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2009-01-04

寿命は違っても心臓の鼓動数は同じ/『ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学』本川達雄

 1992年発行。いまだに売れているようだ。翌1993年のベストセラーを見ると28位で、高村薫のマークスの山』の次点。本書を開いて蒙を啓(ひら)かれた人々は、それまで手を出さなかった科学本に触手を伸ばした。私もその一人だ。「贅沢な新書」といってよい。


 哺乳類はサイズが大きくなるほど寿命が長くなる。では視点を変えるとどうか――


 寿命を心臓の鼓動時間で割ってみよう。そうすると、哺乳類ではどの動物でも、一生の間に心臓は20億回打つという計算になる。

 寿命を呼吸する時間で割れば、一生の間に約5億回、息をスーハーと繰り返すと計算できる。これも哺乳類なら、体のサイズによらず、ほぼ同じ値となる。

 物理的時間で測れば、ゾウはネズミより、ずっと長生きである。ネズミは数年しか生きないが、ゾウは100年近い寿命をもつ。しかし、もし心臓の拍動を時計として考えるならば、ゾウもネズミもまったく同じ長さだけ生きて死ぬことになるだろう。小さな動物では、体内で起こるよろずの現象のテンポが速いのだから、物理的な寿命が短いといったって、一生を生ききった感覚は、存外ゾウもネズミも変わらないのではないか。


【『ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学』本川達雄(中公新書、1992年)】


 何と生理的時間は一緒だった。時間に関する哲学的考察は広井良典著『死生観を問いなおす』(ちくま新書、2001年)に詳述されているが、結局は「主観的世界」である。光速に近いスピードを出すほど、観測者からは時間がゆっくりと流れ、物は縮んで見える。これがアインシュタイン一般相対性理論。時空はスピードと重力によって歪められる。

 また、「世界とは自分が認識したもののことである」という苫米地英人の指摘を踏まえれば、認知症などで意識レベルが低下すると、時間間隔は淡いものとなってゆくことが想定される。きっと、まどろんでいるような状態だろう。


 過去というのは記憶の中にしか存在しない。我々が実感できるのは、「今この瞬間」だけであり、未来と現在の接点に立たされている。現在はたゆみなく過去へ流され、「死」という水脈に向かうのが人生なのだろう。


 動物のサイズと生理的時間に相関関係があるとすれば、人間のサイズと人生の充実にも適用できそうだ。

ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)

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