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2008-12-31

パソコンの世界は「死」に覆われている/『安全太郎の夜』小田嶋隆


 ま、進化のスピードが極端に速いってな話だ。本当は宮崎勤の件(くだり)を紹介したかったのだが、本日分のスペースが長大になってしまうため、後日披露しよう。


 真面目な話、有為転変の激しいこの(※パソコンの)世界にいると、つくづく「死」というものについて考えさせられる。

 死が不可避のものであるとしたら、我々の生は、そのまま緩慢な死にほかならないなどと、まだ何もしらなかった学生の頃、私はそういう抽象的なことを考えていたことがあるが、パソコンの世界では、死はもっと具体的にして日常的なもので、犬のクソみたいにそこら中に転がっていた。しかも、ここで私が見てきた死は、緩慢な死どころか、すべて頓死であり、突然死であり、葬式も執り行なわれない、あっけらかんとした不条理な、間抜けな死ばかりであった。

「今日、ママンが死んだ」

 そうだろうとも、ママンは毎日死んでいる。


【『安全太郎の夜』小田嶋隆河出書房新社、1991年)】


「死」を対比、羅列した後で、カミュ(『異邦人』)と来たもんだ。蝶のように舞い、蜂が突然くすぐるような闊達さがオダジマンの魅力だ。


 それでは、2008年はこれにて終了。明年もひとつ宜しくお願い申し上げます。さあて、ウイスキーでもがぶ飲みするか(笑)。皆さん、よいお年を。

安全太郎の夜

キリスト教と仏教の「永遠」は異なる/『死生観を問いなおす』広井良典

 これはめっけ物だった。試合終了間際のスリーベースヒットといったところだ。2008年、最大の伏兵。


 時間という概念から死生観を捉え直そうと試みて、見事に成功している。それにしても、広井良典の守備範囲の広さに驚かされる。最初はモネからだからね。で、マッハ、アインシュタイン、介護なんぞの話も交えながら、キリスト教と仏教に至る。でもって、これがちゃあんとした連環となっているのだ。お見事。


 で、だ。古本屋のオヤジが手放しで褒めるわけがないわな。多分、この人の慎重な性格と誠実な人柄によるのだろうが、文章が時々すっきりしない。文末が曖昧になり、中途半端なリベラル性が頭をもたげている。あと読点も多過ぎる(特に「、と」の多さは目を覆いたくなるほど)。ま、期待を込めて言うなら、著者の思考はまだまだ洗練される余地があるということだ。


 早速、本題に入ろう。大晦日になっても尚、ブログを更新するような人生にウンザリさせられるよ。キリスト教と仏教の永遠は違っていた――


 キリスト教の場合には、「始めと終わり」のあるこの世の時間の先に、つまり終末の先に、この世とは異なる「永遠の時間」が存在する、と考える。さらに言えば、そこに至ることこそが救済への道なのである(死→復活→永遠という構図)。他方、仏教の場合には、先に車輪のたとえをしたけれども、回転する現象としての時間の中にとどまり続けること、つまり輪廻転生の中に投げ出されていることは「一切皆苦」であり、そこから抜け出して(車輪の中心部である)「永遠の時間」に至ることが、やはり救済となる(輪廻→解脱→永遠という構図)。

 念のために補足すると、ここでいう「永遠」とは、「時間がずっと続くこと」という意味というよりは、むしろ「時間を超えていること(超・時間性)、時間が存在しないこと(無・時間性)」といった意味である。(中略)こうした「永遠」というテーマは、そのまま「死」というものをどう理解するかということと直結する主題である。だからこそ、あらゆる宗教にとって、というよりも人間にとって、この「永遠」というものを自分のなかでどう位置づけ、理解するかが、死生観の根幹をなすと言ってもよいのである。


【『死生観を問いなおす』広井良典(ちくま新書、2001年)】


 つまり、だ。キリスト教の永遠は直線の向こう側に存在し、仏教の永遠は輪廻という輪の外側にあるというわけだ。で、どっちにしても「遠く」にあることは確かだろう。手を伸ばして届くようなところに永遠は存在しない。


 そして、永遠の定義が凄い。参ったね。ぐうの音も出ないよ。「超」にせよ「無」にせよ、そこは「比較対象する事象が存在しない世界」になってしまう。結局、認知や認識の外側に“死の世界”が開けているのだろう。


 アインシュタイン相対性理論から考えると、「“自分”という観測者を失った自分」になりそうな気がする。


 例えば、“眠り”は“小さな死”といわれる。私の場合、殆ど夢が記憶に残っていない。そう。夢も希望もない人生なのだよ。で、寝ている間って時間の感覚はないよね。五感だって溶けているような印象がある。「俺は寝ている」という自覚すらない。それからもう一つ。人間は眠る瞬間と起きる瞬間を意識できない。だから、死ぬ時や生れる時はこんな感じではないかと、最近感じている。


 この続きは来年ということで。

死生観を問いなおす (ちくま新書)

政治テロで問題は解決できず/『永遠の都』ホール・ケイン


「人間共和」を謳い上げた名作。同じ時期にユゴーの『九十三年』を読んだが、こっちの方がはるかに昂奮した覚えがある。


「しかし、そのような役目(暴君暗殺)を引き受ける人間はです」とデイビッド・ロッシィはいった。「いかなる個人的な復讐の感情にもとらわれていないことをわきまえていなければなりません」見知らぬ男の手に握られた短刀がふるえた。

「彼は自分のやったことが無意味だったとさとる覚悟ができていなければなりません──よしんば暗殺に成功したとしても、彼は制度そのものではなく、人間を入れ替えたにすぎないこと、配役そのものではなく、役者の首をすげかえたにすぎないと教えられることを覚悟しなければなりません。そして失敗すれば、傷ついた暴君というのは情け無用になり、おびやかされた専制政治が束縛の鎖をしめあげてくるという結果に直面することを覚悟しなければなりません」(中略)「そればかりじゃありません」デイビッド・ロッシィはいった。「彼は自由を愛する真の友人たちから、暴力を行使する人間は自由の名に値しないとされることも覚悟しなければなりません。知力を武器にした戦いこそ人間的なものであり、それ以外の手段に訴える戦いは、けだものの戦いとなんら変わるところがないと──またわれわれは人間であり、したがって人間の武器は知力であって爪や牙でないこと、さらに知力と精神力の勝利をのぞくいかなる勝利も、野蛮で下劣なものであり──それ以外の勝利こそ栄光につつまれたものだとさとされることを覚悟しなければなりません」


【『永遠の都』ホール・ケイン/新庄哲夫訳(潮文学ライブラリー、2000年/白木茂訳、潮出版社、1968年/1901年作)】


 真の雄弁は一人ひとりに向けて放たれる。害意を抱く者まで含めて。そして、時代や国家をも超越して私の胸にまで響き渡る。「言葉の力」ではない。今求められているのは「力のある言葉」だ。


 アメリカのオバマ次期大統領の演説には、人の心を揺り動かす力があった。尾崎行雄弾劾演説は第三次桂内閣を打倒した(大正政変)。桂太郎は8ヶ月後に胃癌のため死亡した。


 国会では国民の理解できない言葉が飛び交い、携帯電話では弱い絆を確認する目的の意味のない会話が繰り返されている。本物の言葉は、深き沈黙を湛(たた)えているものだ。昨今は、不安から逃げ出すための饒舌が氾濫している感がある。

永遠の都〈上〉 (潮文学ライブラリー) 永遠の都〈中〉 (潮文学ライブラリー) 永遠の都〈下〉 (潮文学ライブラリー)

2008年に読んだ本ランキング


 リクエストがあったので、今年読んだ本のランキングを発表しよう。尚、年内いっぱいランキングは更新し続ける予定なので(正式順位は大晦日に確定)、新しい記事は下となってしまうが無視しないでね(今日は12月7日)。それから、便宜的に順位をつけたが、ここに取り上げた作品はいずれも自信をもってオススメできるものだ(今年は軽く200冊以上読んでいる)。読み終えた本のタイトルで検索すると、やたら松岡正剛勝間和代のページがヒットするが、私の方が選球眼は上だと言い切っておこう。正月休みをこれらの本と一緒に過ごせば、来年の運気が上がること間違いなし。


順位書籍
1位ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記レヴェリアン・ルラングァ
2位ユーザーイリュージョン 意識という幻想トール・ノーレットランダーシュ
3位累犯障害者山本譲司
4位青い空海老沢泰久
5位親なるもの 断崖曽根富美子
6位日日平安山本周五郎
7位ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論高橋昌一郎
8位急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則マルコム・グラッドウェル
9位我が心はICにあらず小田嶋隆
10位無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ小田嶋隆
11位香水 ある人殺しの物語パトリック・ジュースキント
12位フェルマーの最終定理サイモン・シン
13位人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるかトーマス・ギロビッチ
14位ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う友岡雅弥
15位蝿の苦しみ 断層エリアス・カネッティ
16位死生観を問いなおす広井良典
17位世界史の誕生岡田英弘
18位あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源フランス・ドゥ・ヴァール
19位数学的にありえないアダム・ファウアー
20位ホロコースト産業 同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたちノーマン・G・フィンケルスタイン
21位国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて佐藤優
22位動物保護運動の虚像 その源流と真の狙い梅崎義人
23位迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのかシャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
24生物と無生物のあいだ福岡伸一
25位複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線マーク・ブキャナン
26位脳はいかにして“神”を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ヴィンス・ローズ、ユージーン・ダギリ
27位進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線池谷裕二
28位山手線膝栗毛小田嶋隆
29位天才の栄光と挫折藤原正彦
30位見よぼくら一戔五厘の旗花森安治
31位パソコンゲーマーは眠らない小田嶋隆
32位仏の顔もサンドバッグ小田嶋隆
33位人類が知っていることすべての短い歴史ビル・ブライソン
34位理性の限界 不可能性・確定性・不完全性高橋昌一郎
35位空の思想史 原始仏教から日本近代へ立川武蔵
36位身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価ガボール・マテ
37位心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション苫米地英人
38位反社会学講座パオロ・マッツァリーノ
39位ピーターの法則ローレンス・J・ピーター
40位この大地に命与えられし者たちへ桃井和馬
41位青い虚空ジェフリー・ディーヴァー
42位いのちの作文 難病の少女からのメッセージ』綾野まさる、猿渡瞳
43位武装解除 紛争屋が見た世界伊勢崎賢治
44位カミとヒトの解剖学養老孟司
45位人生を掃除する人しない人桜井章一鍵山秀三郎
46位スピリチュアリズム苫米地英人
47位夢をかなえる洗脳力苫米地英人
48位スクール・デイズロバート・B・パーカー
49位老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた三好春樹
50位老人介護 常識の誤り三好春樹
51位なぜ美人ばかりが得をするのかナンシー・エトコフ
52位「ありがとう」のゴルフ 感謝の気持ちで強くなる、壁を破る古市忠夫
53位還暦ルーキー 60歳でプロゴルファー平山譲
54位12番目のカード』ジェフリー・ディーヴァー
55位がんばれば、幸せになれるよ 小児ガンと闘った9歳の息子が遺した言葉山崎敏子
56位高村光太郎詩集
57位夜中に犬に起こった奇妙な事件』マーク・ハッドン
58位石垣りん詩集
59位イメージを読む若桑みどり
60位新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解くアルバート=ラズロ・バラバシ
61位自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」佐藤幹夫
62位仮面を剥ぐ 文闘への招待竹中労
63位ファストフードが世界を食いつくすエリック・シュローサー
64位ジェノサイドの丘 ルワンダ虐殺の隠された真実フィリップ・ゴーレイヴィッチ
65位問いつづけて 教育とは何だろうか林竹二
66位禁じられた歌 ビクトル・ハラはなぜ死んだか八木啓代
67位テレビ救急箱小田嶋隆
68位官邸崩壊 安倍政権迷走の一年上杉隆
69位安全太郎の夜小田嶋隆
70位かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003小田嶋隆
71位「ふへ」の国から ことばの解体新書小田嶋隆
72位精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の科学と虚構エリオット・S・ヴァレンスタイン
73位免疫の意味論多田富雄
74位民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう薬師院仁志
75位子供の「脳」は肌にある山口創
76位テレビ標本箱小田嶋隆
77位生かされて。イマキュレー・イリバギザ
78位遺言 桶川ストーカー殺人事件清水潔
79位壊れた脳 生存する知山田規畝子
80位日本の電気料金はなぜ高い 揚水発電がいらない理由田中優
81位罵詈罵詈 11人の説教強盗へ小田嶋隆
82位偽善系II 正義の味方に御用心!日垣隆
83位貨幣とは何だろうか今村仁司
84位行動経済学 経済は「感情」で動いている友野典男
85位心からのごめんなさいへ 一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦品川裕香
86位不肖・宮嶋 メディアのウソ、教えたる!宮嶋茂樹
87位でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』福田ますみ
88位セックスボランティア河合香織
89位病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ/長谷川眞理子、長谷川寿一、青木千里訳
90位共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・シトーウィック
91位唯脳論養老孟司
92位メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学松永和紀
93位メディア・コントロール 正義なき民主主義と国際社会ノーム・チョムスキー
94位無境界の人森巣博
95位男らしさという病? ポップ・カルチャーの新・男性学熊田一雄
96位自閉症の子どもたち』酒木保
97位知的好奇心波多野誼余夫稲垣佳世子
98位祖国とは国語藤原正彦
99位完全図解 新しい介護』大田仁史、三好春樹
100位黒体と量子猫』ジェニファー・ウーレット
101位一日一書石川九楊
102位〈狐〉が選んだ入門書山村修
103位人間ブッダ』田上太秀
104位セブン-イレブンおでん部会 ヒット商品開発の裏側吉岡秀子
105位読者は踊る タレント本から聖書まで。話題の本253冊の読み方・読まれ方斎藤美奈子
106位翻訳語成立事情柳父章
107位無限論の教室野矢茂樹
108位「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!佐藤勝彦
109位霊はあるか 科学の視点から』安斎育郎

2008-12-30

小田嶋隆


 1冊読了。


安全太郎の夜小田嶋隆/昨年読んだのだが再読。前原政之さんが絶賛している作品だが、私としてはイマイチ。「妖怪ネタ」が全く面白くない。全体的に荒削りではあるが、やはりキラリと輝く文章はそこここにある。特に後半がよい。私が選ぶオダジマンのベストは以下――


 1位 『我が心はICにあらず

 2位 『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ

 3位 『山手線膝栗毛

 4位 『パソコンゲーマーは眠らない

 5位 『仏の顔もサンドバッグ


 って、あまり変わりがないか(笑)。

「博士も知らないニッポンのウラ」が最終回


 テレビでは放映できない際どい情報を発信した功績は大きい。最終回は宮崎哲弥宮台真司苫米地英人という豪華メンバー。中堅どころの論客としては、これ以上の顔ぶれはない。3人の結論が仏教思想で軌を一にしているところもお見事。宮台真司は眼つきが悪くなったが、相貌に貫禄が出てきた。思想を語る言葉の端々に、最先端科学の裏づけが滲み出ていて傾聴に値する。

マザー・テレサ、神の存在への疑念を手紙に記す


 カトリック教会の「聖人」に限りなく近いとされるマザー・テレサ(Mother Teresa)がしたためた私的な手紙が、近日出版される書籍の文中で公表される。この中でマザー・テレサは、自身の信仰の危機、および神の存在への疑念に悩まされていたことが明らかになった。

 数ある手紙の中の一通は、1979年に親友のMichael Van Der Peet牧師にあてたもので、文中には、「あなたはイエスの愛を受けている。わたしはといえば、むなしさと沈黙にさいなまれている。見ようとしても何も見えず、聞こうとしても何も聞こえない」と書かれている。

 66年の間に書かれた40通以上の手紙にはマザー・テレサが破棄するよう求めたものも含まれており、これらは来週発売される書籍「Mother Teresa: Come Be My Light」で公表される。一部抜粋は、すでに米タイム誌(Time Magazine)が掲載している。

 インドのコルカタ(Kolkata)で貧困層のために人生をささげたマザー・テレサは手紙の中で、自身を襲う「闇」や「孤独」、「苦しみ」について記し、神にあてたとされる日付のない手紙では、「わたしの信仰はどこへ消えたのか。心の奥底には何もなく、むなしさと闇しか見あたらない。神よ、このえたいの知れない痛みがどれだけつらいことか」と問いかけている。

「貧民街の聖女」としても知られるマザー・テレサは、若年期にはイエス・キリストの啓示を受けていたとされるが、公の場での表情に反し、新たに明らかになった手紙の内容からは、彼女が亡くなるまでの50年以上を、神の存在を確信できないまま過ごしていたことがわかる。また、ある手紙には「ほほえみは仮面」と書いたこともあり、さらに1959年に書いた手紙には、「神が存在しないのであれば、魂の存在はあり得ない。もし魂が真実でないとすれば、イエス、あなたも真実ではない」と記されている。


AFP 2007-08-27

ナチスはありとあらゆる人間性を破壊した/『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル

 ナチスの強制収容所といえば本書。既に古典の風格がある。20代半ばで読んだが、自分の知らない“世界と歴史”にたじろいだことを、今でもよく覚えている。


 相手を虫けら同然と認識してしまえば、人間はどこまでも残酷になれる。


 収容者は石を抱かせられ、肥料の中で溺れさせられ、鞭で打たれ、飢えさせられ、去勢され、そして輪姦されたりした。しかしそれだけではなかった。入墨をしている者は薬剤所に報告するように命令された。(中略)その肌に入墨師の技両を発揮したすばらしい彫刻を持っている連中は留置され、それからカポーの一人であるカール・ベイグスの命令による注射で殺されてしまったのである。

 この死体は病理部に引き渡され、そこで皮膚をはがされて処分された。処理を終えた人間の皮は司令官の妻イルゼ・ゴッホに下げ渡されたが、彼女はそれでランプの傘やブックカバーや手袋を造った。(※ブッヒェンワルト収容所)


【『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル/霜山徳爾〈しもやま・とくじ〉訳(みすず書房、1956年/新版、1985年/池田香代子訳、2002年)】


「♪かあ〜さんがぁ〜夜なべぇ〜をして、てぶく〜ろ編んでくれたぁ〜」――で、それは人間の皮でできていたって話だ。こんなリサイクルが許されていいはずがない。


 正義というものはわかりやすくなくてはいけない、という私の信条に基づけば、鬼畜の如き所業を為した者には同程度以上の苦痛を与えた上で、死をもって償わせる必要があると考える。


 ここで一つ重要な問題が発生する。ナチスドイツが行ったであろう残虐な行為を私が検証できないことだ。つまり、私が殺意を抱いているのは、飽くまでも「書籍から得た情報」によるものであり、この点において、「ゲルマン民族のみが優れているという情報」を鵜呑みにして、ジプシー、身体障害者、ユダヤ人を殺戮したナチスドイツと何ら変わりがない。


 つまり、だ。人間という動物は情報次第で、簡単に人を殺すことができるという事実が浮き彫りになる。何と恐ろしいことだろう。


 タイトルの『夜と霧』は、「夜陰に乗じ、霧に紛れて人々が連れ去られ消された歴史的暗部を比喩」したものとされている。ところがどっこい、私はそうは読まない。『夜と霧』は情報が遮断された状態のメタファーだと考える。


 イスラム文化圏には現在でも「名誉の殺人」という風習が根強く残っている。2007年には、17歳のクルド人少女が家族や親戚の手で殺された動画がネット上にアップされた。少女は衆人環視の中で散々殴る蹴るの暴行を加えられ、大きな石が頭に叩きつけられた。少女の頭部から大量の血が流れ、動かなくなってからも暴行がやむことはなかった。


 人間は愚かだ。愚かであるからこそ歴史は繰り返される。カンボジアではポル・ポト政権が、ルワンダではフツ族がそれを証明した。


 情報を吟味するためには、強靭な知性と豊かな想像力が不可欠だ。そのために、私は今日も本を手に取ろう。

夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録

2008-12-29

広井良典


 1冊読了。


死生観を問いなおす広井良典/なぜか午前2時半に目が覚め、そのまま読み終えてしまった(今は午前4時半)。こりゃ凄いよ。2008年も残り二日というところで、年間ランキングの番狂わせとなった。さほど期待していなかっただけに、喜びと興奮も大きい。死生観を時間論から読み解いている。とにかくね、守備範囲の広さが新書のレベルを超えているわけよ。モネからマッハ、アインシュタイン、そしてキリスト教と仏教ってな具合。読んだだけで天才になれる「悟り本」と断言しておく。それにしても、これほどの良書が2001年に発行されていながら、気づかなかった己の不明が恥ずかしい。

エレクトーン奏者maruさん情報


 maruさんは、何と素人だった! 後ろ向きで弾く姿(下の動画ね)は、まさしく「神」の名に相応しい。

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レッテルを貼る人々/『初秋』ロバート・B・パーカー


 デタラメな両親に育てられたポール少年をスペンサーが自立させる物語。教育的要素が濃い。ひ弱な少年とマチズモの権化みたいなスペンサーのやり取りが面白い。


(※男性のバレー・ダンサーは皆ホモだと、なぜ両親は言うのか)

「なぜなら、その程度の頭しかないからだ。自分たちがなんであるのか。あるいはそれを見いだす方法を知らない、立派な人間とはどんな人間であるのか知らない、それを知る方法を知らないからだ。だから、彼らは類型に頼る」

「どういう意味?」

「つまり、きみのお父さんは、たぶん、自分が立派な男であるのかどうか確信がもてないし、そうではないかもしれない、という疑念を抱いているのだろう。そうでないとしたら、彼はそのことを人に知られたくない。しかし、彼は、どうすれば立派な人間になれるのか、知らない。だから、誰かから聞いた単純なルールに従う。自分で考えるより容易だし、安全だ。さもないと、自分で判断しなければならない。自分の行動についてなんらかの結論を下さなければならないし、その場合、自分が考えたことが守れないのに気づくかもしれない。だから、安全な道を選んだらいいじゃないか、と考える。世に受け入れられる回路に自分のプラグを差し込むだけですむ」


【『初秋』ロバート・B・パーカー/菊池光訳(早川書房、1982年)】


 敢えて断り書きを入れたが、この作品で菊池光は「バレエ」を「バレー」と書いている。いただけないね。


 世間が描くステレオタイプを鵜呑みにする馬鹿親の態度を、スペンサーは正確に表現する。「お前の親は愚か者だ」と言うことは容易だ。しかし、スペンサーは根拠と理由を重んじた。なぜなら、それこそがスペンサー自身の考えであり、自分の考えを伝えることが、両親に対する最大の批判となるためだ。


 社会に出て、大人になればなるほど、「安全な回路に自分のプラグを差し込む」ことが増える。清濁を併せ呑み、清酒とゲロを併せ呑み、濁り酒と痰まで併せ呑んでこそ大人と言えるのだ。そうしなければ、日本社会では村八分にされてしまう。農耕民族の悲しきDNAだ。


 スペンサーが持つ暴力性は、こうしたものを破壊する象徴に他ならない。私も暴力賛成派だ。

初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)

劣悪な言論に鉄槌/『読書について』ショウペンハウエル


「辛辣な警句」といえば本書の右に出るものはあるまい。100年以上を経た現在も尚、鋭さを失っていない。


 さきほど私が期待したような評論雑誌がこのような風潮に対して立ち上がるとすれば、劣悪な著述業者、才気乏しい編纂者(へんさんしゃ)、他人の書物を盗用する剽窃屋(ひょうせつや)、頭は空(うつろ)で無能なくせに地位に飢えかつえた似而非(エセ)哲学者、霊感を欠いているのに気取りだけは一人前の月並み詩人など、要するにずらりと並んだ彼らの目には、この理想的な雑誌はその駄作をいずれ確実に処刑する巨大な曝(さら)し台として映るであろう。そうなると、執筆にうずく彼らの指も麻痺し、その結果、文学の真の救済が実現することになるだろう。実際、文学の世界では、拙劣なものは無用であるばかりか、積極的な害を流すのである。


【『読書について』ショウペンハウエル/斎藤忍随訳(岩波文庫、1960年)】


 そして21世紀になっても「積極的な害」は流れ続けている。それどころか、言論が劣化する度合いは増す一方だと言った方が相応しいだろう。特に主要なメディアであるテレビ、ラジオは、言葉の一過性を悪用している感すら覚える。頼みの綱である活字も、寿命が極端に短くなっており数年で絶版となっている以上、何らかの責任を負うといった概念自体が稀薄になっている。言論すら消費されているのが現実の姿であろう。


 悪質な言論を支えているのは、大衆の下劣な欲望である。イエロージャーナリズムが成り立つのは、それを購入する人々がいるからだ。つまり読み手の多くは、嘘偽りがあっても構わないから「刺激」を欲しているわけだ。


「じゃあ聞かせてもらうが、お前さんはエロ本の類いも読んでないのだろうな?」と問われれば、はたと困り果ててしまう。ああ、読んだとも。それも中学の頃からな。イガラシと二人で中心になって「全日本美術愛好クラブ」という会員証まで作ったとも。だが、言いわけをさせてもらうと、エロ本は言動ではない。男子中学生のロマンである。成人男性になるための階段なのだ。中学でエロ本も読んでいないような男がいれば、私は断固としてその野郎を男として認めない。


 余談が過ぎた。メディアや言論が抱える問題というものは、結局のところ受け手や読み手の問題に帰着する。観客民主主義の根っこもこの辺にあると思う。不特定多数の一般人は、いつだって責任を問われることがないのだ。で、刺激的な週刊誌の見出しに釣られて、つい暇つぶし目的でポケットから小銭を出してしまうわけだ。


 ショウペンハウエルの痛烈な言葉は、あなたにや私に向けて放たれたものと考えるべきだ。

読書について 他二篇 (岩波文庫)

霊は情報空間にしか存在しない/『洗脳護身術 日常からの覚醒、二十一世紀のサトリ修行と自己解放』苫米地英人


「霊魂シリーズ」第5弾。これで打ち止め。


 苫米地英人は「認識された存在」として霊へのアプローチを試みている。認知科学の立場からすれば、幻聴・幻覚の類いであろうと、本人の脳が認識している以上、「存在するもの」と仮定する。


 こうなると、霊はいないという言葉の意味がなくなる。お釈迦様のいうように実在はしていなくても、それを見て恐怖におののく人がいて、また、それと闘って勝てば消滅できるし、負ければ死んでしまう僧侶がいる以上、霊はいるというべきなのだ。「霊は存在するが、その実体は空である」というのが正確な表現であろう。もしくは「霊に実体はないが、世俗的には存在する」ということである。情報空間(仮想空間)にしか存在しないが、物理的に実在するのと同じ影響を生身の身体に与えるということだ。

 ここに洗脳の危険性がある。


【『洗脳護身術 日常からの覚醒、二十一世紀のサトリ修行と自己解放』苫米地英人三才ブックス)】


「負ければ死んでしまう僧侶がいる」というのは、多分、高野山真言宗)の修行のことだと思われる。過酷な修行によって、霊が見える状況にまで追い込まれるそうだ。手っ取り早く言えば、幻覚症状が現れるまで肉体を酷使するってことだから、ま、エベレスト登山に近い世界なんでしょうな。


 存在論というのは中々難しいところがあり、「じゃあ肉体は存在するのかよ?」って話になると、簡単には結論が出せなくなってしまうのだ。例えば、素粒子レベルで見れば、人間の身体なんかスカスカの網の目状態で、ニュートリノなんか自由に通り抜けているわけだよ。原子だって実は、その殆どが空間であることが明らかになっている。


 ま、100年も経てば、今生きている人の殆どは死んでしまうわけだから、我々の存在自体が、「単なる現象」的な側面もあるわけよ。こうなると、幽霊どころの騒ぎじゃなくなるよね。


 で、今回の結論。幽霊が見える人には幽霊が確かに存在する。以上。

洗脳護身術―日常からの覚醒、二十一世紀のサトリ修行と自己解放

2008-12-28

華麗なエレクトーン演奏:「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「スターウォーズ」maru


 これは凄い! ただただ唖然とする他ない。大した気にも留めてなかった2曲だが、完全に好きになってしまった。このmaruという女性、演奏している時の上半身の動きが見事で、アスリートのような天性が窺える。


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あやまちのない人生は味気ない/「橋の下」山本周五郎(『日日平安』所収)

 人生の奥深さを書かせれば、山本周五郎の右に出る作家は、まずいないだろう。哀感はしみじみと、そしてじわりと取り付き、読む者の背骨を自然のうちにスッと伸ばす。


 友人と果たし合いをするべく若侍がやってくる。ところが、約束の時間を間違えてしまった。ふと見ると、河原に煙が見えた。若侍が下りてゆくと、橋の下で暮らす乞食夫婦がいた。曰くありげな老夫妻のことは既に噂となって流れていた。


 若侍を見るなり、老人は察した。自分と同じ過ちを犯そうとしていることを。老人は元々武士であった。だが、好きな女性が原因で幼馴染みの友人を斬り、駆け落ちの末に転落の人生を歩んでいた。


 老人はどこを見るともない眼つきで、明けてくる河原の向うを見まもった、「あやまちのない人生というやつは味気ないものです。心になんの傷ももたない人間がつまらないように、生きている以上、つまずいたり転んだり、失敗をくり返したりするのがしぜんです。そうして人間らしく成長するのでしょうが、しなくても済むあやまち、取返しのつかないあやまちは避けるほうがいい、――私がはたし合を挑んだ気持は、のっぴきならぬと思い詰めたからのようです、だが、本当にのっぴきならぬことだったでしょうか、娘一人を失うか得るかが、命を賭けるほど重大なことだったでしょうか、さよう、……私にとっては重大だったのでしょう。家名も親も忘れるほど思い詰め、はたし合の結果がどうなるかを考えるゆとりさえなかったのですから」

「どんなに重大だと思うことも、時が経ってみるとそれほどではなくなるものです」と老人は云った。


【「橋の下」山本周五郎(『日日平安』所収、新潮文庫、1965年)】


 老人は恋に勝って、人生に敗れた。若侍を説得しようとするわけでもなく、ただ自分の越し方を淡々と語った。真の雄弁には、沈黙の中に百万言を伝える重みがあった。若侍は襟を正し、言葉遣いを改めた。生きざまが激変する時、人の言葉遣いは変わる。


 深き悔恨から、人生を見据え、過去を捉え直す作業は、まさしく哲学そのものである。老人は乞食に身をやつしていたが、修行僧さながらの精神の持ち主であった。擦れ違うような出会いの中で、人生の先達の言葉が青年を変えた。己の我執に気づいた時、若侍の顔は晴朗に輝いた。


 心に傷を負った人ほど、豊かな人生を歩める――と、この作品は教えてくれる。

日日平安 (新潮文庫)

下劣を叱咤する名ゼリフ/『スカラムーシュ』ラファエル・サバチニ


 活劇ロマンの名作。『モンテ・クリスト伯』に連なる系譜の復讐譚である。芝居がかったセリフが実に面白い。


「きさまは上着の着方や髪の結い方以外に──うん、そうだ、子供や僧侶を相手に武器をもてあそぶこと以外に人生や人間については何も知らないのか? 考える心も、心で見たことを内省してみる魂ももってないのか? 自分が怖くてならないものを殺すという卑怯なやり方、それもこんな方法で殺すのは二重に卑怯だということを、人に教えてもらわなければならないのか? うしろから短刀でつきさしたのなら、自分の下劣な勇気を示したことになるだろう。下劣さもありのままってわけだ」


【『スカラムーシュ』ラファエル・サバチニ/大久保康雄訳(創元推理文庫)】


ノーブレス・オブリージュ」という概念は、身分制度を認めてしまうようで個人的に好きじゃない。もちろん、「武士道」も嫌いだ。いつの時代だって社会を支えてきたのは農民だったはずだ。


 これらの言わば「自発的モラル」の根底にある「卑怯を恥じる精神」に我々は感銘を受けるのだろう。


ドレフュス事件」で孤立無援のドレフュス大尉のために立ち上がったのはエミール・ゾラであった。「オーロール(曙)」紙の一面に「私は弾劾する」という大見出しが躍った。ゾラは、大統領宛ての公開質問状を掲載し、軍部の不正を糾弾した。ある時、ゾラはこう呼びかけた。「青年よ、青年よ、君は恥ずかしくはないか。正義の人が何の助けもなく、孤立無援で、卑劣な攻撃と戦っている時、それを黙って見ていて、青年よ、君は恥ずかしくないのか――」。


 恥を恥とも思わなくなるところから社会は堕落する。で、堕落を助長しているのはメディアだ。政治家、タレント、芸能リポーターに至るまで、どいつもこいつも恥知らずだ。昨今はテレビ局お抱えの女子アナがこれに加わっている。毎日、飽きることなくテレビを観ている人は、段々違和感を覚えなくなるはずだ。こうしてメディアは「常識を書き換えて」しまう。テレビカメラの向こう側にいる連中は、金さえ出せばどんな風にでも踊る連中に過ぎないにもかかわらず。モラルは地に堕ち、今となっては地中にめり込むほどの勢いだ。


 卑怯を恥じ、卑怯を憎む精神はどこへ行ってしまったのだろうか。よし、来年はこれらを探す旅に出ることにしよう。

スカラムーシュ (創元推理文庫 513-1)

「笑い」は知的作業/『落語的学問のすゝめ』桂文珍


 関西大学での講義を編んだもの。報酬の安さを何度も嘆いているのがご愛嬌。私は上方芸人はあまり好きじゃないのだが桂文珍は例外。この人は、「面白がる力」が図抜けている。


 この本で最も有名なのは以下の指摘――


 だいたい人間ちゅうのは、悲しい映画を一緒に見に行くと、泣く場所って決まってるんですね。だから涙腺を刺激するようなつくり方というのは簡単なんです。ところが、笑いというものは、人によってずいぶんとらえ方が違いまして、非常に個人差があるわけですね。(中略)

 まあ、どれがいいとか悪いとかいうことではなしに、それぞれ「笑いの尺度」というのは違ってますから、何を滑稽と思うかで、その人の性格がわかると。ですから、結婚しようかなと思う相手とは「ギャグもの」を見に行くことをお勧めします。ほいで、どこで笑うかで、こいつヘンなやっちゃなあとわかります(笑)。同じところで笑えるんであれば、これはほとんど感性、感覚が一緒ですからね、その人と結婚した方がラクです。いいですね、同じところで笑えるというのはものすごく大事なことなんですよ。


【『落語的学問のすゝめ』桂文珍(講談社+α文庫)】


 テレビやラジオでさりげなくこの話が出るということは、既に常識と化した感がある。最初に読んだのは二十歳(はたち)の頃だが、物語の基本が悲劇である理由がこの一文でわかった。


 泣かせるのは感情に訴えればいいわけで、悲しみを支えているのは「孤独」である。ってことは、別れや差別などがモチーフになりやすい。一方、笑わせる場合は、常識という前提を確認した上で、それを破壊する必要がある。落語でいうところの「下げ」や「落ち」は、常識との落差を示している。


 今時の笑いは、勢いに任せているだけで知性が見受けられない。ドタバタ的な要素が強く、毒が少ない。それどころか、知名度がアップするに連れて、「笑ってもらえる」ようになっている雰囲気まである。劣悪なものになると、イジメ的要素が盛り込まれている。


 文化の成熟度が笑いにあるとすれば、もっと多様な笑いの形があってしかるべきだろう。

落語的学問のすゝめ (講談社+α文庫)

2008-12-27

介護施設、経営難や人手不足


 安佐南区の医療機関「協同診療所」が併設するショートステイ施設を訪ねた。今、月額150万円ずつ赤字が膨らむ。運営には国が定めた基準以上の職員数が欠かせず、人件費が経営を圧迫する。坂本裕専務理事は「国の基準が低すぎる。利用者の生活の質を守るには、どうしても現行の人数が必要だ」と矛盾を指摘する。

 施設運営費となる国からの介護報酬のサービス単価は、利用者3人を職員1人でケアする基準を基に算出されている。定員19人の場合なら職員は7人。しかし、実際にはパートを常勤職員に換算して11.6人を雇う。

 実態とは関係なく、基準通りでしか支払われない介護報酬では人件費は賄いきれない。利用者の食事の外注化や協同診療所の収益による穴埋めなど苦しい経営努力が続く。

 2000年に導入された介護保険制度。国は当初の想定を大幅に利用者が上回ったことなどから、社会保障費の抑制を目的に事業者に支払う介護報酬を、03年度は2.3%、06年度は2.4%と連続してマイナス改定をした。


中国新聞 2008-12-27

フィリップ・プルマン


 1冊挫折。


黄金の羅針盤』フィリップ・プルマン/1ページ目の文章、「長いすは客のためにあらかじめひいてあった」で戸惑う。確かに「椅子を引く」という言葉はあるが、果たして小中学生が理解できるだろうか? 例えば、「長いすはいつでも客が座れるようにテーブルから少し離されていた」とか、「長いすは客が座りやすいようにセッティングされていた」とすべきだろう。そして7ページ目の「いまはここにじっとしてるっきゃないよ」という科白を目にして本を閉じた。この大久保寛という訳者は、世界で数々の文学賞に輝き、「今世紀最後のファンタジー」とまで言われた作品を、今風の言い回しを挿入することで台無しにしてくれた。「してるっきゃないよ」なんて言葉が20年後にも通用するのだろうか? 私はそは思わない。妙な流行を取り入れると、小説はあっと言う間に古臭くなってしまうことがある。星新一の作品が今尚読み継がれているのは、一切の流行を排除しているからであろう。出版社は翻訳者の選定をもっと真剣に行うべきだ。

アメリカ軍国主義が日本を豊かにした/『メディア・コントロール 正義なき民主主義と国際社会』ノーム・チョムスキー

 風が吹けば桶屋が儲かる。アメリカが戦争をすれば日本が豊かになる。諺(ことわざ)の方がはるかに奥が深い。まるで、三角関数と足し算くらいの違いがある。


 巻末に収められた辺見庸のインタビューより――


チョムスキー●日本はこれまでもアメリカ軍国主義に全面的に協力してきました。戦後期の経済復興は、徹頭徹尾、アジア諸国に対する戦争に加担したことによっています。朝鮮戦争までは、日本の経済は回復しませんでした。朝鮮に対するアメリカの戦争で、日本は供給国になった。それが日本経済に大いに活を入れたのです。ヴェトナム戦争もまたしかり。アメリカ兵の遺体を収容する袋から武器まで、日本はありとあらゆるものを製造して提供してきた。そしてインドシナ半島の破壊行為に加担することで国を肥やしていったのです。

 そして沖縄は相変わらず、米軍の一大軍事基地のままです。50年間、アメリカのアジア地域における戦争に、全面的に関わってきたのです。日本の経済発展の多くは、まず、その上に積み上げられたのです。

 50年前に遡ってみましょう。サンフランシスコ講和条約が調印されました。50周年を祝ったばかりですね。


辺見●昨年(※2001年)9月ですね。サンフランシスコのオペラハウスで50周年記念式典が開かれ、日本からは田中真紀子外相(当時)が出席しました。これには、戦争責任を回避しているというアジアからの非難の声もありました。


チョムスキー●その条約にどこの国が参加して、どこがしなかったか、ご存じですか? アジアの国は軒並み出ませんでした。コリアは出なかった。中国も出なかった。インドも出なかった。フィリピンも出なかった。出席したのはフランスの植民地と、当時意義利子の植民地だったセイロンとパキスタンだけでした。植民地だけが出席した。なぜか? それは講和条約が、日本がアジアで犯した犯罪の責任をとるようにつくられていなかったからです。日本がすることになった賠償は、アジアに物品を送ること。日本にとっては万々歳です。資金は結局アメリカが賄ってくれるからです。


【『メディア・コントロール 正義なき民主主義と国際社会』ノーム・チョムスキー/鈴木主税〈すずき・ちから〉訳(集英社新書、2003年)】


 戦後の日本が復興を遂げた最大の理由は朝鮮特需であった。そして、高度経済成長の原動力となったのはベトナム戦争であった。バブル経済においては湾岸戦争、で、いざなぎ景気イラク戦争ってな具合だ。こうして振り返って見ると、アメリカは有色人国家としか戦争をしないことが理解できる。


 戦争は短期間でありとあらゆるものを消費する。武器、弾薬、備品、医薬品、そして人の命まで。アメリカの軍事戦略は経済政策の一貫として練られている。つまり、金儲けのために人殺しをするという話になる。


 全くもって酷い話ではあるが、その酷い話に乗っかって我々はこの世の春を謳歌している。朝鮮戦争が三種の神器に、ベトナム戦争がダッコちゃん人形とフラフープに、湾岸戦争がディスコの電飾に、イラク戦争が液晶テレビとレクサスに化けたのかも知れない。


 あなたの財布にあるお金は、汚れてはいないか? 無辜(むこ)の民の飛散した血しぶきが付着していないか? 死の臭いを発してはいないか? 親を殺された少女の涙の痕(あと)はないか?


 もう先進国という立場を捨ててもいいのではないか? 政治・経済の本質ってさ、意外と簡単で、「人殺しと貧困のどちらを選びますか?」って話に落ち着くわけよ。まともな人間なら、当然貧困を選ぶわな。ところがどっこい、世界は人殺しを選択する政治家が牛耳っているわけだ。もはや、真の平等は貧困の中にしか存在しない。本気でそう思う。さて、貧乏になる準備でもしておくか。私は無一物を目指す。

メディア・コントロール―正義なき民主主義と国際社会 (集英社新書)

胸打たずにはおかない人生模様の数々/『日日平安』山本周五郎

 本のタイトルは「にちにちへいあん」と読む。11篇が収められた短篇集。武家もの、人情もの、滑稽もの、推理ものなど、実にバラエティに富んだ内容。四十半ばを過ぎて、しみじみと心に感ずる世界がここにはある。人生の辛酸を舐めた分しか、周五郎の作品は味わえないのかも知れぬ。


城中の霜


 橋本左内の最期を描く。橋本左内に信頼を寄せた牢役人の嘘と、事実を知った左内の仲間が抱く疑惑が見事なコントラストを描いている。亡き左内を想う香苗の言葉が謎を解く。


水戸梅譜


 父子二代にわたる壮烈なまでの忠義。「仕(つか)える」ことは一切を投げ捨て、主君に全てを捧げる人生を意味した。私心を消し去った向こう側に、確固たる生涯の目標がそびえ立つ。


 木村久邇典(きむら・くにのり)の「解説」によると、「『少なくとも戦前の作品は、大部分は破棄してしまいたい』という作者が、『日本婦道記』とともに、これは例外的に残しておいてもよい、とする自信作」とのこと。


嘘アつかねえ


 擦れ違うような出会いを通して、人生の哀感を浮かび上がらせる。貧しくとも、必死で生きる庶民の逞しき姿。屋台の爺さんが見事なアクセントとなっている。


日日平安


 冒頭のやり取りに腹を抱えて笑う。切腹という差し迫った場面が尚のこと笑いを誘う。調子のよい浪人だが、どこか憎めないところがある。


しじみ河岸


 推理もの。貧しい下町の荒(すさ)んだ雰囲気を子供の科白で見事に表している。それでいて笑わせるのだから凄い。「あたしはもう、疲れました。しんそこ疲れきってました」というお絹の言葉が律之輔の胸に突き刺さる。


ほたる放生(ほうじょう)


 ミステリ色の濃い作品。情夫と手を切れない遊女。漂流する男女関係。遊女に言い寄る客。一つの伏線が明らかになるや否や、事態は急変する。


末っ子


 法廷ミステリーのような出だし。主人公に対する一族の評価が証言の如く並んでいる。これがまた一々面白いのだ。特に父親の評価には大笑い。立場によっても評価がまるで異なっている。そして、主人公・平五のあたふたする様子が実に小気味よく、姉の口出しの仕方も絶品。親兄弟と上手くゆかない末っ子が胸に秘めてきた思いが鮮やか。甘酸っぱい恋の話も絡めて、最後はめでたしめでたし。


屏風はたたまれた


 ファンタジーの部類である。それにしても周五郎の多彩な技に圧倒される。


橋の下


 実はこの作品を読むのが目的だった。あらすじはわかっていたのだが、それでも心を打たれる。偶然の出会い。乞食同然の暮らしをしている老人は、淡々と落魄(らくはく)の理由を語った。老人は恋に勝って人生に敗れた。老人は自分を責め、妻もまた己を責めた。「だって、友達だもの」――老人はその友達を裏切った。だが、深き悔恨が人生の何たるかを悟らせた。老人は若侍を救った。傑作である。


若き日の摂津守


 これまたミステリー。スパイものと言ってよし。劇的なラストシーンにカタルシスを覚える。


失蝶記


 陰謀もの。プラス手紙小説。謀略の犯人は「佐幕」という思想であった。


 以上、寸評となってしまったが、物語を堪能したい人は、迷うことなく本書を求めるべきである、と断言しておこう。

日日平安 (新潮文庫)

怨霊の祟り/『霊はあるか 科学の視点から』安斎育郎


 科学の視点から霊の存在を検証している。まず冒頭で、霊視詐欺商法や心霊手術に騙された人々の被害状況が述べられている。霊の存在を信じる人達は、金がかかってしようがないね。まったくご苦労なこって。


 一番興味深かったのは『医事新報』に掲載されたという医師の体験談。往診を依頼された医師が、愛車のダッジで見通しのよい直線道路を走っていた。途中、急に霧が立ち込め、10メートル先しか見えない状態となった。速度を落として目的地へ向かった。翌日、医師のもとへ刑事が訪れた。ひき逃げ死亡事故があったという。車を確認したところ、何と車体は大きく凹んでおり、生々しい血痕が付着していた。


 医師が調べてみると、このダッジ、実は前の所有者も日光街道で同様のひき逃げ死亡事故を起こしていた。更に、最初の持ち主だったアメリカ人も米国内で死亡事故を起こしていた。


 ダッジは怨霊に祟(たた)られていた。霊は運転手から意識を奪い、記憶を消し去ったのだった。


 真相はこうだ――


 まことに気分のいい早朝。広い道路、見渡しのいい澄んだ空気。体はまだ「睡眠」のリズムから「覚醒」のリズムに完全に切り替わっていない。運転席はふかふかで、ゆったりとリラックスできる。真っすぐな道は、ハンドル操作もほとんどない状態だ。だんだん意識水準が低下し、感覚遮断現象に陥って、いわゆる「二度寝入り」を起こし易い状況だ。上まぶたと下まぶたが仲良くなって視界が狭まってくるのだが、それを本人は「霧が出た」と感じる。K先生の場合も、霧が出たと言っているのは本人だけで、田の草取りをしていたお百姓たちは、揃いも揃って霧なんて全くありませんでしたと証言している。

 こうした高速道路催眠現象は、高速道路の国とも言うべきアメリカで気付かれた現象だ。


【『霊はあるか 科学の視点から』安斎育郎〈あんざい・いくろう〉(講談社ブルーバックス、2002年)】


「高速道路催眠現象」というのは初耳だ。人間というのは、単調な情報にさらされると確かに眠くなる傾向がある。一定のスピード、変わらぬ風景、同じ姿勢といった要素が絡み合って、何らかのサブリミナル効果となることは十分考えられる。


 大体、霊がいるとすれば大変な事態となる。人類200万年の歴史において亡くなった人々の数を想像してみるがいい。もうね、「霊の満員電車」状態がそこここに現出するはずだ。また、昆虫の霊や植物の霊がいないのもおかしな話だ。


 霊がいるとすれば、それは霊を恐れる人の心に存在するのだ。

霊はあるか―科学の視点から (ブルーバックス)

2008-12-26

ダグラス・R・ホフスタッター


 1冊挫折。


ゲーデル,エッシャー,バッハ あるいは不思議の環』ダグラス・R・ホフスタッター/冗長な前書きで挫ける。中型の辞典くらいのボリュームでこれじゃあ、堪(たま)ったもんじゃないよ。文章のあちこちに自己陶酔が散見され、読み手の読書意欲を見事に削(そ)いでくれる。ま、気が向いたら、5年か10年後に再び開いてみよう。

「冬の詩」/『高村光太郎詩集』


 雲取山の山頂付近に雪が見え始めた。丹沢も雪化粧を始めた。冬は嫌いだが、雪は大好きだ。上京してからというもの、雪が舞うと胸が踊る。降る雪と私の瞳の間に故郷(ふるさと)の北海道が立ち現れるのだ。天からの贈り物が、私の奥深くにある感情を刺激してやまない。


 冬はありとあらゆる虚飾を剥(は)ぎ取る。怠惰な人間を家に閉じ込め、仮面を粉砕し、厚化粧に鉄槌を加える。冬は、生命(いのち)の力を試す。


冬の詩


 一


 冬だ、冬だ、何処もかも冬だ

 見わたすかぎり冬だ

 再び僕に会ひに来た硬骨な冬

 冬よ、冬よ

 躍れ、叫べ、僕の手を握れ

 大きな公孫樹(いてふ)の木を丸坊主にした冬

 きらきらと星の頭を削り出した冬

 秩父、箱根、それよりもでかい富士の山を張り飛ばして来た冬

 そして、関八州の野や山にひゆうひゆうと笛をならして騒ぎ廻る冬

 貧血な神経衰弱の青年や

 鼠賊(そぞく)のやうな小悪に知慧を絞る中年男や

 温気(うんき)にはびこる蘚苔(こけ)のやうな雑輩や

 おいぼれ共や

 懦弱で見栄坊(みえぼう)な令嬢たちや

 甘つたるい恋人や

 陰険な奥様や

 皆ひとちぢみにちぢみあがらして

 素手で大道を歩いて来た冬

 葱の畠に粉をふかせ

 青物市場に菜つぱの山をつみ上げる冬

 万物の生(いのち)をさけび

 人間の本心をゆすぶり返し

 惨酷で、不公平で

 憐愍を軽蔑し、感情の根を洗ひ出し

 隅から隅へ畏(おそ)れを配り

 弱者をますます弱者にし、又殺戮し

 獰猛(どうまう)な人間に良心をよびさまし

 前進を強ひて朗らかな喇叭(らつぱ)を吹き

 気まぐれな生育を制(おさ)へて痛苦と豊穣とを与へる冬

 冬は見上げた僕の友だ

 僕の体力は冬と同盟して歓喜の声をあげる

 冬よ、冬よ

 躍れ、さけべ、腕を組まう


 二


 冬だ、冬だ、何処もかも冬だ

 都会のまんなかも冬だ

 銀座通りも冬だ

 勇敢な電車の運転手、よく働く新聞の売子、誠実な交番の巡査、体力を尽す人力車夫

 冬は汝に健康をおくる

 大時計の鐘も空へひびいて鳴りわたり

 宝石は鋭くひかり

 毛布、手袋、シヤツ、帽子、ボア、マツフ、外套、毛皮は人間の調節性を語り

 葉巻紙巻の高価な烟草、ポムペイヤ、シクラメン、カシミヤ、ペロキシイド、香水、サボン、クリイム、白粉は、人間の贅沢と楽欲との自然性を讃美する

 ラヂウム エマナトリウムに冬は人間の滑稽な誇大癖を笑ひ

 湯気の出てゐるカフエの飾菓子に冬は無邪気な食慾をそそる

 女よ、カフエの女よ

 強かれ、冬のやうに強かれ

 もろい汝の体を狡猾な遊冶郎(いうやろう)の手に投ずるな

 汝の本能を尊び

 女女しさと、屈従を意味する愛嬌と、わけもない笑と、無駄なサンチマンタリスムとを根こそぎにしろ

 そして、まめに働け、本気にかせげ、愛を知れ、すますな、かがやけ

 冬のやうに無惨であれ、本当であれ

 白いエプロンをかけ、鉛筆をぶらさげたカフエの女よ

 けなげな愛すべき働き人(にん)よ

 冬は汝に堅忍をあたへる

 冬は又、銀行の事務員、新聞社の探訪、保険会社の勧誘員を驚かし

 冬は自動車のひびきを喜び

 停車場内の雑踏と秩序とを荘重に彩り

 時のきびしさを衆人に迫る

 冬よ、冬よ

 躍れ、さけべ、足をそろへろ


 三


 冬だ、冬だ、何処もかも冬だ

 大川端も冬だ

 永代の橋下(はししも)にかかつて赤い水線を出して居る廻運丸よ

 大胆な三百噸の航海者よ

 海の高い、波に白手拭のひるがへる、鴎の啼いて喜ぶ冬だ

 汝の力を試す時だ、汝の元気の役立つ時だ

 さうだ、さうだ、鯨のうなる様な汽笛をならせ

 檣(ますと)に網を張れ、旗を上げろ、黒い烟を吐け

 猶予するな、出ろ、出ろ

 あの大きい、乗りごたへのある大洋へ出ろ

 汽罐を鳴りひびかせろ

 働いてほてつた体に霙(みぞれ)を浴びろ

 ああ、数限りのない小舟の群よ

 動け、走れ、縦横自在にこぎ廻れ

 帆かけ船は帆をかけろ

 にたりは艫べそに水をくれろ

 水に凍えたまつ赤な手足をふり動かせ

 忠実な一銭蒸気は、我もの顔に大川を歩け

 冬は並び立つ倉庫に乾燥をめぐみ

 高い烟突の煤烟を遠く吹き消し

 大きな円屋根を光らし

 川べりの茶屋小屋を威嚇し

 吾妻橋の人込みに歓喜する

 土工よ、人足よ、職工よ

 汗水を流して、大地に仕事をし、家を建て、機械を動かす天晴(あつぱれ)の勇者よ

 汝の力をふりしぼれ、汝の仕事を信仰しろ、汝の暴威をたけらせろ

 泣く時は泣け、怒る時は怒れ、わめく時はわめけ

 やけになるな、小理窟をいふな

 冬のやうにびしびしとやれ

 背骨で重い荷をかつげ

 大きな白い息を吹け

 ああ、かはいらしい労働者よ

 冬はあくまで汝の味方だ

 骨身を惜しまず正義を尽せ

 冬よ、冬よ

 躍れ、叫べ、足を出せ


 四


 冬だ、冬だ、何処もかも冬だ

 高台も冬だ

 馬車馬のやうに勉強する学生よ

 がむしやらに学問と角力(すまふ)をとれ

 負けるな、どんどんと卒業しろ

 インキ壷をぶらさげ小倉の袴をはいた若者よ

 めそめそした青年の憂鬱病にとりつかれるな

 マニュアリストとなるな

 胸を張らし、大地をふみつけて歩け

 大地の力を体感しろ

 汝の全身を波だたせろ

 つきぬけ、やり通せ

 何を措いても生(いのち)を得よ、たつた一つの生(いのち)を得よ

 他人よりも自分だ、社会よりも自己だ、外よりも内だ

 それを攻めろ、そして信じ切れ

 孤独に深入りせよ

 自然を忘れるな、自然をたのめ

 自然に根ざした孤独はとりもなおさず万人に通ずる道だ

 孤独を恐れるな、万人に、わからせようとするな、第二義に生きるな

 根のない感激に耽る事を止めよ

 素(もと)より衆人の口を虫しろ

 比較を好む評判記をわらへ

 ああ、そして人間を感じろ

 愛に生きよ、愛に育て

 冬の峻烈の愛を思へ、裸の愛を見よ

 平和のみ愛の相(すがた)ではない

 平和と慰安とは卑屈者の糧(かて)だ

 ほろりとする人間味と考へるな

 それは循俗味だ

 氷のやうに意力のはちきる自然さを味へ

 いい世界をつくれ

 人間を押し上げろ

 未来を生かせ

 人類のまだ若い事を知れ

 ああ、風に吹かれる小学の生徒よ

 伸びよ、育てよ

 魂をきたへろ、肉をきたへろ

 冬の寒さに肌をさらせ

 冬は未来を包み、未来をはぐくむ

 冬よ、冬よ

 躍れ、叫べ、とどろかせ


 五


 冬だ、冬だ、何処もかも冬だ

 見渡すかぎり冬だ

 その中を僕はゆく

 たつた一人で――


【『高村光太郎詩集』高村光太郎(岩波文庫、1981年)】

高村光太郎詩集 (岩波文庫)

2008-12-25

安斎育郎、山本周五郎


 2冊読了。


霊はあるか 科学の視点から』安斎育郎/科学の視点から霊を読み解く。ややくどい記述はあるものの、そこそこ面白かった。ただ、結論としては養老孟司に軍配が上がる。


日日平安』山本周五郎/10年ぶりに周五郎を読んだ。涙が噴き出たのは土田世紀の『同じ月を見ている』以来か。11編の短編がバラエティに富んでいる。武家もの、人情もの、そして推理ものといった趣がある。周五郎の小説群には、人間を再発見させるほどの力がある。本書を読まずして、読書の至福を語る資格はないとまで言いたくなる。

野球人・王貞治の悟りと怒り/『回想』王貞治


 福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督が今シーズンで引退した。WBCの第1回大会で日本チームを優勝に導いたドラマは今尚記憶に新しい。癌ですら、野球に懸ける情熱を阻むことはできなかった。グラウンドに再び立った時の痩せこけた頬は、まぎれもなく修行者のものだった。


 私は中学の時、野球をしていた。監督が早稲田実業の野球スタイルに傾倒していて、中学の野球部とは思えないほどの厳しい練習を課した。私は2年でレギュラーとなり、3年で4番打者となった。さほど才能がないこともあって、この2年間は日々150回の素振りを繰り返した。最後の中体連では札幌で優勝したものの、全道大会の準々決勝でサヨナラ負けを喫した。翌日の「北海タイムス」スポーツ面には、小さいながらも「手稲東敗れる」との見出しが躍った。


 監督は、何度となく王選手(当時はまだ現役だった)のエピソードを語った。私は、憧れというよりは、むしろ敬意を抱くようになっていた。中学生の私から見ても、長嶋茂雄は軽薄に映った。それに比べて王貞治はストイックな紳士であった。


 常に挑戦する心を持ち続けること、これは野球の世界だけではなく、どの世界にいても大事なことだという気がする。

 野球選手の場合は、もっとうまくなりたい、もっと遠くへ飛ばしたい、もっと速い球を投げたい、というような“もっと、もっと”という貪欲さを失わなければ、こういう不断の挑戦を自分のものとして保持し、持続することができる。(中略)

 挑戦心を持続するには、いつも「なぜ?」という疑問を持っていることが必要だ。

 よりうまくなりたいと思えば、肉体や精神の苦しみも倍加する。しかし、苦しんだ分だけうまくなれば、うまくなるためには苦しむのが当然だと思えるようになる。こうなったらシメたものだ。

 なぜなら、上手にやれるものほど、やって楽しいし、楽しければ、それに伴う苦しみもまた楽しみに変えることができる、という不思議な能力を人間はもっているからである。

 他の社会の醒めきったような人から悟りきったような口調で、

「たかが野球じゃないか」

 といわれるくらい腹の立つことはない。

 野球をただの遊びと考えている人には「たかが」かも知れないが、人生を賭けてまで野球を追いつめていって、その奥行きの深さ難しさを知った者の口からは、「たかが」などという言葉は、たとえ頭のてっぺんに五寸釘を打ち込まれても出てこないだろう。


【『回想』王貞治(勁文社、1981年/ケイブンシャ文庫、1983年)】


 ここには、王貞治の悟りと怒りが鮮やかに描かれている。悟りは煩悩側菩提の領域に達しており、怒りは鬼神の如く激しい。いずれも深き人生を思わせる内容である。


「たかが野球」とは、寿司屋に偶然居合わせた数学者が放った言葉だと記憶している。何とはなしに「広中平祐かな」と邪推した覚えがある。


 王貞治にとって、野球とは単なる職業ではなく、スポーツですらなかった。それは、野球道という果てなき世界であった。王貞治は野球に生きた。野球こそ自分であり、自分は野球と化していた。だからこそ、野球を嘲笑う人間は許せなかった。


 一本足打法は、天井から糸で吊るされた紙を日本刀で斬る訓練から生み出された。王貞治という野球人は、最後までその真剣を手放さなかった。

王貞治―回想 (人間の記録)

生産性の追及が小さな犠牲を生む/『知的好奇心』波多野誼余夫、稲垣佳世子


 資本主義という運動会では、皆が皆走り回っている。いや違うな。ともすると、競争原理という言葉が合理を象徴しているように見えるが、実際はもっと残酷だ。足の遅い者が落伍する仕組みなのだから。つまり、資本主義は鬼ごっこなのだ。


 鬼となった連中には、漏れなく貧しい生活と苛酷な労働が与えられる。労働の対価は正当に評価されることなく、余剰価値は誰かがかっさらってゆく。多分、高額納税者の奴等だ。あいつらは、国家予算を割り当てられる恩恵に浴しながらも、労働者から平然と搾取するのだ。こうして、官僚の天下り先には潤沢な資金が提供される。


 教育現場も競争が支配している。文部省の教育大綱が見直されるのは、決まってOECD(世界協力開発機構)などによる学力ランキングの発表後だ。そもそも教員自体が、教員採用試験→教頭試験→校長試験→教育委員会という官僚コースに身を置かされている。大学教授なんてえのあ、もっと生臭い世界だろう。


 もちろん、すべての管理が否定されるべきだ、というわけではない。ただ管理の目標が、従来は「生産性を最大にする」ところにおかれやすかった点は、反省する必要があると思う。(中略)この考え方は、つきつめていくと、全体の幸福のためには、個々の小さな犠牲はやむをえない、ということになる。この枠内で考えていくかぎり、「内発性」はいつもある種の「強制された」性格を持つ。「その人自身の自己表現」ということより、「全体への貢献」が第一に要求されているからだ。


【『知的好奇心』波多野誼余夫〈はたの・ぎよお〉、稲垣佳世子中公新書、1973年)】


 教育現場における生産性とは、平均点アップ、有名校への進学と考えてよかろう。競争に勝つための管理は必然的に成果を求める。教員による児童への全人的な関わり合いなど評価の対象とならない。点数こそ全てだ。


 内発性までもが強制されているとすれば、これはもう完全なマインド・コントロール下に置かれている事実を示しているといってよい。日本人の小市民的順応性が、郷に入っては郷に従い、学校に入れば学校のルールに従い、会社に入れば会社の方針に従うことを余儀なくする。


 そもそも、全体の幸福のために我が身の犠牲を厭(いと)わないことを、我々は美徳であると信じ込んでいるではないか。これじゃあ、国家ぐるみのマルチ商法だよ。販売している商品名は「犠牲」。


 ひょっとすると我々庶民は、生贄(いけにえ)として祭壇の上で一生を過ごしているのかも知れない。

知的好奇心 (中公新書 (318))

奴隷は「人間」であった/『奴隷とは』ジュリアス・レスター

 動物は腹が満たされれば殺すことはしない。食物連鎖という生態系の輪からはみ出ているのは人間だけだ。他の動物には見られない支配欲、権力欲、政治欲を満足させる目的で殺す。あるいは、いつでも殺せることが可能であることを示して、生きたまま殺し、死んだ状態で生かす。これが奴隷だ。


 コロンブスはアメリカ大陸を発見し、その後スペイン人キリスト教徒が1200万人もの先住民を殺戮した。アメリカ大陸にはタバコ、綿花、砂糖が豊富にあった。では、誰がそれらを生産するのだろうか? そう。アフリカ系黒人だ。最初のアメリカ製の奴隷船は「欲望号」という名前であった。

 元々、キリスト教ヨーロッパ社会は身分制度によって成り立っていた。かの国の文学をひもとくと、そこには必ず執事・従者・小間使い・ハウスキーパーが登場する。いわゆる「召し使い」という文化が完全に根づいている。秋葉原の「メイド文化」とは明らかに異質なもので、雑用を他人にやらせる発想こそ、奴隷制度の温床ではなかったか。その根底にあるのは、キリスト教の抱える差別観に他ならない。


 奴隷とは。自動車や家や机が所有されるように、他の人間によって所有されるとは。売りとばされる財産の一部として生きるとは、──母親から売られていく子供、夫から売られていく妻。人間とは考えられずに、ひとつの《物》として考えられるとは。その《物》は、畑を耕し、木を切り、食物を料理し、他人の子供を養育する。その《物》の唯一の機能は、読者よ、あなたならあなたを所有する人間によって、決定されてしまうのだ。

 奴隷とは。苦悩と権利剥奪にかかわらず、じぶんが人間であると、おまえなんか人間じゃないというものよりも、もっとじぶんのほうが人間的であると知るとは。喜び、笑い、悲しみ、涙を知り、しかもそれでいて、机と同等のものとしてしか考えられないとは。

 奴隷であるとは、人間性が拒まれている条件のもとで、人間であるということだ。かれらは、奴隷ではなかった。かれらは、人間であった。かれらの条件が、奴隷制度であったのだ。


【『奴隷とは』ジュリアス・レスター/木島始、黄寅秀〈ファンインスウ〉訳(岩波新書、1970年)】


 現代においても、「人間性が拒まれている条件」はそこここに存在する。我々は皆奴隷だ。

 人々は、社会の奴隷であり、会社の奴隷であり、金銭の奴隷であり、時間の奴隷であり、欲望の奴隷であり、情報の奴隷であり、神仏の奴隷である。そして我々は搾取(さくしゅ)された後で、わずかばかりの自由を楽しんでいるのだ。それは、30センチの定規の中の5ミリ程度の自由だ。そう。自由は“誤差の範囲内”に収まっている。


 人間を支える脳というネットワークシステムは、そのまま外側に同様のネットワーク体制を築く。ヒエラルキーというピラミッドは、自由に動かせる手足を求める。権力は腐敗するが、なくなることはない。


 歴史という大波の中で、翻弄された人々は数知れず。彼等の怒りや、彼女等の涙が歴史に記されることはない。そこに想像力を働かせることができなければ、人類は永遠に奴隷であり続けることだろう。奴隷は「人間」であった。そして、奴隷制度をつくったのもまた「人間」であった。

奴隷とは

2008-12-24

ジェフリー・S・ローゼンタール


 1冊挫折。


運は数学にまかせなさい 確率・統計に学ぶ処世術』ジェフリー・S・ローゼンタール/まず、表紙がダメ。内容はまあまあなんだが、文章がよくない。冗長。洗練された思想は短い言葉となって表れるものだ。100ページあまりで挫ける。

跳躍する言葉 予測不能なアフォリズム/『蝿の苦しみ 断想』エリアス・カネッティ


 友岡雅弥著『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』には様々なパラグラフが挿入されているのだが、最も衝撃を受けた言葉がこれ――


 世界の息吹から遠ざけられて、おまえは、息吹どころか風も入らない牢獄に入れられているのだ。親しいもの、個人的なもの、確実なもの、そういうものはすべて捨ててしまえ。親密なものはみな捨て去るのだ。大胆になれ。どんなに長いことおまえの多くの耳は眠っているのだろう。独りになれ、そして、だれにも通用しない言葉、世界の息吹が与える別の新しい言葉をみずからに向かって語れ。よく知っている道を取り上げ、即座に打ち壊すのだ。ひとに語るときには、二度と会うことのない人々に向かって語れ。世界の中心を捜せ。時間は無視せよ。みすぼらしい蜃気楼である未来のことは放っておくのだ。天国を語るのはもうよせ。星のあることは忘れよ。星は古道具のように投げ捨てるのだ。ただ独り、不確かな道を歩め。紙から文章を切り取るようなことはもう止めるのだ。満ち溢れぬかぎり沈黙していることだ。変装した木々は打ち倒せ。それは旧い命令の変装にすぎないのだ。屈服してはならない。世界の息吹がもう一度おまえを捉え支えてくれるかもしれないのだ。何ひとつ乞うてはならない。乞うてみても、何も与えられることはない。率直になれば、主の苦しみは分からなくても、虫の苦しみは分かるだろう。恵みの隙間から1000フィート下に飛べ。その下の方に、はるか下の方に、世界の息吹が吹いているのだ。


【『蝿の苦しみ 断想』エリアス・カネッティ/青木隆嘉〈あおき・たかよし〉訳(法政大学出版局、1993年)】


 まさしく「現代のスッタニパータ」と言ってよい。言葉という言葉が自由奔放に跳躍している。バネの如き脚力こそ、カネッティの思想そのものなのであろう。私は深い意味を探ろうともせずに、何度も何度も声に出して読んでは陶酔した。


51 これはわたくしにとって災害であり、腫物(はれもの)であり、禍(わざわい)であり、病(やまい)であり、矢であり、恐怖である。諸々の欲望の対象にはこの恐ろしさのあることを見て、犀の角のようにただ独り歩め。


【『ブッダのことば スッタニパータ中村元訳(岩波文庫)以下同】


60 妻子も、父母も、財宝も穀物(こくもつ)も、親族やそのほかあらゆる欲望までも、すべて捨てて、犀の角のようにただ独り歩め。


74 貪欲(とんよく)と嫌悪(けんお)と迷妄(めいもう)とを捨て、結(むす)び目を破り、命(いのち)を失うのを恐れることなく、犀の角のようにただ独り歩め。


 ブッダとカネッティが時代を超えて織り成す共鳴音に、ただただ圧倒される。獅子は伴侶を求めず。風雪に面(おもて)をさらして、昂然と独り歩む。その足跡は、人類未踏の荒野を開拓した証であり、未来の子供達が歩むべき進路である。真の偉大さは、無一物であっても、尚偉大だ。

蝿の苦しみ 断想

2008-12-23

ウィリアム・パウンドストーン、エリアス・カネッティ


 1冊挫折、1冊読了。


パラドックス大全 世にも不思議な逆説パズルウィリアム・パウンドストーン/どうもこの著者が苦手だ。80ページで挫ける。私が求めている内容なんだが、アプローチの仕方に違和感を覚える。こなれた文章でありながら、しっくりこない。しばらく、この著者の作品は読むことがなさそう。


蝿の苦しみ 断想エリアス・カネッティノーベル文学賞受賞者とは露知らず。友岡雅弥著『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』で本書のパラグラフが紹介されていた。言葉が自由に跳躍し、名状し難いアフォリズムを形成している。飛翔ではない。なぜなら、カネッティの脚力が生んだ断想であるからだ。今日一日で読み終えた。何も考えることなく読んだ。

なぜ私達は声が出ないのか/『ことばが劈かれるとき』竹内敏晴

 竹内敏晴は演出家である。若い頃、一時的に聴覚を失った経験があり、独自のボイストレーニングを行っている。言うなれば「声と身体」のプロ。理論をもてあそぶような姿勢がなく、経験に裏打ちされた論理は雄々しい説得力に富んでいる。


 竹内は嘆く。「現代人は声が出なくなった」と。建物がコンクリートで造られるようになってから、子供は騒ぐことを禁じられた。何せ、赤ん坊の泣き声を嫌悪する父親がいるご時世だ。


 こえの面から見たことばとは、本来からだの発する音、さらに主体とそのからだそのものに即して言えば、からだの動きに他ならぬことになる。こえを、そしてことばを発するとは、からだの内に発した動きを、もっとも敏感にからだ全体に拡大した時、呼吸器官の部分に現れる動きの一部である。だから、からだが充分に解放され、内なる情報に対して敏速に反応できるだけ柔軟である時、充分に豊かなこえが発せられるのは当然のこととなるだろう。こえの問題は、本来発声器官の問題ではなく、からだ全体の問題なのである。

 気がつき始めてみると、こえの状態が悪い人があまりに多いので、私は不安になってきた。

 なぜ私たちは、これほどこえが出ないのか。

 なぜ私たちは、こんなにからだが歪んでいるのだろう。


【『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴(思想の科学社、1975年/ちくま文庫、1988年)】


 発語と言葉の認識という観点からすれば、脳機能の働きが抜け落ちているが、それでも説得力は色褪せていない。我々は音の出なくなったスピーカーみたいな身体を抱えているのだ。


 飽食よりも、むしろ身体を動かさなくなった生活様式の方が問題なのだろう。文明の発達は、額に汗して働くことを人々から奪い去った。私が流す汗の多くは冷や汗だ。


 自分の声が反響しない身体は、他人の声に震えることもない。そして、共感は失われ、共鳴は途絶える。声の大小ではなく、相手に届いているかどうかが問われるのだ。


 ストレスが多くなると身体は硬直する。硬直した身体はコントロールしにくくなる。そして、精神は拘縮する一方となる。


 ポピュラーミュージックの多くが「泣き声」みたいに聞こえるのも、声が出なくなっている証拠なのだろう。


 声を解放するには、身体の姿勢と生きる姿勢を変える必要がある。

ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)

目撃された人々 23


 人当たりのよい男だった。(ただの八方美人だよ)


 年の頃は還暦を過ぎていた。(とっくの昔に死んでいたが)


 病気の妻を大切にしていた。(コミュニケーションはとってないが)


 常に微笑んでいた。(ニヤけた野郎だ)


 何でも正直に語った。(脚色された過去に過ぎない)


 それなりに立派な家に住んでいた。(金もないクセに)


 いつも自信に満ちていた。(中味は空っぽだ)


 おお、唾棄すべき人物よ、似非紳士よ、腐臭を放つ人よ。


 私はアンタの何もかもが嫌いだ。心の底から嫌悪する。

「冬が来た」/『高村光太郎詩集』


 奇しくも冬至の日に読んだ。私は道産子なのだが冬が嫌いだ。それは上京してからのことだ。東京には雪が積もらない。それだけで北海道の人々は、東京が南国だと思い込んでいる節がある。


 上京したのは21年前の2月14日だった。千歳空港は猛吹雪に覆われ、飛行機は予定時間を過ぎても飛べなかった。私はたった一人で、吹雪の向こう側に孤独を見据えた。東京に何かがあるとは考えていなかった。自分に見切りをつけた青年が、新天地を目指しただけのことだ。


 東京は雪がないにもかかわらず寒かった。頼る人もいない大都会が私を嘲笑していた。乾いた空気の中を塵芥(ちりあくた)が我が物顔で飛び交っていた。「お前なんぞの来るところではない」――東京は確かにそう言っていた。


冬が来た


 きつぱりと冬が来た

 八つ手の白い花も消え

 公孫樹(いてふ)の木も箒になつた


 きりきりともみ込むような冬が来た

 人にいやがられる冬

 草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た


 冬よ

 僕に来い、僕に来い

 僕は冬の力、冬は僕の餌食だ


 しみ透れ、つきぬけ

 火事を出せ、雪で埋めろ

 刃物のやうな冬が来た


【『高村光太郎詩集』高村光太郎(岩波文庫、1981年)】


 高村光太郎の第一詩集『道程』に収められたもの。32歳の彫刻家は、冬の厳しさを愛し、鑿(のみ)を振るった。寒さには季節の意志がある。そして、厳寒に耐えた者のみが春の温かさを知るのだ。


 20年前の孤独な私が点景となって見える。この詩を読んだ途端、その姿はどんどんと小さくなった。孤独を愛するならば、冬を愛せ。冬は平等だ。冬こそ私の味方だ。

高村光太郎詩集 (岩波文庫)

2008-12-22

30万ヒット達成


 はてなに引っ越したのが、多分2006年9月のこと。するってえと、2年と3ヶ月を経たことになる。一日平均にすると380くらい。ま、トラックバックやブックマークも少ないことから、泡沫ブログであることは確か。それでも見てくれる人がいる以上、意を決して綴ってゆく所存である。

高村光太郎


 1冊読了。


高村光太郎詩集』/「冬が来た」と「冬の詩」に心を躍らせる。残念なことに、昨夜から今日にかけては生暖かい天気であった。できることなら、浅川沿いで寒風にさらされながら読み終えたかったよ。高村光太郎って、彫刻家だったんだね。知らなかった。尚、「智恵子抄」は私の性分に合わない。

ユダヤ民族はヘブライ語を失わなかったから建国できた/『祖国とは国語』藤原正彦


 人間は言葉でしか思考できない。それゆえ、言葉に支配されていると言ってもよいだろう。我々は、言葉の外側に脱出することができない。「祖国とは国語である」と藤原正彦は言い切る――


 祖国とは国語である。ユダヤ民族は2000年以上も流浪しながら、ヘブライ語を失わなかったから、20世紀になって再び建国することができた。私には英米にユダヤ人の友達が多くいるが、ある者は子供の頃、家庭でヘブライ語で育てられ、ある者はイスラエルの大学や大学院へ留学し、ヘブライ語を修得した。ユダヤ人の国語に対する覚悟には圧倒される。

 それに比べ、言語を奪われた民族の運命は、琉球やアイヌを見れば明らかである。

 祖国とは国語であるのは、国語の中に祖国を祖国たらしめる文化、伝統、情緒などの大部分が包含されているからである。血でも国土でもないとしたら、これ以外に祖国の最終的アイデンティティーとなるものがない。


【『祖国とは国語』藤原正彦(講談社、2003年/新潮文庫、2005年)】


 そう言われれば確かに。言葉の乱れは文化が崩壊する様相なのだろう。ポピュラーミュージックの歌詞は、既に英語の奴隷と成り果てている。


 数学者の藤原正彦が、義務教育における国語の重要性を叫んでいる。ともすると、日本人だから日本語を話せると我々は思い込んでいるが、ひょっとすると満足に日本語すら話せていない可能性がある。


 言葉の貧しさ、卑しさ、乱雑さは、精神の空洞化を表象している。小難しいテクニックを弄する必要はない。ただ、嘘のない言葉を私は綴りたい。

祖国とは国語 (新潮文庫)

2008-12-21

目撃された人々 22


 本日、静かに、厳(おごそ)かに、そしてひっそりと弔問する。間もなく還暦になろうとしている娘さんの涙は既に乾いていた。互いの視線が複雑に絡んでは、微妙に逸(そ)れる。揺れる視線は故人を求めてさまよった。私は寂しいわけでもなく、号泣するわけでもない。ただ心に黒々とした穴が空いただけだ。穴の重みに耐えかねて私は転びそうになった。辛うじてバランスを保ち、冬のアスファルトの道を一人歩んだ。合掌。

インプラント治療の危険性


 歯科医はその教育課程の中で、インプラントの臨床実習はない。ということは、歯科医師免許を取得してから研修することになるが、もちろん1日や2日の講習会ですべてを覚えられるものではない。ところが術式そのものはそんなに難しくなく、しかも高額の治療費を要求できるので、歯科医が安易に取り入れる傾向にある。

 まだ保存可能な歯を残す努力もしないでインプラント治療を勧める、なんて考えたくはないが、そういう話も聞こえてくる。

 半分を骨の中に埋め、残りの半分を口の中に露出しているインプラントは、常に生体の拒絶反応と感染の恐れにさらされている。そのため感染対策が十分でないと、歯周病のようにインプラントの周囲が腫れてしまい、ぐらぐらとなってインプラントを除去しなくてはならない。

 手術中に神経を傷つけて唇のまひがいつまでも続いたり、血管を切って極度の内出血が起こったりして、訴訟問題にまで発展することも多い。

 ある歯科大学の口腔(こうくう)外科の教授が「君たちの安易な手術のせいで、インプラント除去に忙殺されている私たちの身にもなってくれ!」と講演会で叫んだ声が忘れられない。


【「歯科医 つれづれ記」安田登/読売新聞 2008-12-19】

赤ちゃん言葉はメロディ志向〜介護の常識が変わる可能性/『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』スティーヴン・ミズン


 原初の言葉と音楽性との関係を探る学術書。専門性は相当高い。表紙がゴリラとなっているのがご愛嬌。


 乳児は「動き」よりも、「イントネーション」に反応するという――


 乳児とのやりとりがはじめての人も母親と同じくらい韻律を誇張し、乳児のほうもそれをよろこぶ。実験の結果、乳児は通常の発話よりIDS(※乳幼児への発話=赤ちゃんことば)を聞くのを強く好み、表情より声のイントネーションにはるかによく反応することがわかっている。未熟児も同様で、なでるなどの他のあやし方よりIDSのほうが鎮静効果がある。そして、子どもからの好意的な反応が非言語での会話をさらにうながすことになる。事実、韻律要素のひとつの機能は、大人同士の会話に必須のターン交替を引き起こすことにある。


【『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』スティーヴン・ミズン/熊谷淳子訳(早川書房、2006年)以下同】


 私は弟妹3人を育てているからわかるのだが、実はこれ、凄い指摘だ。普通は表情や動作などの動きでアプローチしがちである。日本語が漢字の象徴性に依存していることを何となく実感しているためだろう。ひょっとしたら、「いないいないばあ」も、言葉のイントネーションに反応しているかも知れない。つまり、言葉を獲得する前段階では、視覚よりも聴覚がリードしているという事実を示している。


 これらの実験は、IDSでは“メロディがメッセージである”こと、つまり、韻律だけで話者の意図をくみ取れることを示している。そのメッセージがなんであれ、子どもにとっては良いものであるらしい。乳幼児が受け取るIDSの質と量は、乳幼児の成長率と相関することが示されている。


 赤ん坊が理解するのは、言葉ではなくメロディだった。吃驚仰天。これを証明するために、複数の外国語を赤ん坊に聴かせる実験が行われた――


 結果は歴然としていた。赤ん坊は提示されたフレーズの種類にふさわしい反応をした。どの言語の発話でも、無意味語の発話でも、禁止を表すフレーズには顔をしかめ、容認を表すフレーズには微笑んだ。だがひとつだけ、さほど予想外でない例外があった。日本語で話されたフレーズには子どもが反応しなかったのだ。(アン・)ファーナルドは、日本人の母親の場合、欧州言語を話す母親よりピッチ変化の幅が狭いためと考えた。この結果は、日本人の音声表現や表情が解読しづらいとする他の研究とも一致する。


 何と外国語であっても、赤ん坊はメロディの意味を正しく理解した。ということはだよ、老人性痴呆(認知症)=幼児化と考えれば、赤ちゃん言葉のメロディ志向はメッセージの伝達性を高める可能性がある。今、私は“介護の常識”を思いっきり踏みつけたところだ。足の下でまだもぞもぞしているよ(笑)。


 介護現場では、「要介護者の尊厳」に敬意を払うよう周知徹底されているが、実際はぞんざいな言葉遣いが横行している。大抵の場合、これに腹を立てるのは家族だ。はたから見ると年寄りを「子供扱い」しているように見えてしまうからだ。


 ところがどっこい、そうではないのだ。私の身内にも失語症(高次脳機能障害)患者がいるが、私は天性の技術で意思の疎通ができる。失語症や認知症の場合、とにかく短くわかりやすいメッセージを伝えることが先決だ。発話が無理であれば、手を挙げて答えてもらうため、「――の人?」と聞くのが手っ取り早い(「疲れた人?」「寒い人?」「家に戻って寝たい人」など)。慣れてくると、3回ほどの質問で言いたいことを理解できるようになる。


 介護現場というのは、理論よりも経験則に沿った行為が重んじられる。ゆっくりと話しかけ、文節を尻上がりに間延びさせ、敬語を割愛する。すると、素人が聞けば殆ど赤ちゃん言葉になってしまうのだ。ヘルパーの皆さん、理論はここに私が構築した。思う存分、赤ちゃん言葉を使用されたし。中には、「赤ちゃんプレイ」を好むジイサンだっていることだろう。

歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化

貪るように本を読め/『モーツァルト』小林秀雄


 振り返ると小学生の時分から濫読に次ぐ濫読を繰り返して今日に至っている。本を読まなかった時期は古本屋を立ち上げてからのこと。やはり、読み物から売り物に変わってしまったことが大きい。いつ手元から巣立ってゆくかわからぬ本を読む気にはなれなかった。


 数年前から本業関連の本を読み漁り、続いて経済書をひもといた。そして、福岡伸一の『もう牛を食べても安心か』が読書意欲に火を点け、マーク・ブキャナンの『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』で爆発した。今年は多分250冊以上読破しているだろう。


 努めて濫読(らんどく)さえすれば、濫読になんの害もない。むしろ濫読の一時期を持たなかった者には、後年、読書がほんとうに楽しみになるということも容易ではあるまいとさえ思われる。読書の最初の技術は、どれこれの別なく貪(むさぼ)るように読むことで養われるほかはないからである。


【『モーツァルト』小林秀雄(集英社文庫)】


 数多くの本を読み抜くと、興味や知識の根っこがどんどん枝分かれし、養分を求めては地中深くへ伸びてゆく。こうして心に響いた言葉同士が共鳴音を奏でる。ジャンルの異なる本の中に共通点を見つけるのは決して珍しいことではない。この「つながる快感」から新しいアイディアが生まれる。目の前が開けるような思いになるのは、知恵の閃光が脳内でほとばしっているためだろう。


 集英社文庫は既に絶版。現在刊行されているのは新潮文庫のみ。

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

枕がないことに気づかぬほどの猛勉強/『福翁自伝』福澤諭吉


 福澤諭吉緒方洪庵適塾で学んでいた時のエピソード――


 およそこういう風で、外に出てもまた内にいても、乱暴もすれば議論もする。ソレゆえ一寸(ちょいと)と一目(いちもく)見たところでは──今までの話だけを聞いたところでは、如何にも学問どころのことではなく、ただワイワイしていたのかと人が思うでありましょうが、そこの一段に至っては決してそうではない。学問勉強ということになっては、当時世の中に緒方塾生の右に出る者はなかろうと思われるその一例を申せば、私が安政3年の3月、熱病を煩(わずろ)うて幸いに全快に及んだが、病中は括枕(くくりまくら)で、座蒲団か何かを括って枕にしていたが、追々元の体に回復して来たところで、ただの枕をしてみたいと思い、その時に私は中津の倉屋敷に兄と同居していたので、兄の家来が一人あるその家来に、ただの枕をしてみたいから持って来いと言ったが、枕がない、どんなに捜してもないと言うので、不図(ふと)思い付いた。これまで倉屋敷に一年ばかり居たが、ついぞ枕をしたことがない、というのは、時は何時(なんどき)でも構わぬ、殆んど昼夜の区別はない、日が暮れたからといって寝ようとも思わず、頻(しき)りに書を読んでいる。読書に草臥(くたび)れ眠くなって来れば、机の上に突っ臥(ぷ)して眠るか、あるいは床の間の床側(とこぶち)を枕にして眠るか、ついぞ本当に蒲団を敷いて夜具を掛けて枕をして寝るなどということは、ただの一度もしたことがない。その時に初めて自分で気が付いて「なるほど枕はない筈だ、これまで枕をして寝たことがなかったから」と初めて気が付きました。これでも大抵趣がわかりましょう。これは私一人が別段に勉強生でも何でもない、同窓生は大抵みなそんなもので、およそ勉強ということについては、実にこの上に為(し)ようはないというほどに勉強していました。


【『福翁自伝』福澤諭吉/富田正文校訂(岩波文庫、1978年)】


 枕がなかったことに気づかなかったというのだから凄い。文字通り寝食を惜しんで勉学にいそしんでいたことがわかる。当時の学問は、国の行く末を決定づけるものであった。青年の自覚と責任は、これほどの集中力を生み出すのだ。


 小難しい本を読んでいると、必ず思い出されるエピソードである。

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

人を殺してはいけない理由/『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥


【※本当は12月20日に書いているのだが、量が多くなってしまったため、翌日分とした】


 オウム真理教が跋扈(ばっこ)し、酒鬼薔薇事件が世間を騒然とさせた直後から、「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問いが子供達から発せられるようになった。


 私に尋ねる者がいれば、2〜3発ぶん殴ってから、思い切り首を絞めて「何となく想像はつかないか?」と静かに語ってやるところだ。わからないのであれば、わかるまで教えてやるよ。教育の基本は、“わかりやすい原理”を示すことである、というのが私の持論なのだ。


 ところが、世の大人どもはたじろいだ。目を伏せ、返答に躊躇(ちゅうしょ)してしまった。成り立たせてはいけない質問を肯定してしまったのだ。これ以降、メディアの言論も迷走を始めたように思う。コメンテーターは人間が抱える矛盾に対して、訳知り顔でものわかりのよさを示すようになった。唾棄すべき言動が飛び交うたびに、我が家のテレビは唾にまみれ、既に溶けてなくなってしまった(ウソ)。


 友岡雅弥は、仏教の本義を踏まえた上でこう綴っている――


 人間が生まれてくることに、人間が生きることに、小難しい理由などないように、殺していけない、つまり人の生を中断させてはいけなことにも小賢しい理由などないのです。生まれていい理由などないように、殺していい、つまり人生を途中でやめさせる理由などないのです。(この「理由などない」ということが、これも今世紀最大の思想家の一人、ヴァルター・ベンヤミンが『暴力批判論』で言った「神的暴力」なのでしょう)

 レヴィナスの指摘のように「汝、殺すなかれ」というのは、上からの命令ではありません。殺される瞬間の殺される人間の叫びなのです。殺されるものたちの「殺さないで」という呼びかけが、至上命令の形で、心に傷をつけ、中止への行動を迫るのです。


【『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥第三文明社、2000年)】


 千鈞の重みのある言葉だ。かようなまでに生命は重いのだ。平和とは、万人が生命の重みを不動の域に高めた時に創出されるのだろう。縁起という思想が、自己と他者のつながりを示したものであるならば、他者の否定はそのまま自己の否定へとつながる。


 システムとしての暴力を振るう国家・官僚・軍隊・警察には「顔」がない。なぜなら、いともたやすく他者を否定する彼等の行為が、自分達の存在性を軽(かろ)しめているからだ。

ブッダは歩むブッダは語る―ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う

2008-12-20

ジェニファー・ウーレット、藤原正彦


 2冊読了。


黒体と量子猫 2 ワンダフルな物理史 現代篇』ジェニファー・ウーレット/少々中だるみはあるものの、器用な文章に引っ張られて読了。通読すれば科学史がわかったような気になってくる。突き放したような距離感のある文章が魅力的だ。


祖国とは国語藤原正彦/「国語教育絶対論」と「満州再訪記」の二本柱。合間に短いエッセイが盛り込まれている。国際派の数学者が説く国語論が圧巻。短文のエッセイは憎めない頑固親父ぶりを発揮して秀逸。満州記は、やや冗長ではあるが、『流れる星は生きている』を読んだ人なら感銘を深くすること間違いなし。山本夏彦を偲んだ一文も読ませる。

『チャーリーとの旅』ジョン・スタインベック


チャーリーとの旅


 サイマル出版会の大前正臣訳が長らく絶版となっていたが、ポプラ社から竹内真訳で刊行された。

死線を越えたコミュニケーション/『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル


 既に絶版となっているため、長文の引用をしておこう。本書の白眉ともいえる箇所だ。「極限状況におけるコミュニケーションの意味」を理解することができる。人は誰かとつながっているからこそ生きてゆけるのだ。極限状況と日常の差異は何か。それは、「生命の危機」への自覚があるかないかという一点に尽きる。つまり、生命が完全燃焼しようとする時、人はおのずからコミュニケーションを求め、誰かとつながる方向へ心が向かうのだ。逆説的ではあるが、人はコミュニケーションをとることで孤独に耐えられるのだろう。


捕虜たちのメッセージ


 海軍副将ジェイムズ・B・ストックデールほど苦しみを味わった捕虜はあまりいない。彼は、ベトナムの戦争捕虜として、2714日を耐えぬき、英雄的に生還した。

 ある時、北ベトナム兵がストックデールの手を背中に回して手錠を掛け、彼の足に重い鉄の鎖をつけた。そして、彼を暗い独房から引きずり出し、中庭に座らせて晒し者にした。それは、協力を拒んだ者がどのような目に会うかということを、他の捕虜に見せつけるためだった。

 その出来事を記載した海軍の公式記録によれば、ストックデールはその姿勢を3日間続けなくてはならなかったという。彼は、長い間太陽の光を浴びたことがなかったために、すぐ疲労を感じ始めた。しかし、見張り兵は彼を眠らせなかった。そして何度も殴られた。

 ある日のこと、殴られた後にストックデールは、タオルを鳴らす音を聞いた。それは、刑務所の暗号で、"GBUJS"という文字を伝えるものだった。そのメッセージを彼は決して忘れることができない。「ジム・ストックデールに神の祝福あれ。God bless you Jim Stockdale」

 アメリカにおいて近年捕らわれの身になった捕虜や人質すべてに当てはまることだが、即席かつ巧みに作り上げられたコミュニケーションが、彼らの大きな助けとなっている。ベトナムでは、叩打音が暗号として用いられた。音の数やつながりがアルファベットの文字を表わしていて、それが、捕虜たちのコミュニケーションのおもな手段になったのである。ジム・ストックデールを助けたのもこの暗号だった。

 まず、捕虜にとって、文字をつなぎ合わせて意味のあるメッセージを作れるように文字の暗号を覚えることが先決だった。しかし、すぐに彼らはそれに慣れ、そのシステムが彼らの第二の天性のようになった。孤独な捕虜たちは、壁や天井や床を叩いた。距離が近い場合には指を使った。距離が遠い場合には、拳や肘やプリキのコップを用いた。

「すぐにメッセージが、独房の一つのブロックから別のブロックへ、そしてさらには、建物から建物へ、交通のように流れていきました」と、エペレット・アルバレッツは回想する。

 最終的に、戦争捕虜たちは、叩打音を使った日常の交信をさらに発展させて、より洗練されたものを作り上げた。とくに効果的だったのは、箒で刑務所構内を掃きながら、集団全体に「話しかける」方法だった。

 ある捕虜が別の独房のそばを通りかかったときには、サンダルを引きずって暗号を流すことができた。毛布を振ったり、げっぷをしたり、鼻をかんだりして昔を出し、仲間にメッセージを送る人もいた。また、特別な才能を持っている捕虜も何人かいて、自分の意志でおならを出して暗号を送っていた。捕虜の一人は、毎日1〜2時間、昼寝をしているふりをし、いびきを立てて、皆がどのような生活を送っているか、また、彼の独房の中でどのようなことが起こっているか、ということを報告していた。

 また、身体に引っかき傷を作ってコミュニケーションするという、刑務所の中ではよく見られる方法さえ取られるようになった。反アメリカ宣言をするように強要された一人の捕虜は、誰もいない中庭を通って広場に行く途中、彼の様子を気づかって、多くのアメリカ人の目が自分に釘づけになるということがわかっていた。そこで彼は、まず「c」という文字、次に「o」という文字、そして「p」という文字の引っかき傷を作り、最後にその引っかき傷が“頑張っている c-o-p-i-n-g”という言葉になるようにしたのだ。

 5年半におよぶ捕虜生活の大半を独房で過ごした、海軍少佐ジョン・S・マッケイン3世は、次のように結論づけている。

「戦争捕虜として生き延びるために最も重要なことは、誰かとコミュニケーションを持つことでした。ただ単に手を振ったりウィンクをしたりすることでも、壁を叩いたり誰かに親指を上げさせたりすることでもよかったのです。それによってすべての状況が一変しました」

 ベトナムにおける最初の戦争捕虜の一人、ロバート・シュメイカー少佐は、仲間とコンタクトを取ることさえできれば、どのような事態でも耐えられると確信していた。彼は、独房の中で、乾いたインクの染みを見つけ、そこに何滴か水をたらして、それを再生しようとした。そして、マッチ棒をペンとして使い、トイレットペーパーの切れ端にメッセージを残した。そのメモは、受け取った人の名前を尋ねるだけの単純なものだった。彼はメモを、セメントや煉瓦が崩れ落ち、最高の隠し場所になっていたトイレの片隅に置いた。

 そして、別の捕虜が収容所に到着したということまでがシュメイカーにわかるようになった。彼は、自分が作ったメモを消しゴムくらいの大きさに折り曲げ、次にトイレに行ったときに、朋れ落ちたセメントのかけらの下に隠した。トイレットペーパーの切れ端に「持って行ってくれ」という言葉を走り書きし、便器のそばに置いておいた。そして、待ち続けたのである。

 これについてジョン・G・ハベルは、『P・O・W・(戦争捕虜):アメリカ捕虜の戦争体験決定史』という本の中で書いている。「シュメイカーは次にトイレに行ったときに、自分のメモがなくなっているのに気づいた。メモを隠した場所に、別のメモを見つけた。それは、トイレットペーパーの切れ端にマッチの燃えかすで『米国空軍大尉ストルツ』と書いてあった。あれほど興奮したことはなかった、とシュメイカーは言っている」

 苦しい体験を続けながらも、ベトナムのアメリカ人捕虜は、お互いに連絡を取り合おうとする努力を決して怠らなかった。それは、一見不可能に見えるような状況下でも行なわれた。自分の排泄物を伝達手段として使うことさえあったという。最近、ストラットン大佐が回想して私に話してくれた。

「われわれは紙で船を作り、その中にメッセージを入れ、排泄物の上に浮かせました。われわれは、小さなバケツに用を足していました。そして、一人が、独房のあるブロック全体のそれを集めて、トイレに捨てることになっていました。しかし、その前にまず、大事なメモをしっかりと抜き取っていたのです。看守が、わざわざ私たちの排泄物を取り上げたりはしないだろうと、みんなが知っていたのです」


人質同士をつないだネットワーク


 連絡を取り合うことが、どうしてそのように重要なのだろうか? お互いにメッセージをやり取りすることによって捕虜たちは、強まる孤独感や絶望感を打ち破り、耐えぬく力を発揮できたのだ。

「それは、自分を癒す行為でした」とエペレット・アルバレッツは言う。「私たちは、煉瓦の壁を越えてやり取りされる沈黙の会話を通して、お互いが本当に理解し合えるようになるのです。最後には、それぞれの人たちの子ども時代、背景、体験、妻、子ども、希望、野望などについて、すべてわかるようになりました」

 また、ストックデールは次のように言っている。「それは、私たちの生活や夢を一つにつなげ合う方法だったのです」

 キャサリン・クープもこれに同意する。彼女は、テヘランで同じく人質になっていたアン・スウィフトと一緒に、毎朝目隠しをされてトイレに連れて行かれていた。その中で一人になると、二人は、仲間の人質に関する情報が何かないかとごみ箱をあさり、手紙やメモの切れ端を捜した。また、近くに捕らわれている人々が食事を終えた後に何枚の皿が洗われるか、数えようとした。ごみ容器に捨てられた鶏の骨の数も数えた。

 とうとうクープとスウィフトは、看守を説得して、同じ建物の中に捕らわれている他の6人の人質の料理を担当する許可を得た。二人は、自分たちが料理を作っている他の人質たちと実際に会うことは一度もなかったが、苦労して再生したメモのおかげで、「連絡を取り合っている」という感覚を持つことができたのだ。

 そのメモには、「コック長への賛辞」だけでなく、今後の料理に対する注文も書かれていた。

「ピーナッツバターが手に入ったら、ピーナッツバター・クッキーを作っていただけるといいと思います」あるメモにはそう書いてあった。「もう少しレタスが欲しいのですが」別のメモにはそう書いてあった。そうした秘密のメッセージには、「奥の部屋に住む少年たち」というサインがしてあった。

 クーブは、解放されて生還した後、次のように言っている。「隣の独房に自分の存在を気にかけてくれる人が誰かいると考えただけで、生きていく力がわいてきました」

 何か月もイランで捕らわれの身になりながら、その間アメリカ人の人質は、お互いに話ができないときでさえ連絡を取り、慰め合うことによって、絶望感を感じないですんでいた。

 彼らの中には、解放された後に初めて顔を合わせた人たちもいる。しかし、テヘランでお互いを引き離していた部屋の壁を通して秘かにコミュニケートし合っていたために、以前から知り合いだったかのような感情を抱いたという。

 彼らは、それぞれ隔離されていたにもかかわらず、お互いを助け合うネットワークを作り上げることによって、その試練を切りぬけたのである。これは、人生で直面する危機的状況を生きぬこうとする私たち全員に必要なものである。


【『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル小此木啓吾訳(フォー・ユー、1987年)】

生きぬく力―逆境と試練を乗り越えた勝利者たち

「なんでも喜ぶ」ゲーム/『少女パレアナ』エレナ・ポーター


 モンゴメリが『赤毛のアン』を発表したのが1908年で、本書が1913年だから何らかの影響は受けていることだろう。それでも甲乙つけ難い面白さだ。


 孤児となってしまった10歳の少女パレアナは、叔母のもとに預けられる。叔母は冷酷な人物だった。パレアナは父親から教わった「なんでも喜ぶ」ゲームを日常的に行う。まずは叔母の家へ引っ越した直後のこと――


 パレアナは箪笥の前に立って、さびしそうに、なんの飾りもない壁を見つめました。

「鏡のないのもうれしいわ。鏡がなければ、ソバカスも見えませんものね」


【『少女パレアナ』エレナ・ポーター村岡花子訳(角川文庫、1962年)以下同】


 パレアナの孤独が振動するように伝わってくる。


「あなたはなんでも喜べるらしいですね」あの殺風景な屋根裏の部屋を喜ぼうとしたパレアナの努力を思い出すと、少し胸がつまってくるような気がしました。

 パレアナは低く笑いました。

「それがゲームなのよ」

「え? ゲームですって?」

「ええ、『なんでも喜ぶ』ゲームなの」

「遊びのことを言ってるのよ。お父さんが教えてくだすったの。すばらしいゲームよ。あたし、小さい時からずうっと、この遊びをやってるのよ」


 両親を亡くした少女が力強く自分の意志で人生を謳歌してゆく。パレアナは困難であればあるほど、心を燃やして「喜び」を見つけ出す。


「喜ぶことをさがしだすのがむずかしければむずかしいほどおもしろいわ」


 常識に縛られる大人達と、自由闊達なパレアナが織り成すギャップが一つのモチーフとなっている。それでも大人達は、パレアナの明るさに魅了される。たった一人の少女の「喜び」が人々の心を溶かし、やがては町全体をも変えてしまう。


 単純と言えば単純、突飛と言えば突飛ではある。だが、女性の権利がまだまだ低かった時代に書かれた小説であることを踏まえると、女性性を見事に謳い上げた作品といってよい。また、物語というものは単純であればあるほど普遍性を増すものだ。


「なんでも喜ぶ」ゲームは、予定調和が支配する日常を打ち破る知恵そのものである。


少女パレアナ (角川文庫クラシックス)

忘年会


 焼肉チェーン店にて忘年会。肉が口に合わず。焼肉というのは忙しくてダメだ。まともに話ができない。賑やかに盛り上がるのが嫌いなわけではないが、静かに語り合える雰囲気の方が断然好ましい。

2008-12-19

政治的受益者の地位に甘んじるな/『政治を考える指標』辻清明


 ここ最近、紹介しているものは、いずれも二十歳(はたち)の頃に読んだ書籍である。やはり、若き日の鮮烈な感動は、世界を押し広げる度合いが違う。心の打たれ方が激しい。


 人間の能力は、年ごろになって自然と顔にあらわれてくるにきびのごとく、放っておいても出てくるという性質のものではない。放置しておけば、あるいは終生、自他ともに認めないまま、体内に潜伏したままであるかもしれないのである。こうした潜在する可能力を自発させる契機となるものが、国民主権、すなわち自治の原理である。その意味で、人間が受益者の地位に甘んじているかぎり、潜在力の開眼は難しいといってよかろう。国民のひとりひとりが、もし、みずからの可能力の開眼に成功するならば、それは、かれ個人にとってのプラスであるばかりではなく、社会や国家全体の底力が増大する。そうなったとき、はじめて民主主義は、抽象的な観念であることをやめて、具体的な効用を証明するだろう。


【『政治を考える指標』辻清明(岩波新書、1960年)】


 するってえと、日本の民主主義はまだまだお題目のレベルに過ぎないってこったな。国家予算の分捕り合戦は省益を目的としているわけだし、親方日の丸からの仕事にありつこうとする連中は随意契約で美味しい思いをしている。企業が政治献金を惜しみなく支払うのも、より大きな利益のための投資であろう。


 そして我々国民は、自分が住む地域の道路が拡幅され、ドブの上に板が渡され、街頭を設置してくれれば満足を覚える。結局、民主主義が自分中心主義に変質しているのだ。


 一方、このテキストは確かに正しい意見なのだろうが、成熟した民主主義の姿がどのような姿になるのか、まるで見当もつかない。その功罪すら想像できない。なぜなら、我々国民が「町内」以上の立場でものを考えることができるとは思えないからだ。つまり、政治を変えたいと願うのであれば、まず国民が変わる必要があるってことなんでしょーな。この発想の転換が難しい。

政治を考える指標

2008-12-18

大統領が自らの災難をジョークにできる国


  • 「靴に対して失礼だ」(アラブ世界では「犬」「豚」「靴」は侮辱的なモノとされる)
  • 「あのイラク人記者はとんでもない野郎だ。なにしろ2度も的を外したんだ」
  • 「みなさん、就任8年目にしてやっと大統領の特技がみつかりました。それは……、ドッジボールです」
  • 「イラクを訪れていたブッシュ大統領は、当地で外交政策変更を行いました。大きく左に傾いたのです」
  • クリントン前大統領から、ブッシュ大統領に激励文が届きました。『あなたは、私以上に、靴や、皿や、家具を除けるのがうまい』」

【「麻生首相には、靴投げつけも笑いにするブッシュほどの余裕もない」週刊上杉隆

山川偉也、松田哲


 2冊挫折。


哲学者ディオゲネス 世界市民の原像』山川偉也(やまかわ・ひでや)/著者の名前だが山川エライヤかと思っちまった。ディオゲネスについては少し前から興味を抱いていた。ところが本書は学説を問う内容となっており、やたらと小難しい。70ページ余りで挫ける。


外貨崩落 生き残る人は知っているもう1つのシナリオ FX、外貨預金、外貨投資信託 崩壊 円キャリー・トレード』松田哲/初心者向けだった。80ページでやめる。

テレビ通販、相談が昨年度は最多に…「契約・解約」7割超


 国民生活センターは17日、テレビショッピングに関する相談が年々増え、2007年度は2251件と過去最高になったと発表した。

 商品の特長が強調される一方、返品や使用上の注意についての情報が少なく、解約の相談が目立つという。

 同センターによると、全国の消費生活センターに1998年度から今年11月までに寄せられたテレビショッピングに関する相談は計1万4539件。特に、2005年度以降は、毎年約400件ずつ増えている。相談者の66.9%は50歳代以上。商品別では、健康食品と化粧品が多い。

 相談内容の77.7%は「契約・解約」に関するもの。北海道の40歳代女性は購入した補整下着のサイズが合わず、返品を申し出たが、認められなかった。

 テレビショッピングは、現状ではクーリングオフ制度が適用されず、解約や返品方法は事業者に委ねられている。国民生活センターは「消費者は商品購入前に、返品の可否や条件を確認してほしい」としている。


【読売新聞 2008-12-18】

かつて無線は死者との通信にも使えると信じられていた/『黒体と量子猫』ジェニファー・ウーレット

 サブカルネタでぐいぐい読ませる科学史。ワンセンテンスが短く小気味いい。叩きつけるドラムのようだ。アメリカ物理学会の会員向け月刊誌の編集に携わっているだけあって、データも正確無比。


 無線が発明された当初、電波とその仕組みを知る人は存在しなかった――


 話が面倒なのは、当時電波が何であるのか、どのように働くかをだれも本当には知らなかったことで、マルコーニなどその最たるものだった。テスラでさえ、電磁波の一部ではなく、新しい波を発見したと思っていた。無線の送信は当時の人々にとって魔法のようなもので、無線には超自然的な力があり、死者との通信に使えるのではないかとまで考える人が多かった。トーマス・エジソンもかつて死者と話す電話を作ろうとしたし、都市伝説によれば、メリー・ベイカー・エディ(米国の宗教家でクリスチャンサイエンス教会の創立者)が埋葬されたときには、死の彼方から新しい説教を現世の人々に伝えられるように、電話もいっしょに埋葬されたということだ。


【『黒体と量子猫』ジェニファー・ウーレット/尾之上俊彦、飯泉恵美子、福田実訳(ハヤカワ文庫、2007年)】


 ね、面白いでしょ。しかしこの話、面白いだけで終わらせるわけにはいかない。つまり、このエピソードが教えてくれるのは、「理論は後からついてくる」ということに他ならない。当時の人々の逞しい想像力を嘲笑うことは簡単だが、夢に胸ふくらませればこそ、新たな発明が成ったことを忘れてはなるまい。


 既に亡き家族や友人と話ができれば、と思うことは多い。だがよく考えてみると、その内容は「ありがとう」といった類いの感謝の言葉しか思い浮かばない。そうであるならば、今自分の周囲にいる人々を大切にすべきなのだろう。多くの後輩を喪(うしな)って、今つくづくそう思う。擦れ違うような出会いが人生を彩る。愛別離苦は人の常なれど、出会いに感謝できる人は心美しい。

黒体と量子猫〈1〉ワンダフルな物理史 古典篇 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ) 黒体と量子猫〈2〉ワンダフルな物理史 現代篇 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

ストレスとコミュニケーション/『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル

    • ストレスとコミュニケーション

 我が読書史に燦然と光を放つ一冊。心も身体もズタズタにされた人々は、どのように逆境を乗り越えたのか。心理学的なアプローチをしているのだが、答えは簡単だ。「この人を見よ」ということに尽きる。いずれも、“人類のモデル”となり得る雄姿だ。読むだけで生きる勇気を吹き込まれる。


「感情に圧倒されそうになったら、いつも大好きないとこに電話で話していたんです。そうしなければ、今日こうして生きていられなかったでしょう」と、癌を克服した患者が最近私に語ってくれた。

「2〜3日おきにトムと会って、昼食をとっていました。私が戦っている苦しみについて彼に話すだけで、生きていこうというガッツがわいてきたのです」これは、家庭や仕事が破局に陥りそうになった元アルコール中毒患者の言葉である。

 危機的状況の中でよろめきながらも、それを切りぬけることができた人たちが、口を揃えて重要だと言うことがある。それは、コミュニケーションである。ただ一人の相手とでも、コミュニケーションを持つことは、生き延びていくための生命線となったのだ。

 不幸なことに、強いストレスに直面すると、コミュニケーションがいつも通りに簡単にいくとは限らない。人生が危機にさらされると、私たちは、不思議なことに、友人や家族と距離ができて、人とかかわれないという感情を持つことが多い。そのような場合、私たちは次のような確信を抱くようになる。自分は一人で苦しんでいるんだ――誰もかまってくれない、自分のことを理解してくれる人は一人もいないだろう、と。そして、そのために、ますます引きこもるようになってしまう。


【『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル小此木啓吾訳(フォー・ユー、1987年)】


「話す」は「離す」に通じる。つまらぬ見栄や体裁があるうちは「話せない」から、自分の中に「抱え込む」こととなる。抱え込んだ分だけ心は重くなる。重くなるから尚更話せなくなる。両手から背中まで荷物だらけだ。


 そう考えると、人生を切り開く武器は、「何でも話せる友人」の存在なのかも知れない。時には弱音だったり、愚痴だったり、取るに足らない雑談のような代物であったとしても、「耳を傾けてくれる相手」が鏡となって自分の姿を照らしてくれるのだろう。その本質は「心がつながっている」という一点にある。


 この話、もっと凄い続きがある。

生きぬく力―逆境と試練を乗り越えた勝利者たち

2008-12-17

スティーヴン・ミズン


 1冊挫折。


歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』スティーヴン・ミズン/テーマは完璧なんだが、如何せん内容が学術的過ぎる。このため、どうしてもスピード感に欠ける。迷いながらも、190ページで放り出す。構成作家がつけば、素晴らしい作品になったと思われてならない。実にもったいない限り。

襲い掛かる駄洒落の嵐/『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003』小田嶋隆


 前作の『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』と比較すると、明らかに駄洒落ネタに舵を切っている形跡がある。内容はやや軽め。それでも、秀逸なる警句の類いはそこここに散りばめられている。


 まあ、黙って堪能するがいい――


小渕恵三


 この度の自民党の総裁選挙では、小渕氏が過半数の得票を得て選出された。

「汚物?」

「自民党は汚物で行くのか」

「ってことは、アレか? ウンチとかヘドロとかが靖国神社公式参拝したりすることになるワケだな?」

「違うね。汚物をトップに据えるってことは、ダイオキシンか何かをお国の公式産廃に指定して、靖国神社に埋める狙いだよ」

「なるほど、産業戦争の尖兵たるダイオキシンの魂を安らかしむるには、靖国さんに一肌脱いでもらうしかないか」

「靖国産廃処理場か。うむ、やっぱりあの神社は、お国のためにとことん尽くして貰いたいもんだわな」

 ……お前ら何バチ当たりなこと言ってんだ? 違うよ。汚物じゃないってば。オブチ! ほら、あの平成の元号を発表した小渕恵三さんだよ。

「ドブ近えぞー?」

「日本経済がドブに落ちる日も近い、と」

「なるほど、で、国際社会に向けての土下座要員として、汚物製造業者をトップに持ってくるわけだ」

 お前ら、耳悪いのか?


【『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003』小田嶋隆(BNN)】


 参拝と産廃をかけるたあ、大したもんだ。中々真似のできる業(わざ)ではない。往年のツービートよりも、オダジマンの方がはるかに面白い。

かくかく私価時価―無資本主義商品論1997‐2003

なぜ権力を書くのか?/『日本/権力構造の謎』カレル・ヴァン・ウォルフレン


 日本の言論界は眠っていた。ジャーナリストは前もって折ったペンで記事を綴っていた。ところが、カレル・ヴァン・ウォルフレンが投じた一石の音に慌てふためき、やっと目が覚めた。そう言ってもいいだろう。責任者のいない日本の権力構造を「システム」と名づけたのもこの人だった。


 決して面白い読み物ではない。だが、興味のある章だけでも読む価値がある。せめて、日本という島国で国民がどのように目隠しをされ、耳を塞がれているかを知ることが重要だ。


 本書の冒頭でカレル・ヴァン・ウォルフレンは烈々たる信条を述べる――


「なぜ権力を書くのか」と問われれば、こう答えよう。社会的制約を受ける人間の経験のなかで、心の最も奥深くまで達する営為について書こうとするのであれば、まず第一に書くべきはほかの何だというのか。物事について徹底的に考え始めたらすぐにも、我々は誰に、あるいは何に従うべきかという命題をさしおいて、根本的な問題は他にないことが明々白々になるはずである。この問いへの答えによって、私たちの社会生活は規定される。さらに、この問いにどう答えるかは、私たちが自分の思考や感情の意味をどうとらえ、構築していくかという問題と分かち難く結びついている。


【『日本/権力構造の謎』カレル・ヴァン・ウォルフレン/篠原勝訳(早川書房、1990年/ハヤカワ文庫、1994年)】


 中々書ける文章ではない。ヨーロッパの自立した知性であればこそ、日本の異様さを見抜けたものと想像する。


 権力とは、「相手を意のままにコントロールしようとする力」である。我が国には、“立場”という確固たる身分が存在する。配慮や思いやりが、損得勘定や駆け引きから行われることも珍しくない。政治の世界に存在するのは思惑だけだろう。いわゆる政治的判断というやつだ。


「ペンは剣よりも強し」という言葉があるが、本書を読まずしてその意味がわかるとは思えない。おかしなものに対して額(ぬか)づく国民性に、革命の衝撃を与える一書である。

日本 権力構造の謎〈上〉 (ハヤカワ文庫NF) 日本 権力構造の謎〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)

2008-12-16

小田嶋隆


 1冊読了。


かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997‐2003小田嶋隆/『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』の続編。まあ、下ネタ駄洒落パワー全開。雑誌『噂の真相』に連載した記事を編んだもの。今となっては古いネタばかりではあるが、それで価値が下がるかといえば、そうでもないんだよね。前作よりは、やや軽め。

逆境が試す人間の真価/『生きること 学ぶこと』広中平祐


 広中平祐といえばフィールズ賞である。彼の受賞によって、私はフィールズ賞なるものの存在を知ったくらいだ。ノーベル賞って数学がなかったんだね。創始者のノーベルと某数学者の不仲が影響しているとも囁かれている。


 功成り名を遂げたからといって、道徳を説く視覚があるかどうかは別であろう。功績が大きいほど言葉に重みが増すのは確かだが、思考のトレースである文章はそんな簡単なもんじゃないと思うね。


 この本を読んだのは、二十歳(はたち)の頃だと思うが、内容は完全に失念。今となっては買ったのか借りたのかすらも覚えていない。それでも、感動したことだけは記憶に残っている。


 本当に人間の真価が問われるのは、こうした逆境にある時、言葉をかえていえば、不遇の時代にどう対処したかである。古今東西で度量や器量をそなえた人間は、必ずといっていいほど不遇な時代をもち、そのマイナスの時期をプラスに転じて、陽のあたる場所にでてくるのである。


【『生きること 学ぶこと』広中平祐(集英社文庫)】


 さすがフィールズ賞受賞者。「度量」や「器量」という言葉は中々出るもんじゃない。数学界の裏も表も知ればこそ、こんな言葉が顔を出したことと想像する。しかもこの人、兜町でも名の通った投資家でもある。


生きること学ぶこと (集英社文庫)

天才とは――/『ナポレオン言行録』オクターブ・オブリ編


 言行録の極めつけといえば本書。言葉の端々に純然たる栄光と名誉がほとばしっている。満々たる自信なのか、はたまた単なる傲慢なのか。紙一重の相違ではあるが、ナポレオンの言葉には男の心を震撼させる響きがある。言動とは信じ難いほどの、「見事な文体」だ。


 天才とはおのが世紀を照らすために燃えるべく運命づけられた流星である。


【『ナポレオン言行録』オクターブ・オブリ編/大塚幸男訳(岩波文庫、1983年)】


 ナポレオンこそは、まさに「巨大な流星」であった。近代への扉を押し広げ、一敗地(いっぱいち)に塗(まみ)れた後、再び光を放ち、19世紀という時代の中で消えて行った。

ナポレオン言行録 (岩波文庫 青 435-1)

2008-12-15

雨宮処凛


 1冊読了。


自殺のコスト』雨宮処凛/家を出る際、間違えて持って出てしまった。日中、時間を持て余したために読了。著者自身、自殺未遂の経験があるとのことだった。文章が読みやすく、そこそこ面白いのだが、やはり“自殺教唆”的な文章が気に入らない。自殺志願者に対して冷や水をかける目的があったとすれば、裏目に出ているとしか思えない。

恋愛にしかドラマを見出せない若者へ贈る言葉/『三国志』吉川英治


『三国志』を読んだのは19歳の時だ。難しい漢字の覚えにくい名前が多数出てくることに、随分と閉口させられた。何度も繰り返される戦闘の見分けもつかなかった。『宮本武蔵』は1週間で読み終えたのだが、『三国志』は2〜3週間ほどかかったように記憶している。


 3人の無名の青年が桃園で誓いを立てる。だが、機いまだ熟さず、雌伏を強いられていた。玄徳は知り合った女性にうつつを抜かしていた。これは、確か関羽の発言――


「ああ、平和は雄志を蝕む」


【『三国志』吉川英治(大日本雄弁会講談社、1940年/六興出版、1956年/講談社文庫、1975年/新潮文庫、2013年)】


 10代の私の胸に深々と突き刺さった言葉だ。完全に射抜かれた。確かに大人物は波乱の中から生まれている。最悪の環境をはねのけ、刻苦精励した人こそ英雄に相応しい。雄々しい志は、いつの時代も貧困や病苦によって鍛え上げられてきた。私は即座に決めた。「平和に生きることはやめた」と(笑)。


 関羽と張飛は、兄と恃(たの)んでいた玄徳を置いて二人で出発しようとした。そこへ玄徳が現れて、こう言う――


「否とよ、恋は路傍の花」


【同書】


 いやあ痺れたね。当時は彼女もいなかったしね(笑)。玄徳はただのデレスケ野郎じゃなかったんだよ。よかったよかった。私は胸を撫で下ろした。大体、これ1巻の内容である。玄徳がいなくなるわけないんだよな。そんなことに気づくだけの「読み」すら当時は持っていなかった。


 私の若い時分も同様だが、ミュージック・シーンがラブソングで埋め尽くされている状況は嘆かわしい限りだ。もっと、働く歌や友情の歌、はたまた介護の歌やリストラの歌があってしかるべきだろう。恋愛至上主義みたいでうんざりさせられる。他に感動はないのか? だとしたら、そんな人生に生きる価値があるのか? と問いたい。

三国志〈1〉 (吉川英治歴史時代文庫) 三国志〈2〉 (吉川英治歴史時代文庫) 三国志〈3〉 (吉川英治歴史時代文庫) 三国志〈4〉 (吉川英治歴史時代文庫)


三国志〈5〉 (吉川英治歴史時代文庫) 三国志 (6) (吉川英治歴史時代文庫 (38)) 三国志〈7〉(吉川英治歴史時代文庫) 三国志 (8) (吉川英治歴史時代文庫 (40))

2008-12-14

「囚人のジレンマ」には2種類の合理性が考えられる/『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』高橋昌一郎

「囚人のジレンマ」については以下のページを参照のこと。

 で、このジレンマの理由はどこにあるのか――


数理経済学者●いえいえ、わからないのも無理ありません。というのは、協調にしても裏切りにしても、どちらが本当に合理的な選択なのかわからないのです。その意味で、囚人のジレンマは、パラドックスなのです。

 ここで重要なのは、2種類の合理性が考えられるということです。それは、それぞれのプレーヤーが自分にとって最も利益の高い行動を取る「個人的合理性」と、二人のプレーヤーが平等に同じ行動を取って集団全体の利益を高める「集団的合理性」です。

 個人的合理性と集団的合理性が一致すれば、何も問題はありません。しかし、囚人のジレンマでは、集団的合理性に基づく選択のほうが、個人的合理性に基づく選択よりも両プレーヤーにとって有利なようになっています。したがって、お互いに協調するのが最も合理的だと思われるわけですが、そのように考えて協調した結果、相手の裏切りにあって結局は大損するかもしれない。そこが難しいところなのです。


【『理性の限界 不可能性・確定性・不完全性』高橋昌一郎講談社現代新書、2008年)】


 実に興味深い指摘だ。枠組みの数だけ異なる合理性が存在するってことだもんね。仕事で考えるともっとわかりやすい。自分→部署→会社全体のどこに依って立つかで文句も意見も変わってくる。日本の政治が機能していないのも、官僚の間に省益優先というパラメータが働いているためだ。自分さえよければいいのか? その通り。


 地球上のすべての人々が、世界的合理性に基づいて生活すれば、一瞬にして平和が築かれることだろう。


 この話、これだけで終わらない。高橋昌一郎のペンさばきは軽快だ。

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)

交通事故に関するリンク


 師走は一年で最も慌しい時期である。師匠が走っているくらいだから、皆が皆、先を急いでいる。自動車も自転車も乳母車もスピードを出している。ところが歩行者は寒さで動きが鈍くなっている。当然、事故が起こりやすい状況が生まれる。一年の締め括りに事故を起こしてしまっては元も子もない。賢者は平穏な中で最悪の事態を想定し、愚者は最悪の事態となってから僥倖(ぎょうこう)を願う。


 ここ数年、交通事故死亡者数が減っているが、警察が喜んで発表するような情報を鵜呑みにしてはいけない。ご存じの方もいるだろうが、交通事故死亡者の定義は、事故発生から24時間以内となっている。つまり、2日目以降の死亡はカウントされていないのだ。ここから推測できるのは、救急治療・医療技術の向上によって数十時間程度の延命が可能となったことであろう。重傷者数の増加がそれを物語っている。警察庁が発表しているのは、「交通事故が原因で24時間以内に死亡した人が減っている」というだけの話である。


 まず、ドライバー諸氏は最初のリンクを必読のこと。

石ころの価値/『一人ならじ』山本周五郎

 時代モノはさほど読んでいない。初めて読んだのは自宅にあった『宮本武蔵』(吉川英治著、講談社)だと記憶している。『水滸伝』『三国志』と進み、その後、『さぶ』と巡り合った。それ以来、山本周五郎を愛読している。司馬遼太郎藤沢周平は苦手だ。


『一人ならじ』は武家モノの短編集である。いずれも、壮烈なまでの「生きる覚悟」に焦点が当てられている。もののふの魂とは、人知れず修羅を生きることであった。


 結婚したての夫婦。夫が戦(いくさ)に参じては、石ころを持って帰ってくる。妻の目には奇異に映る。夫への不信が増してくる。ある日のこと、思い余った妻は、石ころの意味を問う。確かそんな筋書きだったと思う。


「しかしこれはこれで案外やくに立つのだよ。道普請(みちぶしん)にも、家を建てるためにも、また城を築くにも、土を締め土台石の下をかためるためには、こういう石はなくてはならないものだ。……城塁の下にも、家の下にも、石垣にも、人の眼にはつかないがこいう石が隅々(すみずみ)にじっと頑張っている。決して有る甲斐がないというようなものではないんだよ」


【「石ころ」山本周五郎(『一人ならじ』新潮文庫)】


 夫は淡々と答えた。自分の武勲を誇ることもなく。


 ともすると、人は「大きな石」や「綺麗な石」になりたがるものだ。また、磨けばきっと光るだろうという淡い期待もある。で、いざ磨いたら、結局小さくなっただけという事態に陥る。


 私は「かけがえのない」という言葉が大っ嫌いだ。漢字だと「掛け替えのない」となる。じゃあ訊くけどさ、「かけがえのないサラリーマン」って存在するのか? 「かけがえのない兵士」とかさ。「かけがえのないパートタイマー」もそうだな。“いつでも掛け替え可能”であればこそ、企業はリストラと称してサラリーマンの首を刎(は)ね、米軍はイラクで殺された兵士の数を増強し、管理職はパートのおばさんをアゴでこき使っているのだ。


 周五郎の文章も一歩間違えると、「かけがえのなさ」に着地しそうになるがそうではない。これは、「ありのままの自分」を生きろと勧めているのだ。大きな石と小さな石が互いに支え合っていればこそ城が築ける。そう。これぞ、「縁起の思想」。


 この物語が凄いのは、本来であれば大きな石として評価されるべき夫が、「石ころ」の覚悟で捨て身の戦闘をしていることだ。名も花も求めぬ、無一物の境地が胸を打つ。

一人ならじ (新潮文庫)

2008-12-13

ジェニファー・ウーレット


 1冊読了。


黒体と量子猫 1 ワンダフルな物理史 古典篇』ジェニファー・ウーレット/ハヤカワ文庫の「数理を愉しむシリーズ」の一冊。これは2冊モノ。大変器用なサイエンス・ライターで映画などのサブカル情報を巧みに取り込んでいる。ワンセンテンスが短く、ドラムが奏でるビートのようだ。サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』と重なる内容も散見される。エジソンが悪党だったとは知らなかったよ。軽めの読み物であるが記述は正確。

日常の光景を現代語で歌い上げる/『サラダ記念日』俵万智


 1998年に初めてパソコンを購入し、タイピングの練習目的で入力したファイルを見つけた。何と、14万字も入力していたよ。恐るべき根気だ。ま、若かったからね。また、テキストそのものに魅力があったことは言うまでもない。


『サラダ記念日』を発表した当時、俵万智はまだ学校の国語教師だった。私よりも一歳年長。一世を風靡した本書を私も直ぐに読んだ。年齢が近いこともあって何となく好感を抱いていたのだが、一読後、好感は倍増した。「サラダ記念日」が私の誕生日だったのだ。それ以来、毎日サラダを食べるよう努めている(ウソ)。


「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも

 命令形で愛を言う君


【『サラダ記念日』俵万智(河出書房新社、1987年/河出文庫、1989年)以下同】


「命令形」と「愛」のギャップが面白い。落差が激しいため、次の「君」なる言葉が、男女平等を示しているのか、男性を仰いでいるのか戸惑う。ぶっきらぼうな言葉遣いを受け入れ、隠された愛情をすくい取ってお見事。っていうか、口の悪い私にとって都合のいい短歌なのだよ。


「寒いね」と話しかければ「寒いね」と

 答える人のいるあたたかさ


 上手いよね。多くを語らずとも信頼し合える二人。私にも、そんな女性がいた時期もあったんだがな。今? いるわけねーだろーよ。ま、「物言えば唇寒し秋の風」ってところだわな。口は災いの元。


「あとがき」に俵万智はこう記す――


 なんてことない毎日のなかから、一首でもいい歌をつくっていきたい。それはすなわち、一生懸命いきていきたいということだ。

 生きることがうたうことだから。うたうことが生きることだから。


 平明な文章でありながら、歌人として生きてゆく真剣な覚悟が伝わってくる。

サラダ記念日―俵万智歌集 サラダ記念日 (河出文庫―BUNGEI Collection)

(※左が単行本、右が文庫本)

電通過労自殺事件/『自殺のコスト』雨宮処凛


 過労自殺や過労死が示しているのは、「不作為による殺人」といっていいだろう。もちろん、“殺した側”に罪の意識はない。歩いている時に虫を踏んだ程度の罪悪感すらないことだろう。時に会社が社員を殺すという事実を我々はわきまえる必要がある。ある面から見れば、会社は社員の犠牲の上に成り立っているピラミッドであろう。


 91年8月、電通の社員の男性(24歳)が自宅で首を吊って自殺しているのが発見された。

 この男性は、前年、大学卒業と同時に電通に入社。入社してから自殺するまでの1年5カ月、休日は1日もなく、半日有給を取っただけだった。また、4〜5日に1度(ママ)の割合で深夜2時過ぎまで残業し、自殺直前の7、8月については4〜3日に1度は翌日の朝6時半まで残業。睡眠時間は連日30分〜2時間半という状況だった。

 男性の様子がおかしくなったのは91年の春頃からで、自分は役に立たない、人間としてもう駄目かもしれないという言動が見られるようになり、無意識に蛇行運転やパッシングをしたりといった不審な行動、「霊が乗り移った」などといった異常な言動をするようになった。肉体的には顔色も悪く、痩せて顔面に赤い斑点ができ、コンタクトレンズや喉の不調を訴えていた。男性は睡眠不足と過労からうつ病になったものと思われた。

 自殺後、彼の父親は電通に対し、誠意ある対応を求める手紙を出したが電通側は無視。両親は電通を相手取り、従業員への安全配慮義務を怠ったとして総額約1億6300万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。一審判決で東京地裁は電通に約1億2600万円の支払い命令を出したが、電通側は控訴。二審では、自殺した男性の側や両親の側にも一端の責任があると3割が過失相殺され、電通に8900万円の支払い命令が出た。

 その後最高裁は会社側に責任がないとする電通側の上告部分を棄却し、賠償を減額した第二審を破棄、結局差し戻し審で00年6月、電通が約1億6800万円の賠償を両親に支払うこと、謝罪、同様な事故の再発防止の誓約をすることで和解が成立した。

 一審の「常軌を逸した長時間労働が自殺の原因。会社側は社員の健康に配慮する義務を尽くしていなかった」という判決は、過労自殺に対するはじめての司法判断であり、この判決以来、過労自殺の原因は企業にあるという司法判断が相次いだ。

 また、男性の自殺は東京中央労基署によって労災認定された。

 損害賠償が入ってきて、労災認定されて本当に良かったと思わず胸を撫で下ろしたくなるケースだ。実際の過労自殺とはここまで追い詰められた人がするものだ。それにしても、自殺から10年経っての和解である。遺族の怒りと心労はどれほどのものだっただろう。

 だいたい1年9カ月の間に1日の休みもなく、睡眠時間が30分〜2時間半とは、尋常じゃない。朝6時半まで働くことは、果して「残業」だろうか。これはもう、企業が意図的に過労死・過労自殺させようとしているとしか思えない。また、上司は彼の勤務状況を知っていたらしいが、何の措置も取らなかったというのも恐ろしい。

 この裁判で問題となったのは、彼の職場にはタイムカードがなかったので、はっきろとした勤務時間を証明できるものがなかったことだった。電通ではサービス残業が常態化しており、社員は勤務時間を過小評価して申請しているの常だった。彼の勤務時間が明らかになったのは、ビルの管理員巡察実施報告書によってだった。裁判になると会社はサービス残業の存在を否定する。自衛のために自分で出勤時間、退社時間をメモしておくことも必要だろう。「殺人的忙しさ」という言葉があるが、まさに会社の「殺人」が立証された事件である。


【『自殺のコスト』雨宮処凛〈あまみや・かりん〉(太田出版、2002年)】


 社員を殺した上で、遺族には訴訟というリスクを選択させるのだから、電通には血も涙もないことが明らか。こんな企業が広告業界を独占しているのだ。ゴールデンタイムにおけるテレビCMはその全てを電通が牛耳っている。

自殺のコスト

2008-12-12

神話を覆す否定性/『ゲーデル・不完全性定理 “理性の限界”の発見』吉永良正


 ソクラテスピュタゴラスのもとでは、多くの女性が学んでいた。しかしその後の女性からは、学ぶ機会が奪われた。中世にあって西洋では聖職者にならない限り、男性ですら専門的な勉強はできなかった。そして、魔女狩りの嵐がよりいっそう女性蔑視を駆り立てた。何かを学んでいるというだけで魔女の烙印を押され、拷問の果てに殺された。学問は、キリスト教会が管理していた。19世紀のイギリスですら「女性が本を買うこと」はなかった。


 科学は現象の因果関係を追及し、数学は真偽を究める。科学と数学がやむにやまれず駆け出すと、いきなり神の影が薄くなった。ねえ神様、いったいどこにいるの?


 物理学の分野ではアインシュタイン相対性理論、ボーアの量子力学ハイゼンベルク不確定性原理。化学の分野ではプリゴジン非平衡系の力学。生物学の分野ではワトソン=クリックに始まる分子生物学と木村資生(もとお)の分子進化の中立説。そして数学の分野ではゲーデルの不完全性定理。などなど。

 これらの諸理論は、今世紀の科学と思想を語るうえで絶対に欠かせないものです。さらに興味深いのは、これらの理論がどれをとっても、それぞれの分野で、ある種の“否定性”と限界を示し、理性や“知”の絶対性という19世紀まで広く信じられてきた近代の“神話”を、根底からくつがえしてしまったという点でしょう。


【『ゲーデル・不完全性定理 “理性の限界”の発見』吉永良正(講談社ブルーバックス、1992年)】


 ここでいう「神話」とは、西洋キリスト教のご都合主義と解釈していいだろう。そこには民衆を教会に隷属させる狙いがあった。彼等は「神の僕(しもべ)」と称するがゆえに、どうしても「自分達の僕」を求めるようになってしまう。


 科学は教会に右フックと鉄槌を加えた。そして、ニーチェが神を殺害したのだ。


 1955年、アメリカのアラバマ州で黒人の乗客が、バスの座席を白人に譲るよう運転手から促された。4人のうち3人は直ぐに立ったが、一人の女性は静かに答えた――「ノー」。ローザ・パークスのこの一言から、バス・ボイコットが燎原の火のように広がった。パークス女史はキング牧師の盟友となり、公民権運動をリードした。


「理不尽なるものへの否定」――人類の歴史がよりよく変化する場面に共通する原理である。おかしなものに対する怒り、現状に甘んじる態度を打ち破る勇気、自分の命すら辞さないほどの真剣な覚悟。学ぶことに、それらのものが求められていた時代が確かにあったのだ。果たして平穏無事が望ましいことなのか――。時々わからなくなることがある。

ゲーデル・不完全性定理―

2008-12-11

雨宮処凛、石飛道子


 2冊挫折。


自殺のコスト』雨宮処凛/文章はいいのだが内容についてゆけない。タイトル通り自殺に関する損得勘定がずらりと並べられている。雨宮処凛は突き放したスタンスに徹している。例えば、市販されている薬の致死量、及び金額なんてものまで紹介している。やり過ぎ。寄藤文平によるカバーイラストも醜悪極まりなく、おぞましい限り。これまた、逆効果だと思われる。120ページでやめる。


ブッダと龍樹の論理学 縁起と中道石飛道子/論理学の「真理表」なるものを駆使して、龍樹の『中論』を読み解いている。アプローチとしては多分斬新なのだろうが、全くついてゆけず。90ページまでが限界。

寺請制度が坊主を官僚に変えた/『庶民信仰の幻想』圭室文雄、宮田登


 海老沢泰久の『青い空』に引用されていた一冊。そうでもなきゃ、こんな本を手に取ることはなかったことだろう。


 日本人の精神風景を考える上で寺請制度は無視できない。ま、面倒だとは思うが、以下のテキストをよく読んでもらいたい。では、予習の時間だ――

 で、寺請制度はいつから始まったのか? これについては二説ある――


 寺院がキリシタン摘発のため寺請をはじめた時期に照応するというのが現在の学界の通説である。ではその寺請はいつ頃からはじまったのか。この時期については定説を得ているとはまだ言いがたいが、現在有力な説としては二つある。第一は、慶長18年(1613)説である。これは板倉周防守重宗が京都において外人宣教師を追放し、日本人のキリスト教徒に改宗をせまった年であり、この時仏教寺院に改宗を証明させたことが『金地(こんち)因崇伝日記』や片桐勝元が有馬大膳に送った書簡などで明らかにできるからである。そして時代が下るにつれて寺請は各地にひろがり、全国的に施行されたのは寛永14〜15年の島原の乱後である。としている(豊田武『日本宗教制度史の研究』)。

 これに対する第二の説は、寛永12年(1635)説である。その理由として一つは、領主が民衆にはじめて寺請を強制した法令がこの年にみえること、二つめには、寺の過去帳にこの頃から姓のない民衆のものが急増すること、三つめには、寺請証文がこの頃から使用されるようになったこと、などである(藤井学・千葉乗隆の一連の研究)。

 現在の近世仏教における大きな見解は、この二つである。しかしいずれも、寛永期に民衆への寺請の定着を考えている点では共通している。


【『庶民信仰の幻想』圭室文雄〈たまむら・ふみお〉、宮田登(毎日新聞社、1977年)】


 ま、17世紀初頭ということでいいだろう。流れとしては、豊臣秀吉の天下統一→徳川幕府→寺請制度、である。「国家」という枠組みが、キリシタンと日蓮不受不施派を敵視することとほぼ同時にスタートしていることがわかる。そう。いつの時代にあっても国家は敵を必要とするのだ。北朝鮮という存在がなければ、右翼だって元気の出しようがないことだろう。


 で、坊主だ。寺請制度によって寺院は権力の出先機関と化した。布教する権利と引き換えにだ。こうして、僧侶は絶滅して坊主が誕生したのだ。当時の庶民は寺請証文がなければ移動することもままならなかった。関所で見せる必要があったためだ。一度、キリシタンの烙印を押されると引っ越しすら、ままならなかった。


 人々は坊主に額(ぬか)づいた。だって、逆らおうものなら寺請証文を書いてもらえないからね。それがなきゃ、自動的にキリシタンとなってしまうのだ。寺請制度は檀家制度と一体であった。昔の権力者ってえのあ頭がいい。“権力の自動律”といったものがよくわかっている。


 坊主は甘い汁を吸い続けた。法要を勧め、寺へ足繁く通うことを暗に強要した。坊主にしてみれば、寺請証文は金のなる木のパスポートだった。これぞ、究極のマルチ商法


 徳川幕府の政治的手腕には驚くばかりだ。檀家制度って、今でも残っているんだからねえ。21世紀に生きる我々は、その是非を問う発想すら持てないありさまだ。墓参りや初詣へ行く前に、少しくらいはものを考えてみるべきだろう。

庶民信仰の幻想

2008-12-10

2008-12-09

ブッダが解決しようとした根本問題は「相互不信」/『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥


 思想とは生きるものである。いや違うな。反対だ。生きざまこそ思想である。そして、一人の偉大な人物の生きざまが語り伝えられる時、そこに論理という整合性が求められる。このようにして、思想は論理と化した挙げ句に教条主義へと変貌する。そして思想家は、論理という鎧に自分の身体を無理矢理はめ込もうとする。大抵の場合、鎧はぶかぶかだ。


 本書は、仏教思想の原点に迫ろうとする意欲的な内容で、人間ブッダの姿が生き生きと描かれている。ブッダはまさしく人間であった。そして仏教は、ブッダの智慧の言葉であった。宗教の原風景はそういったものだったのだろう。ブッダは“教義”を語ったわけではなかった。


 眩しいほどの言葉と、強烈なエピソードが次から次へと紹介されている。そして行間から溢れてくるのは、友岡雅弥の抜きん出た人権感覚だ。この著者は単なる論者でないことが明らかだ。


 舎衛国(しゃえいこく)に重篤な病状に喘ぐ男がいた。独り暮らしの男は息も絶え絶えで、排泄物にまみれて横たわっていた。男のもとへブッダが訪れる。ブッダは尋ねた。「どうしたのですか」と。


 ここで著者は名解説を加える。時代を画した『臨床医学の誕生』でミシェル・フーコーが指摘したのは、病者に対する問いかけの変化であった。その昔、病人は「どうしたのですか?」と尋ねられていた。ところが、医療技術の発達に伴って「どこが悪いのですか?」と問われるようになった。こうして病は、その人全体に関わるものから、患部という部分に格下げされた。


 ブッダに問いかけられた男は答えた――


「私は冷たい男でした。かつて仲間たちが病気になったときに私は無視し、看病しなかったのです。そのため、私は仲間を失いました。だから今、このような病気になりましたが、だれ一人として看病してくれる人はいないのです」

 痛恨の悔悟の叫びです。恐らく、声は小さくつぶやきにしかならなかったでしょう。しかし、それは孤独な心が発する慟哭(どうこく)でした。そして、その声を聞き届ける人は、孤独な彼の周りにはいなかったのです。


【『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥第三文明社、2000年)以下同】


 す、す、凄い。凄過ぎる。全人的な問いかけそのものが、人間教育の領域にまで達している。男はのた打ち回る苦しみの中で、しかと自分を見つめていたのだ。


 この後、ブッダは弟子のアーナンダ(阿難)に水を汲みに行かせ、男の身体を清め、汚れた敷物を洗い、日に干してから、再び男を寝かせてあげたという。まるで、看護師かヘルパーのようだ。そしてブッダは弟子達を集めた。


「あの場所に病の修行者がいるのを知っていますか」

「はい」

「では、その修行者はどのような病を患(わずら)っているのですか」

「内臓を患っています」

「では、その修行者を看病する人はいるのですか」

「いいえ、いません」

「では、何故あなたたちはその修行者を看病しないのですか」

「彼はかつて仲間たちが病気のときに、看病をしようとしなかったのです」

「弟子たちよ。あなたたちは、身寄りがいない。だから、相互に看病しあわねばならないのです。弟子たちよ。私に仕えようと思うなら、病者の看病をしなさい」


 これだけでも感動するエピソードである。しかし、友岡雅弥は完膚なきまでに鉄槌を下す――


 ここで留意すべきは、ブッダが「超人的な力で病を治した」などとは書かれていないことです。また、、「その病者のところに通い続け、看病を続けた」とも書かれていないのです。それはそれで美談ではあるでしょうが、根本的な問題解決にはなりません。

 ブッダが解決しようとした根本問題は何か。ブッダが治そうとした「重い病」は何か。もう御理解いただけたと思います。そうです。それは、病者とその周囲にいる人たちとの、相互不信なのです。

 ここで、ブッダがその病者のところに通い続け、看病を続けたとしましょう。その病者は確かに喜ぶでしょう。人生の達人から、さまざまに励ましを得ることもできたでしょう。しかし、恐らく、彼がこう思う可能性も出てくるでしょう。

「さすがは慈愛ある人だ。それに比べて、なんだこのジェータの園の修行者たちは。だれも見舞いに来てくれない。全然違う」

 これでは「心の病」「人間関係の病」は、さらにさらに重くなるだけではないでしょうか。

 また、「病者への看病は仏に仕えること」というブッダが教えようとした心のあり方も注目すべきです。病者は哀れむべき存在、健康なものより劣った存在ではないのです。確かに、その苦しみは取り除いてあげねばなりません。しかし、病者は病者として懸命に生きているのです。病者と健康者には差別はありません。


 もうね、何も書きたくないよ。神業(かみわざ)だわな。否、仏業(ほとけわざ)。「病者とその周囲にいる人たちとの、相互不信」と来たもんだよ。ここまで説明してもらって我々は初めて気づくのだ。「これが縁起の思想なんだ」と。縁起ってさ、人間社会・人間関係そのものだったんだね。いやあ、目が開いた。こじり開けられたよ。


 友岡雅弥恐るべし。

ブッダは歩むブッダは語る―ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う

2008-12-08

高橋昌一郎


 1冊読了。


理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性高橋昌一郎/第一章を乗り切れば後はスイスイ読める。いわゆるパラドックスを概観した内容。主な大見出しは次の通り。投票のパラドックス、アロウの不可能性定理、囚人のジレンマハイゼンベルク不確定性原理、ぬきうちテストのパラドックス、ゲーデル不完全性定理、論理思考の限界と可能性など。これらのテーマが討論会という形式で綴られる。意外とわかりやすく、時折ユーモアも交えている。『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』より先にこっちを読んだ方がいいかも。

ピュタゴラスは鍛冶屋で和音を発見した/『フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』サイモン・シン

 フェルマーの最終定理は、イギリスのアンドリュー・ワイルズによって証明された。1995年のこと。実に300年以上の長きにわたって、数学者を苦しめてきた計算になる。


 何を隠そう、私もフェルマーの最終定理なる言葉は知っていたものの、中味はまったく知らなかった。多くの人々の心を捉えて離さなかったのは、あまりにも単純な式だったからだ。ピュタゴラスの定理において、3以上の乗数で成立する自然数は存在しないというもの。ワイルズは、10歳でフェルマーの最終定理と出会い、これに挑むことを決意する。


 で、フェルマーの最終定理を理解させるために、サイモン・シンは、数学の歴史とエピソードをずらりと並べて読者を導いてくれる。これがまた面白いんだ。フェルマーそっちのけだよ。


 イアンブリコスによれば、ピュタゴラスは即座に鍛冶屋に駆け込むと、ハンマーの音の響き合いを調べはじめた。そして、ほとんどのハンマーは同時に打ち鳴らされると調和する音を出すのに対して、ある一つのハンマーが加わったときだけは必ず不快な音になることに気づいたのである。彼はハンマーの重さを調べてみた。その結果、互いに調和し合う音を出すハンマー同士は、それぞれの重さのあいだに単純な数学的関係のあることがわかった――ハンマーの重さの比が簡単な値になっていたのだ。たとえば、あるハンマーの重さに対して、その2分の1、3分の2、4分の3などの重さを持つハンマーはいずれも調和する音を出す。一方、どのハンマーといっしょに叩いても不調和な音を出すハンマーは、ほかのハンマーと簡単な重さの比になっていなかったのだ。

 こうしてピュタゴラスは、和音をもたらしているのは簡単な数比であることを発見した。科学者たちはイアンブリコスのこの記述に疑問を投げかけているけれども、ピュタゴラスが一本の弦の特性を調べ、音楽における数比の理論をリラに応用したのは確からしい。


【『フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』サイモン・シン(新潮社、2000年)】


 和音を発見したのがピュタゴラスだってえのあ知っていたが、まさか鍛冶屋とはね。正直驚いた。「心地いい音だな」とは思っても、そこに規則性を見出すところが天才の天才たる所以(ゆえん)か。


 ゲーデル不完全性定理を知ってからというもの、数学本を読み漁っているのだが、詩的なまでの美しさに覆われているのが数学の世界だ。

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

土地の価格で東京に等高線を描いてみる/『我が心はICにあらず』小田嶋隆

 この発想が天才的だ。オダジマンは企業の意向に沿って出来上がった町を嫌悪する。これぞ江戸っ子の心意気か。捏造されるのは歴史だけではない。町もそうなのだ。

 で、土地の価格で東京に等高線を描くとどうなるか――


 現在の東京は大雑把に言えば西高東低の原則で構築されている。この西高東低の原則は、海抜高度、土地価格、住民の最終学歴、住民の平均年収、その地域にある学校の偏差値分布など、かなり広い範囲で適用できる。

 仮に土地の価格で等高線を描くとすれば、東京の地形は港区、千代田区、渋谷区といった中心部をピークにして西側に向かってなだらかなカーブで降りて行く。東急沿線、または小田急沿線の世田谷あたりはちょっとした尾根のようになっており、田園調布、等々力、成城学園あたりは峠になっている。

 東および北に向かう斜面は急であり、等高線の間隔はひどく狭い。そんな中で赤羽は川口市に向かってざっくりと落ちる崖っぷちの斜面に位置している。

 赤羽は国鉄とともに発展してきた町である。町の成立と発展を考える上で、このことは重要だ。国鉄の沿線と私鉄の沿線では全然違う町が出来上がる。つまり私鉄沿線(特に西側の私鉄)では都市計画の一部として線路を通すのだが、国鉄は単に線路を通すために線路を通すのだ。そのため国鉄の沿線では町は無秩序に、雨の後のタケノコのように自然発生してしまうのである。


【『我が心はICにあらず』小田嶋隆(BNN、1988年/光文社文庫、1989年)】


 実に見事だ。実際に地図をつくるだけの価値すらある。地価格差地図。これを全国に広げれば、湖のように陥没した地域も数多く出現することだろう。


 それにしても、テクニカル・ライターの面目躍如といったテキストである。

我が心はICにあらず(単行本)


我が心はICにあらず(文庫本)

2008-12-07

野崎昭弘、E・マオール


 2冊挫折。


不完全性定理 数学的体系のあゆみ』野崎昭弘、『ピタゴラスの定理 4000年の歴史』E・マオール/どちらも横書き。ってえこたあ、数式が多いってことだ。わかってはいたのだが、やはり無理だった。いずれも、20ページほどで挫ける。

赤字の日本テレビが昼とゴールデンで大ナタ


 みのもんたはその辺の不動産よりも値段が高い。ちょっとしたビル並みの値段だ。テレビ業界に聳(そび)え立つみのもんたを私は見下ろす。


「みの降板で年間5億円近くを抑制できます。加えて放送作家やゲストタレント等をリストラして人件費を徹底的に削減する」(制作関係者)


日刊ゲンダイ 2008-12-04

天才博徒の悟り/『無境界の人』森巣博


 これは8月に読み終えていた。天衣無縫な文体でぐいぐい読ませる不思議な作品。タテ糸に博奕打ちの体験談、ヨコ糸に日本人論・書評が張り巡らされている。尚、森巣博の奥方はオーストラリア国立大学教授を務める人文学者で、子息は20歳にしてカリフォルニア大学の講師をしているそうだ。ただの博徒(ばくと)でないことが理解できよう。


 伝説上の博奕打ちに、“ニック・ザ・グリーク”と呼ばれた男が居た。「ギリシャ人のニック」という意味である。もっとも、正確に書けば、“ニック・ザ・グリーク”の渾名(あだな)を持った著名な博奕打ちは、過去二人存在している。

 一人は、第二次大戦直後、アメリカ北東部でならし、のちにラスヴェガスに乗りこんで活躍したポーカーのプレイヤーで、姓をダンダロスといった。この男は、結局、ダラスの「いかさまの天才」ジョニー・モスに叩かれ、1966年に、無一文で死体となって発見された。

 もう一人の“ニック・ザ・グリーク”は、コートダジュールを中心としたヨーロッパのカシノで活躍し、ラスヴェガスへも数回の大勝負に遠征した。ニコラ・ゾグラフォスである。大学教授の一人息子としてアテネで1886年に生まれている。この“ニック・ザ・グリーク”は、350枚までのカードなら、出た順序に従って記憶できた、という。何度も話題性を持つ大博奕を打ち、そのほとんどに勝利を収めた、そうしたとんでもない稀有の運を持った男だった。アンドレ・シトロエン(あの自動車のシトロエン社のオーナー)が、当時としては最先端技術の自動車製造工場を、そっくりそのまま、青天井のバカラ勝負で失ったのだが、その失った相手とは、この“ニック・ザ・グリーク”だった。

 それほどの僥倖(ぎょうこう)を持った賭人にもかかわらず、“ニック・ザ・グリーク”は、その生涯に天国と地獄の間を73回往復した、と言われている。それが、博奕なのだろう。その“ニック・ザ・グリーク”が、次の言葉を遺している。

「穏やかたるを学べ」


【『無境界の人』森巣博(小学館、1998年)】


 最後の一言が凄い。天才博徒の悟りというべきか。浮いたり沈んだり、沈んだり浮いたりを繰り返した果てに辿り着いた境地は「穏やか」な世界だった。ウーム、まるで武道家みたいだ。宮本武蔵の『五輪書』を思わせる。読んでないけどさ。


 我々凡人は火急のことがあれば、慌てふためき、取り乱し、おろおろしまくった挙げ句に判断を誤る。失っていたものは平常心、冷静沈着、緻密な計算など。


 本物の「穏やかさ」とは、嵐をくぐり抜けた後に訪れる晴天のような世界なのだろう。そして、自分の内側に「真の穏やかさ」を獲得した者は、嵐の中にあってすら微動だにしないのだろう。

無境界の人 無境界の人 (集英社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

女子中学生の渾身の叫び/『いのちの作文 難病の少女からのメッセージ』綾野まさる、猿渡瞳


命を見つめて


本当の幸せは「今、生きている」ということ

 みなさん、みなさんは本当の幸せって何だと思いますか。実は、幸せが私たちの一番身近にあることを病気になったおかげで知ることができました。それは、地位でも、名誉でも、お金でもなく「今、生きている」ということなんです。


 私は小学6年生の時に骨肉腫という骨のガンが発見され、約1年半に及ぶ闘病生活を送りました。この時医者に、病気に負ければ命がないと言われ、右足も太ももから切断しなければならないと厳しい宣告を受けました。初めは、とてもショックでしたが、必ず勝ってみせると決意し希望だけを胸に真っ向から病気と闘ってきました。その結果、病気に打ち勝ち右足も手術はしましたが残すことができたのです。


 しかし、この闘病生活の間に一緒に病気と闘ってきた15人の大切な仲間が次から次に亡くなっていきました。小さな赤ちゃんから、おじちゃんおばちゃんまで年齢も病気もさまざまです。厳しい治療とあらゆる検査の連続で心も体もボロボロになりながら、私たちは生き続けるために必死に闘ってきました。


 しかし、あまりにも現実は厳しく、みんな一瞬にして亡くなっていかれ、生き続けることがこれほど困難で、これほど偉大なものかということを思い知らされました。みんないつの日か、元気になっている自分を思い描きながら、どんなに苦しくても目標に向かって明るく元気にがんばっていました。


 それなのに生き続けることができなくて、どれほど悔しかったことでしょう。私がはっきり感じたのは、病気と闘っている人たちが誰よりも一番輝いていたということです。そして健康な体で学校に通ったり、家族や友達とあたり前のように毎日を過ごせるということが、どれほど幸せなことかということです。


 たとえ、どんなに困難な壁にぶつかって悩んだり、苦しんだりしたとしても命さえあれば必ず前に進んで行けるんです。生きたくても生きられなかったたくさんの仲間が命をかけて教えてくれた大切なメッセージを、世界中の人々に伝えていくことが私の使命だと思っています。


 今の世の中、人と人が殺し合う戦争や、平気で人の命を奪う事件、そしていじめを苦にした自殺など、悲しいニュースを見る度に怒りの気持ちでいっぱいになります。一体どれだけの人がそれらのニュースに対して真剣に向き合っているのでしょうか。


 私の大好きな詩人の言葉の中に「今の社会のほとんどの問題で悪に対して『自分には関係ない』と言う人が多くなっている。自分の身にふりかからない限り見て見ぬふりをする。それが実は、悪を応援することになる。私には関係ないというのは楽かもしれないが、一番人間をダメにさせていく。自分の人間らしさが削られどんどん消えていってしまう。それを自覚しないと悪を平気で許す無気力な人間になってしまう」と書いてありました。


 本当にその通りだと思います。どんなに小さな悪に対しても、決して許してはいけないのです。そこから悪がエスカレートしていくのです。今の現実がそれです。命を軽く考えている人たちに、病気と闘っている人たちの姿を見てもらいたいです。そしてどれだけ命が尊いかということを知ってもらいたいです。


 みなさん、私たち人間はいつどうなるかなんて誰にも分からないんです。だからこそ、一日一日がとても大切なんです。病気になったおかげで生きていく上で一番大切なことを知ることができました。今では心から病気に感謝しています。私は自分の使命を果たすため、亡くなったみんなの分まで精いっぱい生きていきます。みなさんも、今生きていることに感謝して悔いのない人生を送ってください。


【『いのちの作文 難病の少女からのメッセージ』綾野まさる、猿渡瞳(ハート出版、2005年)】


 猿渡瞳ちゃんは、この作文を発表してから2ヶ月後に逝去した。合掌。謹んでご冥福を祈る。骨肉腫と格闘した彼女は、中学生でありながら、まるで人類の教師のように「生きる姿勢」を我々に教えてくれる。

いのちの作文―難病の少女からのメッセージ (ドキュメンタル童話シリーズ)

2008-12-06

友岡雅弥


 1冊読了。


ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う友岡雅弥/驚愕の一書。友岡雅弥恐るべし。生き生きと実在したであろう釈尊の姿が立ち現われてくる。私は釈尊を「恐れなき人」「人の心をつかむ天才」と思っていたのだが、見事なまでにその姿が綴られている。各章の冒頭には宝石のような言葉が散りばめられ、哲学・人権問題などを広くカバーしている。ブッダとは「目覚めた人」の意であるが、文字通り蒙を啓(ひら)かれる思いがする。今年読んだ仏教書では断トツ。

世界史は中国世界と地中海世界から誕生した/『世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統』岡田英弘

 これまた、8月に読み終えていた。血沸き肉踊る学術書。学問は昂奮だ。「歴史を編む」という営みが人為的であることがよく理解できる。歴史とはパラダイムそのものだ。山村修の『〈狐〉が選んだ入門書』は名文ではあるものの、「選び抜かれた」とは言い難いラインナップだった。しかし、本書に関しては山村修の言う通りだった。


 必要なのは、筋道の通った世界史を新たに創り出すことである。

 そのためにはまず、歴史が最初から普遍的な性質のものではなく、東洋史を産み出した中国世界と、西洋史を産み出した地中海世界において、それぞれの地域に特有な文化であることを、はっきり認識しなければならない。この認識さえ受け入れれば、中央ユーラシアの草原から東と西へ押し出して来る力が、中国世界と地中海世界をともに創り出し、変形した結果、現在の世界が我々の見るような形を取るに至ったのであると考えて、この考えの筋道に沿って、単一の世界史を記述することも可能になる。


【『世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統』岡田英弘(ちくまライブラリー、1992年/ちくま文庫、1998年)】


 歴史が捏造されている事実は、ノーマン・G・フィンケルスタイン著『ホロコースト産業 同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』を読むまでもなく理解できよう。歴史は、いつの時代も勝者によって書き換えられてきた。つまり、第二次世界大戦以降の書き手はアメリカってわけだな。


 それにしても、この本は凄い。世界という概念と歴史という時間間隔が人類の中でどのように形成されてきたかを見事に俯瞰している。高校の教科書として採用するべきだ、と本気で思う。「世界史はチンギス・ハーンから始まった」というのが岡田英弘の鋭い持論だ。

世界史の誕生 (ちくま文庫)

18世紀のフランスは悪臭にまみれていた/『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント

 8月に読み終えたのだが、書くのを忘れていた。物語の織り成すアラベスクとしては、ほぼ完璧。『モンテ・クリスト伯』『スカラムーシュ』に匹敵するといってよし。池内紀の翻訳が絶品。めくるめく文章を堪能するがいい。


 不遇な少年時代を過ごした主人公グルヌイユは、人間離れした嗅覚の持ち主だった。今風に言えば、「共感覚者」となろう。悪臭紛々たる18世紀のフランスで、グルヌイユは香水の調合師となり、世の中を席巻してゆく。彼は明らかな人格障害者でもあった。鼻という武器一つで、権力を手中に収めてゆく人生模様。人々を魅了し、罠を仕掛け、操る悪意。


 18世紀のフランスはこうだった――


 これから物語る時代には、町はどこも、現代の私たちにはおよそ想像もつかないほどの悪臭にみちていた。通りはゴミだらけ、中庭には小便の臭いがした。階段部屋は木が腐りかけ、鼠の糞がうずたかくつもっていた。台所では腐った野菜と羊の油の臭いがした。風通しの悪い部屋は埃っぽく、カビくさかった。寝室のシーツは汗にまみれ、ベッドはしめっていた。室内便器から鼻を刺す甘ずっぱい臭いが立ちのぼっていた。暖炉は硫黄の臭いがした。皮なめし場から強烈な灰汁(あく)の臭いが漂ってきた。屠殺場一帯には血の臭いがたちこめていた。人々は汗と不潔な衣服に包まれ、口をあけると口臭がにおい立ち、ゲップとともに玉ねぎの臭いがこみあげてきた。若さを失った身体は、古チーズと饐(す)えたミルクと腐爛した腫れ物の臭いがした。川はくさかった。広場はくさかった。教会はくさかった。宮殿もまた橋の下と同様に悪臭を放っていた。百姓とひとしく神父もくさい。親方の妻も徒弟に劣らずにおっていた。貴族は誰といわずくさかった。王もまたくさかった。悪臭の点では王と盗人と、さして区別はつかなかった。王妃もまた垢まみれの老女に劣らずくさかった。冬も夏も臭気はさして変わらなかった。18世紀においては、バクテリアの発酵に限りがなかった。建てるのであれ壊すのであれ、のびざかりであれ、人生の下り坂であれ、人間のかかわるところ臭いなしにすむことなど一つとしてないのだった。


【『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント池内紀〈いけうち・おさむ〉訳(文藝春秋、1988年/文春文庫、2003年)】


 これほど鼻がムズムズする文章を読んだことがない。人は悪臭に慣れる。誰かが使用した後のトイレに入った時のように。鼻は麻痺しやすい本能だった。


 以前、テレビでやっていたのだが、異性の好ましい体臭というのは最も違うタイプのDNAを選別しているとのこと。二人の間に生まれる子供は、両親の平均値となるため、異質なタイプと掛け合わせることで強い子孫をつくろうとしているのだ。実験で使用されたのは男性が長時間にわたって着用していた下着の匂い。これを、「新しく発売する香水の試供品」と偽って女性に嗅いでもらう。すると、殆どの女性が「ウッ、臭い」と言うにもかかわらず、必ず何人かは「いい匂い」と感じる。若いお嬢さんが父親の体臭を嫌悪するのは、自分とDNAが近いせいで、長ずるにつれ嫌悪感は薄まるそうだ。


 何とはなしに、私はそういうことを直観していた。そう、匂いに敏感なのだよ。鼻が利くのさ。だから、本書で「匂いの奴隷」と化す人々の気持ちはよくわかる。もしも、私がその場にいれば多分先頭に立っていたことだろう。


 まだまだ、人生の奥深さを知らない若者に断言しておこう。異性を選ぶ基準は家柄・学歴・経済力、はたまた顔形や性格ではなく、匂いである。


香水―ある人殺しの物語 香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

「加速度」さだまさし


 中学生の頃は、よくさだまさしを聴いていた。ま、騙されるのは中学生までということだよ。さだまさしが書く歌詞は技巧が過ぎて、鼻持ちならない作為に満ちている。それでも、このアルバムは傑作だった。「スローモーションで時が倒れてゆく」なんてえのあ、実に巧い(笑)。

私花集〈アンソロジイ〉

2008-12-05

メディアは“下水管”に過ぎない/『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆


 この間読んだ『パソコンは猿仕事』(小学館文庫)がつまらなかったので、少し前に読んだものから紹介しよう。


 ちなみに「メディアはメッセージだ」というのは、恥知らずな広告屋が言い出したハッタリだ。スピーカーが音楽でなく、キャンバスが絵でないように、メディアは、結局、通路以上のものでない。通路という言い方が不満なら「メディアは下水管だ」と言い替えても良い。要するに、あんたたちは、うんこだ。


【『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆翔泳社、1995年)】


 確かにそうだ。流れているものが悪臭を放っているのだから、メディアは下水管といえるだろう。芸能界の下劣な噂話、昼メロにおける畜生さながらのイジメと自由奔放な恋愛、テレビ局の意向に沿ったコメントを繰り返すコメンテーター、記者クラブで発表された官僚からの情報を垂れ流すだけのニュース番組、そして、みのもんた……。ギャラのためなら寿命を縮めても構わないといった魑魅魍魎どもが蠢(うごめ)くヘドロみたいな世界だ。


 大体、濡れ場を演じる女優と売春婦のどこが違うと言うのか? みのもんたに愛想を振りまくTBSの女子アナと、ジャイアンにおべっかを使うスネ夫に差はあるのか?


 そんなテレビを楽しむあなたは、下水管に棲息するドブネズミのような存在だ。もはや、汚水の悪臭すら気にならなくなっていることだろう。私は違うよ。ちゃあんと鼻をつまみながらテレビを観ているもんね。


 しかも、だ。私は今年、NHKの「おはようにっぽん」から出演依頼を受けたのだが、きっちりと断わっておいたのだ。私をテレビに出すとすれば、番組そのものを依頼するしか手はないよ。NHKの名誉のために言っておくが、スタッフは低姿勢で誠実な人物であった。こっちは、べらんめえ調で話していたにもかかわらずだ。


 芸能人なんてえのあ、所詮、川原乞食の末裔に過ぎない。そんなものにうつつを抜かしているようでは先が知れている。

無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ

「風来坊」ふきのとう


 中学生の時に買ったシングルレコードの一枚。ふきのとうは不思議なことに沖縄でも人気を博していた。透明感のあるボーカルがN.S.P天野滋と似ていた。このエスニックな雰囲気は久保田早紀の「異邦人」に引き継がれている。


D


GOLDEN☆BEST/ふきのとう SINGLES I

2008-12-04

「空」とは否定作業によって自己が新しくよみがえるプロセスの原動力/『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵

 仏教史を辿り、「空」の概念がどのように変質していったかを見事に捉えている。労作。文章がいいので、難しくてもスイスイ読める。ただし、素養のない人には無理。それにしても、空の思想は奥が深い。


 神、世界、肉体そして言語の存在を否定していった果てに何が残るのかを、竜樹も彼の後継者たちも明確に言い残してはいない。「まったき無」なるものがそもそもありえるのか否かも定かではない。というよりも、空の思想はその「まったき無」がどのようなものであるかを、正面から問題にしたことはない。重要なのは、否定作業の続く中で、「まったき無」に至る前のもろもろの否定の段階において、その都度新しい自己のよみがえりが可能なことである。

「空」とはこのように、否定作業によって自己が新しくよみがえるというプロセスの原動力である。


【『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵(講談社学術文庫、2003年)】


 そう考えると250や500もの戒律は、否定作業を教条主義化したことから生まれたと推察できる。立川武蔵は、軸の時代(=枢軸時代)に登場したブッダ、イエス、ソクラテス孔子の四大スターを「自己否定」というキーワードで読み解こうとしている。もちろん、ここでいう否定とは、次のステップアップのための否定である。


 思想というものは、常識への「否定」から出発し、時代という大波をくぐり抜けた後には、古い思想も生かされているものだ。それにしても、かの時代の否定作業の何とまばゆいことか。人間を見つめるダイナミックな眼差しからは、人類の背骨に芯を入れる作業であったことが理解できる。今時の否定ときたら、単なる攻撃で分断目的に過ぎないもんね。

空の思想史―原始仏教から日本近代へ (講談社学術文庫)

「青いくれよん」菊地弘子


 こいつあ奇蹟だ! 数年前から散々音声ファイルを探した挙げ句、結局見つからなかったので、中古のシングルレコードを購入したのだ。このメルヘンチックな声に酔い痴れるがいい。菊地弘子ポプコンから誕生。この曲は1975年に発表されているようだが、私が聴いていたのは数年後のこと。高校生の時だった。私の中では、柴田まゆみと双璧をなしていた。

2008-12-03

吉永良正、ウィリアム・パウンドストーン


 2冊挫折。


ゲーデル・不完全性定理 “理性の限界”の発見』吉永良正/数学的要素が強くて、ついてゆけず。構成という点から見ても、やはり高橋昌一郎が優れていることがよくわかる。吉永良正は書き手としては素晴らしいのだが、数学の俯瞰の仕方が私に合わなかったといった印象。60ページほどで挫ける。


選挙のパラドクス なぜあの人が選ばれるのか?ウィリアム・パウンドストーン/これ、いい本なんだよね。テーマが秀逸な上、アプローチの仕方も万全。ゲーデルに関する記述もある。にもかかわらず読むのが辛い。どうしてなんだろ? 理由は不明。該博な知識が無味乾燥に感じるのは確かだ。公平な投票スタイルを真摯に追求している。少し読んだだけで、投票率の高低よりも投票法を考え直すべきだと気づく。

対話とはイマジネーションの共有/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 第2部のコミュニケーション論より。


 コミュニケーションの上手な人は自分のことばかり考えたりしない。相手の頭に何があるかも考える。相手に送る情報が、送り手の頭にある何らかの情報を指し示していても、どうにかして受け手に正しい連想を引き起こさせなければ、それは明確さという点で十分とは言えない。情報伝達の目的は、送った情報に込められた〈外情報〉を通して、送り手の心の状態に相通ずる状態を、受け手の心に呼び起こすことだ。情報を送るときには、送り手の頭にある〈外情報〉に関連した何らかの内面的な情報が、受け手の心にもなければならない。伝えられた情報は、受け手に何かを連想させなければならない。


【『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ/柴田裕之訳(紀伊國屋書店、2002年)】


「外情報」とは、トール・ノーレットランダーシュ独自の言葉で、意図的に割愛された情報という意味。多くの外情報があればあるほど、言葉のメッセージ性は深まるとしている。情報の余力といっていいだろう。あるいは奥座敷。


 言葉というものは大変便利であるが、自分が何かを話す時には単なる道具と化す。例えば、友人とレストランへ行ったとしよう。二人で口を揃えて「美味しい」と絶賛しても、言葉の内容は異なっているはずだ。また逆から考えてみれば、もっとわかりやすい。いかに美味なるご馳走であっても、それを言葉で表現するには限界がある。結局、「お前も一度食べてみろ」ってな結果となりやすい。なぜか? 感動が伝わらないからだ。


 わかり合えないからこそ、わかり合う努力が必要となる。だから人は意を尽くし、言葉を尽くす。それどころか、マルコム・グラッドウェルの『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』(旧題『ティッピング・ポイント』)によれば、会話をしている人間同士は微妙なバイブレーションを起こしていて、ダンスを踊っている事実が検証されている。


 確かに、対話とはイマジネーションの共有といえそうだ。豊かな言葉と表現力と共に、「外情報」を増やすという奥床しさを説いているのが斬新。「理解し合える」ことは、ある種の「悟り」に近いものだと私は考えている。

ユーザーイリュージョン―意識という幻想

2008-12-02

リチャード・ドーキンス、小田嶋隆


 2冊挫折。


神は妄想である 宗教との決別リチャード・ドーキンス/20ページほどで挫ける。私はドーキンスの本を読み終えたことがない。ワンセンテンスが長過ぎる上、時折盛り込まれる軽口が、どうしても性に合わないのだ。内容はともかく、著者の性格が好きになれない。今後、リチャード・ドーキンスの作品を読むことはないかもね。


パソコンは猿仕事小田嶋隆オダジマンの作品だが初めて挫折。これまた20ページくらい。いつもとは異なり、文章が長い。パソコンに関するエッセイなのだが、古過ぎる。今となっては時代考証程度の価値しかないことだろう。迷った挙げ句、途中でやめた。

「道標ない旅」永井龍雲


 では再び懐メロシリーズを。「道標(しるべ)」と読む。名前は「りゅううん」。最初は坊さんかと思った。私が高校1年生の頃のスマッシュヒット。テレビCMでも使用された。歌詞の内容は、ザ・青春。胡散臭くなるほどのユートピア的青春像である。だが、声が美しいので許そう。


D


ベスト’97

2008-12-01

左近司祥子


 1冊挫折。


謎の哲学者ピュタゴラス』左近司祥子(さこんじ・さちこ)/パラパラとめくってやめた。求めていた内容と違ったため。人生の残り時間は短い。ざっくばらんなオバサンなんだろうが、ピュタゴラス・レビューって感じになっている。このため史実が後方に退けられ、著者の考えが前面に立っている。サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』を読んでピュタゴラスに興味を持ったのだが、別の作品を探さなくてはならん。

「Quimbara」Celia Cruz and The Fania All Stars


 セリア・クルースは“サルサの女王”と称される。存在としては美空ひばりなんだが、声質は中尾ミエである。パンチが効いている。77歳まで歌い続け、2003年7月16日逝去(享年79歳)。哀愁漂うサルサの名曲。

Greatest Hits