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2008-12-08

高橋昌一郎


 1冊読了。


理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性高橋昌一郎/第一章を乗り切れば後はスイスイ読める。いわゆるパラドックスを概観した内容。主な大見出しは次の通り。投票のパラドックス、アロウの不可能性定理、囚人のジレンマハイゼンベルク不確定性原理、ぬきうちテストのパラドックス、ゲーデル不完全性定理、論理思考の限界と可能性など。これらのテーマが討論会という形式で綴られる。意外とわかりやすく、時折ユーモアも交えている。『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』より先にこっちを読んだ方がいいかも。

ピュタゴラスは鍛冶屋で和音を発見した/『フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』サイモン・シン

 フェルマーの最終定理は、イギリスのアンドリュー・ワイルズによって証明された。1995年のこと。実に300年以上の長きにわたって、数学者を苦しめてきた計算になる。


 何を隠そう、私もフェルマーの最終定理なる言葉は知っていたものの、中味はまったく知らなかった。多くの人々の心を捉えて離さなかったのは、あまりにも単純な式だったからだ。ピュタゴラスの定理において、3以上の乗数で成立する自然数は存在しないというもの。ワイルズは、10歳でフェルマーの最終定理と出会い、これに挑むことを決意する。


 で、フェルマーの最終定理を理解させるために、サイモン・シンは、数学の歴史とエピソードをずらりと並べて読者を導いてくれる。これがまた面白いんだ。フェルマーそっちのけだよ。


 イアンブリコスによれば、ピュタゴラスは即座に鍛冶屋に駆け込むと、ハンマーの音の響き合いを調べはじめた。そして、ほとんどのハンマーは同時に打ち鳴らされると調和する音を出すのに対して、ある一つのハンマーが加わったときだけは必ず不快な音になることに気づいたのである。彼はハンマーの重さを調べてみた。その結果、互いに調和し合う音を出すハンマー同士は、それぞれの重さのあいだに単純な数学的関係のあることがわかった――ハンマーの重さの比が簡単な値になっていたのだ。たとえば、あるハンマーの重さに対して、その2分の1、3分の2、4分の3などの重さを持つハンマーはいずれも調和する音を出す。一方、どのハンマーといっしょに叩いても不調和な音を出すハンマーは、ほかのハンマーと簡単な重さの比になっていなかったのだ。

 こうしてピュタゴラスは、和音をもたらしているのは簡単な数比であることを発見した。科学者たちはイアンブリコスのこの記述に疑問を投げかけているけれども、ピュタゴラスが一本の弦の特性を調べ、音楽における数比の理論をリラに応用したのは確からしい。


【『フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』サイモン・シン(新潮社、2000年)】


 和音を発見したのがピュタゴラスだってえのあ知っていたが、まさか鍛冶屋とはね。正直驚いた。「心地いい音だな」とは思っても、そこに規則性を見出すところが天才の天才たる所以(ゆえん)か。


 ゲーデル不完全性定理を知ってからというもの、数学本を読み漁っているのだが、詩的なまでの美しさに覆われているのが数学の世界だ。

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

土地の価格で東京に等高線を描いてみる/『我が心はICにあらず』小田嶋隆

 この発想が天才的だ。オダジマンは企業の意向に沿って出来上がった町を嫌悪する。これぞ江戸っ子の心意気か。捏造されるのは歴史だけではない。町もそうなのだ。

 で、土地の価格で東京に等高線を描くとどうなるか――


 現在の東京は大雑把に言えば西高東低の原則で構築されている。この西高東低の原則は、海抜高度、土地価格、住民の最終学歴、住民の平均年収、その地域にある学校の偏差値分布など、かなり広い範囲で適用できる。

 仮に土地の価格で等高線を描くとすれば、東京の地形は港区、千代田区、渋谷区といった中心部をピークにして西側に向かってなだらかなカーブで降りて行く。東急沿線、または小田急沿線の世田谷あたりはちょっとした尾根のようになっており、田園調布、等々力、成城学園あたりは峠になっている。

 東および北に向かう斜面は急であり、等高線の間隔はひどく狭い。そんな中で赤羽は川口市に向かってざっくりと落ちる崖っぷちの斜面に位置している。

 赤羽は国鉄とともに発展してきた町である。町の成立と発展を考える上で、このことは重要だ。国鉄の沿線と私鉄の沿線では全然違う町が出来上がる。つまり私鉄沿線(特に西側の私鉄)では都市計画の一部として線路を通すのだが、国鉄は単に線路を通すために線路を通すのだ。そのため国鉄の沿線では町は無秩序に、雨の後のタケノコのように自然発生してしまうのである。


【『我が心はICにあらず』小田嶋隆(BNN、1988年/光文社文庫、1989年)】


 実に見事だ。実際に地図をつくるだけの価値すらある。地価格差地図。これを全国に広げれば、湖のように陥没した地域も数多く出現することだろう。


 それにしても、テクニカル・ライターの面目躍如といったテキストである。

我が心はICにあらず(単行本)


我が心はICにあらず(文庫本)