古本屋の覚え書き このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 古本屋の覚え書きを検索

2009-01-25

ヤン・カールソン、日航財団、山崎和邦、チャールズ・サイフェ


 1冊挫折、3冊読了。


 挫折5『真実の瞬間 SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか』ヤン・カールソン(ダイヤモンド社、1990年)/堤猶二訳。文章がしっくりこなかった。前置きも長過ぎる。


 11冊目『地球歳時記'90 世界こども「ハイク」コンテスト'90』日航財団編(学生社、1991年)/大岡信編『折々のうた 第十』でも取り上げられていた句集。「花博」の開催に合わせたイベントだった模様。後半は各国語でそのまま掲載されている。伸び伸びとした句もあるが、全体的には散漫な印象を受けた。


 12冊目『投機学入門 不滅の相場常勝哲学』山崎和邦(ダイヤモンド社、2000年)/再読。「機(チャンス)」に「投」ずるのが本来の意味であると開き直る姿がいい。ビジネス畑を歩いてきた人だけに実学的な要素が強い。


 13冊目『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ(早川書房、2003年)/林大訳。名文でぐいぐい読ませる。西洋が長らくゼロを否定したのは、神以外の“無限”を認めるわけにいかないためだった。ゼロを機軸に数学から物理学までをカバー。ゼロは無であり無限でもあった。

生き生きとしたアメリカのスケッチ/『チャーリーとの旅』ジョン・スタインベック


 竹内真の新訳。実にあっさりした文体となっている。功成り名を遂げたスタインベックがキャンピングカー(ロシナンテ号)でアメリカ再発見の旅に出る。愛犬のチャーリーを伴って。


 文豪の手にかかると、何気ない日常の風景が生き生きと躍動するスケッチ画となる。


(※ケベック州から出稼ぎに来ている十数人の家族に、高級ブランデーを振る舞う)コニャックは実に実に美味かった。最初に乾杯の声を上げて口をつけた時から男たちの兄弟愛が膨らみ、ロシナンテ号をいっぱいに満たした。――もちろん姉妹愛も一緒である。

 みんなお代わりを遠慮したが、私はそれでもすすめた。とっておくほどの量ではないからと3杯目も注いで回った。みんなで分けるにはちょっとずつしにしかならなかったが、おかげでロシナンテ号では人間の素晴らしさを味わうことができた。それは家じゅうを、いやこの場合はトラックじゅうを祝福する魔法だ。

 9人の者たちは静けさの中で結びついた。手足が体の一部であるように、9人でありながら一体となったのだ。別々でありながら分かちがたく結びついていたのである。ロシナンテ号は喜びに包まれ、決してさめることはなかった。


 これほどの一体感は長くは続かないものだし、長引かせるべきでもない。

 家長が何か合図をし、客人たちはテーブル周りの窮屈な席からにじり出た。こんな場合にふさわしく、さよならの挨拶は短くて礼儀正しいものだった。


【『チャーリーとの旅』ジョン・スタインベック/竹内真訳(ポプラ社、2007年)】


 擦れ違うような一瞬の出会いに情感が通う。祝杯を挙げるのに相応しい人達だ。節度が好ましい距離感を保ち、鮮やかな余韻を残す。人間の善き一面が照らし合う時、平和は出現するのだ。ロシナンテ号は確かに平和だった。


 政治と宗教、民族と教育が戦火の原因であれば、そんなものは最初からない方がいいに決まっている。

チャーリーとの旅

松下幸之助の自負/『若さに贈る』松下幸之助


 ちょうど一年前、松下電器産業はパナソニックに社名を変更した。「ナショナル」という名前も消えた。


“経営の神様”は尋常小学校を4年で中退し、丁稚奉公に出された。大阪の路面電車を見て感激し、電気に関わる仕事を志す。電球の取り外しができるソケットを考案し独立。後に二股電球ソケットが爆発的なヒット商品となる。


 5年ほど前、当時のソ連のミコヤン副首相と会ったときも、2時間ばかりのあいだに、人民解放の話が出ましたが、なごやかな話のふんいきのなかで、わたしは、あなたは人民を解放したといわれるが、日本の婦人解放をじっさいにやったのは、このわたしだ、と笑いながらいったものです。

 それはどういうわけか、とミコヤン氏がいうので、今日、日本の婦人たちは、台所にしばられていた以前にくらべて、遊ぶ時間ができ、本を読む時間をたくさんもつようになっているが、それは、わたしが家庭電気器具をずっとつくってきて、それを普及させたからだ、といったのです。するとミコヤン氏は、わたしの手をぐっとにぎって、おまえは資本家ではあるが、偉いといいました。


【『若さに贈る』松下幸之助(講談社現代新書、1966年)】


 ここに松下幸之助の自負がある。彼は単に物を売る商売人ではなかった。国民の生活を豊かにし、国家の将来を明るい方向へリードしようとした。松下が展開したPHP運動が本物であるならば、松下政経塾出身の議員が松下以上の存在感をもって政界再編の礎石となるべきだ。と期待はするものの、現状はまだまだ書生っぽさが抜けませんな。


若さに贈る