古本屋の覚え書き このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2008-12-07

野崎昭弘、E・マオール


 2冊挫折。


不完全性定理 数学的体系のあゆみ』野崎昭弘、『ピタゴラスの定理 4000年の歴史』E・マオール/どちらも横書き。ってえこたあ、数式が多いってことだ。わかってはいたのだが、やはり無理だった。いずれも、20ページほどで挫ける。

赤字の日本テレビが昼とゴールデンで大ナタ


 みのもんたはその辺の不動産よりも値段が高い。ちょっとしたビル並みの値段だ。テレビ業界に聳(そび)え立つみのもんたを私は見下ろす。


「みの降板で年間5億円近くを抑制できます。加えて放送作家やゲストタレント等をリストラして人件費を徹底的に削減する」(制作関係者)


日刊ゲンダイ 2008-12-04

天才博徒の悟り/『無境界の人』森巣博


 これは8月に読み終えていた。天衣無縫な文体でぐいぐい読ませる不思議な作品。タテ糸に博奕打ちの体験談、ヨコ糸に日本人論・書評が張り巡らされている。尚、森巣博の奥方はオーストラリア国立大学教授を務める人文学者で、子息は20歳にしてカリフォルニア大学の講師をしているそうだ。ただの博徒(ばくと)でないことが理解できよう。


 伝説上の博奕打ちに、“ニック・ザ・グリーク”と呼ばれた男が居た。「ギリシャ人のニック」という意味である。もっとも、正確に書けば、“ニック・ザ・グリーク”の渾名(あだな)を持った著名な博奕打ちは、過去二人存在している。

 一人は、第二次大戦直後、アメリカ北東部でならし、のちにラスヴェガスに乗りこんで活躍したポーカーのプレイヤーで、姓をダンダロスといった。この男は、結局、ダラスの「いかさまの天才」ジョニー・モスに叩かれ、1966年に、無一文で死体となって発見された。

 もう一人の“ニック・ザ・グリーク”は、コートダジュールを中心としたヨーロッパのカシノで活躍し、ラスヴェガスへも数回の大勝負に遠征した。ニコラ・ゾグラフォスである。大学教授の一人息子としてアテネで1886年に生まれている。この“ニック・ザ・グリーク”は、350枚までのカードなら、出た順序に従って記憶できた、という。何度も話題性を持つ大博奕を打ち、そのほとんどに勝利を収めた、そうしたとんでもない稀有の運を持った男だった。アンドレ・シトロエン(あの自動車のシトロエン社のオーナー)が、当時としては最先端技術の自動車製造工場を、そっくりそのまま、青天井のバカラ勝負で失ったのだが、その失った相手とは、この“ニック・ザ・グリーク”だった。

 それほどの僥倖(ぎょうこう)を持った賭人にもかかわらず、“ニック・ザ・グリーク”は、その生涯に天国と地獄の間を73回往復した、と言われている。それが、博奕なのだろう。その“ニック・ザ・グリーク”が、次の言葉を遺している。

「穏やかたるを学べ」


【『無境界の人』森巣博(小学館、1998年)】


 最後の一言が凄い。天才博徒の悟りというべきか。浮いたり沈んだり、沈んだり浮いたりを繰り返した果てに辿り着いた境地は「穏やか」な世界だった。ウーム、まるで武道家みたいだ。宮本武蔵の『五輪書』を思わせる。読んでないけどさ。


 我々凡人は火急のことがあれば、慌てふためき、取り乱し、おろおろしまくった挙げ句に判断を誤る。失っていたものは平常心、冷静沈着、緻密な計算など。


 本物の「穏やかさ」とは、嵐をくぐり抜けた後に訪れる晴天のような世界なのだろう。そして、自分の内側に「真の穏やかさ」を獲得した者は、嵐の中にあってすら微動だにしないのだろう。

無境界の人 無境界の人 (集英社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

女子中学生の渾身の叫び/『いのちの作文 難病の少女からのメッセージ』綾野まさる、猿渡瞳


命を見つめて


本当の幸せは「今、生きている」ということ

 みなさん、みなさんは本当の幸せって何だと思いますか。実は、幸せが私たちの一番身近にあることを病気になったおかげで知ることができました。それは、地位でも、名誉でも、お金でもなく「今、生きている」ということなんです。


 私は小学6年生の時に骨肉腫という骨のガンが発見され、約1年半に及ぶ闘病生活を送りました。この時医者に、病気に負ければ命がないと言われ、右足も太ももから切断しなければならないと厳しい宣告を受けました。初めは、とてもショックでしたが、必ず勝ってみせると決意し希望だけを胸に真っ向から病気と闘ってきました。その結果、病気に打ち勝ち右足も手術はしましたが残すことができたのです。


 しかし、この闘病生活の間に一緒に病気と闘ってきた15人の大切な仲間が次から次に亡くなっていきました。小さな赤ちゃんから、おじちゃんおばちゃんまで年齢も病気もさまざまです。厳しい治療とあらゆる検査の連続で心も体もボロボロになりながら、私たちは生き続けるために必死に闘ってきました。


 しかし、あまりにも現実は厳しく、みんな一瞬にして亡くなっていかれ、生き続けることがこれほど困難で、これほど偉大なものかということを思い知らされました。みんないつの日か、元気になっている自分を思い描きながら、どんなに苦しくても目標に向かって明るく元気にがんばっていました。


 それなのに生き続けることができなくて、どれほど悔しかったことでしょう。私がはっきり感じたのは、病気と闘っている人たちが誰よりも一番輝いていたということです。そして健康な体で学校に通ったり、家族や友達とあたり前のように毎日を過ごせるということが、どれほど幸せなことかということです。


 たとえ、どんなに困難な壁にぶつかって悩んだり、苦しんだりしたとしても命さえあれば必ず前に進んで行けるんです。生きたくても生きられなかったたくさんの仲間が命をかけて教えてくれた大切なメッセージを、世界中の人々に伝えていくことが私の使命だと思っています。


 今の世の中、人と人が殺し合う戦争や、平気で人の命を奪う事件、そしていじめを苦にした自殺など、悲しいニュースを見る度に怒りの気持ちでいっぱいになります。一体どれだけの人がそれらのニュースに対して真剣に向き合っているのでしょうか。


 私の大好きな詩人の言葉の中に「今の社会のほとんどの問題で悪に対して『自分には関係ない』と言う人が多くなっている。自分の身にふりかからない限り見て見ぬふりをする。それが実は、悪を応援することになる。私には関係ないというのは楽かもしれないが、一番人間をダメにさせていく。自分の人間らしさが削られどんどん消えていってしまう。それを自覚しないと悪を平気で許す無気力な人間になってしまう」と書いてありました。


 本当にその通りだと思います。どんなに小さな悪に対しても、決して許してはいけないのです。そこから悪がエスカレートしていくのです。今の現実がそれです。命を軽く考えている人たちに、病気と闘っている人たちの姿を見てもらいたいです。そしてどれだけ命が尊いかということを知ってもらいたいです。


 みなさん、私たち人間はいつどうなるかなんて誰にも分からないんです。だからこそ、一日一日がとても大切なんです。病気になったおかげで生きていく上で一番大切なことを知ることができました。今では心から病気に感謝しています。私は自分の使命を果たすため、亡くなったみんなの分まで精いっぱい生きていきます。みなさんも、今生きていることに感謝して悔いのない人生を送ってください。


【『いのちの作文 難病の少女からのメッセージ』綾野まさる、猿渡瞳(ハート出版、2005年)】


 猿渡瞳ちゃんは、この作文を発表してから2ヶ月後に逝去した。合掌。謹んでご冥福を祈る。骨肉腫と格闘した彼女は、中学生でありながら、まるで人類の教師のように「生きる姿勢」を我々に教えてくれる。

いのちの作文―難病の少女からのメッセージ (ドキュメンタル童話シリーズ)