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2008-12-17

スティーヴン・ミズン


 1冊挫折。


歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』スティーヴン・ミズン/テーマは完璧なんだが、如何せん内容が学術的過ぎる。このため、どうしてもスピード感に欠ける。迷いながらも、190ページで放り出す。構成作家がつけば、素晴らしい作品になったと思われてならない。実にもったいない限り。

襲い掛かる駄洒落の嵐/『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003』小田嶋隆


 前作の『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』と比較すると、明らかに駄洒落ネタに舵を切っている形跡がある。内容はやや軽め。それでも、秀逸なる警句の類いはそこここに散りばめられている。


 まあ、黙って堪能するがいい――


小渕恵三


 この度の自民党の総裁選挙では、小渕氏が過半数の得票を得て選出された。

「汚物?」

「自民党は汚物で行くのか」

「ってことは、アレか? ウンチとかヘドロとかが靖国神社公式参拝したりすることになるワケだな?」

「違うね。汚物をトップに据えるってことは、ダイオキシンか何かをお国の公式産廃に指定して、靖国神社に埋める狙いだよ」

「なるほど、産業戦争の尖兵たるダイオキシンの魂を安らかしむるには、靖国さんに一肌脱いでもらうしかないか」

「靖国産廃処理場か。うむ、やっぱりあの神社は、お国のためにとことん尽くして貰いたいもんだわな」

 ……お前ら何バチ当たりなこと言ってんだ? 違うよ。汚物じゃないってば。オブチ! ほら、あの平成の元号を発表した小渕恵三さんだよ。

「ドブ近えぞー?」

「日本経済がドブに落ちる日も近い、と」

「なるほど、で、国際社会に向けての土下座要員として、汚物製造業者をトップに持ってくるわけだ」

 お前ら、耳悪いのか?


【『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003』小田嶋隆(BNN)】


 参拝と産廃をかけるたあ、大したもんだ。中々真似のできる業(わざ)ではない。往年のツービートよりも、オダジマンの方がはるかに面白い。

かくかく私価時価―無資本主義商品論1997‐2003

なぜ権力を書くのか?/『日本/権力構造の謎』カレル・ヴァン・ウォルフレン


 日本の言論界は眠っていた。ジャーナリストは前もって折ったペンで記事を綴っていた。ところが、カレル・ヴァン・ウォルフレンが投じた一石の音に慌てふためき、やっと目が覚めた。そう言ってもいいだろう。責任者のいない日本の権力構造を「システム」と名づけたのもこの人だった。


 決して面白い読み物ではない。だが、興味のある章だけでも読む価値がある。せめて、日本という島国で国民がどのように目隠しをされ、耳を塞がれているかを知ることが重要だ。


 本書の冒頭でカレル・ヴァン・ウォルフレンは烈々たる信条を述べる――


「なぜ権力を書くのか」と問われれば、こう答えよう。社会的制約を受ける人間の経験のなかで、心の最も奥深くまで達する営為について書こうとするのであれば、まず第一に書くべきはほかの何だというのか。物事について徹底的に考え始めたらすぐにも、我々は誰に、あるいは何に従うべきかという命題をさしおいて、根本的な問題は他にないことが明々白々になるはずである。この問いへの答えによって、私たちの社会生活は規定される。さらに、この問いにどう答えるかは、私たちが自分の思考や感情の意味をどうとらえ、構築していくかという問題と分かち難く結びついている。


【『日本/権力構造の謎』カレル・ヴァン・ウォルフレン/篠原勝訳(早川書房、1990年/ハヤカワ文庫、1994年)】


 中々書ける文章ではない。ヨーロッパの自立した知性であればこそ、日本の異様さを見抜けたものと想像する。


 権力とは、「相手を意のままにコントロールしようとする力」である。我が国には、“立場”という確固たる身分が存在する。配慮や思いやりが、損得勘定や駆け引きから行われることも珍しくない。政治の世界に存在するのは思惑だけだろう。いわゆる政治的判断というやつだ。


「ペンは剣よりも強し」という言葉があるが、本書を読まずしてその意味がわかるとは思えない。おかしなものに対して額(ぬか)づく国民性に、革命の衝撃を与える一書である。

日本 権力構造の謎〈上〉 (ハヤカワ文庫NF) 日本 権力構造の謎〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)