなかった。しかし、デモ行進などやっている余裕もなかった。ギロンしているひまに、家族の今夜の、あすの食べる分を工面しなければならなかったのである。

 女たちは、だまって、買い出しに出かけていった。ながいあいだ、吹きっさらしのホームで汽車を待って、家畜以下のざまで、運ばれていった。やっとのおもいで手に入れた50キロ70キロの芋を背負って、歩きつづけ、ぶら下りつづけ歩きつづけて運んだ。

 終戦直後、ぼくたちの飢え死を救ったのは政府でも代議士でも役人でもなかった。この機関車にすずなりになった異様な写真をみたまえ。ぼくらを飢え死から救ったのは、この人たち、ぼくらの母や妻や娘や姉だったのだ……

(昭和38年5月)


【『見よぼくら一戔五厘の旗』花森安治〈はなもり・やすじ〉(暮しの手帖社、1971年)】


 いざとなると男は弱いものだ。だから、子供の生めない身体構造となっているのだろう。男達は将来を考えるあまり呆然としていたに違いない。


 ま、本当のところは男も女も食糧確保のために奔走したはずだ。たまたま花森安治の見た写真がそうだったというだけの話だろう。でも、やっぱり、戦地から引き揚げてきた男達は、大いに自信を喪失したはずだし、「食べ物を分けてもらうのは女子供のすること」という逃げ口上を用意していたことだろう。


 私の祖母は既に亡くなっている。せめて、往時の苦労を聞いておくべきだった。戦争は過去の歴史となったものの、平和な時代にあっても母や妻に感謝を怠ってはなるまい。


 私が生まれる直前に書かれた文章であり、それだけに思い入れも深い。

一戔五厘の旗

ハゲ頭に群がるカツラメーカー/『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆


 コンプレックスを後ろ手に捻(ひね)り上げたような商売は多い。チビ・デブ・おたんこなす・ホクロ・ムダ毛・一重まぶた・ペチャパイ・口臭体臭・包茎・勃起不全など、数え上げればキリがない。そして、これらの筆頭格がハゲであることは衆目の一致するところだ。


 法改正によってサラ金が落ち目となってからというもの、テレビCMは、保険業界、パチンコ機器メーカー、日本中央競馬会JRA)、そしてカツラメーカーの台頭が目立っている。


 増毛200本が無料なのだそうだ。

 なぜか?

 技術に自信があるからだそうだ。

 技術? 何の技術だろう?

「サギだよ」

 と、彼は言い切った。

「考えてもみろよ、3倍増毛とか言って1本の自毛に2本からの人工毛をくくりつけるわけだろ?」

「ああ」

「とすると、毛が1本抜けると、3本の毛が減るわけで、こりゃ3倍減毛だぜ」

「なるほど」

「だから、ヘタなキャンペーンにひっかかって1回でも増毛したら最後、あとは、減毛増毛の無間地獄。まさに不毛の人生だな」

 そう。ヅラ屋は、メンテで儲けるのである。あれをもっともらしく保つには、色々と手間がかかるのだ。特に増毛と週刊誌のヘアヌード(←って、ハゲのことか?)ページは、一度手を出したら撤退できない底なし沼なのである。これは、カツラメーカー関係者からの情報だから間違いはない。

 シャブの売人をやってる兄ちゃんは、ハマる素人には、タダ同然でブツを世話して、相手がきちんとしたシャブ中になってからマジの取引を始めるんだそうだが、なんだか、昨今のヅラ屋さんたちがやっている「無料ヘアチェック」だとか、「無料増毛キャンペーン」の手口は、まったくこれと同じではないか。


【『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆翔泳社、1995年)】


 いやあ笑った笑った。しかし、ハゲにとっては笑い事で済まない。大体、和田アキ子と島田紳助が競演するCMは一体全体何なんだ? カツラ界の自民党でも気取っているのだろう。和田アキ子という女はどこにいようとも、まるで我が家にいるかの如くぞんざいに振る舞う。肥大しきった自我は、既に身長の3倍くらいの大きさとなっていることだろう。島田紳助は業界内の政治力に敏感な男だと私は睨んでいる。あの司会っぷりがそれを雄弁に物語っている。つまりこの二人は、私の眼からするとジャイアンとスネ夫にしか見えないのだ。そして、例の社長が登場する。田舎のオジサンにしか見えない社長が。あの飄々とした朴訥(ぼくとつ)な話し方に、ハゲの面々はあっさりと騙されてしまうのだ。「こんないい人が嘘をつくはずがない」と。ところがどっこい、テレビという媒体は嘘で構成されているのだよ。すなわち全部が作り物。シナリオ通りに作られた編集済みの世界だ。


 本書は、全体的なまとまりとしては小田嶋隆のベストと言ってもいいと思う。バブルの前後にかけて連載されたもので、日本経済の天国と地獄に架けられた橋のような趣がある。しかも驚くべきことに、オダジマンの経済センスは、大新聞の経済記者よりも確かである。

無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ

「マインド・ゲームス」ジョン・レノン


 ジョン・レノンで一曲と言われれば、私は間違いなくこの曲を挙げるだろう。ま、「Power To The People」も捨て難いけどね。初めて聴いたのは中学の頃だ。父親を亡くした同級生の家で聴いたこともあって、鐘の音が鎮魂歌のように思えた。4畳半の部屋に鳴り響いたイントロに衝撃を受けた。

レノン・レジェンド~ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン~

旧ソ連は「年金問題」で崩壊した/『繰り返す世界同時株暴落 自民崩壊・生活壊滅の時代』藤原直哉


 ウウム、昨今の金融経済を予言したような書名である。ま、この手のタイトルって多いんだけどね。徐々に上がっていって、暴落する。まるで、人生のようだ。破壊は一瞬、建設は死闘。


 労働力が世界マーケットの筋肉だとすれば、金融は血液に喩えることができよう。グローバル経済とは、世界のどこかで怪我(デフォルト〈債務不履行〉など)をすれば、自国の血も流れ出ることを意味する。そして現在、金融マーケットのマネーは、実体経済をはるかに上回る資金量となっている。最大の問題は、レバレッジ(テコの原理=投資金額の数十倍規模で取引ができる)を利かせていること。これが、金融マーケットの巨大な幻影を支えている。今、株価が暴落しているが、市場原理からすればゼロサムゲームなんだから、誰かの金が誰かの懐へ移動しているだけに過ぎない。しかしながら、実体経済への影響は必至だ。


 で、だ。年金というのは、莫大な資金量に任せて長期投資が可能である。つまり、安定した利益を獲得しやすい。そんなわけで、国民は安心して文句一つ言わず月々の年金を支払っているわけだ。ま、利回りのよい預金といった感覚の人が多いことだろう。


 日本では、数年前からグリーンピアの経営不振が問題となり、それ以降、厚生労働省の無理・無茶・無謀ぶりが発覚した。年金未納問題、年金記録問題などが社会を揺るがした。でも、「揺るいだ」まんまで終わっているんだよな。年金の全体像と将来像が全く見えない状況だ。


 日本でも現在、本書で述べてきたように「年金問題」が政権の課題となっていますが、実は、旧ソ連の共産党政権が崩壊した直接の理由は「年金問題」だったのです。

 当時のゴルバチョフ大統領が「グラスノスチ=情報公開」を進める中で、「実は年金財源はありません。みんななくなってしまいました」と公表したところからソ連共産党に対する猛烈な不信感が広がり、最終的に共産党政権が崩壊したのです。

 つまり、「年金が払えません」と公表したら、それは政権も国家も崩壊する、キーワードとなっているということです。安倍前首相は「年金はすべてのみなさまに支払う」と言ったわけですが、実状がここまで深刻な事態であり、国家が崩壊するかどうかという大問題だと認識していたかどうかは疑問です。



【『繰り返す世界同時株暴落 自民崩壊・生活壊滅の時代』藤原直哉(あ・うん)】


 フム、佐藤優の意見を聞きたいところである。だが、投資とは無縁で、投機とはもっと無縁な国民が怒ることは容易に想像がつく。「国への信頼」を逆手にとって、詐欺を働いたも同然だからだ。まして、共産国というのは公務員の数が多い。日本でも同様で共産系の知事や市長が誕生すると、必ず公務員の数は増える。すると、当然のようにインチキを働く人間の数も増える。


 同じ根っこから生えている幹が「天下り」である。確かに、利権はおいしいし、羨ましい限りだ。しかし、そこでつかわれている金は血税である。官僚の豊かな老後を支えているのは、生活を切り詰めながらも懸命に働く国民なのだ。つまり、こいつらは悪魔だ。善悪を不問に付し、正義を嘲笑い、貧乏人に小便を引っかけて平然としている手合いということだ。最近では、障害者の顔に唾を吐くような真似までしている(リハビリ難民)。


 年金問題は国家の腎不全を示しているように思う。人工透析が必要となるかどうかは、国民の選択で決まる。つまり、次の衆院選だよ。

繰り返す世界同時株大暴落―自民崩壊・生活壊滅の時代