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2008-12-07

天才博徒の悟り/『無境界の人』森巣博


 これは8月に読み終えていた。天衣無縫な文体でぐいぐい読ませる不思議な作品。タテ糸に博奕打ちの体験談、ヨコ糸に日本人論・書評が張り巡らされている。尚、森巣博の奥方はオーストラリア国立大学教授を務める人文学者で、子息は20歳にしてカリフォルニア大学の講師をしているそうだ。ただの博徒(ばくと)でないことが理解できよう。


 伝説上の博奕打ちに、“ニック・ザ・グリーク”と呼ばれた男が居た。「ギリシャ人のニック」という意味である。もっとも、正確に書けば、“ニック・ザ・グリーク”の渾名(あだな)を持った著名な博奕打ちは、過去二人存在している。

 一人は、第二次大戦直後、アメリカ北東部でならし、のちにラスヴェガスに乗りこんで活躍したポーカーのプレイヤーで、姓をダンダロスといった。この男は、結局、ダラスの「いかさまの天才」ジョニー・モスに叩かれ、1966年に、無一文で死体となって発見された。

 もう一人の“ニック・ザ・グリーク”は、コートダジュールを中心としたヨーロッパのカシノで活躍し、ラスヴェガスへも数回の大勝負に遠征した。ニコラ・ゾグラフォスである。大学教授の一人息子としてアテネで1886年に生まれている。この“ニック・ザ・グリーク”は、350枚までのカードなら、出た順序に従って記憶できた、という。何度も話題性を持つ大博奕を打ち、そのほとんどに勝利を収めた、そうしたとんでもない稀有の運を持った男だった。アンドレ・シトロエン(あの自動車のシトロエン社のオーナー)が、当時としては最先端技術の自動車製造工場を、そっくりそのまま、青天井のバカラ勝負で失ったのだが、その失った相手とは、この“ニック・ザ・グリーク”だった。

 それほどの僥倖(ぎょうこう)を持った賭人にもかかわらず、“ニック・ザ・グリーク”は、その生涯に天国と地獄の間を73回往復した、と言われている。それが、博奕なのだろう。その“ニック・ザ・グリーク”が、次の言葉を遺している。

「穏やかたるを学べ」


【『無境界の人』森巣博(小学館、1998年)】


 最後の一言が凄い。天才博徒の悟りというべきか。浮いたり沈んだり、沈んだり浮いたりを繰り返した果てに辿り着いた境地は「穏やか」な世界だった。ウーム、まるで武道家みたいだ。宮本武蔵の『五輪書』を思わせる。読んでないけどさ。


 我々凡人は火急のことがあれば、慌てふためき、取り乱し、おろおろしまくった挙げ句に判断を誤る。失っていたものは平常心、冷静沈着、緻密な計算など。


 本物の「穏やかさ」とは、嵐をくぐり抜けた後に訪れる晴天のような世界なのだろう。そして、自分の内側に「真の穏やかさ」を獲得した者は、嵐の中にあってすら微動だにしないのだろう。

無境界の人 無境界の人 (集英社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

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