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2008-12-14

「囚人のジレンマ」には2種類の合理性が考えられる/『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』高橋昌一郎

「囚人のジレンマ」については以下のページを参照のこと。

 で、このジレンマの理由はどこにあるのか――


数理経済学者●いえいえ、わからないのも無理ありません。というのは、協調にしても裏切りにしても、どちらが本当に合理的な選択なのかわからないのです。その意味で、囚人のジレンマは、パラドックスなのです。

 ここで重要なのは、2種類の合理性が考えられるということです。それは、それぞれのプレーヤーが自分にとって最も利益の高い行動を取る「個人的合理性」と、二人のプレーヤーが平等に同じ行動を取って集団全体の利益を高める「集団的合理性」です。

 個人的合理性と集団的合理性が一致すれば、何も問題はありません。しかし、囚人のジレンマでは、集団的合理性に基づく選択のほうが、個人的合理性に基づく選択よりも両プレーヤーにとって有利なようになっています。したがって、お互いに協調するのが最も合理的だと思われるわけですが、そのように考えて協調した結果、相手の裏切りにあって結局は大損するかもしれない。そこが難しいところなのです。


【『理性の限界 不可能性・確定性・不完全性』高橋昌一郎講談社現代新書、2008年)】


 実に興味深い指摘だ。枠組みの数だけ異なる合理性が存在するってことだもんね。仕事で考えるともっとわかりやすい。自分→部署→会社全体のどこに依って立つかで文句も意見も変わってくる。日本の政治が機能していないのも、官僚の間に省益優先というパラメータが働いているためだ。自分さえよければいいのか? その通り。


 地球上のすべての人々が、世界的合理性に基づいて生活すれば、一瞬にして平和が築かれることだろう。


 この話、これだけで終わらない。高橋昌一郎のペンさばきは軽快だ。

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)

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