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2008-11-20

アキレスと亀/『無限論の教室』野矢茂樹


「アキレスと亀」はゼノンのパラドックスの一つ。ここから無限を探る――


「無限の命令系列です。果たしてアキレスはこの命令を完了できるか。不可能です。われわれは無限回の命令をやり遂げることなどできません。終わりがないからです。このように、アキレスの運動を無限回の命令の実行の寄せ集めとして解釈することは、あからさまにアキレスの運動を不可能なものとしてしまいます。そこで切り口解釈の可能性を探るのです。そのとき、ごく平凡に、ゼノンはアキレスにただひとつの命令を出したと考えます。つまり、『亀に追いつけ』です。この命令はひとつですから、従うのに困難はありません。そこでゼノンは、『亀に追いつけ』というこの命令を実行したアキレスの運動をふりかえり、解説するのです。『アキレスはまず亀の出発点まで到達した。間をおかずに出発し、次に亀のいた地点をめざし、そこに到達した。そこでまた、……』このとき、終わらないのはアキレスの運動ではなく、ゼノンの解説の方です。ゼノンのこの解説の仕方はいつまでも終わることのない解説法になっています。しかし、解説が終わらないからといって、解説されている運動が終わらないことにはならない。アキレスはただ走り続ける。ゼノンはそれを『そういえばアキレスはあのとき……』とえんえんと語り続けるのです。くたびれるのはゼノンの方です。そんなゼノンのことを解説している私の方は、だいじょうぶ終わらないということはありませんが、しかし、もう少し説明しますと、なんであれ、すでに成立しているものをえんえんと解説し続けることは可能です。一枚の絵に対して、まずその右半分を解説し、次にその左半分を解説し、その次に、ええと、左下半分の右半分を解説し……、ええと、……まあそんなふうに続けていけば、一枚の絵をいつまでも解説し続けることができます。しかしそのことはいささかも絵画の不可能性を証明するものではありません。


【『無限論の教室』野矢茂樹(講談社現代新書、1998年)】


 絵画の例えが面白い。つまり、無限とは際限のない彼方にもあり、はたまた1と0の間にも存在するってこと。先日、紹介した0の話と似ている。

 ゼロも無限も、仏法で説かれる「空の概念」を想起させる。


 無限論を理解することは難しいが、本書は何となく読んでいるだけで右脳が刺激される。別に新しい発想が浮かぶわけではないのだが、妙な心地よさがある。多分、普段使ってない脳の場所をマッサージしてくれるのだろう。


 元々、出版が決まっていたわけではないにもかかわらず、著者はせっせと原稿を書いていたそうだ。その意味からも、思い入れの強い内容であることがわかる。数学と哲学とが溶け合う不思議な世界。

無限論の教室 (講談社現代新書)

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