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2008-12-22

30万ヒット達成


 はてなに引っ越したのが、多分2006年9月のこと。するってえと、2年と3ヶ月を経たことになる。一日平均にすると380くらい。ま、トラックバックやブックマークも少ないことから、泡沫ブログであることは確か。それでも見てくれる人がいる以上、意を決して綴ってゆく所存である。

高村光太郎


 1冊読了。


高村光太郎詩集』/「冬が来た」と「冬の詩」に心を躍らせる。残念なことに、昨夜から今日にかけては生暖かい天気であった。できることなら、浅川沿いで寒風にさらされながら読み終えたかったよ。高村光太郎って、彫刻家だったんだね。知らなかった。尚、「智恵子抄」は私の性分に合わない。

ユダヤ民族はヘブライ語を失わなかったから建国できた/『祖国とは国語』藤原正彦


 人間は言葉でしか思考できない。それゆえ、言葉に支配されていると言ってもよいだろう。我々は、言葉の外側に脱出することができない。「祖国とは国語である」と藤原正彦は言い切る――


 祖国とは国語である。ユダヤ民族は2000年以上も流浪しながら、ヘブライ語を失わなかったから、20世紀になって再び建国することができた。私には英米にユダヤ人の友達が多くいるが、ある者は子供の頃、家庭でヘブライ語で育てられ、ある者はイスラエルの大学や大学院へ留学し、ヘブライ語を修得した。ユダヤ人の国語に対する覚悟には圧倒される。

 それに比べ、言語を奪われた民族の運命は、琉球やアイヌを見れば明らかである。

 祖国とは国語であるのは、国語の中に祖国を祖国たらしめる文化、伝統、情緒などの大部分が包含されているからである。血でも国土でもないとしたら、これ以外に祖国の最終的アイデンティティーとなるものがない。


【『祖国とは国語』藤原正彦(講談社、2003年/新潮文庫、2005年)】


 そう言われれば確かに。言葉の乱れは文化が崩壊する様相なのだろう。ポピュラーミュージックの歌詞は、既に英語の奴隷と成り果てている。


 数学者の藤原正彦が、義務教育における国語の重要性を叫んでいる。ともすると、日本人だから日本語を話せると我々は思い込んでいるが、ひょっとすると満足に日本語すら話せていない可能性がある。


 言葉の貧しさ、卑しさ、乱雑さは、精神の空洞化を表象している。小難しいテクニックを弄する必要はない。ただ、嘘のない言葉を私は綴りたい。

祖国とは国語 (新潮文庫)