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2008-11-01

心を開けゴマ


 すまん。「ゴマ」は余計だった。つい付けてしまったというのが真相だ。


 佐野元春は「誰かが君のドアを叩いている」と歌った。誰なのかね? よもや、ピンポンダッシュということはないだろうな。


 同じ歌の冒頭で「街角から街角に神がいる」とも歌っている。本当なのか? 嘘だ。嘘に決まっているよ。駅頭でやたらと手をかざす連中を見かけるがアイツらは神ではない。また、街角にいるのはポケットティッシュを配っているアルバイトであって、彼等は「神」ではなく「紙」だ。


 我が家のドアを叩き、電話のベルを鳴らすのは、神ではなく営業マンと決まっている。私の財布の中身を狙う連中だ。私は快く受け入れ、話を聞いた上で、不躾な質問を繰り返した挙げ句に罵声を浴びせる。仕方がない。これが趣味なんだよ。


 で、最近になって気がつかざるを得なくなったんだが、心というものはこっちが開いた分しか、相手も開かないんだよね。私は幼い頃から人の好き嫌いが激しく、嫌いな人物を相手にする時間はムダだと考えている。いや、本当のことを言おう。マイナス価値があるとまで思っているのだ。


 そんなわけで、私が「クソだな」と厳正かつ公平に判断した場合、話し掛けられた分だけに反応することとなる。ここまで読んで、私のことをただの気難しい中年オヤジだと錯覚する人もいるだろう。その錯覚は正しい。


 私が言いたいことはこうだ。「人は相手から学ぼうとしない限り学べない」――何だか陳腐な結論となってしまったが仕方がない。例えば私がドアを全開にしたとしよう。でも、相手のドアが少ししか開いていなければ、視界に映るのは大半がドアとなる。まして、部屋の中が薄暗いと何があるのかわからない。私はこの状況で助言することを強いられる。


 そしてもっと大事なことがある。それは、互いがドア(=胸襟)を開いた上で、「歩み寄る」ことだ。なぜなら、開いたドアまで進まないと、相手の部屋の全貌を確認することはできないからだ。更に、双方が相手の部屋に入ればオッケーだ。だが油断してはならない。押し入れの中に何が入っているかはわからないのだから。


 自分よりも経験豊富な人、技術の優れた人、知識が深い人に対しては、進んで心のドアを開くことを私は実行している。

「環境帝国主義」とは?/『動物保護運動の虚像 その源流と真の狙い』梅崎義人

 さて、時間のあるうちにどんどん紹介していこう。「片言自在」は質よりも量で勝負することを宣言しておく。


 世界経済が自由競争で成り立っていると思ったら大間違いだ。実は、「不公平」というルールで運用されているからだ。欧米列強は、発展途上国が絶対に発展できない仕組みを既に作り上げてしまった。


 梅崎義人が糾弾しているのは、環境や動物愛護をテコにして、貿易すら自由にさせない欧米の悪辣(あくらつ)な手口である。昨今、声高に主張されている「環境問題」も全く同じ異臭を放っている。


 環境帝国主義とは、一般的には環境問題に関する自己の主張を相手に強要する行為を指すが、ここでは次のように定義しておく。

「自国以外に生息する動・植物の利用を、自国の法律または国際条約によって一方的に禁止しようとする考え方並びにその行動」

 このようなことが実際にあり得るだろうか。いぶかる人々も多いと思うが、環境帝国主義は堂々と罷り通っている。

 アメリカには「海産哺乳動物保護法と「絶滅に瀕した動植物保護法」という二つの国内法がある。いずれも1970年代の初めに制定されている。前者は、クジラを初め、オットセイ、イルカ、アシカ、アザラシ、トドなどすべての海洋哺乳類の保護を決めた法律で、殺すことはもちろん、虐待やいじめることも禁止している。更にその製品の輸入までも禁じられている。例えば、クジラのベーコンやアザラシの毛皮はアメリカ国内には持ち込めない。そして、後者の「絶滅に瀕した動植物保護法は、絶滅の恐れのある動植物の利用だけでなく、その生息、繁殖地の開発あるいは利用までも禁じている。

 信じられないことだが、アメリカのこの二つの国内法は、全世界を対象にしている。「海産哺乳動物保護法」に基づき、アメリカは国際捕鯨委員会(IWC)の場で全面禁止を実現した。同法はニクソン大統領時代の72年に制定されたが、このアメリカ大統領は「私はこの法律の効果を世界中に広めたい」と署名時に語っている。

「絶滅に瀕した動植物保護法」で、保護すべき動物としてリストアップされている種は全体で900にのぼるが、そのうちの600が、なんとアメリカ以外に生息する動物である。


【『動物保護運動の虚像 その源流と真の狙い』梅崎義人〈うめざき・よしと〉(成山堂書店、1999年)】


 農耕民族にジャーナリズムは育たない、というのが私の持論である。なぜなら、真実を報じたところで立ち上がる民衆は一人もいないためだ。立ち上がったとしても、直ぐに座り込んでしまうことだろう。これを繰り返せばヒンズースクワットとなる。真実に目覚めて、自分の足を一歩前に出すことが、我が国では「村八分」を意味するのだ。


 かような背景もあって、日本のジャーナリズムは権力者のスポークスマンとなり、メッセンジャーとなり、アナウンサーと化している現状を呈している。


 そんな中にあって、梅崎義人が著した本書には、紛れもなく「ペンの力」が横溢(おういつ)している。ジャーナリストの仕事とは、「世界が置かれた状況を読み解く作業」と言ってよい。

動物保護運動の虚像―その源流と真の狙い

相対性理論によれば飛行機に乗ると若返る/『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン

 アインシュタインの相対性理論も、書き手次第ではこんなに楽しく読める。


 要するに、相対性理論が示しているのは、空間と時間は絶対ではなく、観測者と観測されるものの両方と相対的な関係にあり、一方が高速で動くほど、その影響が顕著になるということだ。わたしたちはけっして高速度まで加速することはできず、努力するほど(そして速く動くほど)、外側にいる観測者たちに対してゆがんだ存在になっていく。(中略)

 この効果は、じつはあなたが動くたびに起こる。飛行機でアメリカ横断の旅をすれば、降りるときには、あとに残してきた人たちよりも数千億分の1秒程度若くなる。部屋を横切るだけでも、ほんのわずかではあるが、自身の時間と空間の経験を変化させていることになるのだ。時速160キロで投げられた野球のボールは、ホームプレートにたどり着くまでに0.000000000002グラム質量を増すと計算されている。つまり、相対性理論の効果は現実であり、計測することができる。問題は、そういう変化があまりにも小さいので、検出可能な最小の差異を作ることさえ困難である点だ。しかし、宇宙に存在するそのほかのもの――光、重力、そして宇宙そのもの――にとって、これらの変化はとても重要な意味を持つ。


【『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン/楡井浩一〈にれい・こういち〉訳(NHK出版、2006年)】


 確かに、イチローの打撃、ロナウジーニョのドリブル、マイケル・フェルペスの泳ぎを見ていると、別世界の出来事に感じることがある。ま、観測者である私は横になって腹を出しながらテレビの前にいるわけだが。


 きっと古代の人々にとって、瞬時の判断が生死を分かつ場面が多かったことと想像する。猛獣に襲われたり、毒草を吐き出したり、獲物をつかまえたり……。そして狩猟はいつしか、スポーツに取って代わった。ゲームがマクロであるとすれば、技はミクロの世界である。


 時空は瞬間において凝結する。うまくまとめることが出来なくなったので、これで誤魔化しておこう。

人類が知っていることすべての短い歴史(上) (新潮文庫) 人類が知っていることすべての短い歴史(下) (新潮文庫)

「国家」と「貨幣」は人間を超越する/『ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき』佐藤優、魚住昭


 忘れないうちに書いておこう。養老孟司は「われわれの社会では言語が交換され、物財、つまり物やお金が交換される。それが可能であるのは脳の機能による」(『唯脳論』)と書いた。


佐藤●マルクスが解き明かしたことの中でも重要なのが「国家」と「貨幣」の機能だと思います。両者とも人と人との関係性から生まれてきたものなのに、人の意思に構うことなく人を動かすことができる。それほどの〈暴力性〉を帯びていることを明らかにしました。


魚住●「国家」も「貨幣」も人間がつくったものにもかかわらず、人間を支配してしまったということですね。


佐藤●ええ、そうです。加えて「国家」と「貨幣」は人間を超越したものとして感じませんか。たとえば、「国家」の名において人を殺すことができる死刑制度、あるいは人に人を殺しに行けと命令する戦争。それらは正当化されていますよね。「貨幣」で言えば、必要以上に欲しくなる。預金通帳の数字が増えるのを見てニンマリとすることがそうでしょう。「国家」と「貨幣」には〈呪術性〉もあります。


【『ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき』佐藤優、魚住昭(朝日新聞社、2006年)】


 で、この二つの考えを統合してみよう。するとこうなる。「お金は、脳から溢れ出た“肥大した自我”である」と。ウン、中々いいね(笑)。この考えでいけば、金融マーケットで大量に行き交う“欲望”が見えるような思いがする。


 本能・情動を司っているのは脳の視床下部だから、証券会社の取引画面はまさにうってつけ。しかもこの視床下部、身体の神経・ 内分泌・免疫系をコントロールしており、苫米地英人が説く「ホメオスタシス恒常性)」を支えているのだ。視床下部、恐るべし。


 我々を振り回すお金という代物を生んだ犯人は、視床下部であると断定しておきたい。「だから、何なんだ?」「それが、どうした?」という質問は謹んで拒否させて頂く。

ナショナリズムという迷宮―ラスプーチンかく語りき ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき (朝日文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)