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2009-02-28

ニコラス・ハンフリー


 1冊読了。


 30冊目『内なる目 意識の進化論ニコラス・ハンフリー/垂水雄二訳(紀伊國屋書店、1993年)/トール・ノーレットランダーシュ著『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』よりも9年前に発行されている。ノーレットランダーシュを読んだ人なら物足りなさを感じてしまうことだろう。結論が明確になっていないためだ。それでも、つかみどころのない「意識」に様々なアプローチを試みていて参考になる。テレビのシリーズ番組として制作されたものが本書の基本になっているとのこと。

アンベードカルの名言/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール


「扉をたたかなければ扉は開かれないだろう」


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール/山際素男訳(三一書房、1983年)】


 確かにそうだ。そしてアンベードカルは「差別」という扉を、死ぬまでノックし続けた。

アンベードカルの生涯 (光文社新書)

インド、チベットに伝わるイッサ=イエス伝説/『イエスの失われた十七年』エリザベス・クレア・プロフェット


 イエスの人生は13歳から30歳に至る記録がまったくないそうだ。キリスト教では「エジプトへ行っていた」としているらしいが何一つ証拠がないとのこと。ところがこの間、アジアへ行った形跡がある。過去に3人の人物がチベットで「イッサ=イエス」にまつわる経典を目撃しているのだ。


(※ニコラス・ノートヴィッチ著『知られざるイエス・キリスト伝』で紹介されたチベットに伝わる写本『聖イッサ伝 人の子の最も秀(すぐ)れしもの』)物語は素早くイッサの13歳に飛ぶ。「失われた歳月」の最初の年である。物語によれば、それは「ユダヤ人が妻を迎えねばならない」年齢でもあった。見すぼらしい(ママ)両親の家だったが、若いイッサを養子にしようとする金持や、高貴の人々がここに集まった。イッサは「すでに全能の神の名において、教えを語ることによってその名を知られていたから」

 しかしイッサの目標は他にあった。ノートヴィッチが公刊した写本によると、イッサはひそかに父の家を離れてエルサレムに行き、東へ向かう隊商らとともに旅し、「神のことば」に生きる自らを完成させるため、偉大な仏たちの法を学ぼうとした。

 イッサがシンド――今日のパキスタン東南の地域を横切ったのは、14歳のときだった。インダス川下流の渓谷地帯である。彼はその地の「アーリヤ人」の間に落ち着くことにした。この人たちが、紀元前の第二・千年紀の初め、インダス川の渓谷に移住したとされるアーリア人に関係があることは明らかだ。イッサの名声はそこで高くなり、彼らジャイナ教徒は、イッサに共にとどまるよう求めたが、彼はそうしなかった。彼はやがてジャガナートの神殿に赴き、バラモンの祭司たちから歓迎された。彼らはイッサにヴェーダの聖典を教え、説教と癒やし、また悪魔祓(ばら)いの方法を伝授した。

 イッサはジャガナート、ラージャグリハ、ペナレス、またその他の聖都市で、学び、教えて6年を過ごした。彼は下位カーストの民衆、つまりヴァイシャ(農民と商人)やシュードラ(小作人と労働者)に聖典を教え、そのことによって上位カーストのバラモン(祭司)、クシャトリヤ(王族)との紛争に巻き込まれた。バラモンの定めによれば、シュードラはヴェーダ聖典に近づくことも、目で見ることも許されなかった。ヴァイシャは祭りのときに唱えられるヴェーダの章句を、聞くことだけはできたたが、シュードラにはそれさえ許されなかった。

 その掟に従うことなく、イッサはバラモン、クシャトリヤに逆らって、ヴァイシャ、シュードラに伝道した。この反逆に気がついた祭司、王族階級はイッサを殺そうと計った。

 危機をシュードラに警告され、イッサは夜陰に乗じてジャガナートを離れ、南ネパール・ヒマラヤ山麓へ脱出した。500年前、シャカ族の王子として生まれた偉大なる正覚者(ブッダ)、ゴータマの称号をもつシャカムニ生誕の地であった。シャカムニ――ことばの意味はシャカ族の賢者(ムニ)。

 6年間の学びの後、イッサは「聖典のいう完全な解脱者となった」。その後にヒマラヤを去って、西に旅立つ。道々、偶像崇拝を非難して教えを説きながら、そして遂に29歳、パレスチナへ帰る。


【『イエスの失われた十七年』エリザベス・クレア・プロフェット/下野博訳(立風書房、1998年)】


 こうした内容が現地の各所で言い伝えとして残っているという。堀堅士の推測とも完全に一致している。


 仏教もキリスト教もスタート地点に回帰すれば、思想的融合は可能なのかも知れない。

イエスの失われた十七年

2009-02-27

『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』中丸美繪(新潮社、1996年)


嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯


 チェリストから指揮者へ転身し、やがて小沢征爾藤原真理ら世界的音楽家を育てあげた斎藤は、その頑固な性格と鬼気迫る指導で誰もが恐れをなした天才的教育者だった。家庭内の問題や周囲との対立をよそに、子供の音楽教育にも情熱を注いだ執念の源とは。戦前戦後の音楽界の動向を描きつつ彼の内面に迫った感動の評伝。日本エッセイスト・クラブ賞、ミュージック・ペンクラブ賞受賞。

不可触民は立ち上がった アンベードカルは先頭に立った/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール


 飲み水を奪われた不可触民は遂に立ち上がった。アンベードカルはその先頭に立った――


 大会初日、数人のカーストヒンズー有志も演説し、被抑圧階級の権利を認め、援助を約した。その夜、大会委員会は出席した上位カースト・リーダーたちの意向を汲み、チャオダール貯水池へ集団行進し、貯水池を開放させることを決めた。翌朝大会委員は二人のカーストヒンズー・リーダーを訪れ、協力を求めた。かれらは異カースト間結婚の条項以外は支持することを誓った。人びとは直ちに貯水池へ向け平和行進を開始した。回教徒、キリスト教徒には開放しながら、同じ宗教を信ずる不可触民には一滴たりとも使わせないという不正に抗議する歴史的瞬間がここに幕を切って落されたのである。

 アンベードカルはその先頭に立って歩いた。彼は遂に人びとを“行動”させることに成功したのである。歴史は行動によって変えられ作られてゆく。彼は自らそれを実行し、人びとを励ました。

 4列縦隊に組んだ1万の隊伍は、胸を張り整然とマハード市の通りを行進し、チャオダール貯水池へ向った。

 アンベードカルは貯水池にの縁に立ち、静かに手を差しのべ、池の水を掬い口にした。人々は次々にそれにならった。デモの一行が平穏に集会場へ戻ってからしばらくすると、街に不穏な空気がみなぎりはじめた。不可触民が街の寺院にも入ろうとしているという噂がどこからともなく立ったのである。この噂にオーソドック・ヒンズーたちはいきり立ち、ならず者も含む多勢の群衆が手に手に杖をかざして街角にたむろしていた。やがて彼等は一団となって集会場を襲った。


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール/山際素男訳(三一書房、1983年)】


「水を飲むこと」は許したカーストヒンズーであったが、「寺院への立ち入り」は断じて許さなかった。犬が入ることは認められても、不可触民が立ち入ることは認められなかった。不可触民は犬以下の扱いを受けていた。


 ルワンダではフツ族の人々が「ゴキブリ以下」に扱われた。相手を人間として認めなくなった瞬間から「殺すこと」が許される。想像力が停止し、肉体的な苦痛、叫び声、流血を見ても何も感じなくなる。それどころか、快感を覚え始めるのだ。差別された側の人々は「狩りの対象」となる。


 虐げられている側が黙って耐えているほど、差別は堅固になってゆく。差別が人の生死に関わっている事態において、暴力は正当化されるべきだと私は考える。そうしなければ、差別する側の横暴を支える結果となるからだ。法整備が整っておらず、権利が侵され続ける人々がいる以上、誰かが正義を示すしかない。そして弱い者が連帯することによって、初めて社会はゆっくりと動き出すのだ。

アンベードカルの生涯 (光文社新書)

厳格極まる音楽教育/『齋藤秀雄・音楽と生涯 心で歌え、心で歌え!!』民主音楽協会編

 齊藤秀雄は著名な英語学者・齊藤秀三郎の子息である。戦後は桐朋学園で音楽教育に取り組み、ここから小澤征爾岩城宏之秋山和慶など錚々(そうそう)たる音楽家が巣立っていった。


 齊藤の指導は厳格を極めた――


 オーケストラを教えていても、できる子が間違えると怒る。それから二度目に弾けると怒る。最初からなぜそのようにやらないのか、と。


【『齋藤秀雄・音楽と生涯 心で歌え、心で歌え!!』民主音楽協会編(芸術現代社、1985年)以下同】


 蜂が刺しても、それを払うと叱られる。そんなことに気を散らしてはいけない、と。


 もう20年以上前に読んだ本だが、今尚記憶に痕跡をとどめている。齊藤門下数十名が恩師を偲(しの)び述懐する。言葉という言葉が齊藤秀雄の巨大な輪郭を見事に描いている。


 齊藤は「生徒ができる」と徹して信じ抜いた。だからこそ微塵の妥協をも許さなかったのだ。「真剣」とは相手の生命を絶つことのできる本物の刀のことである。命を懸ける思いがあるから真剣になる。師の厳しき一念が、今でも門下生の心を支えていることだろう。

斎藤秀雄・音楽と生涯 心で歌え、心で歌え!!

2009-02-26

S・J・ローザン


 1冊読了。


 29冊目『ピアノ・ソナタ』S・J・ローザン/直良和美〈なおら・かずみ〉訳(創元推理文庫、1998年)/シェイマス賞なんてのがあったんだね。さほど期待はしていなかった。表紙がどことなく『A型の女』(マイクル・Z・リューイン)を思わせた。物語は淡々と進む。舞台がアメリカだとは思えないほど静かに。私はイギリスのように思えてならなかった。主人公のビルがどうしてもヤンキーに見えない。謎解きはあるのだが、プロットを支えているのは魅力的な登場人物だ。キャラクター作りは似ていないものの、筋運びが藤原伊織を彷彿とさせる。アイダの人物造形が秀逸。ピアノ演奏の描写も素晴らしい。中高年向けミステリと言っておこう。

世界の金融システムは実質的に崩壊した=ソロス氏


 著名投資家のジョージ・ソロス氏は20日、世界の金融システムは実質的に崩壊した、とし、危機が短期間で解決する可能性は見えていない、と述べた。

 ソロス氏は米コロンビア大学で、動揺は大恐慌時よりも大きい、との見方を示し、現状をソビエト連邦の崩壊に例えた。

 同氏は、2008年9月の米リーマン・ブラザーズの経営破たんが市場システム機能の転換点だった、と述べた。

 ソロス氏は「われわれは金融システムの崩壊を目撃した」とし、「金融システムは生命維持装置につながれた。今もまだ同じ状態にあり、景気の底入れが近いとの兆しはみえていない」と述べた。

 オバマ米政権の経済再生諮問会議議長を務めるボルカー元米連邦準備理事会(FRB)議長もこの日、世界の鉱工業生産は米国よりも速いペースで減少している、と述べている。

 ボルカー氏は「大恐慌も含め、いかなる時代においても、全世界で景気がこれほど急速に悪化するのを見たことがない」と述べた。


【ロイター 2009-02-23】


ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ

「同じ列車に乗ることはない」SION


 YouTubeで偶然見つけた歌手。福山雅治が熱烈なファンだってさ。度肝を抜く声は、まるでトム・ウェイツ浪曲を唸っているような印象。曲調がどことなくソ連のウラジミール・ヴィソツキーに似ている。妙に後を引く不思議な声だ。


D


住人~Jyunin~

『歓喜の街カルカッタ』ドミニク・ラピエール/長谷泰訳(河出書房新社、1987年)


歓喜の街カルカッタ(上) 歓喜の町カルカッタ(下)


『パリは燃えているか?』の著者が、マザー・テレサの国インドで体験した、愛とヒロイズムの大型ノンフィクション。


 この街には、西欧の豊かな町のどこよりも、ヒロイズム、思いやり、そして喜びと幸福があった。

豊かな生命力は深い矛盾から生まれる/『不可触民 もうひとつのインド』山際素男

 山際素男を初めて読んだが、この人は文章に独特の臭みがある。漬け物や演歌と似た匂いだ。漢字表記や送り仮名までが匂いを放っている。


 だが、これは名文――


 生命というものは、矛盾(むじゅん)そのものを一瞬一瞬、あわやというところで乗り越え、乗り越え損(そこ)ない、といった際(きわ)どい運動の非連続的連続のくり返しの中に存在するものであろう。

 だから、生命力が豊かだということは、より深い矛盾の中から生れてくるなにものかでなくてはなるまい。


【『不可触民 もうひとつのインド』山際素男〈やまぎわ・もとお〉(三一書房、1981年)】


 一読後、再びこの文章を目にすると「そいつあ奇麗事が過ぎるんじゃないか?」と思わざるを得ない。多分、インドの豊穣な精神を表現したものだろう。しかしながら、インドが抱えてきたのはカースト制度という「桁外れの矛盾」であった。


 暴力の社会階層化、差別の無限システム――これがカースト制度だ。インドは非暴力の国であり、核を保有する国家でもある。そして中国同様、文化・宗教・言語すら統一されていない巨大な国だ。大き過ぎる危うさを抱えているといってよい。


 山際の文章に何となくイライラさせられるのは、「矛盾を肯定するものわかりのよさ」を感じてしまうためだ。所詮、傍観者であり、旅行者の視線を脱しきれていない。苦悩に喘ぐ人々に寄り添い、同苦し、何らかの行動を起こそうという覚悟が微塵もない。「本を書くためにやってきました」以上である。


 読みながら何度となく、「山際よ、インドの土になれ! 日本に帰ってくるな!」と私は叫んだ。だが私の声は届かない。だって、30年前に出版された本だもんね。


 差別は人を殺す。ルワンダの大量虐殺もそうだった。人類は21世紀になっても尚、差別することをやめようとはしない。きっと差別せざるを得ない遺伝情報があるのだろう。問題は、自由競争のスタート地点で既に厳然たる差別があることだ。

不可触民 もうひとつのインド 不可触民―もうひとつのインド (知恵の森文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

ガンディーはカースト制度の信奉者であった/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール


 歴史は粉飾される。目一杯化粧を施し、ロンドンブーツを履き、更に竹馬に乗ることも珍しくない。嘘と欺瞞と修正主義がセットメニューになっている。歴史とは権力者の都合次第で書き換えられる物語だ。


 ガンディー、アンベードカルは全く異った形で不可触民解放に向って進んだ。

 ガンディーはカースト制の信奉者であった! 彼の狙いとするところは、カースト制はそのままにし、不可触民制だけを廃止して不可触民を第5位カースト民の地位に引き上げようというものであった。ヒューマニストとして彼はこれら抑圧された人びとに心から同情し、カーストヒンズーたちの手によってひどい目に遭わされていることに心を痛めたのである。だから彼は、彼の運動の支持者であり後援者であるオーソドックス・ヒンズーの資本家たちを刺激しないよう常に非常に注意深かったのである。彼は幾百万のこれらの無知な、訴える術も知らぬ無辜の民が回教やキリスト教に無理矢理改宗させられていることに反対して指一本上げようとはしなかった。ガンディーのやり方は改良主義的であり、アンベードカルのように、この社会を根本から建て直す革命を目指すというより、傾きかけた古い家を改築しようというものであった。


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール/山際素男訳(三一書房、1983年)】


 目的が方法を決定する。ガンディーとアンベードカルは目指す目的地が違っていた。ガンディーはインド独立を目指した。そして、カースト制度という牢獄内で不可触民のために屋根を設けようとした。ただし、牢獄の壁を壊すことは許さなかった。ここにアンベードカルが対決せざるを得ない原因があった。


 商社の顧問弁護士として赴任した南アフリカで、ガンディーは屈辱的な差別を受けた。一等車に乗っていたところ、インド人(有色人種)であることを理由に、車掌の手で列車から突き落とされたのだ(※「イーチ大塚の感動スイッチ」による)。


 ということは、だ。ガンディーが南アフリカで体験した人種差別というのは「インド人差別」であって、肌の色や国家の違いによる差別であった。後年、ガンディーがカースト制度を死守しようとしたことを踏まえると、「同じ人間ではないか」という感受性は生まれなかったのだろう。ガンディーの矛盾は、差別のダブルスタンダードを自覚できなかったところにある。

アンベードカルの生涯 (光文社新書)

2009-02-25

進化する進化論 米国事情


創造説のナンセンスな変異


《G・ブランチ/E・C・スコット(全米科学教育センター)》


 生物は進化したのではなく、クリエーターたる神が創造した……。米国では創造論者たちが依然として公立学校での進化教育に反対する運動を続けている。創造説を進化論に代わる信頼できる説であるかのように装い、「インテリジェント・デザイン」という名前をつけて偽装するなど、その戦術を巧妙に適応させてきた。また、進化に関して科学的な異論があるかのように偽って伝える、創造説教育の擁護は学問の自由を守ることであると装ってみせる、などの戦術もある。

 いくつかの州で立法化されたアンチ進化論法がなぜ悪質かは明らかだ。創造説を科学的に信用できる説として教えるか、進化論に科学的な異議があるとミスリードすることによって、進化について生徒に誤った教育を行うよう、教師と地域の学区を仕向けている。進化科学の広範な領域は、どこから見ても科学的に確立したものだ。公立学校の教科書とカリキュラムは、そうした基本的で明快で異論のない事柄を正確に提示している。進化論が危機にさらされた説であると生徒たちに教えるのは、端的にいって、ウソを教えることだ。

 さらに、このウソは危険なウソだ。現代進化論の確立に貢献した遺伝学者ドブジャンスキー(Theodosius Dobzhansky)が36年前にいみじくも述べたように、進化に照らして考えない限り、生物学のすべては意味をなさない。進化なしでは、なぜ生物界が現在あるような形で存在し、別の様相にならなかったのかを説明するのは不可能だ。進化について適切な知識を得る機会が生徒に与えられなかった場合、基本的な科学リテラシーを欠いてしまうだろう。この科学リテラシーは、医学やバイオテクノロジー、環境に関する問題がますます重要になる未来において、労働者と消費者、政策担当者に不可欠だ。

 こうしたアンチ進化論法案の通過はつまるところ科学ではなく政治から生じるものであり、これを根本的に断つのは科学の進歩にはよらない。科学教育の健全性を心配する市民が、そうした立法化の動きに終止符を打つべく進んで行動することが必要だろう。


【『日経サイエンス』2009年4月号】

えひめ丸事故で「やむなく沈没」 閣僚経歴に絡み笹川氏発言


 自民党の笹川尭総務会長は24日夜、都内で開かれた党参院議員のパーティーであいさつし、平成13年に起きた米原潜と実習船えひめ丸の衝突事故への対応で退陣に追い込まれた森内閣で閣僚を務めた自らの経歴に触れ、「ゴルフをやっていて閣僚を首になったわけではないが、あれでやむなく沈没した」と発言した。

 死者9人を出した惨事だけに不適切な表現との批判も出そうだ。笹川氏は共同通信の取材に「米潜水艦のせいとはいえ人命が失われたのだから当時の閣僚は責任を取った。人命は重く、閣僚の責任も重いということを言った」と説明した。

 えひめ丸事故当時、森喜朗首相はゴルフ中で、事故の報告を受けた後もゴルフを続けたとして批判され4月下旬に退陣した。笹川氏は総合科学技術会議担当相だった。


【産経新聞 2009-02-25】

挨拶のできない人々


 仕事上で様々な企業や店舗へ行くが、挨拶のできない人を時折見かける。私は声が大きいので、聞こえないということは考えにくい。「多分忙しいのだろう」「きっと心に余裕がないのだろう」と思うように努力しているのだが、あまり上手くゆかない。


 私の実家は幼少の頃より来客が多く、きちんと挨拶をしないとゲンコツが飛んできた。教育方針といった大袈裟なものではなかったことだろう。ただ、当たり前のことを当たり前にやれ、といった雰囲気であった。だから近所でも「あそこの子は本当にしっかりした挨拶をする」と評判だった。


 何度か足を運んでいるうちに、挨拶できない人の輪郭が見えてくる。彼、あるいは彼女達は上司に対して挨拶を欠かすことはない。つまり、スネ夫がジャイアンを無視することがないのと同じだ。ということは、私はのび太なのか。


 挨拶のできない連中は、一瞥をくれた瞬間に上下関係や社内力学を判断し、無視しても構わない相手かどうかを選別しているのだ。やっぱりスネ夫だ。


 挨拶というのは、社会に向かって自分の心のドアを開く営みであると私は考えている。つまり、「挨拶をできない」という反応の鈍さが、必ず生活や人生に反映しているはずだ。連中に子供がいたとすれば、子供の反応を敏感に察知し、喜怒哀楽を共有することは難しいだろう。


 挨拶しない奴を見る度に、「ケッ、こんなところに犬のクソが落ちてやがるよ」と私は心で罵ることを励行している。一度でも挨拶を欠いた人物に、私の方から挨拶をすることはない。挨拶の道は厳しいのだ。

「孤独な詩人」忌野清志郎


 どんとの曲を清志郎が歌っている。2006年1月に開催された「どんと紅白」というステージ。自家薬籠中の物とした観がある。ローリング・ストーンズの「Like a Rolling Stone」を彷彿とさせる。ソウルフルなバラードが魂をビリビリさせる。是が非でも清志郎のCDに収録してもらいたいものだ。


D


DEEP SOUTH

サラエボ紛争を生き抜いた子供達/『失われた思春期 祖国を追われた子どもたち サラエボからのメッセージ』堅達京子


 はっきり書いておこう。作品としてはイマイチだ。だが、サラエボの子供達の言葉の数々は一読に値する。否、そのためだけに対価を支払ったとしてもお釣りが来る。


「そしてぼくは、ぼくらの国の言葉で書かれ、ぼくらの国の俳優が演じているこの作品を、サラエボで上映することで、苦しんでいる子供たちに、ほんの少しだけの喜びを、ほんの少しだけの微笑を、ほんの少しだけの感動を与えてやりたいんだ。そして何より、彼らに会いたいんだ。特別なことは何もない。ただ、彼らが生きているのをこの目で見て、この手で触って、楽しく語り合って、そしてこの映画を一緒に見たいんだ」


【『失われた思春期 祖国を追われた子どもたち サラエボからのメッセージ』堅達京子〈げんだつ・きょうこ〉(径書房、1994年)】


 逆境が魂を崇高にするのか。はたまた、悲惨が心に悟性を開花せしめるのか。こんな美しい言葉が次から次と、インタビューに応じて溢れ出る。


 10代でありながらも、少年少女達は既に私の何倍もの人生を知っているのだろう。彼等は確固たる“人間”だ。私以上に人間だ。

失われた思春期 祖国を追われた子どもたち

不可触民=アウトカースト/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール


 いつの時代も歴史は勝者によって綴られる「後出しじゃんけん」だ。負けた人々は「ずるいよ」と言うことも許されない。勝てば官軍、負ければ賊軍だ。


 インドといえばガンディーである。インド独立の父と呼ばれ、マハトマ(偉大な魂)と称えられた。私も「何となく」尊敬していた。さしたる理由もなく凄い人物だと思い込んでいた。遠くの山河が美しく見えるように、遠い過去の歴史もまた美しい。距離は汚穢(おわい)を隠す。50メートル離れれば、あなたも美人に見えるはずだ。きっと。


 マハトマ・ガンディーは不可触民制廃止のために戦った。しかし彼は、一度としてカースト制度を否定したことはなかった。ガンディーが目指したのは、不可触民(アウトカースト)をカースト内の最下層に収めることだった。カースト万歳。ガンディーはバラモン階級出身だ。(※ヴァイシャ出身とのこと)

 不可触民の権利のために立ち上がったのはアンベードカルであった。インドにこれほどの巨人がいたことを私は知らなかった。それは恥ずべきことであった。“虐げられた人々”は“人類の苦悩”を体現する人々だ。であるが故に、人間扱いされない人々のために戦う勇者は、人類の苦悩を救う菩薩に等しい。アンベードカルは生涯にわたって、不可触民として生き抜いた。


 アンベードカルは、貧しい不可触民の家に生まれた。

 不可触民というのは、ヒンズー社会の最下層階級であり、太古の昔からカーストヒンズー(不可触民以外のヒンズー教徒)によって“触れるべからざるもの”として忌避されてきた。

 1950年、インド新憲法がこの不可触民制を廃止するまで、不可触民階層は“触れるべからざるもの”“近寄るべからざるもの”“視るべからざるもの”という三つのクラスに区分され、徹底的に差別されてきた。その数約6000万。3億のヒンズー教徒の20パーセント、5人に1人が不可触民であった。


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール:山際素男〈やまぎわ・もとお〉訳(三一書房、1983年/光文社新書、2005年)以下同】


 ビーム(※アンベードカル)兄弟はいつも教室の隅っこに、家から持ってきたズック袋を床に敷いて座らせられた。それが不可触民の子弟への当然の扱いであった。多くの教師は面と向かって教えることも、質問することすら避けた。言葉をかけるだけで“穢れる”からだ。兄弟はのどが乾くと、誰かが水をのどに流しこんでくれるのを待つしかなかった。飲水に手を触れることは絶対許してもらえなかったからだ。


「穢(けが)れ」だとさ。罪もない人々を差別する自分達の薄汚い精神構造を不問に付して、よくもそんなことが言えたものだ。アーリア人のインド支配から生まれたカースト制度は、2500年もの間にわたってインドをがんじがらめにしてきた。これに勝る緊縛プレイはない。究極のSM思想――それがバラモン教でありヒンドゥー教の正体だ。あのガンディーですら差別思想から解放されることはなかった。

 赤道の直ぐ上に位置するインドで、飲み水を制限されることは文字通り死活問題となる。金がないことよりも切実だ。特定の人々をばい菌扱いするような思想は、今尚インドを支配している。

アンベードカルの生涯 (光文社新書)

2009-02-24

『人間の崩壊 ベトナム米兵の証言』マーク・レーン/鈴木主税訳、鶴見良行解説(合同出版、1971年)


人間の崩壊―ベトナム米兵の証言 (1971年)


 これでも人間か! 人間はこうもなり得るのか? もはや人間ではない。崩壊だ! 崩壊が、あなたとわたしを包む同じ文明、同じ時間の中で起こってる! この本は公刊に際し、非常な勇気と決意を必要とした。権力に対する、最も強烈な告発の書だったからだ。読者にも、恐怖に堪える勇気を要請する真実の書だ!(帯より)

巨大な建造物は人間の不安を写している/『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト


 こんな文章が延々と続く。改行もないままで――


 駅舎建築を研究していると、と午後遅くハントスフーン・マルクトにあるカフェのテラス席で歩き疲れた足を休めているあいだにもアウステルリッツは語った。別離の苦悩と異郷への恐怖という考えがなぜか頭にこびりついて離れません。そんなものは建築史とはなんの関係もないのですが。もっとも、けた外れに巨大な建造物は、往々にして人間の不安の度をなによりも如実に写しているものなのです。要塞の建設を見るとはっきりとわかります、たとえばアントワープ要塞がうってつけの例ですが、あらゆる外敵の侵入を防ごうとするならば、自分たちの周りにつぎつぎと防御設備をめぐらしていかざるを得なくなり、その結果、同心円がとめどなく拡大していって、最後に自然の限界に達して終わるまで続くのです。


【『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト/鈴木仁子訳(白水社、2003年)】


 何となくエリアス・カネッティの『蝿の苦しみ 断想』と文体が似ている。なおかつ冗長であり、豊穣であり、逸脱していると感じるほど言葉が溢れている。


 しかも一読してわかるように、言葉によって思想を組み立てるのではなくして、思想が言葉を紡ぎ出している。雨に濡れてキラキラと光る巨大な蜘蛛の巣を眺めているような気分になってくる。

改訳 アウステルリッツ (ゼーバルト・コレクション)

依法不依人/『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である』堀堅士

 いやあ、たまげた。これほど興奮を掻(か)き立てられることも珍しい。一見すると「トンデモ本」と見受けるが、それこそ、とんでもない話だ。


 関西大学法学部教授というだけあって、緻密(ちみつ)な考証と論理を積み上げて、紀元前の壮大なドラマに迫ろうとしている。“想像力を遊ばせる”といった類いの姿勢は全くない。昨日の夜遅くに読み終えて、ざわめき立つ脳細胞が眠ることを拒否した(笑)。


 もう、のっけから全開である。四つの福音書(イエスの伝記=マタイ伝、マルコ伝、ルカ伝、ヨハネ伝)を比較し、


 一人の人物が四つの異なった「履歴書」を持っているとしたら、あなたは、その人物を信頼することが出来るでしょうか。


 とバッサリ。当時のベツレヘム地方で12月25日に赤ん坊が「馬小屋のかいばおけ」に産み落とされたら、「間違いなく凍死している」と手厳しい。


 また、仏教とキリスト教の酷似するキーワードが次々と示される。釈迦の母親・摩耶(Maya)=イエスの母・マリヤ(Maria:Mary)、釈迦の父・浄飯王(じょうぼんのう)は、イエスの父・ヨセフ(Ioseph:Joseph)と関係ないが、イエスの宗教上の父であるヨハネ(Ioannes:John)という名は、イタリア語で「ジョヴァンニ」(Giovanni)と発音する。

 もうね、走り出したくなるほど興奮したよ(笑)。これ以降、怒涛のラッシュ。次々と聖書の根拠が仏典にあることを明らかにしている。


 釈迦は、尼連禅河(ネーランジャラー)で「洗身」した後、49日間、仏陀伽耶(ぶっだがや)の菩提樹の下で悪魔の誘惑に会いました。

 これは、イエスがヨルダン河で「洗礼」を受けた後、荒野で40日間、悪魔の誘惑に会ったことにまさに相当することであります。


 法学者の面目躍如といったところ。そればかりではない。類似点・酷似箇所を列挙しながらも、返す刀で相違点の理由まで示しているのだ。


 何だかね、「別々の事件の犯人が実は同一人物だった」という法廷スリラーを読んでる気になってくるよ。


 カースト制度の最上層に位置するバラモン(婆羅門)が、中央アジアで少数派だった「アーリヤン」(白人)であり、インド人種との同化を恐れた挙げ句、階級社会が作られた。


 この白人支配下のインドに生れた釈迦は、苛酷な人種差別と職業差別とに反対し、「人間みな平等」(「四姓平等」)の立場に立って、かの宗教を創始したのでありました。


 二乗(声聞乗、縁覚乗)がバラモン出身者であったことを踏まえると、大いに首肯できる話だ。「二乗不作仏」とは、彼等に巣食う拭(ぬぐ)い難いまでの「差別意識」を仏が責めたものだったのだろう。


 だが悲しいことに釈迦滅後、後継者は“頭陀第一の迦葉”(バラモン出身者)となり、仏教のバラモン教化が避けられなくなる。


 著者はイエスの正体にどんどん迫る。「来(きた)るべき者」としてのメシヤ(救世主)は、仏教の「当来仏」としての弥勒(みろく)である、と。弥勒=サンスクリット語マイトレーヤ(Maitreya)=パーリ語のメッティーヤ(Metteya:Mettiya)となって、見事に「メシヤ」とつながるわけだ。そこから更に類推し、「天にいますわれらの父」が「久遠実成の本仏」であると洞察し、キリスト教が大乗仏教の分派であると結論づけている。


 依法不依人の件(くだり)は圧巻――


『サムユッタ・ニカーヤ』(47-14「支羅」)によれば、サーリプッタも、モッガラーナも死去した後のガンジス河のほとりでの「布薩」(悔い改めの集会)で、釈迦は次のように言いました。

「修行者たちよ、サーリプッタとモッガラーナが完全な安らぎの境地に入ってから後のこの集会は、わたしにとっては、まるで空虚なものに思われる」。「修行者たちよ、この世のことは、すべて無常なのであるから、生成して消滅しないものは何一つとして存在しない。堅固な大樹がそこにあっても、その枝が先に枯れてしまうこともある。それと同じように、修行者たちよ、この堅固な仏教僧団はあっても、サーリプッタとモッガラーナの二人は、先に、完全な安らぎの境地に入ったのである。修行者たちよ、その故に、自分を頼りとし、自分をよりどころとして、他人をよりどころとせず、法を頼りとし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしてはならない」。

 更にまた、『サムユッタ・ニカーヤ』(47-9「病気」)によれば、ヴェーサリーで大病にかかった釈迦は、アーナンダに向って次のように言いました。

「アーナンダよ、現在においても、また、わたしが死んだ後においても、自分を頼りとし、自分をよりどころとして、他人をよりどころとせず、法を頼りとし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしない者は、わたしの弟子たちの中でも最上の修行者となるであろう」。

 釈迦が、このように繰り返し教えていることは、ただ、法(真理)を燈台として、その光に頼り、ただただ、自分自身を清め、自分自身で修行せよということだけであります。

 釈迦は「仏教僧団」(sangha サンガ)に帰依せよとは言っていません。まして、「僧侶」に帰依せよなどとは教えていません。

 また、釈迦は「釈迦牟尼仏」に帰依せよとも、その他の如何なる「仏陀」に帰依せよとも言っていません。

 このようにして、「南無妙僧」でも、「南無妙仏」でもなく、「南無妙法」こそが仏教の真髄を射抜くものであることがわかるのであります。


 側頭部を金属バットで殴られるほどの衝撃。「独創的な研究を、どれほど多くの孤独が支えてきたことか」と思わずにはいられない。「学ぶ」行為は孤独な作業だ。自分の頭で考え抜くことは、自分の限界に挑むことでもあろう。


 絶版になる前に、注文されたし。

仏教とキリスト教 イエスは釈迦である

2009-02-23

間宮陽介


 1冊挫折。


 挫折10『市場社会の思想史 「自由」をどう解釈するか』間宮陽介(中公新書、1999年)/新書だと思ってなめてかかったのが失敗。結構難解。20ページほどで挫ける。経済学はアダム・スミスの『国富論』に始まるが、ケインズ理論から現代に至る経済学の思想的背景を探っている。本来であれば、サブプライム問題を論じるのであれば、このあたりから勉強しないといけないのだろう。体力をつけてから再チャレンジする予定。

戦時中、日本兵は中国人を食べた/『戦争と罪責』野田正彰


 本書もどんどん紹介してゆきたいのだが滞ってしまっている。


 日本兵による鬼畜の如き行為がいくつも出てくるが、これには唖然とした――


 また自白できることと、決して自白できないことがある。一人ひとりの脳裏を、自白できない罪行が掠めていった。いかに上官の命令と弁明しても逃れられない。自分の意思による罪行も浮んでくる。強姦を上官の命令とは言えない。処罰されることは極めて稀だったが、一応、強姦は犯罪とされていた。そのため兵士たちは強姦の後で女を殺したのである。

 第59師団第111大隊の下士官であった新井正代は、次のような罪行を書き残している(『私たちは中国でなにをしたか 元日本人戦犯の記録中国帰還者連絡会編)。


 私は2日前から18歳ぐらいの中国の娘を連行させていた。自分の慰みものにしていたのだが、いずれは何とか処置しなければならぬことは分っていた。

 このまま殺してはつまらない。私は一つの考えを思いつき、それを実行した。私は娘を裸にして強姦し、その後、庖丁で刺し殺し、手早く肉を全部切り取った。それを動物の肉のように見せかけて盛り上げ、指揮班を通じて全員に配給したのである。兵隊たちは人間の肉とも知らずに、久し振りの肉の配給を喜び、携行していた油で各小隊ごとに、揚げたり焼いたりして食べた。


 信じがたい残虐。こんな犯罪は戦友にも言えない。まして、勝者である中国人に言えない。


【『戦争と罪責』野田正彰岩波書店、1998年)】


 戦争は人間を獣に変貌させる。人間はいかなる環境にも順応できるということなのか。歯止めの利かない欲望が、人間の正体なのか。


 本書には、勇気を奮って自分が犯した戦争犯罪を告白した数人の方が登場する。野田正彰は直接インタビューをしながら、彼等の精神を分析する。当時の心理はどのような状況だったのか。そして、現在の精神は健全といえるのか。野田は疑問を呈し、時に辛辣な評価を下す。そう。評価だ。


 民族性に目を配り、時代を読み解きながらも、まるでカルテに書き込んでいるような素振りが感じ取れる。それが、結果的に本書の論旨を中途半端にしている。


 もちろん、彼等が犯した行為は許されることはあり得ないし、告白した程度で罪が軽くなるとも思えない。「よくも生きていられるもんだな」というのが私の本音である。やり直しが効くレベルをとっくに超えてしまっている。


 だがもっと大切なことは、彼等が実は私の祖父だったのかも知れないし、あるいは同じ状況になれば我々だって、そうならないとは言い切れないだろう。私は言い切ってしまうけどね。


 彼等が示したのは、人間の中に潜む「最悪の可能性」だ。人という動物はこれほどむごいことをし得るのだ。私は彼等の行為を知った。彼等の行為を学んだ。だから、同じことは絶対にしない。目の前でそのような非道が行われれば、私自身が“法”と化して、速やかに断罪するだろう。

戦争と罪責

仏教はもっともドグマから遠い教え/『ブッダ入門』中村元


 インディラ・ガンジーは、インド初代首相ネルーの娘。1984年、護衛兵をしていたシーク教徒の凶弾に斃(たお)れた。


 私は、インドのインディラ・ガンジー首相がお亡くなりになる2週間ほど前に何度かお会いしました。ちょうどその時、「仏教および国民文化に関する第1回会議」("The First International Conference of Buddhism and National Cultures")というのが開かれていたのです。この会議を開いたことが、ある意味でガンジー首相の最後の仕事になったといってもいいと思います。ガンジーさんがなぜそういうことを思いついたか、インド政府が国費を支出してそのようなことを行なったのはなぜかというと、開会式の中でこういうことをいっていました。

「今の世界は非常に危険な状態にある。文明は進歩したけれども、精神面ではいろいろとちぐはぐなことが起こっている。今度もしも戦争が起きたなら、勝利者もいないし、敗北者もいない。これをどうして防いだらよいか。そのためには高貴なる精神を必要とする。過去の世界の生んだ偉大な精神的指導者の教えに耳を傾けるべきである」

 そこでまずブッダ(仏陀)をあげます。それからマハーヴィーラをあげます。これはジャイナ教の開祖です。それから3番目にあげたのがナーナタです。シク教の開祖です。次にマホメットイエス・キリスト孔子老子、こういう人の名をあげました。世界の多くの人々が奉じ、耳を傾けている教えというわけです。

 そして、

「こういう人々の教えに耳を傾けるべきであるけれども、とくに仏教はリースト・ドグマティックである」

 つまり、仏教は、教義をたてに人を縛ることがもっとも少ない。

「だから私はその精神を明らかにするためにこの会議を開く」

 といっていました。


【『ブッダ入門』中村元(春秋社、1991年)】


 アンベードカルを知った今、インディラ・ガンジーに対する私の評価は地に落ちてしまった。政治的に仏教を利用した感さえ覚える。所詮、ヒンズー教徒である。マハトマ・ガンジーも、ネルーも同じ穴のムジナだ。カースト制度を疑うことなく、カースト制度の維持に務めた連中なのだ。


 カースト制度はアーリア人のインド支配によって誕生した。紀元前13世紀頃のことである。ブッダが生まれたのは約1000年後の紀元前463年(中村元説)だった。


 岡田英弘によれば、インドは歴史を持たない国であるという。このため詳らかな事蹟は謎に包まれている。しかし、仏教がカースト制度を打破できなかったことは確かだ。思想は習慣に勝てなかったということなのか。


 インディラ・ガンジープーラン・デヴィが憧れた人物だった。そして、「ファシズムの権化」「ヒトラーの再来」とインド国民から罵られた人物でもあった。

ブッダ入門

2009-02-22

イェーリング、森本哲郎


 1冊挫折、1冊読了。


 挫折9『権利のための闘争』イェーリング/私が読んだのは小林孝輔、広沢民生訳(日本評論社、1978年)。28ページで挫ける。傲慢な保安官を思わせる文体にウンザリ。1872年に行った講演の原稿が元になっているとのこと。先住民(インディアン)や黒人の権利は不問に付しながら偉そうなことを言うんじゃねえやい、という心持ちになる。


 28冊目『生き方の研究』森本哲郎(新潮選書、1987年)/久し振りに森本哲郎を読む。リリシズムが蝶のように舞っている。文体が深代惇郎とよく似ている。歴史上の様々な人物を取り上げ、生き方を問う。引用されている書籍も豊富だが、決してそれらに寄り掛かっていない。手放しで絶賛しても、必ず自分の言葉が加えられている。そこに森本哲郎の確かな思索の軌跡がある。特に、『ロビンソン・クルーソー』の章は痺れた。ため息が出るほどの文章だ。

「上を向いて歩こう」坂本九、近藤房之助、忌野清志郎


 同じ曲でありながら、それぞれカントリー、ブルース、ロックンロールという味つけの違い。歌手の力量が、歌の力を見事に引き出している。近藤房之助の声の表情と陰影、忌野清志郎のねばっこくからみつくようなヴォーカルが圧巻。


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コンプリート・オブ・近藤房之助 at the BEING studio


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社内主義から社外主義への転換/『スーパーサラリーマンは社外をめざす』西山昭彦


 ビジネス書ではあるが、日本人の内向性を見事に言い当てている。組織の内側に向かうエネルギーが、企業から体力を奪い取っている。


 この数年間、多くの企業の部課長と議論を重ねた結果、一つの結論に達した。これから日本企業が発展していくには、「社内主義」を転換し「社外主義」の道を歩む以外にないということである。社内主義とは、社員が主として社内を向いており、その結果として過度の社内サービス、内部調整、人脈づくり、社内情報収集などが起こり、付加価値創造に結びつかないエネルギーが過剰に費やされる状態である。

 そんなことは、わかっている、もうすでに改善してきたという経営者がいるかもしれない。しかし、筆者が事務局を務めるわが国最大の異業種交流会、アーバンクラブ(会員数1100人)に加盟する部課長114名のアンケート(1995年12月)によると、仕事を進めるうえでのエネルギー投入は、社内が66%、社外が34%、社内での過度のつきあいや根回しを圧縮し、社外に向かって仕事をするための改革が必要という人が89%にのぼっている。

 ある企業の営業部では、部長が管理職を毎夜会議室に集め、酒を飲みながら10時までつきあわせる。その結果、管理職は疲れがたまり、仕事に身が入らないという。また、別の会社では、毎週1回の部長会議のために、各部の社員が必死に分厚い資料をつくるが、その多くはほとんど読まれることなく捨てられていくという。さらに、役員から呼ばれたので、顧客とのアポをキャンセルする。せっかく他部門からいい案が出てきても、自分の部門の発案でないので得点にならないと潰してしまう。こんな事例が山のようにある。こんなことをしていて、人件費世界一の日本企業が、国際競争に勝てるはずがない。

 日本全体で膨大なむだなエネルギーが浪費されており、ここにメスを入れることが日本企業の再生と日本経済の発展に不可欠になっている。

 社外主義とは、社員の目が主として社外を向いており、社内調整やつきあいが最小限に圧縮され、社会に最大の付加価値を生み出すためにエネルギーが使われる状態である。いまこそ、社内主義から社外主義への転換を進めなければならない。


【『スーパーサラリーマンは社外をめざす』西山昭彦(読売新聞社、1996年)】


「敵は本能寺にあり」ってわけだ。しかしながら、組織という体制がヒエラルキーによって支えられている限り、内部構造における不要なエネルギーは常に浪費されることになる。問題は、これが新陳代謝なのか、はたまた腫瘍なのかということだ。進行性の癌であれば、会社の存続も危うくなる。また、末端社員に過大なストレスがのしかかっているような企業は、手足が自由に動かなくなった状態といえる。


 人体こそ理想的な組織とすれば、トップ(脳)からの指示系統というタテの線は不可欠だ。ただ人体は、脳からの中枢神経だけで機能しているわけではない。運動器系、循環器系、内臓系、感覚器系という多重構造が人体を成り立たせている。

 この多重構造を社内でいかに組織化するかが、経営者の力量なのだろう。健全な組織を構築すれば、次に衣服や武器が必要な段階となる。

スーパーサラリーマンは社外をめざす

G・H・ハーディはラマヌジャンを警戒した/『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル


 ハーディは当代きっての数学者であった。しかし、このケンブリッジ大学教授ですら、ラマヌジャンの数学理論を「狂人のたわごと」程度にしか思っていなかった。ハーディ以外の数学者にもラマヌジャンは手紙を出していたが、誰一人としてまともに扱おうとする者はいなかった。そう。ラマヌジャンの頭脳は桁外れだった。


 賢明な警戒だった――溝は確かに深かったのだから。ハーディにすれば、ラマヌジャンの送りつけてきた定理の山はまるで異郷の森であった。ひとつひとつ木であることはわかるのだが、あまりに珍種なのでどこか他処の星からやってきたもののように思われたのだ。彼をまず驚かせたのはラマヌジャンの定理の奇抜さであって、その輝かしさではない。「このインド人は一種の狂人なのだろうか?」。友人のスノウによると、ハーディにとって、見知らぬ人から奇想天外の原稿を送りつけられるのは日常茶飯事だった。大ピラミッドの預言の謎解きをしたとか、大シオンの啓示の意味がわかったとか、シェークスピア劇にベーコンが挿入した秘密の暗号を解読したとか……


【『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル/田中靖夫訳(工作舎、1994年)以下同】


 ハーディは、同僚のリトルウッドの手を借り何日もかけてラマヌジャンの数式の確認作業に取り組んだ。

「お初にお目にかかったこれらの定理が最高クラスの数学者にしか創造しえないことは一目瞭然だった」。そして、ハーディ流の典雅な言い廻しでこう付け加えている。「これらの定理は正真正銘のものに違いない。もしそうでないとすれば、一体誰がそれを捏造(ねつぞう)するだけの想像力をもっているというのか」。


 こうして、インド国内では理解されることのなかったラマヌジャンに、世界の扉が開(あ)けられた。後年ハーディは語った。「私の生涯最大の業績は、ラマヌジャンを発見したことだった」と。だが、そうではなかった――


 ラマヌジャンの真価を見抜く人物がインドにいなかったのも別段驚きではない。最上級の数学教育を受けたハーディは当時イギリス最高の数学者であり、最新の数学思想にも目を配り、しかもラマヌジャンが開拓した分野は彼の専門領域だった。その彼でさえラマヌジャンの定理に接するや、「このようなものは一度もみたことがない」と当惑したのだから。ラマヌジャンの研究を理解できず、自らの判断に自信がもてなかったのはインドの人たちばかりではない。ハーディとて同じなのだ。実のところ、今日彼の名誉とされているのはラマヌジャンの天分を見抜いたことではない。懐疑主義という己の壁を自ら打ち崩したことなのである。


 数学という知の系譜が出会うべくして、二人を邂逅させたのだ。いつの時代も、運命という偶然の底に流れる血脈がつながった時、人類史は大きく様相を変えてきた。


 数学がラマヌジャンを世界の檜(ひのき)舞台へ引き上げた。そして、ラマヌジャンは不遇の中で死を迎えることになる。何という運命の悪戯(いたずら)か。天才数学者の悲しい人生。この落差がラマヌジャンの存在を一層際立たせている。

無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン

日蓮の『立正安国論』/『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基


 日蓮の思想は右翼に利用されてきた歴史がある。


 ところで、北(一輝)、石原(莞爾)両者とも熱烈な日蓮信者であったわけだし、後述する井上日召日蓮宗僧侶であった。日本の「右翼」とされる人物には日蓮信者が多い。


昭和の右翼思想について


 我々は(変な言葉だが)昭和ファシズム国粋主義者や天皇主義者によってもたらされたと習った。だが実際には国策を主導したスーパーエリートらは、国粋主義者や天皇主義者というより――或いはそれ以前に――日蓮主義者だったということだ。


【「亜細亜主義と日蓮主義宮台真司


 鎌倉時代にあって国主に諫言(かんげん)を繰り返し、蒙古襲来と内乱を予言した日蓮を、国粋主義につなぐのは容易だ。蒙古の攻撃が神風によって封じられたエピソードを盛り込めば、もう完璧。


 宮台真司のテキストは興味深いものだが、社会におけるパラダイムシフトの有効性に重きを置いたものであって、思想の正当性に言及したものではない。ここ要注意。宮台流のアジテーションであると私は読んだ。


 日蓮の『立正安国論』は、天災地変や内憂外患の根源を思索した結果、とくに法然の念仏を禁止して、国土全体が正法たる『法華経』に帰依しなければ、安国にならないことを諌暁(かんぎょう)する、壮年の血気あふれた論書である。それは、「立正」の確立によってのみ「安国」の理想が実現されることを主張した、破邪顕正(はじゃけんしょう)の論書であった。この論書のなかで、日蓮がとくに法然の念仏を排撃していたのは、念仏が、現実の国土問題に対し、人びとの関心をあの世にすり変(ママ)えてしまうことを恐れたからである。天災地変や内憂外患から、国土の安全を守らなければならないときに、人びとが念仏信仰にひたって、ただわが身の後生(ごしょう)を願うだけにとどまることを、日蓮は極度に恐れていたのである。日蓮の立正安国は、もはや旧仏教の鎮護国家思想のむし返しではなかった。


【『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基〈ところ・しげもと〉(中公新書、1967年)】


 日蓮が他宗を排撃したのは、教団勢力拡張を目的としたわけではなく、現実から逃避し、体制に額(ぬか)づくという、無気力を助長する教えであった。それは、「もはや旧仏教の鎮護国家思想のむし返しではなかった」――この指摘は鋭い。


 この世を否定し、あの世の幸福を説く宗教はおしなべて邪教といってよい。人々から「生きる力」を奪って、知らず知らずのうちに権力者に迎合する態度が身につくからだ。哲学にせよ、宗教にせよ、そこに求められているのは「現実を変革し得る力」である。


 人々を無気力に陥れる本質的な課題は貧・病・争であろう。そして大衆消費社会、情報化社会においては、新たな別枠での貧・病・争が形成される。タテ階層の無限連鎖。これぞ無間地獄。

鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮

2009-02-21

エリザベス・クレア・プロフェット


 1冊読了。


 27冊目『イエスの失われた十七年』エリザベス・クレア・プロフェット/下野博訳(立風書房、1998年)/資料的な要素が強く、読み物としてはさほど面白くない。だが、桁外れのインパクトがある。イエスの人生は13歳から30歳にわたる期間の記録がない。キリスト教ではこの間エジプトに行っていたことになっているそうだ。本書ではイラン(ペルシャ)からアフガニスタンを経由してインドへ行ったことを検証している。つまりイエスは、17年間仏教を学んでいたって話。凄いのは証拠があるところ。チベットのあちこちで伝説が語り継がれ、僧院にはパーリ語で記された『聖イッサ伝』(※イッサ=イエス)という羊皮紙状の仏教経典が多数現存しているそうだ。で、この文書を直接目撃した3人のテキストの一部を各章で紹介している。巻末の原注、および訳者あとがきも興味深い内容だ。堀堅士著『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である』(第三文明レグルス文庫、1973年)と併せ読めば完璧。

『生命の尊厳/人間の世紀 第1巻』時実利彦編集(潮出版社、1973年)


生命の尊厳/人間の世紀 第1巻


 このような構想にたてば、この問題の論議は当然、自然科学だけでなく、いろいろな人文科学や宗教の分野の方のご参加によってなされねばならないはずであるが、執筆者の数が制限されているので、心ならずも、私を含めて10名に絞らせていただいた。そして、ご執筆いただく内容は、1の田中美知太郎氏と2の澤瀉久敬氏とには哲学的立場からの生命の問題を、3の神谷美恵子氏と4の梅原猛氏とにはそれぞれ西洋と東洋の生命観を、5の渡辺格氏と6の高橋秀俊氏とには最近の進歩した自然科学の観点からの生命観を、7の遠藤周作氏と8の池田大作氏とには文学・宗教者としての生命の見方を、9の榊原仟氏には医学に立脚した生命への対処の仕方をお願いし、10の私は人間学的生命観を述べさせていただいたような次第である。幸いにも、ご依頼した方々は執筆をご快諾され、このような立派な論文を寄せていただいたことは、編集者として身に余る光栄であり、読者の方々にも、さぞ喜んでこの本を手にしていただけるものと信じている。


【「まえがき」時実利彦(ときざね・としひこ)】

右翼思想からみた、自己責任バッシングの国辱ぶり


 国民は憲法的命令で国家を操縦する。これが常識。政府の言うことを聞かない国民は反日分子とほざく議員がいた。法的命令がない限り政府の言うこと聞かないのが国民だろうが。憲法に国民の義務を書けとほざく輩が議員を名乗る国ならでは。


宮台真司 2004-05-30

片麻痺〜利き手でない手で文字を書く/『リハビリテーション 新しい生き方を創る医学』上田敏


 脳梗塞など脳血管障害によって片麻痺になる人は多い。以下は、利き腕の側が麻痺になった場合、どのように反対の手で文字を書くかという具体的な手法。これは覚えておいて損はない――


 ただ、利き手でない手で字を書くには訓練の順序がある。字を書くときは筆圧が必要で、ボールペンにしろ鉛筆にしろ、手に力を入れて書かなくてはならない。ところが右利きの人は左手で字を書いた経験がないので、書いても初めは力が入らず、うすい弱々しい線しか引くことができない。強く書こうとすると、今度は力が入りすぎて真っすぐな線にならないし、必要以上に線が伸びてしまったりする。

 そこで筆圧を強めるために、まず「塗りつぶし訓練」をする。これは塗り絵のようなもので、たとえば四角や三角、丸、あるいは大きな白抜きの文字の中をきれいに塗りつぶす訓練である。この訓練をすると一定の長さの直線を、一定の強さで引けるようになる。この訓練は次の段階に入ってからも続けていく必要がある。

 次に、子どもが字を習い始めるときと同じように、丸やバツ、三角、四角のような簡単な形を、初めは大きな枠の中に書く訓練をする。その枠をだんだん小さくしていって、最後は普通の原稿用紙の枠内に形がうまくおさまり、きれいに書けるようにもっていく。これも大切な基礎訓練の一つである。

 この二つの基礎訓練をしばらく行ってから、字を書く練習を始める。


【『リハビリテーション 新しい生き方を創る医学』上田敏(講談社ブルーバックス、1996年)】


 言語野がダメージを受けると失語症という高次脳機能障害となる。様々な症状があるのだが、話せなくなるケースも多い。こうなった場合、文字を書けるか否かが非常に重要となる。


 五十音を表記した文字盤を指で差したり、質問を繰り返して相手に挙手してもらう方法もあるが、障害を負った方が生き生きと人生を送るためには、より積極的なコミュニケーションをとる方法を確保しておくことが望ましい。


 私は50代になったら、片麻痺に備えて左手で箸を持ち、文字を書く練習をするつもりだ。備えあれば憂(うれ)いなし。

リハビリテーション―新しい生き方を創る医学 (ブルーバックス)

砂漠の民 ユダヤ人/『離散するユダヤ人 イスラエルへの旅から』小岸昭


 流浪の民ユダヤ人は、砂漠に追放された民でもあった――


「私にとって、砂漠の経験はまことに大きなものでした。空と砂の間、全と無の間で、問いは火を噴いています。それは燃えていますが、しかし燃え尽きはしません。虚無の中で、おのずから燃え立っております。」(「ノマド的エクリチュール」)

「おまえはユダヤ人か」という火を噴くような問いを、このように「砂漠」を憶(おも)いつづける自分自身につきつけて思考するのは、エドモン・ジャベス(1912-91)である。エジプトからヨーロッパの大都市パリへ移住してきたこの詩人は、さらにこれにつづけて、「他方で、砂漠の経験は研ぎすまされた聴覚とも関係があります。全身を耳にする経験と言っても差しつかえありません」と言う。ジャベスのこのような「砂漠の経験」の根底には、当然のことながら、追放という濃密なユダヤ性が鳴りひびいている。

 エードゥアルト・フックスによれば、少なくとも1000年間は砂漠の中に暮らしていたというユダヤ人は、その「研ぎすまされた聴覚」によって、迫り来る危険をいち早く察知する能力を身につけていた。砂漠の遊牧民だったユダヤ人は、地平線から近づいてくる「生きもの」が獣であるか人間であるかを、そのかすかな音を耳にした途端すでに聞き分け、刻々と変化する危険な事態を乗り切るため、つぎの行動に素早く移行しなくてはならない。こうして砂漠の経験は、忍び寄る危険の察知能力ばかりでなく、あらゆる状況の変化への同化能力を彼らの中に発達させた。


【『離散するユダヤ人 イスラエルへの旅から』小岸昭〈こぎし・あきら〉(岩波新書、1997年)】


 実に味わい深いテキスト。砂漠という空間と、ユダヤ民族という時間が織り成す歴史。


 養老孟司が『「わかる」ことは「かわる」こと』(佐治晴夫共著、河出書房新社)の中で興味深いことを語っている。耳から入る情報は時間的に配列される。つまり、因果関係という物語は耳によって理解される。一方、眼は空間を同時並列で認識する。


 つまり、だ。迫害され続けてきたユダヤ人は、歴史の過程で「強靭な因果」思想を構築したことが考えられる。彼等が生き延びるためにつくった物語はどのようなものだったのだろうか。そこにはきっと、智慧と憎悪がたぎっていることだろう。


 民族が成立するのは、「民族の物語」があるからだ。そして民族は、過去の復讐と未来の栄光を目指して時が熟すのを待つようになる。

離散するユダヤ人―イスラエルへの旅から (岩波新書)

2009-02-20

「Sweet Little Angel」近藤房之助&THE PLACE


 近藤房之助と聞いてわかる人は少ないだろう。「おどるポンポコリン」の男性歌手と言った方が手っ取り早い。これは、B.B.キングのカバー。ちなみに、「B.B.クイーンズ」というバンド名はB.B.キングをもじったもの。


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TAKE ME BACK TO THE BLUES

言語も及ばぬ意識下の世界/『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・シトーウィック


 分離脳とは、重度のてんかん患者などに行われる手術で、右脳と左脳をつないでいる脳梁を切断した状態のこと。本書で取り上げられた人物は左右の脳が別人格となっている。


 分離脳の患者のこのような検査から、言語は知的機能の一つにすぎないとわかる。私たちは長いあいだ、人間が言葉を話せるというただそれだけの理由で、言語が最高の能力であると傲慢に決めつけていた。しかし言語は数ある能力の一つにすぎないとわかった。私たちの理解や行動にかかわる能力のすべてが、言語とつながっている、あるいは言語で表現できるわけではないのだ。これは自分の個人的知識のなかに、内的思考さえも立ち入れない部分があるという意味だ。おそらくこれが原因で、人間はしばしば自分自身と争うのだろう。頭のなかでは、意識が知りえないことも、起こっているからだ。


【『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・シトーウィック/山下篤子訳(草思社、2002年)】


 眼を例にしてみよう。意識している場合は、二つの眼の焦点が定まっている状態といえる。つまり、周りのものは見えなくなっているのだ。意識が鮮明になればなるほど、膨大な無意識の領域は背景に退けられる。


 意識は常に「漠然とした何か」に支えられている。時折、言いようのない不安や情動が顔をもたげることも珍しくはない。多分、意識というものは、夜空に閃く稲光のような状態で、周囲の殆どは闇に包まれているのだろう。


 瞑想というのは、意図的に意識を放棄し、無意識に沈潜する作業なのかもね。


 言葉ほど脆(もろ)いものはない。なぜなら、言葉はシンボルに過ぎず互いの想像力で補わなければ、意思の疎通が成立しないためだ。しかし我々は、言葉を頼りに、言葉を信じることなしにコミュニケーションをとることができない。若いうちは瞳を見つめ合うだけで信じられる恋人もいるだろうが、40過ぎてカミサンの眼をじっと見れば、「頭がおかしくなったの?」とでも言われかねない。


 しかし、だ。言葉を介さずしてコミュニケーションをとることは可能である。スポーツがそうだ。ボディ・ランゲージ。決められたルールに則って、味方の意図を鋭く感じ取り、敵の狙いを素早く見抜く。そしてスポーツは多くの場合、無意識でプレーされている。妙に考え始めた途端、信じられないミスを犯すのだ。


 唯識では、意識の深層に末那識(まなしき)、阿頼耶識(あらやしき)、阿摩羅識(あまらしき/根本浄識)という存在を説いている。無意識の奥深くには時空をも超越してつながる「人類の意識」があるのかも知れない。

共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人

損切りの鉄則/『フルタイムトレーダー 完全マニュアル 戦略・心理・マネーマネジメント』ジョン・F・カーター


「損を切る」ためには果断が求められる。躊躇した分だけ傷口が大きくなるからだ。個人投資家の最大の弱点はロスカット(損切り)の甘さといってよいだろう。


 たとえ時たまのことではあっても、ストップを取り消すというこの悪習は、勝者と敗者とが明確に定義づけられている社会によって、より一層強化される。この悪習ほどトレーダーの口座を短期間で崩壊させるものはない。努力次第ではトレードで生計を立てられるようになる可能性を得るためには、ハードストップ(固定したストップ)を要れ、それに忠実に従うことである。こんなことさえできないのであれば、トレーダーになるのはあきらめたほうがよい。


【『フルタイムトレーダー 完全マニュアル 戦略・心理・マネーマネジメント』ジョン・F・カーター/長尾慎太郎監修、山下恵美子訳(パンローリング)】


 ルールなき取引が命取りになる。これはポジションの大小に関係ない。「切った損」は過去の損であり、「含み損」は未来の損であると矢口新が指摘している通りである。

フルタイムトレーダー完全マニュアル (ウィザードブックシリーズ)

2009-02-19

宮本省三


 1冊挫折。


 挫折8『リハビリテーション・ルネサンス 心と脳と身体の回復 認知運動療法の挑戦』宮本省三(春秋社、2006年)/認知運動療法に関する専門書。文章は上手いのだがバランスが悪い。批判を羅列し過ぎ。「ならない」の多用も目立つ。学生運動のアジ演説さながら。著者の性格が独善的なのか、あるいはリハビリ業界に対する怒りが勝ち過ぎているのだろう。致命的なのは、仮説を引用して断定しているところ。長い文章だと馬脚を露わすので、新書を書いた方が無難だと思う。偉そうな態度が気に入らず78ページで断念。PT(理学療法士)、OT(作業療法士)、ST(言語聴覚士)の賃金を鑑みれば、著者はあまりにも多くのことをセラピストに望み過ぎている。

「夜霧よ今夜もありがとう」ちあきなおみ


 この曲を聴いてからというもの、完全にハマってしまった。


D


決定盤シリーズ ちあきなおみ大全集

亀田大毅とメディアの豹変/『テレビ救急箱』小田嶋隆


 テレビはいつだって「利用できる人」を探している。少しばかり注目が集まると、直ぐにハシゴをかける。で、雲行きが怪しくなった途端、ハシゴを外してみせるのだ。


(※亀田)大毅の態度は擁護できない。容認もできない。が、パンチは、自分に返って来る。ボクサーというのはそういう存在だ。ボクサーである以上、下品なマナーはファンの反発を買うし、分不相応な大言壮語は赤っ恥の原料になる。天に向かって吐いた唾は残らず自分の顔に落ちて来るし、傲慢は惨敗というこれ以上ない屈辱として、わが身に返って来る。おまけに反則はライセンス停止を招き、不用意な切腹発言は、本人の背中に臆病者の烙印を焼き付ける結果になった。で、ひっくり返った亀は、二度と起きあがれない。あわれだ。

 一方、亀の背中に乗って竜宮城で遊んでいた連中は、まったくの無傷だ。

 みのもんたは、一番はじめに手の平を返した。テリー(伊藤)に至っては、亀田を非難するのみならず、TBSはぬるいとまで言い切った。これまでずっとそのTBSの番組内で全力を挙げて亀田を擁護し、亀田関連の仕事で一番潤ってきたのがほかならぬ自分自身であるにもかかわらず、だ。


【『テレビ救急箱』小田嶋隆中公新書ラクレ、2008年)】

 ブラウン管の向こう側にいるのは、「泳ぐのが巧み」な連中ってこと。彼等はテレビ局の意向に従って、踏みつけるべき人を踏みつけながら、この世を渡り歩いているのだ。


 それにしても、小田嶋隆のこの「亀」技は圧巻。

テレビ救急箱 (中公新書ラクレ)

龍樹、世親は『法華経』の本質をつかんでいない/『蓮と法華経 その精神と形成史を語る』松山俊太郎

    • 龍樹、世親は『法華経』の本質をつかんでいない

 松山俊太郎はサンスクリット学者という立場で蓮の研究をしている人物。

 法華経とは妙法蓮華経の略であるが、この「蓮華」に関する考察が対談形式で述べられている。要となっているのは「白蓮華」と「紅蓮華」の違い。そして、「白蓮華」が象徴しているものは何か。


 松山俊太郎の手に掛かると、龍樹や世親すらバッサリ切って捨てられる――


松山●わたくしの見るところでは、『大智度論』の作者とされる龍樹や『法華経論』の作者とされる世親は、ともに大学匠でありながら、『法華経』の本質を掴んでいません。

 その原因は、〈法華教団〉の滅亡のために、『法華経』の〈秘密の口伝〉が、二人の耳まで届かなかったからだと考えられます。

 この〈秘伝〉の亡佚(もういつ)のために、中央アジア出身の羅什三蔵は、『法華経』梵本の文面に〈不充足〉を感じざるをえず、漢訳するに当たって、いささかの粉飾を敢えて施しましたし、その羅什訳『妙法蓮華経』に基いて、天台智ギは、インドの原作者たちが思いも掛けなかったような、壮麗な思想体系を築き上げました。

 もしインドの〈法華教団〉が後代まで存続していれば、教団の内部で保持してきた知識をもとに、『法華経』の〈注釈書〉や〈解説書〉が著されたはずですから、好くも悪しくも、『法華経』の解釈は、インド色の強いものに狭められたでしょう。

 そうなると、智ギの思想体系も、まったく成立しなかったか、成立しても、現存のものとはまったく違ってた可能性が大きいと思います。

 また、中国にも日本にも、『法華経』を研究する学僧は跡を絶たなかったのですが、『法華経』の広宣流布を実践したのは、日蓮が始めでしょう。もしかすると、インドの〈法華教団〉は、広宣流布を実行に移す前に亡びてしまったのかもしれませんから、日蓮が世界史上で最初の〈広宣流布の実現者〉である公算はかなり大です。しかも、今日、『法華経』がアジア以外の地域に広がりつつあるのは、ほとんどすべて日蓮の流れを引く人々の活動によるのですから、インド人の夢を、日本人が主体となって果たしていることになります。

 さらにいえば、天台智ギの業績は、『法華経』の秘奥まで見抜いていないために、あえていえば〈創造的誤解の産物〉といった観がありますが、日蓮は、そのインド人では達成できなかった部分を吸収するとともに、鍵なしで鍵の掛かった扉を自在に開けるようにして、〈不生不滅の妙法蓮華経〉まで洞察しています。

 その辺までは、わたくしにも推測できるようになったつもりですが、それから先のことは想像もつきません。

 こうして三国の〈『法華経』受容史〉をたどってみると、インドで一度、『法華経』の信仰が絶えたことが、『法華経』と人類にとっては、むしろ幸運だったのではないかと思われてきます。


【『蓮と法華経 その精神と形成史を語る』松山俊太郎(第三文明社、2000年)】


 法華経が革新的であったために、法華経を構築したグループが「聞いただけではわからない仕掛け」を盛り込み、その鍵を「口伝」として真正の行者にだけ伝えた。そして、その鍵こそ「白蓮華」である。これが松山の主張だ。凄い。凄過ぎる。だって、松山は龍樹ですら窺い知ることのできなかった法華経の真意に辿り着いてしまっているのだ。


 松山の最大の武器は、文献学的考証に立脚しながらも、原理主義の陥穽(かんせい)に落ちていないところにある。自由闊達な対談は、まるで床屋談義の趣すらある。


 法華経の各品(かくほん)が形成された時系列にまで考察が及び、研鑚の凄まじさを知ることができる。

蓮と法華経 その精神と形成史を語る

2009-02-18

ダナンジャイ・キール


 1冊読了。


 26冊目『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール/山際素男訳(三一書房、1983年)/伝記や評伝の類いは大抵の場合、面白味に欠けがちである。ある人物の人生全体を描くために、長い履歴書みたいな展開になってしまうからだ。本書もそれを免れていない。だが、この本は広く読まれるべきだ。アンベードカルは生涯にわたって、カースト制度という差別と闘った。アンベードカルの存在によって、ガンディーという男の老獪とスタンドプレーが炙(あぶ)り出される。ガンディーは徹してカースト制度を守ろうとした。彼は不可触民(アウトカースト)をカースト内に組み込もうとしただけだった。アンベードカルの足を引っ張るために、わざわざ断食をしたほどだ。結局、バラモン階級という立場で偽善を繰り返していただけの人物だった。アンベードカルの晩年の件(くだり)を読んでいて涙が溢れた。歴史の嘘と真実を知るためにも、本書はもっと読まれるべきである。

ブロンド美人ご用心…欧州委「スパイかも」


 欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会は11日、「諜報活動の脅威が日増しに拡大している」として、機密情報の流出に警鐘を鳴らす文書を職員に配布したことを明らかにした。

 欧州委報道官は同日の記者会見で、報道関係者やロビイストを装うスパイがEUの機密を狙っていると指摘し、「(スパイは)金髪でスタイルのいい美形の研修生の可能性もある」と述べ、オフィス内外で警戒を強める考えを示した。

 EUの機密情報をめぐっては、昨年9月、コソボ独立支援などに関するEUや北大西洋条約機構NATO)の機密情報を、ロシアの諜報機関員に漏らしたとして、エストニア国防省幹部がスパイ容疑で逮捕される事件が起きている。

 欧州委のドイツ人幹部が、中国企業関係者を装った英紙記者の「おとり取材」に引っかかり、中国製品への関税にかかわる非公開情報を漏らしたとされる不祥事もあった。


【読売新聞 2009-02-12】

最も卑しい感情/『蝿の苦しみ 断想』エリアス・カネッティ


 私の知っている中で最も卑しい感情は、弾圧される人々への嫌悪である。そういった感情のせいでわれわれは、弾圧される人々の特徴を理由にして、弾圧を正当化しうるように思うのだ。きわめて高貴で公正である哲学者さえ、こういう感情をまぬがれていない。


【『蝿の苦しみ 断想』エリアス・カネッティ/青木隆嘉訳(法政大学出版局、1993年)】


 人々は意識するとしないとにかかわらず国家という体制内で生きている。最も影響を被るのは教育であろう。有無も言わさずに価値観を押し付けられる。権力者にとって都合のいい善悪だ。まず、勤勉であることが奨励される。そう。未来の労働力。


 カネッティの言葉は、ハンセン病の人々を想起させる。当初、「伝染する」と思い込んでいたため完全に隔離され、亡き者として扱われた。そうやって、みんなが安心していた。医学的真実の解明など誰一人考えていなかった。この社会で優先される価値は世間体なのだ。


「寄らば大樹の陰」「長い物には巻かれろ」という国民性。「出る杭は打たれる」という消極性。まったく反吐(へど)が出そうになるよ。体制に従順な人々は、弱い者を平然といじめ、踏みつけている。日本人の70%はジャイアンに従うスネ夫タイプだろう。

蝿の苦しみ 断想

「裸の王様上司」は「ヒラメ部下」によってつくられる


「偉い」ことと「偉そう」なことは意味が違うのに、まつり上げられて、ダメなリーダーになっている上司は多い。だが、上司がダメなのは、実は部下のせいでもあるという……。上司と部下。互いの幸せのため、何を心掛ければいいのか。


【ピープル・ファクター・コンサルティング代表高橋俊介=談

 たかはし・しゅんすけ●1954年生まれ。ワトソンワイアット社代表取締役等を経て独立。個人主導のキャリア開発の第一人者として知られている】


上司がダメなのは半分は部下のせい?


 日本の、特に古い大企業では、部長になり役員になりと、役職が上がれば上がるほど、自分が偉くなったように錯覚して偉そうな行動を取ってしまう人が多い。つまり「偉い」ことと「偉そう」とはまったく意味が違うのに、自分自身がスポイルされ、まつり上げられてダメなリーダーになっていくのである。これは上司本人にも問題があるが、半分は部下のせいでもある。

 では、どのようにすれば、ダメな部下を見抜けるのだろうか。偉そうな上司をつくり上げてしまう部下の典型には、二つのタイプがある。その一つを、テレビのお笑い番組になぞらえてAD(アシスタント・ディレクター)型の部下と呼ぼう。テレビに登場する芸人は、大して面白くなくても、スタジオの観客には受けている。隣でADが手を振って合図をしているからだ。しかし視聴者、つまり顧客からの距離は遠くなるばかりである。

 もう一つのタイプに、ヒラメ型の部下がいる。ヒラメは目が上にしかついていない。だが、実はそればかりでなく、表と裏では色が違う。つまり、自分の利益のために、上司に対する態度を180度変えるのである。

 このような部下に取り囲まれていると、最後には上司は裸の王様にされてしまう。とりわけヒラメ型は、裏で何をするかわからず非常に危険な存在である。なかなか見抜けない点も問題だ。そのため、上司としては、自分に心地よいことばかりを言う部下を集めるのではなく、常に表裏のある人間を見抜く訓練を重ねなくてはならない。


ビジョンを発信すればよい部下が集まる


 逆に、よい部下とは、表裏がなく、自分に気づきを与えてくれる部下、言い換えれば自分を映す「鏡」のように、自分の足りない部分や問題のある部分を跳ね返してくれる部下である。こういう部下を集めることができれば、裸の王様にならずに済む。そのためには、上司ははっきりとしたビジョンを持ち、そのビジョンを周囲に向けて発信することだ。そうすれば、ビジョンに共感する鏡のような部下が一人、また一人と集まってくる。

 また、このときに大切なのは、チームの健全性を保つためには、タイプの異なる部下を組み合わせることである。パーソナリティーの明暗という側面にも注意しなくてはならない。例えば支配欲、影響欲という動機が強い人の場合、それがポジティブに表れれば非常にうまくチームをまとめてくれるが、ネガティブな面が強く出ると、自分の言うことを聞かせるために周囲を怒鳴り散らしたりして、チームの雰囲気を壊してしまう恐れがあるからだ。

 一方、部下の側でいえば、出世するためにはどうすればいいかばかり考えて、上司からの評価を気にしているようではダメである。上司に評価されようとして、評価された人はいない。天職を先に決め、逆算して行動するのではなく、ポリシーを持って自発的に仕事をした人が、その結果として天職にたどりつくものなのだ。

 さらに言えば、もし今の上司が自分を評価してくれないからといって、その上司に迎合してしまったら、本当に自分を評価してくれる上司とは永久に巡り合えなくなってしまう。大きな組織がよいのは、捨てる神あれば拾う神ありという点である。今の神が合わなくても、別の神がいると思って自分のポリシーを貫けば、最後には、そちらのほうが勝ち組になるはずだ。


【『プレジデント』2003年11月3日号】

2009-02-17

環境帝国主義の本家アメリカは国内法で外国を制裁する/『動物保護運動の虚像 その源流と真の狙い』梅崎義人

 環境帝国主義の本家アメリカの手口はこうだ――


 アメリカは前述の国内法「海産哺乳動物保護法」と「絶滅に瀕した動植物保護法」以外に、さらに二つの国内法を持つ。「パックウッド・マグナソン法」(PM法)と「ペリー修正法」(PA法)である。

「PM法」と「PA法」は「国際捕鯨取締条約」と「ワシントン条約」という二つの国際法の“番犬”的な役割を担う。

「PM法」は『「国際捕鯨取締条約」の規制の効果を減殺した国に対して、米国200カイリ以内の漁獲割当てを、初年度50%削減し、2年目にゼロにする』という内容である。また「PA法」は『「ワシントン条約」の効果を減殺する国に対し、その国からの製品の輸入を禁止する』ことをうたっている。

「PM法」も「PA法」も明らかに国際条約あるいは国際協定に反する。「PM法」は、国際条約の想定に反する国内法の制定を禁じた「ウィーン条約」に違反するし、「PA法」も当時のガットいまのWTO条項に抵触する。だが、アメリカはこの二つの国内法を振りかざして日本に圧力をかけてきた。

 1982年のIWCの年次会議で、商業捕鯨のモラトリアム(全面中止)が採択された。これはIWC・科学小委員会の勧告を無視したものであったため、日本は条約の規定に基づいて異義を申し立てて従わない方針を取った。しかし、アメリカは「PM法」の発動をちらつかせて、日本政府に異議申し立ての撤回を強要してきたのである。わが国は米国200カイリ内でのサカナの割当てがなくなることを恐れて、IWCへの異議申し立てを撤回し、モラトリアムをのんだ。

 1989年のワシントン条約国会議で、タイマイを含む海亀の国際取引禁止が採択された。日本のべっ甲業界は、主にキューバからタイマイの甲羅を輸入している。キューバではタイマイの資源管理を国家が行ない、増殖に力を入れているので、資源は豊富。世界のすべての海亀をひっくるめて絶滅種にリストアップする非合理性に異義を表明する意味から、日本政府は海亀の国際取引禁止に留保の意思表示をした。クジラのケースと同じである。

 ここでまたアメリカがクジラの時と同じ手を打ってきた。留保を撤回しなければ「PA法」を発動して、日本から車や半導体の輸入を禁止する、と脅しをかけてきたのである。

 べっ甲産業は車や電子産業とは比較にならないほど小さい。通産省は91年6月に、タイマイの留保を94年7月で取り下げるとアメリカ商務省に伝え、この問題に決着をつけた。


 環境帝国主義の本家アメリカは、環境問題に関する行動を、表面上は一応法律に基づいて起こしている。そのパターンを整理すると次のようになる。

 1.まず、保護したい動物を大げさに美化する。そして資源が絶滅しかけているという危機感を打ち上げて国際世論を喚起する。

 2.IWCや「ワシントン条約」の会議で、多数派工作をして数の力で狙いを達成する。

 3.決定に対して異議を申し立てたり、留保をして抵抗を試みる国には、国内法による制裁発動を持ち出し、無理矢理に従わせる。

 環境帝国主義の犠牲になっている民族が、日本人、イヌイット、アフリカ人など、ほとんどが有色人種である点も見逃せない。

 ところで、アメリカ政府関係者も環境保護運動家たちも、当然のことだが自分たちが環境帝国主義者との認識は全くないのである。むしろ優れた価値観や文化を理解させたとの宣教師的な満足感を持っている。


【『動物保護運動の虚像 その源流と真の狙い』梅崎義人成山堂書店、1999年)】


 何と、国内法で外国を制裁するという無理無体なことをしている。繁華街を牛耳る暴力団より酷い。やくざ者の場合なら「この街じゃ俺達が法律だ」で済むが、アメリカさんの場合は「どの街も俺達のルールに従ってもらう」という論法だ。もちろん歯向かった時は、暴力団も足下に及ばぬ暴力的な措置が迅速に執行される。


 グローバリゼーションとは、「アメリカのやり方に従う」という意味である。

動物保護運動の虚像―その源流と真の狙い

時代劇のヒーローは権力者/『ものぐさ社会論 岸田秀対談集』岸田秀


 時代劇を好むのは年寄りである。ってこたあ、「安心できる倫理観」がそこにあるのだろう。


岸田●私はよく言うんですが、日本のテレビ番組の時代劇は水戸黄門とか、遠山金四郎とか、権力側の代表者が最後に出てきて事件を解決するという筋書きになっているのが多い。悪代官がいて悪いことをしている、そこに水戸黄門が出てきて解決する。村の人たちが怒って団結し、悪代官をやっつけたという時代劇がないんですね(笑)。だから国民の側に、全知全能の立派な為政者にすべてを任せれば、うまくやってくれるという期待があるんじゃないか。そういう虫のいい幼児的な期待を国民がもっていると、為政者の側としては非常に騙しやすいということになるんじゃないかと思うんですけれど。国民を騙す為政者が出現するというのは、そういう期待を捨てない国民の責任ですよ。


【『ものぐさ社会論 岸田秀対談集』岸田秀青土社、2002年)】


 ウーム、農耕民族の悪しきDNAは、やはり「誰かが何とかしてくれるのをひたすら待つ」という精神構造をつくっているようだ。依存心こそ日本民族の魂である。だが、現実社会には水戸黄門も遠山の金さんもいない。いないからこそ尚のこと、時代劇を観るようになるってわけだな。


 政治家は何もしてくれない。メディアは騒いでみせるだけ。上司も部下も役に立たない。家族も当てにならない。それでも待つ。「♪いつまでも、待ぁ〜つ〜わ」。


 日本社会は、底辺から湧き起こる力を欠いている。羊の群れは、いつだって飼い主を必要としているのだ。

ものぐさ社会論―岸田秀対談集 (岸田秀対談集)

2009-02-16

「Go straight feat.Micro」BIGGA RAIJI


 巨漢の割には声量が乏しく、踏みつけられた猫のような声。Microがもったいないね。


D


まっすぐ

論理ではなく無意識が行動を支えている/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 意識と無意識のわかりやすい例え――


 人は自転車に乗れるが、どうやって乗っているのかは説明できない。書くことはできるが、どうやって書いているのかを書きながら解説することはできない。楽器は演奏できても、うまくなればなるほど、いったい何をどうしているのか説明するのが困難になる。


【『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ/柴田裕之訳(紀伊國屋書店、2002年)】


 それまではできなかったことができるようになると、脳内ではシナプスが新しい回路を形成する。この回路が滑らかに作動すると、我々は無意識でそれができるようになる。


 自動車の運転もそうだ。教習所に通っているうちは、「まずエンジンをかけて、それからブレーキペダルを踏んで……」などと頭で考えている。だが免許を取得して運転に慣れてしまえば、全く何も考えることなくラジオに耳を傾け、同乗者と会話しながら運転ができるようになっている。


 そのことを「言葉で説明できない」と指摘するところがトール・ノーレットランダーシュの凄いところ。意識を支えているのが無意識であることが明らか。無意識は言葉にできない。それでも我々は、言葉を交わしながら互いの無意識を感じ取っているのだ。


 きっと無意識は、善悪が混沌としてスープのように煮えたぎっている世界なのだろう。これをコントロールすることは可能なのだろうか? 多分可能なのだろう。無意識が意識を形成し、意識が行為に至る。そして今度は、行為がフィードバックされて意識から無意識へと通じる回路があるはずだ。それをブッダは「業(ごう=行為)」と呼んだ。善男善女よ、善行に励め。

ユーザーイリュージョン―意識という幻想

米国内の格差/『通貨バトルロワイアル』浜田和幸


 金融に関する本は、部分的な価値があればそれでいい。読み物というよりは、情報(データ、仕組み)収集に徹するべきだ。そう考えないと腹立たしくなってくる(笑)。


 アメリカ人労働者は、日本と比べ今や年間3週間も長く働かされているのである。そして労災で死亡するアメリカ人は年間24万5000人にも達する。保険大手のオールステイトが2002年夏に行なった調査によると、アメリカ人の52%は「退職後の生活資金に不安を感じている」と答えている。その割合は前の年に比べて倍増している。

 その一方で、一握りの経営者は膨大なストック・オプションを行使して破格の収入を得ている。かつて古代ギリシャの哲学者プラトンは「指導者と市民の賃金格差が4倍を超えると、その社会は内部崩壊を始める」と説いていた。同じくアリストテレスも「極端な貧富の差は国家の安定を覆す」と警鐘を鳴らしたものである。

 それを踏まえて言えば、今のアメリカの最高経営責任者には一般社員の1000倍以上の収入を得ているケースがゴロゴロしている。

 15年前のアメリカで最高の報酬を得ていたのはクライスラーのリー・アイアコッカ社長で、2000万ドルであった。2001年の最高報酬額はオラクルのラリー・エリクソン会長の7億600万ドル。これらはすべてストック・オプションを行使した結果、手に入れた報酬である。


【『通貨バトルロワイアル』浜田和幸(集英社、2003年)】


 日本がバブルを謳歌していた頃、アメリカ経済は行き詰まっていた。アメリカ大統領のわかりやすい仕組みは、共和党候補が選ばれると戦争を遂行し、民主党候補が選ばれると経済政策重視となる。


 民主党のビル・クリントンが大統領になったのは1994年。「情報スーパーハイウェイ構想」を掲げ、長期間にわたる好景気を勝ち取った。アメリカは大きく舵を切って、重・鉱工業からIT・金融に重心を移した。つまり、「ものづくり」をやめたということ。黒子はFRB議長だったアラン・グリーンスパン。


 日本のバブルは、BIS規制(国際業務を行う銀行の自己資本比率規制)という銃弾によって倒された(1992年)。8%という自己資本比率には何の根拠もなかった。日本の銀行は貸し渋り貸しはがしせざるを得ない状況となった。バブルが弾けた後、中小企業の社長が次々と自殺をした。


 日本経済は「失われた10年」となる。設備投資は抑制され、リストラと称した首切りがまかり通った。この間、預貯金という膨大な資産がアメリカに流れ込むこととなる。金融機関は投資リターンの高い米国債や米株式を買い漁った。


 この頃、ストックオプションという制度が生まれた。ま、早い話が給料やボーナスの代わりに、自社株を与える仕組みだ。「みんなで自社株が高くなるよう頑張ろう」という経営者にとって都合のいい手法だ。景気がいいと、紙っぺらの価値が高まるというわけだ。


 金融経済の本質は金余りにある。ダブついた資本がマーケットに流れ通うのだ。これが、利子という創造信用によるマジックである。でもまあ、本当は貨幣自体がマジックなんだけどね。お金というものは、「皆で決めた約束事」に過ぎないのだ。だが、物よりもお金に価値を感じるようになると、幸不幸すら金で決まってしまう社会が形成される。


 マクロ経済の視点からすれば、富の不均衡ということになるわけだが、貧しい者にとっては生き死にに関わる問題となる。

通貨バトルロワイアル

2009-02-15

山際素男


 1冊読了。


 25冊目『不可触民 もうひとつのインド』山際素男〈やまぎわ・もとお〉(三一書房、1981年/知恵の森文庫、2000年)/仏教発祥の地インドは長らく私にとって憧れの国だった。だが、本書を読み進むうちにインドは嫌悪の対象に降格することとなった。後発の仏教も結局、ヒンドゥーイズムを打破することはできなかった。インド哲学なんぞに至っては犬のクソ同然だ。カースト制度はインドの大地の奥深くに根を張り巡らし、差別を“正しい価値”としてインド人を洗脳し続けている。不可触民にとってはガンジーも偽善者だった。ガンジーはカースト制度を維持したままで、差別だけをなくそうとした。彼等の味方はただ一人、アンベードカルだけだった。不可触民はカースト外に置かれていた(アウトカースト)。不可触民(アンタッチャブル)とは「穢(けが)れ」を意味する。インドのバラモン階級は、大の大人であっても本当に彼等をばい菌扱いしているのだ。1億3000万人もの不可触民が水も自由に飲むことができず、ありとあらゆる暴力がまかり通っている。女性は強姦され、男性は斧で首を斬り取られ、火あぶりにされ、射殺される。それでも警察は動こうともしない。私の怒りはどんどん膨れ上がり、やがてその矛先は不可触民に向けられた。「なぜ、立ち上がらないのか!」と。やられたら、やり返すのが当たり前だ。インドにチェ・ゲバラのような男が現れることを祈るのみだ。

日本人、中国死刑囚の臓器を不法移植


 日本人が中国国内法を破って中国人死刑囚の臓器を密かに移植していた事実が明らかになった。

 人民日報は8日「少なくても17人の日本人が2007年から中国で不法に臓器移植手術を受けた」と東京発で報道した。

 同紙によると日本の臓器移植関連非営利団体幹部は最近「50〜65歳の日本人17人が、2007年から北京五輪時まで広東省広州のある病院で腎臓と肝臓の移植手術を受けた」と日本メディアに暴露した。日本人たちは旅行客を装って広州を訪れ、20日ほど滞在しながら手術を受けた。当時、日本人患者たちの身分が明らかになることを防ぐため、中国式名を使ったと事件を暴露した日本人が主張した。移植手術と旅行費用の名目で日本人たちは1人当たり59万5000元(約801万円)を支払った。

 臓器移植手術をした中国の病院は、臓器寄贈者が死刑囚という理由で臓器提供者に補償をしていないものと伝えられた。日本の共同通信は、国際社会の死刑囚人権侵害批判を懸念し、北京五輪以後には日本人の中国内臓器移植がほとんど行われていないと報道した。


中央日報 2009-02-09】

焼身の瞬間/『焼身』宮内勝典


 ティック・クアン・ドゥックが死ぬ瞬間を宮内勝典はこう記す――


 黒こげの焼死体から、うっすらと湯気がたち昇っていく。血や、体液が気化しかかっているのだ。今朝いよいよ発つという、まぎわまで読みつづけていた法花経も、万巻の書物も、父母も、友も、幼なじみも、自分らしさを裏打ちするはずの日々の記憶も、あっけなく消えていくだけなのか。燃えあがる図書館のようにすべてが滅び、炭酸カルシウムが残るだけか。蜜と灰か。ほんとうに、それだけなのかと私はまた、性懲りもなく自問する。脳裡に浮上した思いや、これだけは疑いようなく、ぎりぎりあると思える意識のさざ波が、いつか人類の阿頼耶識(あらやしき)となりうるのか。


【『焼身』宮内勝典〈みやうち・かつすけ〉(集英社、2005年)】


 そして「人類の阿頼耶識」とはなり得なかった。アメリカの基幹産業は軍産複合体であり、10年に一度は大きな戦争をする必要性が生じる。そう。在庫生理のためだ。ベトナム戦争の後も、湾岸戦争・イラク戦争と戦火が止む気配はない。


 正義を叫ぶ声は小さくて弱い。そもそも、正確な情報すら我々は知ることができない。世界がどのような状況に置かれているのか、どの国の人々が犠牲を強いられているのかすらわからない。


 世界を動かしているのは邪悪な権力者達だ。彼等にとっては、焼身自殺の抗議すら無駄な抵抗に過ぎない。

焼身

少年兵は流れ作業のように手足を切り落とした/『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』後藤健二

 ユニセフは少年兵の数を25万人と想定している。では子供達が戦場でどのような攻撃をしているのか――


 子どもたちのなかには養女がいます。メムナちゃんといいます。妻エリザベスさんの姉の娘です。

 3歳になるメムナちゃんですが、彼女もまた、反政府軍によって右手を切り落とされていました。

(こんなに小さな子が逆らうはずもないのに、なぜ? 兵士たちは狂っている…)

 わたしはこの時、自分の腕がじーんと痛くなるのを感じました。

 メムナちゃんがおそわれたのは、1年前のこと。

 勢いにのった反政府軍が、地方から首都フリータウンへ攻め入ってきた時のことです。

 反政府軍の残酷なやり方はこれまでよりも激しくなっていました。無差別に銃を乱射し、家に火をつけ、逃げまどう市民たちをつかまえては、列にならばせました。そしてまるで流れ作業のように手や足を切り落としていったといいます。(中略)

 エリザベスさんはその時のことを話してくれました。

 自分たちをおそった反政府軍の兵士は、10歳前後の子どもたちのグループだったといいます。

「そのグループはジョンダとよばれていました。リーダーは12歳と聞きました。」

 私は一瞬、自分の耳を疑いました。

「子どもの兵士だったのですか?」

「銃を持っていたのはほとんどが10歳前後の子どもたちでした。

 最初、わたしたちはメムナの家族といっしょにモスクにかくれていたんです。

 でも、ジョンダ・グループの子ども兵士たちに見つかって、わたしたち全員が建物の外に出されて、ならばされました。

 小さな体なのに大きな銃を持った子ども兵士たちは、わたしたちの列に向かっていきなり銃を撃ち始めました。

 その時、メムナは泣いていて、母親がかばおうとしました。すると、彼らは母親を撃ち、メムナを連れて、その場を笑いながら去っていったのです。」(3日後に右手が切断されたメムナちゃんが発見される)


【『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』後藤健二(汐文社、2005年)】


 本書で紹介されている少年兵は、襲撃した村からさらってきた子供達であり、麻薬漬けにされている。表紙の拡大画面を見て欲しい。左目の下にある三日月の傷痕は、カミソリで切られて麻薬を埋め込まれたものだ。


 シエラレオネは世界一平均寿命が短い国である。アフリカ諸国は欧米に利用されるだけ利用され、踏みつけられるだけ踏みつけられてきた歴史がある。ルワンダもそうだ。欧米に共通するのはキリスト教という価値観であり、そこに差別的な発想があるとしか思えない。ノアの箱舟に乗れるのは自分達だけで、それ以外の有色人種はどうなろうと構わないのだろう。彼等がイエスを信じた時から、多分神は死んでいたはずだ。


 元少年兵を社会が受け入れ、苦悩し続けるシエラレオネ。殺した者と殺された者とが手を取り合おうと呻吟(しんぎん)するシエラレオネ。明るい未来を思わずにはいられない。

ダイヤモンドより平和がほしい―子ども兵士・ムリアの告白


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2009-02-14

立川武蔵


 1冊読了。


 24冊目『はじめてのインド哲学立川武蔵講談社現代新書、1992年)/バラモン哲学がチト苦しかった。内容が欲張り過ぎてわかりにくくなっている。意気込みが勝ち過ぎて失敗したのだろう。それでも、仏教〜大乗仏教〜密教の流れはわかりやすかった。ただ、この人の仏教観はどうもインド哲学臭さが拭えない。

「宗教は子どもじみた迷信」=アインシュタイン、手紙で指摘


 ここでいう「宗教」とはアブラハムの宗教を指しているのだろう。


「宗教は子どもじみた迷信にすぎない」。物理学者アインシュタインが知人にあてた私信で、自身の宗教観をこう表現していたことが明らかになった。この手紙は今週、ロンドンで競売に出される。落札額は8000ポンド(約160万円)と見積もられている。

 ドイツ語で書かれた手紙は1954年1月3日付。宗教に関する著書を哲学者エリック・グートキンド氏から贈呈されたアインシュタインは同氏への返信で、「わたしにとって『神』という言葉は人間の弱さの産物という以上の何物も意味しない。聖書は原始的な言い伝えで、非常に子どもっぽい」と述べた。アインシュタインはユダヤ系だが、ユダヤ教選民思想も否定する見解を示している。


【時事通信 2008-05-14】

人間が認識しているのは0.5秒前の世界/『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二


 知覚に誤差があるのは何となく理解できるだろう。光や音のスピード、はたまた神経回路を伝わる時間差など。だが、よもや0.5秒もずれているとは思わなかった。


 もっと言っちゃうとね、文字を読んだり、人の話した言葉を理解したり、そういうより高度な機能が関わってくると、もっともっと処理に時間がかかる。文字や言葉が目や耳に入ってきてから、ちゃんと情報処理ができるまでに、すくなくとも0.1秒、通常0.5秒くらいかかると言われている。

 だから、いまこうやって世の中がきみらの前に存在しているでしょ。僕がしゃべったことを聞いて理解しているでしょ。自分がまさに〈いま〉に生きているような気がするじゃない? だけど、それはウソで、〈いま〉と感じている時間は0.5秒前の世界なんだ。つまり、人間は過去に生きていることになるんだ。人生、後ろ向きなんだね(笑)。


【『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二朝日出版社、2004年)】


 知覚された情報は過去のものだが、意識は常に「現在」という座標軸に固定されている。例えば、我々が見ている北極星の光は430年前のものだが、光は年をとらない。そして意識は未来へと向かって開かれている。


 それにしても、0.5秒という誤差は驚くべきものだ。宇宙が生まれたのは137億年前だと考えられているが、刹那と久遠のはざ間に時間の本質が隠されている。


 しかも、トール・ノーレットランダーシュの『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』(紀伊國屋書店、2002年)によれば、意識が生じる0.5秒前から脳内では準備電位が現れるという。とすると、本当のリアルを生きているのは無意識ということになるのか。

進化しすぎた脳 (ブル-バックス)

命を植える/『夏の庭 The Friends』湯本香樹実


「死」に興味を覚えた小学生3人組が、近所に住む独居老人の観察を始める。その目的は「死ぬ瞬間を目撃する」ことだった。老人と少年達の交流を通して死の意味を探る。科白とディテールが巧み。隠喩も見事。


 老人は少年達に庭の草むしりをさせる。広々となった庭に何を植えようかと皆で相談をする――


 アネモネ、カタクリ、ヤマブキソウ、キツネノカミソリ、キリンソウ、ツリガネソウ……。

 おじいさんはぼくたちの知らない草花の名前を、次から次へと並べた。ぼくたちはそれぞれの花畑を夢見ながら、何もなくなった庭に降る雨をただ見ていた。すっかり生まれ変わり、新しく何かが根づくことを待っている土に、天から水がまかれる音を耳を澄まして聞いていたのだ。


【『夏の庭 The Friends』湯本香樹実〈ゆもと・かずみ〉(新潮文庫、1994年/徳間書店、2001年)】


 庭に蒔かれる種は「命」そのものだった。循環してとどまることを知らない水も、生命の流転を象徴しているかのようだ。その後、庭にはコスモスの種が植えられた。コスモスは秋に花を咲かせる。老人の晩秋にふさわしい花といえよう。「すっかり生まれ変わり、新しく何かが根づくことを待っている土」という文章が絶妙。


 少年達と老人との出会いは、生と死との巡り会いだった。少年達が老人から受け取ったのは「命のバトン」だった。死の厳粛さが、生を見つめ直させる。死を意識し、思いを馳せ、深く自覚した時、人は真っ当な道を歩み始める。生命活動が消失した瞬間、亡き人は永遠性を伴って人々の胸に刻印される。死はゼロでもあり無限でもあるのだ。

夏の庭―The Friends 夏の庭―The Friends (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-02-13

W・G・ゼーバルト、上田敏、戸頃重基


 1冊挫折、2冊読了。


 挫折7『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト/鈴木仁子訳(白水社、2003年)/不思議な小説。アウステルリッツという青年の語った内容が延々と続く。改行もなしで。私が読んだ部分は建築にまつわる話が多かった。写真も多数掲載されている。このマッチングが見事。エリアス・カネッティの『蝿の苦しみ 断想』(法政大学出版局)をお経のように長くした印象あり。つまり難解ってこと。いつの日か再チャレンジするかも。


 22冊目『リハビリテーション 新しい生き方を創る医学』上田敏(講談社ブルーバックス、1996年)/少々古いがリハビリテーションの教科書的な一冊。目が行き届いている上、現場を踏まえた確かな思想がある。著者は日本のリハビリにおけるパイオニアで、失敗談も実に有益。


 23冊目『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基(中公新書、1967年)/鎌倉時代の宗教的背景がよく理解できる。3人の巨人に焦点を当てることで、踏み込んだ記述を可能にしている。初心者にもわかりやすいことだろう。全体的にはやや批判的な論調だが、批判そのものに鋭さは感じられない。親鸞が妻帯していたのは知っていたが、蓮如に至っては五度も結婚をし、27人の子供がいたってえのあ知らなかったよ。鎌倉時代において妻帯は珍しくなかったとのこと。

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 弱酸性なごみローション。油分ではなくハーブの潤いをきちんと補給。


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ダブルバインド/『子供の「脳」は肌にある』山口創


 ダブルバインド(二重拘束)とは、矛盾するメッセージの板挟みになる状態のこと。幼児が大きくなるにつれ、母親は身体的な接触を忌避する時期があるそうだ。本能に備わる子離れ、親離れのメカニズムの一つなのかも知れない。


 このようなときでも、子どもから接触を求めてくる場合には、やはりなるべく受け入れてあげることは必要だ。ただ、親がそれを多少不快に感じ始めるというのは、順調に子離れが進んでいるからこそでもある。

 不快に感じるのに無理に触れるのはよくない。不快なのに無理やり触れようとすると、必ず触れ方に影響が現われる。たとえば、手のひら全体で降れずに指の腹だけで触れるようになる。すると触れられた子どもは敏感にそれを察知する。そして触れてもらっているのに心地よくない、という矛盾を感じるようになる。

 これは「ダブル・バインド」とよばれ、子どもの心を二つの異なるメッセージで板ばさみにしてしまうことになる。「愛している」というメッセージと「でも触れたくない」という二つのメッセージの矛盾に気づいた子どもは、どちらを信じたらよいのか分からず混乱してしまうのだ。


【『子供の「脳」は肌にある』山口創光文社新書、2004年)】


 よくありがちなのは、親が勝手に子供の将来を決めているケースであろう。知らず知らずのうちに、親の目論見に合わせた誘導をしがちである。そうした行為自体が子供から判断力を奪う結果となる。


「三つ子の魂百まで」というが、3歳までの間に親がどんな反応を示すかで、子供の世界に向き合う態度が決定されてしまうのだろう。その影響力を鑑みれば、たとえ親であったとしても襟を正して子供と接するべきである。


 幼児にとっては親が環境の大半を占める。親に受け容れてもらえない子供の自我は、混乱したままで形成されることとなろう。また、明快な善悪の価値観を教えることも重要だ。

子供の「脳」は肌にある (光文社新書)

資本主義経済の最初の担い手は投機家だった/『投機学入門 市場経済の「偶然」と「必然」を計算する』山崎和邦


「機を見るに敏」――そんな人々の思惑から資本主義経済は誕生した。著者は投機を、「機に投ずる」という禅語本来の意味で使用している。


 資本主義経済の最初の担い手は投機家だった。資本主義制度における最初にして最大の投機対象は株式会社そのものである。信仰の自由を求めて新大陸アメリカに渡ろうとする人々にインディアン交易の利益の可能性を視野に入れて、彼らに資金提供してメイフラワー号を建造したベンチャー・キャピタリストのルーツたち。また、オランダ東インド会社に始まって、18世紀初頭イギリスの南海泡沫会社やフランスの「神業(かみわざ)師ジョン・ローのシステム」など、幾多の激震を繰り返したバブルの人類史は、19世紀後半にイギリスの株式会社制度に結実した。この間のリスクとの戦いは一方で数学(統計力学)を発展させ、一方で株式会社の有限責任制度を生み出した。ここには常に、リスクとの知的な戦いがあった。


【『投機学入門 市場経済の「偶然」と「必然」を計算する』山崎和邦(ダイヤモンド社、2000年/『投機学入門 不滅の相場常勝哲学』講談社+α文庫、2007年)】


 投機は「未来に対する賭け」であった。まだ世界が未開拓であった頃は、新天地で何が出てくるか予想もつかなかった。現代においては技術や情報などが対象となっているが、本質は何も変わっていない。


 政治の主要な仕事が「所得の再分配」であるにもかかわらず、多くの場合、分配の栄誉に預かっているのは一部の大企業となっている。富は金持ちの間で再分配されているのが実態だ。ラビ・バトラは「極端な集中が国家を崩壊する」と指摘している。とすれば、経済を活性化させること以外に、格差を是正する方途はない。そのためには、一人ひとりが消費のあり方を見直す必要もあるだろう。お金の動きを意識しながら、スポンサーシップという自覚を持たねばならない。「競争」を至高の価値としているのは、結局のところ消費者の側なのだ。


 先進国は明らかに供給過剰となっている。昨年から始まった金融マーケットの崩壊もそれを示している。共存や共栄、あるいは共生といった価値観を欠いて、経済の建て直しは難しいと思われる。

投機学入門―市場経済の「偶然」と「必然」を計算する 投機学入門――不滅の相場常勝哲学 (講談社プラスアルファ文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-02-12

『それでも生きる子供たちへ』監督:メディ・カレフ、エミール・クストリッツァ、スパイク・リー、カティア・ルンド、ジョーダン・スコット&リドリー・スコット、ステファノ・ヴィネルッソ、ジョン・ウー


 予告編を観てピンと来るものがあった。七つの短篇はいずれも素晴らしい作品に仕上がっている。



『タンザ』メディ・カレフ監督(ルワンダ


 DVDに収められているプロダクションノートを見て、ルワンダであることを知った。シエラレオネの少年兵の実態(後藤健二著『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白汐文社、2005年)より悲惨さは少ないが、それでもやはり映像の迫力は凄い。長い間の取り方が否応(いやおう)なく緊迫感を高める。チョークに込められたのは学ぶことへの憧れであり、爆弾の擬声が戦闘に対する無自覚を示している。ラストで静かに流れる少年兵の涙が過酷な現実を雄弁に物語っている。

『ブルー・ジプシー』エミール・クストリッツァ監督(セルビア・モンテネグロ


 監督はサラエボ生まれとなっているが、フランス映画のような軽妙さがある。完成度も高い。父親に窃盗を強要され、時に激しい暴力を加えられる少年が主人公。少年院の内側の方が主人公にとっては安心できる世界だった。少年院での歌の練習シーンなどは爆笑もの。窃盗団が奏でる音楽が人々の心を奪うというアイディアもグッド。

『アメリカのイエスの子ら』スパイク・リー監督(アメリカ)


 子供に隠れて麻薬を常習する両親。それでも愛情に嘘はなかった。その上、親子はHIVに感染していた。学校でいじめられる少女。「私は生きたいのよ!」と叫ぶ声が悲惨を極める。これもラストシーンが鮮やか。深刻な問題を抱えても「私は私」というメッセージが込められている。

『ビルーとジョアン』カティア・ルンド監督(ブラジル)


 実はこの作品に期待していた。カティア・ルンド(※カチア・ルンジという表記もある)は『シティ・オブ・ゴッド』(フェルナンド・メイレレス監督)の共同監督を務めた人物。多分この作品も多くの素人を起用していることだろう。躍動的なカメラワークと子供達の逞しい姿は『シティ・オブ・ゴッド』を彷彿とさせる。幼い兄と妹が家計を助けるために空き缶やダンボールを拾い集める。店先や業者とのやり取りは大人顔負け。「フライドポテトは明日買ってあげるよ」という兄の言葉が、未来に向かって生きる二人の姿を象徴している。スラムの後ろに巨大なビル群がそびえ立つ映像も忘れ難い。

ジョナサン』ジョーダン・スコット&リドリー・スコット監督(イギリス)


 最初の効果音が凄い。お見事。戦場カメラマンが神経症のような症状を発祥する。森で見かけた子供達を追い掛けているうちに、男も少年になっていた。ファンタジックなストーリー。戦場の現実を再確認して、男は再び家に戻る。

『チロ』ステファノ・ヴィネルッソ監督(イタリア)


 少年が自分の影と戯れる最初のシーンが秀逸。大人達の矛盾に戸惑いながらも、少年は逞しく生きる。窃盗という手段で。犬に追い掛けられるシーンは、サブ監督の『ポストマン・ブルース』さながら。綿飴を買うシーンや遊園地の幻想的な場面も巧い。少年が倒れるシーンに至っては詩的ですらある。

『桑桑(ソンソン)と子猫(シャオマオ)』ジョン・ウー(中国)


 裕福な少女と貧しい少女の運命が、美しい人形を介して交錯する。身寄りのない子供達が強制的に花を売らされる。売り上げがなければご飯を食べさせてもらえない。二人の少女も大人のエゴイズムの犠牲者だ。貧しい少女が裕福な少女に花をあげる。限りない豊かさが画面いっぱいに横溢する。

 いずれの作品も『それでも生きる子どもたちへ』というタイトルに相応しい内容。随分と長く感じたと思っていたら、何と170分という長尺ものだった。世界の子供達が置かれている現実、そして苛酷さを極めるほど逞しく生きる姿。歳をとって忘れていた何かを思い出させてくれるオムニバスだ。最後に流れる歌がまた素晴らしい。


それでも生きる子供たちへ

同居家族が老人を孤独へ追いやる/『自殺死体の叫び』上野正彦

 リラックスした筆致が読みやすい。回顧調も心地よい。著者は監察医という立場で数多くの遺体と向き合い、そこから日本社会の様相を見据えてきた。


 3年間の調査で、私自身も意外だったのは、自殺に追い込まれた老人の家庭環境別の比較である。当時はこれを、三世代同居、夫婦ふたり暮らし、子どもとふたり暮らし、ひとり暮らしなどの項目に分類し、整理した。

 その中で最も多かったのは、意外や意外、三世代同居の老人で、全体の60パーセント強を占めていた。以下、子どもとふたり暮らし、夫婦ふたり暮らし、ひとり暮らしの順に続いた。

 当時は、先入観として、家族と同居の老人こそが最も幸せと考えていたが、必ずしもそうではなかった。むしろ同居の中で、信頼する身内から理解されず、冷たく疎外されているわびしさこそが、老人にとって耐えられない孤独だった。これが一番の自殺動機になっていたことを見逃すことはできない。

 その逆に、ひとり暮らしだから孤独かというと、そうでもない。ひとり暮らしの老人は、それはそれで自分の城を持ち、訪れる身内や近所の人たちと交際し、それなりに豊かさを持っている。


【『自殺死体の叫び』上野正彦(ぶんか社、1999年/角川文庫、2003年)】


 悲しい現実である。孤独は関係性の中で生じる。いじめだってそうだろう。親しい仲間内で行われるのだ。晩年の孤独が耐え難い代物であることは容易に想像できる。人間関係のチャンネルを増やしておかないと大変なことになりそうだ。

自殺死体の叫び (角川文庫)

「わかる」とは/『「分ける」こと「わかる」こと』坂本賢三


「分ける」ことは「殺す」ことである、と。つまり腑分け。それだけでは「わかる」ことにはならない。一旦分けて、再構成することが「わかる」ことである、と。各パーツの役目と機能を知らねば、修理はできない。いやはや卓見。


 考察すること一般を、俗に「分析する」といったり(政治分析、経済分析、現状分析など)、理解すること一般を「分かる」といったりするのであるが、ただ、やみくもに分析したり分解したりすることで、つまりバラバラにすることで「わかった」ということにはならない。分析といっても、分析することで原理に到達し、そこから再構成してみてはじめて、「わかった」ということになるのである。そしてこの基本線は、アリストテレスからデカルトまで、古代哲学から現代科学まで貫かれているといってよいであろう。

 分けてしまうことは、ヘーゲルが『精神現象学』の序論で述べているように、じつは、殺してしまうことである。植物を根・茎・花と分解してしまえば、植物は死んでしまう。動物も解剖すれば死んでしまう。無生物でも、たとえば水を酸素と水素に分けてしまえば、水でなくなってしまう。だから、それらの要素からもう一度もとの姿を再生するのでなくては、対象を把握したことにはならない。分ける働きは、既に述べたように悟性(Verstand)のものである。

 ヘーゲルは悟性を超えて再生することを、弁証法という仕方で綜合したのであるが、彼は、だから悟性はだめだとはいわなかった。悟性を排除して、直感的に生きた全体をとらえることを主張したのはシェリングである。ヘーゲルはその態度を批判したのである。美的に、直感的に知ったというのは、たんに表象に移しただけのものであるという。ただ知っているものに移しかえたとしても、それだけでは「わかる」ということにはならないという。「知られているからといって認識されているわけではない」という彼の有名な言葉は、この意味で語られているのである。

 ヘーゲルは、はっきりと「分析するということは表象として既に知っているという形式を棄てることだ」という。表象を根源的な要素(エレメント)に分解したその到達点は、固定し静止した規程だとはっきり述べる。そして、「この分けられたもの、非現実的なものこそ、本質的な契機をなすものだ」というのである。だから分けられたものは非現実的であり、死であると彼は明言する。無力な美的直観は悟性を忌避し死を直視しない。死んだものをしっかりととらえるには最大の力がいる。それが悟性の威力だという。そして、「死を忌避し、破壊から免れようとする生ではなく、死に耐え、死の中で自己を維持する生が精神の生だ」というのである。

 死を直視し、非現実的なものを、本質的な契機であると見てとらなければならないが、そのなかで自己を維持すること、否定的なものを直視し、そのもとに身を置くこと、そのうえで固定した規程を乗り越えて、一般的なものを現実化し生き生きさせることが必要だ、というのである。


【『「分ける」こと「わかる」こと』坂本賢三講談社現代新書、1982年)】

「分ける」こと「わかる」こと (講談社学術文庫)

2009-02-11

社会を構成しているのは「神と向き合う個人」/『翻訳語成立事情』柳父章


 明治以前、日本に「社会」は存在しなかったの続き。


 当時、「国」とか「藩」などということばはあった。が、societyは、窮極的には、この(2)でも述べられているように、個人individualを単位とする人間関係である。狭い意味でも広い意味でもそうである。「国」や「藩」では、人々は身分として存在しているのであって、個人としてではない。

 societyの翻訳の最大の問題は、この(2)の、広い範囲の人間関係を、日本語によってどうとらえるか、であったと私は考えるのである。


【『翻訳語成立事情』柳父章〈やなぶ・あきら〉(岩波新書、1982年)以下同】


 で、individual=個人といっても、それは「関係性」の中で自覚されるものだ。さて、明治期までの日本人を取り巻く関係性はどのようなものだったか――


 このような「交際」を基本にすえてみるとき、日本の現実における「交際」の特徴が明らかに現われてみえてくる。それは「権力の偏重」という実状である。


 日本にて権力の偏重なるは、秊(あまね)く其人間交際の中に浸潤(しんじゅん)して至らざる所なし。……今の学者、権力の事を論ずるには、唯政府と人民とののみを相対して或は政府の専制を怒り或は人民の跋扈(ばっこ)を咎(とがむ)る者多しと雖(いえ)ども、よく事実を詳(つまびらか)にして細(こまか)に吟味すれば、……苟(いやしく)も爰(ここ)に交際あらば其権力偏重ならざるはなし。其趣を形容して云へば、日本国中に千百の天秤を傾け、其天秤大となく小となく、悉(ことごと)く皆一方に偏して平均を失ふが如く、……爰(ここ)に男女の交際あれば男女権力の偏重あり、爰(ここ)に親子の交際あれば親子権力の偏重あり、兄弟の交際にも是(これ)あり、長幼の交際にも是あり、家内を出でて世間を見るも亦(また)然らざるはなし。師弟主従、貧富貴賤、新参古参、本家末家、何(いず)れも皆其間に権力の偏重を存せり。

【『文明論之概略福沢諭吉 1875年(明治8年)】


 まことに鋭い日本文化批評である。それは1世紀後の今日の私たちにとっても身近に迫ってくるような指摘である。この現実分析や批評の根本に、福沢の「交際」という概念がある。福沢のことば使いによって拡張された意味の「交際」が、他方「偏重」という相対立する意味をもつことばを引き出し、さらし出してみせたのである。


 それは「権力の偏重」という関係性であった。交際の本質は「強い者」と「弱い者」を確認するものでしかなかったのだ。地頭と小作人、坊主と檀家ってわけだ。ではなぜ、欧米には「個人」が存在し得たのか――


 ここで、原文のindividualは、福沢の訳文の終りの方の「人」と対応している。

 ところで、「人」ということばは、ごくふつうの日本語であるから、individualの翻訳語として使われると言っても、それ以外にもよく使われる。他方、individualということばは、ヨーロッパの歴史の中で、たとえばmanとか、human beingなどとは違った思想的な背景を持っている。それは、神に対してひとりでいる人間、また、社会に対して、窮極的な単位としてひとりでいる人間、というような思想とともに口にされてきた。individualということばの用例をみると、翻訳者には、否応なく、あるいは漠然とながら、そういう哲学的背景が感得されるのである。


 それは「神と向き合う個人」だった。日本の場合、神様の数が多過ぎた上、ただ額づいて何かをお願いする対象でしかなかった。つまり、欧米は「神vs自分」であり、日本は「世間vs自分」という構図になっていた。農耕民族は団体戦であるがゆえに、村の掟に従わなければ村八分にされてしまう。ここにおいて個人は跡形もなく消失し、村の構成員としての自覚だけがアイデンティティを形成する。


 独りで何かと向き合わない限り、個人は存在し得ないということだ。一方欧米ではその後、孤独によってバラバラとなった社会が問題視された経緯がある。バランスってえのあ、難しいもんだね。


 ブッダは、「犀(さい)の角のようにただ独り歩め」と叫んだ。3000年前の轟くような声は、今尚その響きを失ってはいない。

翻訳語成立事情 (岩波新書 黄版 189)

「知識」は手段に過ぎない/『独創は闘いにあり』西澤潤一


 西澤潤一は東北大学総長、岩手県立大学学長学長を歴任し、現在は首都大学東京の学長。「光通信の父」であり、「ミスター半導体」とも呼ばれている。発明現場での格闘を綴ったエッセイ。実は私が生れて初めて買った古本で、それだけに思い入れが深い。役所が新発明を認めない件(くだり)が圧巻。


 知識の量を自慢したり、上等のことを知っているというので得意になっている人がいるが、そういう人を、人として上等だとは思っていない。

 たとえば大学の試験など、教科書、参考書、辞書を持ち込んでもいい。高度な学問のためには大量の知識を必要とするが、本来はそのような本を見ればすむことなのだ。社会に出たら文献はもちろん、他人の頭まで使ってよいのだ。


【『独創は闘いにあり』西澤潤一(プレジデント社、1986年/新潮文庫、1989年)】


 世界と渡り合ってゆくためには、頭が強くなければならない。知育偏重が人間の顔を失った官僚組織を作り上げたのだ。知識はあっても頭が弱い。何にも増して精神性が欠如している。教育の目的が人間力を向上させることにあるとすれば、我が国に教育は存在しない現状となっている。


「外に打って出る」人間を育てなければ、亡国へのスピードは増すばかりであろう。

独創は闘いにあり 独創は闘いにあり

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-02-10

宇治少年院の歴史を変えた大縄跳び/『心からのごめんなさいへ 一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦』品川裕香


 この大縄跳びが少年達を変えた。


 それでもやはりうまくいかない。運動神経の悪い子が足をひっぱっていた。だれもがそう考えていたそのとき、一人の院生がこんなこを言いだした。

 自分は跳べなかったら、下(中間期)からやり直さなあかん。ホントにダメなら、下に行く。それでもやってやるって思うヤツは、出院間近の証である白いバッジを捨てるくらいの気持ちやないと、あかんのとちゃうか。俺はバッジを捨てる。

「それを聞いていた院生みんなで、バッジを外してバッと地面に捨てました。それからはほんとうに真剣になった。それまでも真剣だったけど、なんていうか、気持ちが一つになったんです」

 縄を回す手も腫れ、跳ぶ足も腫れあがっていた。

 全員、極限状態だった。

 そんなとき、「もういいんじゃないか。よくがんばった」という教官の声が聞こえてきた。

 もう、ほんとうにこれが最後、やっぱり跳べないんだ……。院生も教官たちもそう思った瞬間だった。

「ちょうどそのときに、跳べたんです。24人で241回! あんなに嬉しかったことはなかった。みんなで抱き合って喜びました。泣いている子もいましたよ、僕も涙が出て止まらなかった」

 向井先生も、ほかの先生たちも泣いていた。その場にいた全員が、わーっと抱き合って、ほんとうに跳べたことに興奮し、感謝し、涙した。

「これが、僕の原点なんだ、とそのとき思いました。自分はここから始まるんだって。そして、人と気持ちを合わせることはすごく大事で、しかもすごく気持ちのいいことだということも知った。気がついたら、ずっとわからなかった“思いやり”ということが、自然とわかっていたんです。そのことも嬉しかったですねえ」(中略)

 その日、思い出の大縄跳びは山本善博企画統括(現・京都医療少年院庶務課長)のはからいで24等分に切られ、全員に配られた。めいめい結び目をつけて、これからの宝物にしようということになった。イナモト君が私に見せてくれたのは、逡巡し苦悩した末に獲得した、ほんとうの宝物だったのだ。


【『心からのごめんなさいへ 一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦』品川裕香(中央法規出版、2005年)】


 本気で心を一つにして挑戦した時、彼等は既に変わっていた。それまで出来なかったことが出来た時、彼等は自分を信じることができた。若者はきっかけ一つでグンと伸びる。


 そんなきっかけを作ったのは少年院関係者だった。宇治少年院には「本気の教育」があった。発達障害と見られる少年達が驚くべき成長を遂げる。教育が人間の可能性を開花させることを見事に証明している。

心からのごめんなさいへ −一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦−

性はアイスクリームを食べるのに似ている/『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル


 これはめっけものだった。華麗な文章で奥深い世界に迫っている。


 また別の文化では、性はアイスクリームを食べるのに似ている。未経験の人にとってアイスクリームのひとすくいは冷たくて味気無いものかもしれないが、実はひそかな深い味わいをもっている。ポップコーンを咀嚼するのに必要な筋肉に比べれば、アイスクリームを食べるのは、目のくらむような美的快楽を誘発できるような耽溺の行為である。これぞ霊的忘我なりと言うむきがあってもおかしくない。アイスクリームを食べるのは口中の満足という段階を超えている。アイスクリームの場合、器官の局部的な動きはただのひとつも必要ないからだ。噛むという、筋肉、腱、骨を動員する運動は必要がない。アイスクリームに心底からの情熱を燃やす人は、もはや小片を歯でかみ切るなどというものではない。凍った歓喜の塊にキスをし、そっと吸い、舌と口蓋の間においてやさしくころがし、うまみを口中に広がらせたうえで、頭にまでそれを浸透させ、体内を駆け巡らせ、アイスクリームという実在の気孔という気孔を、アイスクリームの霊的存在の分子という分子を浸透させるのである。せわしなく口蓋を動かして食べるのではその醍醐味は味わえまい。


【『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル/浅野敏夫訳(法政大学出版局、1994年)】


 ゾクゾクさせられる文章である。アイスクリームという暗喩は、「溶けて一体となる感覚」を見事に示している。


 性愛術の世界が侮れないのは、キリスト教が性を抑圧した歴史に踏み込んでいるためだ。愛とは神に捧げるべきもので、人間に向けるものではなかった。それゆえ、夫婦であっても快楽を伴う性交渉は「罪悪」とされてきたのだ。神様ってえのあ、随分とまた狭量だね。かような抑圧があるから、その反動としてモルモン教みたいな連中も現れるのだろう。

 後半では道教の教えを中心に、具体的な手法が紹介されている。要は、エネルギーを交換し合うという概念だ。一言でいえば挿入したまま1時間頑張れって話である。性急な快感よりも、妊娠の一体感に近い状態なのかも知れない。

エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南

2009-02-09

平将門の亡霊を恐れる三井物産の役員/『スピリチュアリズム』苫米地英人


平将門の首塚」だってよ。周辺跡地に大蔵省が建てられることとなったが、工事関係者や大蔵省職員の不審死が相次いだそうだ。


 東京・地下鉄大手町駅から歩いて1分、ビジネス街の一角に平将門の首塚が祀られています。そばにある三井物産の役員室は、全部そこにお尻を向けないように設計されています。つまりエリートビジネスマンが平将門の霊力を信じて畏れているということです。これは1000年単位で続いている迷信ですから、相当に強く洗脳が維持されていると言えます。

 国や地域で畏れる対象は異なっていても、現在生きている人類はすべてなんらかの迷信に洗脳されていると思った方がいいでしょう。お互いがお互いを洗脳し合っているのです。洗脳状態をお互いが巧妙に維持し合っているというのが、この世の実情かと思います。


【『スピリチュアリズム』苫米地英人(にんげん出版、2007年)】


 いやあ笑わせてもらった。信じることによって、祟りが現実のものとなるのだろう。ブードゥー教の呪いと同じメカニズムだ。


 将門なんぞの怨念に力があるとすれば、ルワンダなんか怨霊で溢れかえっていることだろう。


 とはいうものの、人間心理というのは馬鹿馬鹿しいところに面白さがある。

スピリチュアリズム

中国人民の節度/『青春の北京 北京留学の十年』西園寺一晃


 父は西園寺公一(きんいち)、祖父は西園寺公望(きんもち)。西園寺一晃は北京に10年間留学し、文化大革命を目の当たりにする。本書を文革礼賛本と称する向きもあるようだが、底の浅いステレオタイプの類いに過ぎない。一人の日本人少年が何を目撃し、どう感じたかという事実と、文化大革命の功罪は全くの別物だ。「反中」というのは単なる嫌悪感であって、思想ではあるまい。


「あの店はあなた方、外国同志達のためにあるのです。私もあの店の洋菓子がおいしいことを知っています。でも今は食べません。もう少ししたら、我々は今の困難(100年振りの大災害による食糧不足)を克服して6億人民全部がいつでも好きなだけ、おいしい菓子を食べられるようになります。そうしたら食べます。その時は、おいしい菓子が一段とおいしく感じられるでしょうから、その時までとっておきますよ」

 と言って笑った。彼はその日、中国の笑い話やことわざについて色々と話してくれ、僕達を腹の皮がよじれるほど笑わして帰っていった。しかし、彼の前に出されたシュークリームはそのまま残っていた。僕達一家4人は、同じように手をつけなかった菓子を前に、妙に白けた気持ちになった。僕は苦いものを飲み込むようにそれを食べた。少しもおいしくなかった。


【『青春の北京 北京留学の十年』西園寺一晃〈さいおんじ・かずてる〉(中央公論社、1971年)】


 果たしてこれだけの連帯感が我々の日常にあるだろうか。家族の中にだってないことだろう。貧しくても節度のある人と、豊かでありながらも欲望に翻弄される人と、どちらが上等かね。


 バブル経済を経てからというもの、この国には節度や節操はなくなった。そうして国民が選んだのは小泉という男だった。もちろん節度とは無縁の人物だ。小泉は「開き直る」ことに新しい価値を吹き込んだ。今尚、小泉待望論があることに私は驚きを隠せない。やはり、節度はとっくに死滅していたようだ。

青春の北京 北京留学の十年

2009-02-08

疑惑の不動産7社グループ 各地の郵政跡地でトラブル


 郵政問題に詳しいジャーナリストの中村知空氏はこう言うのだ。

日本郵政とオリックスの取引を見ても分かるように、郵政物件の入札は経過が不透明な上、落札業者の実態もよく分からない。だから正規の段取りや事前の説明が不十分で、落札後のトラブルが絶えないのです。『郵政民営化はバラ色』と、小泉内閣が推し進めた政策は本当に良かったのか――を含め、入札についても、誰がどう関わったのかを精査するべきです」


日刊ゲンダイ 2009-02-05

小田嶋隆の正論/『安全太郎の夜』小田嶋隆


 宮崎勤に関する報道のあり方に疑義を呈したテキスト。小田嶋隆の気骨が窺える。

「異常だ」

 という人もいるかもしれない。

「気味が悪い」

 と思う人もいるだろう。

 が、こういう状態(私の部屋、ミヤザキの部屋、そのほかの名もないたくさんの若者たちの部屋)は、とりたてて珍しいものではない。

 そしてマスコミさんたちは、こうしたとりたてて珍しくもない部屋の風景を「異常だ」というふうに結論づけようとした。

「6000本ですからね、なにしろ」

「ええ、なにしろ6000本ですからねえ」

 ミヤザキがどうして犯罪を犯したのかということを報道する以前に、彼らはミヤザキの部屋の風景を裁き、そういう部屋に住んでいたミヤザキの生活を裁き、さらには、そうした部屋のあり方そのものを裁こうとした、というふうに私は、若干の被害妄想を含みながらも、そう判断している。


【『安全太郎の夜』小田嶋隆河出書房新社、1991年)以下同】


 メディアは覗き屋である。メディアの目的は大衆の欲望を刺激することだ。日常から乖離すればするほど大衆は興奮する。宮崎勤の“異常”は格好の餌食となった。


 たぶん、彼らには、ミヤザキの部屋の「密室性」が、不気味に見えたのだろう。

 たしかに、あれは、不気味だった。

 が、誰の部屋だって、いきなり報道陣みたいなものに踏み込まれた状態で映像化されたら、あの程度には不気味なものだ。

「オレの部屋はあんなじゃない」

 というおっさんもいるだろうが、現代の若い独身の男の部屋に限っていえば、大体においてあんなものなのだ。

 そうだからこそ、バカな推理作家や本しか読んでいない心理学者は「あなたのまわりにも第二のミヤザキが」式の短絡をしてしまったわけなのだ。

 仮に、彼らの言うとおりに、ああいう部屋に住んでいる人間が潜在的にはミヤザキなのだとしたら、日本には、ミヤザキが2600万人ぐらいはいる勘定になる。

 私の部屋だって、うまいこと片づいていない時には、十分、あの程度の不気味さは持っているし、もっと不気味な部屋を私はいくつも知っている。

 しかし、不気味な部屋に住んでいるということが、そのままその部屋の住人の不気味さの証拠になるわけではない。

 むしろ、ある種の不気味さを保っていられるからこそ、その部屋は、その住人にとって「個室」であり得るのだ。

 誰が見ても公明正大で、人に見られて困るようなものがひとつも隠されていないような部屋は、部屋と呼ぶに値しないし、また、そういう部屋に住んでいる人間は、人間と呼ぶに値しない(っていうのは、大げさだけど、オレはつまらない野郎だと思うね)。

 さて、ともかく、愛すべきマスコミの皆さんや、その享受者であるところの愛すべき庶民の皆さんは、あの部屋を不気味だと思った。

 そこまでは良い。

 確かに、個人の部屋(それも、人を招くことを意識して片づけていない、ナマの状態)というものは、他人の目から見ればいつだって不気味に映るものだからだ。

 問題は、その後だ。

 彼ら(おまえらのことだぜ)は、あの部屋を裁こうとした。

 このことを、なによりも私はいやらしいことだと考えている。

 人の心に秘密があるように、人間の生活には、個室があり、密室があり、人知れぬ趣味があり、自分だけのためのコレクションがある。このことを認めなかったら、要するに人間というのは、「社会的動物でしかない存在」になってしまう。

 善良で、協調的で、社交的で、何の秘密も持たない、親切で、礼儀正しい、「サザエさん」の登場人物みたいに無邪気で前向きな1億人の日本人……。

 バッカじゃなかろか。

 あらゆる人間が、建設的で心暖まる話しか話題にしないような、そんな世の中が理想だと考える連中がいるのは仕方がないにしても、すべての人間にそうしたふるまいを強要する権利は誰にもないはずだ。

 言うまでもないことだが、この世の中には、人間がした行為を裁く法律はあっても、人間がアタマの中で考えていることを裁く法律はない。

 ところが、今回の事件を通じて、あなたがた(と、ついに二人称を使いはじめる)がしようとしたことは、ミヤザキの行為をではなく、ミヤザキの生活姿勢や性格や家庭環境を裁くことであり、彼のアタマの中味を裁くことだった。

 ということはつまり、我々(いっそ、一人称を使うことにしましょう)は、ミヤザキのみならず、人間一般の「孤独」を裁こうとしたということなのだ。


 秀逸なメディアリテラシーである。小田嶋は宮崎擁護を目的としているわけではなく、犯罪報道のあり方に一石を投じているのだ。見事なバランス感覚で本質を捉えている。


 テレビという害毒が現代人の精神を蝕んでいる。テレビを消して、活字と向き合うことなくして、批判力が育つことはない。

安全太郎の夜

服従心理のメカニズム/『服従実験とは何だったのか スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』トーマス・ブラス

 あのミルグラムである。服従実験で社会心理学の有効性を証明し、放置手紙法によってスモールワールド現象を明らかにしたミルグラムだ。ユニークな発想と巧妙な実験法が群を抜いている。アイディアマン。あるいは知能犯。

 そしてミルグラムの研究が出版された1963年までには、ナチスが行った恐ろしい行為に関する研究がすでにたくさん発表されていた。そのなかで、彼の研究が特筆すべきものとなったのは、実験室における科学的な研究手法を使って、当時は実現不可能であるかに思えた二つの目標を達成したからである。一つは、冷静な分析をするのが難しいテーマに、ある程度の客観性(他の方法と比較しての話だが)を持ち込んだこと。もう一つは、破壊的な服従がごく日常的な場面においても起こりうることを示したこと。そのため、この実験を知った人は、その実験が示す望ましくない情報を自分とは無関係なものとして切り捨てることが難しくなったことである。


【『服従実験とは何だったのか スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』トーマス・ブラス/野島久男、藍澤美紀訳(誠信書房、2008年)以下同】


 Wikipediaには「『アイヒマンとその他虐殺に加わった人達は、単に上の指示に従っただけなのかどうか?』という質問に答えるため」に実験が行われたとあるが、本書にそのような記述はない。ソロモン・アッシュの下(もと)で同調行動の実験を行っていたミルグラムが、服従実験を思いつくのは自然な流れであろう。


 権威ある人間からの合法的な命令であると思いさえすれば、それがどんな命令であっても、良心の呵責に苦しむこともなく、非常に多くの人が、言われたとおりに行動をしてしまう……。

 私たちの研究の結果から得られる教訓は、次のようなものである。

 ごく普通に仕事をしている、ごく普通の人間が、特に他人に対して敵意を持っているわけでもないのに、破壊的な行為をする人たちの手先になってしまうことがあり得るのである。


 ──スタンレー・ミルグラム、1974年


 この映像は時折テレビで紹介されている。サクラである「学習者」は事前に心臓が悪い旨を伝え、電気ショックを与えられるたびに大声で叫ぶが、殆どの被験者は指示通りに電圧を上げ、更に驚くべきことにクスッと笑っていた。


 服従のメカニズムは日常生活のそこここに存在する。例えば会社内のルールは、世間の常識とは全くの別物だ。営業マンに人権はない。給料の額を天秤にかけて、服従レベルとのバランスを保っている。そう。ダブルスタンダード


 人間は所属するコミュニティの数だけルールを有している。組織という組織は、序列という秩序によって構成されている。例えば泥棒の集団があったとしよう。このコミュニティにおいては「盗む」ことが「正しい」ことになる。組織においては、上司に額づくことが正しい価値となるのだ。「善」が不変であるのに対して、「正義」はコロコロ変わるってわけだ。


 淫祠邪教やマルチ商法の類いは決してなくなることはない。そこに集うのは「特殊なルール」に従っているだけの善良な人々である。相対的な批判力を欠いた人が存在する限り、権威という怪物は無理難題を吹っかける。結局、権威を支えているのは沈黙であることが明らかだ。

服従実験とは何だったのか―スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産

2009-02-07

松山俊太郎


 1冊読了。


 21冊目『蓮と法華経 その精神と形成史を語る』松山俊太郎(第三文明社、2000年)/編集者との対話形式になっており、床屋談義のような親しみやすさがある。しかし内容は難解。法華経の各品の成立について鋭く考察を加える。白蓮華と紅蓮華の相違を詳細にわたって語っている。松山俊太郎は蓮の文献的研究をしていると奥付にあるが、碩学といってよい。上級者向け。

恵まれた地位につく者すべてに定数がある/『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし

 発行は1963年。私の生まれた年だ。ということは、公明党が結成(=衆議院への進出)される前年であり、マルクス主義が猛威を振るっていた時代である。本書の内容は「マルキシズムから見た創価学会の思想」というべきもので、共産党と比較する場面が目立っている。


 個人的には、マルクス主義の懐の深さを感じた。否、マルクス主義というよりも、むしろプラグマティズムに近い印象すら受けた。彼等のアプローチはいずれも思想的であり科学的だ。


 国会議員に定数があるように、社長にも課長にも定数がある。テレビ俳優にも定数がある。現代では、恵まれた地位につく者すべてに定数がある。(森秀人)


【『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし(産報ノンフィクション、1963年)】


 ここに資本主義経済・大衆消費社会の本質がある。全員が豊かになることは絶対にあり得ないのだ。環境問題が叫ばれて久しいが、その目的は先進国のパイ(エネルギー、食料、原材料)を守ることだという指摘もある。


 かような観点からすれば共産主義は一つの理想だったのだろう。しかし、それも幻想に過ぎなかった。


 資本主義の原理が、資本の奪い合いである以上、貧富の差が生れるのは必然である。弱い者、貧しい者から収奪することが成功への鍵となる。ソ連が崩壊してからは、これがグローバルな規模で進行している。「ノー」と拒否することは国家レベルでも困難だろう。金融マーケットが崩壊しつつある今、資本主義を見つめ直す視点が求められているように思う。

折伏 創価学会の思想と行動

2009-02-06

ジョン・F・カーター、湯本香樹実


 1冊挫折、1冊読了。


 挫折6『フルタイムトレーダー 完全マニュアル』ジョン・F・カーター/長尾慎太郎監修、山下恵美子訳(パンローリング、2007年)/3部21章からなるが、読んだのは第1部のみ。それ以降は具体的過ぎてダメ。米国の銘柄である上、チャートやソフトも直ぐ入手できるかどうかがわからない。第1部の内容がよかっただけに残念極まりない。この値段であれば、アレキサンダー・エルダー著『投資苑 心理・戦略・資金管理』の方がオススメ。


 20冊目『夏の庭 The Friends』湯本香樹実(徳間書店、2001年)/広井良典著『死生観を問いなおす』(ちくま新書)で紹介されていた一冊。死に興味を抱いた小学生3人が、独り暮らしの老人が死ぬ瞬間を見ようと観察を開始。いつしか老人との交流が始まる。科白が上手い。細かい描写もしっかりしている。時々秀逸な文章が立ち現れる。予想以上に面白かった。見返しには、寺山修司に師事したと書かれている。更に本書は、10ヶ国以上での翻訳が決まり、世界中の児童文学賞を総なめにしているのこと。「死」という重いテーマであるにもかかわらず、実に爽やかな読後感を残してくれる。

資産運用のリスクを恐れるな/『実践 生き残りのディーリング 変わりゆく市場に適応するための100のアプローチ』矢口新


 為替ディーラーの教科書と謳われた本。名文は明晰な哲学から生れるというお手本でもある。100章で構成されており、各章は3〜4ページである。マーケットという現場で培われた知恵が随所に光る。


 私たちは自分の人生の当事者です。私たちの預貯金や保険はまさかの時の備えに必要なものですし、積み立てている年金は老後の私たちの生計をたてるのに必要です。ほかのだれのものでもありません。

 何をしていてもリスクはあるのです。資産運用のリスクが怖いからと、当事者であるリスクを避けることは、傍観者であるリスクを受け入れることです。同じ自動車に乗っていながら、運転席よりも助手席の方が安全と思うようなものです。

 しかも資産運用の世界では、事故歴がたくさんあるドライバーでも、有名ならば他人の車を運転していますし、当のドライバー自身がその車に乗っていないことも多いのです。

 自分のリスクは自分で取りましょう。リスクとは避けるものではなく、うまく管理するものなのです。


【『実践 生き残りのディーリング 変わりゆく市場に適応するための100のアプローチ』矢口新〈やぐち・あらた〉(パンローリング、2001年)】


 要は資産運用を他人の手に預けるのか(預金、保険)、自分でヘッジするのかということ。「卵は一つのカゴに盛るな」という相場格言を踏まえれば、預金と資産運用のバランスも大切になってくる。ま、素人がニコニコ顔で相場に足を踏み入れれば、ケツの毛まで抜かれることは確実。


 ファイナンシャル・リテラシーは学んでおいた方がよい。それが結果的に我が身を守ることになる。経済に対する見方がガラリと変わり、世の中の仕組みがわかるようになってくる。

実践 生き残りのディーリング (現代の錬金術師シリーズ)

2009-02-05

新潮社社長らに貴乃花親方への賠償命令 東京地裁判決


 大相撲の貴乃花親方夫妻が、相続問題や八百長疑惑に関する週刊新潮の5本の記事で名誉を傷つけられたとして、発行元の新潮社などに計約3700万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は4日、新潮社側に計375万円の支払いと謝罪広告掲載を命じた。松本光一郎裁判長は「名誉棄損を防ぐ社内体制を作らなかった」として佐藤隆信社長の賠償責任も認定した。

 週刊誌記事の名誉棄損訴訟で、取締役の責任を定めた旧商法の規定に基づき出版社の社長に賠償を命じるのは異例。

 松本裁判長は判決理由で、出版社の代表取締役は名誉棄損の記事を防ぐため、1.社員の研修体制、2.出版前の記事のチェック体制、3.第三者委員会など事後の検討体制――を社内に整備する義務があると指摘した。


日本経済新聞 2009-02-04】

光は年をとらない/『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン

    • 光は年をとらない

 ブライアン・グリーンは超ひも理論の権威。私と同い年である。後半は小難しくなるものの、これだけの読み物にしたお手前が見事。自分達の発見に関しても、実に控え目な表現となっている。


 物体が私たちにたいして動くときに時間の進み方が遅くなるのは、時間に沿った運動の一部が空間のなかでの運動に振り向けられるからだということがわかる。つまり、物体が空間のなかを進む速さは、時間に沿った運動がどれだけ他に振り向けられるかということの反映にすぎない。

 また、物体の空間的速度に限界があるという事実が、この枠組みですぐに説明がつくこともわかる。時間に沿った物体の運動がすべて、空間のなかでの運動に振り向けられれば、物体が空間のなかを進む速さは限界に達する。このとき、時間に沿った光の速さでの運動がすべて、空間のなかを光の速さでおこなう運動に振り向けられる。時間に沿った物体の運動がすべて使い果たされてしまったときのこの速さが、空間のなかを動く速さの限界だ。どんな物体も、これ以上速くは動けない。これは、先の車を南北方向に運転するのにたとえられる。ちょうど、この場合、東西の次元に動くための速さが車に残らないの(と)同じように、光の速さで空間を進むものには、時間に沿って動くための速さが残らない。したがって、光は年をとらない。ビッグバンで生じた光子は、今日でも当時と同じ年齢なのだ。光の速さでは時間は経過しないのである。


【『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン/林一、林大訳(草思社、2001年)】


 相対性理論がすっきりと整理されている。光速度に達すると時間は止まる。だがそれは観測者である我々から見た話である。時間が経過する実感は全く変わらない。ここが面白いところ。


 科学の世界は想像力を駆使して宇宙の秘密を解き明かす領域にまで踏み込んだ。とすれば宗教は、科学的姿勢・実験的な態度で思想を再構築する必要が求められるだろう。


 浅川の緩やかな流れが反射する光や、城山湖が照らす光の波を見ていると、不思議なほど亡くなった友のことが思い出される。死者は亡くなった時点で光と化し、いつも変わらぬ姿でメッセージを送っていると思えてならない。

エレガントな宇宙―超ひも理論がすべてを解明する

2009-02-04

認知症男性の株売却で賠償命令=大万証券に1億円余−名古屋地裁


 大万証券(名古屋市)の元社員が特別養護老人ホームに入居する認知症の男性(81)の株券や現金を無断で持ち出したとして、男性と成年後見人の長男(45)が同社に約1億3560万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が4日、名古屋地裁であった。長谷川恭弘裁判官は会社側の使用者責任を認め、ほぼ請求通り同社に約1億2560万円の支払いを命じた。

 判決によると、元社員は2005年3月から昨年1月にかけ、男性が同社に預けていた自動車会社などの株券(時価計約1億860万円相当)を無断で持ち出したほか、男性からの預かり金約600万円を横領した。


【時事通信 2009-02-04】

学研ムック、ジェイムズ・M・パウエル


 2冊読了。


 18冊目『性愛術の本 房中術と秘密のヨーガ』(学研ブックス・エストリカ、2006年)/密教を調べているうちに、とうとう性愛術にまで辿り着いてしまった。我ながら何という求道心か(笑)。ま、ムックなんで浅く広くといった内容。ただし、写真や図の類いが豊富。いずれも不思議な迫力に満ちている。後期密教や比叡山の稚児(ちご/女性の代役を務める少年男娼)に関する件(くだり)は胸が悪くなった。まだまだ修行が足りません。


 19冊目『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル/浅野敏夫訳(法政大学出版局、1994年)/これはいい本だった。ただのエロ本だと思ったら大間違いだ。道教を紹介しながら、男女の陰陽の気を交換するための手法が書かれている。どうやら性愛術(房中術)の基本は、性的刺激よりも合一感を味わうところに目的があるようだ。ま、真偽のほどはわからんが、名文でぐいぐい読ませる。一読の価値あり。初版の表紙にはエゴン・シーレの「抱擁」がモノクロで配されていて、これもグッド。

ゼロをめぐる衝突は、哲学、科学、数学、宗教の土台を揺るがす争いだった/『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ

 表紙の色がよくない。これだけで売れ行きが悪くなっていることだろう。広く読まれるべき作品であるにもかかわらず。頭からケツに至るまでゼロについての話である。


 こんな損害をもたらすことのできる数は他にない。(※軍艦)ヨークタウンを襲ったようなコンピューターの故障はゼロのもつ力のほんの一端でしかない。さまざまな文化がゼロに対して身構え、さまざまな哲学がゼロの影響のもとで崩れさった。ゼロは他の数と違うからだ。ゼロは、言語に絶するもの、無限なるものを垣間見させてくれる。だからこそ、恐れられ、嫌われてきた――また、禁止されてきたのだ。

 本書は、ゼロの物語である。ゼロが古代に生まれ、東洋で成長し、ヨーロッパで受け入れられるために苦闘して、西洋で台頭し、現代物理学にとって常なる脅威となるまでの物語だ。ゼロを理解しようとし、この神秘的な数の意味をめぐって争った人々――学者と神秘主義者、科学者と聖職者――の物語である。西洋世界が、東洋からきたある概念から身を守ろうと(時として暴力的に)試み、失敗した物語だ。そして、一見無害に見える数が突きつけるパラドクスに、20世紀最高の知性さえうろたえ、科学的思考の枠組みが崩壊しそうになったという歴史である。

 ゼロが強力なのは、無限と双子の兄弟だからだ。二つは対等にして正反対、陰と陽である。等しく逆説的で厄介だ。科学と宗教で最大の問題は、無と永遠、空虚と無限なるもの、ゼロと無限大をめぐるものである。ゼロをめぐる衝突は、哲学、科学、数学、宗教の土台を揺るがす争いだった。あらゆる革命の根底にゼロ――そして無限大――が横たわっていた。

 ゼロは東洋と西洋との争いの核心にあった。ゼロは宗教と科学の闘いの中心にあった。ゼロは自然の言葉、数学でもっとも重要な道具となった。そして、物理学でもっとも深刻な問題――ブラックホールの暗黒のコアとビッグバンのまばゆい閃光――はゼロを打ち負かす闘いなのだ。

 だが、ゼロは、その歴史を通じて、排斥され追放されながらも、それに立ち向かうものを常に打ち負かしてきた。人間は力ずくでゼロを自らの哲学に適合させることはできなかった。かえって、ゼロは宇宙に対する――そして神に対する――人類の見方を形づくってきたのだ。


【『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ/林大訳(早川書房、2003年)】


 結局、キリスト教と仏教という思想的バックボーンが明暗を分けたといってよい。キリスト教(ギリシアを中心とした西洋)は神以外の無限を嫌ってゼロを否定し、仏教(インド)はゼロを空の概念から止揚した。ゼロは教義を揺るがす代物だった。ちなみに、マイナスもインドで誕生したそうだよ。西洋はこれも拒絶。


 こなれた文章で一気に読ませる。最近読んだ数学本の中ではぴか一。ゼロは無であり、無限だった。量子論の世界でも元始の宇宙における真空は、物質と反物質が充満していた状態と考えられている。つまり、プラスマイナスゼロというわけ。

異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 異端の数ゼロ――数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-02-03

過重労働で職員自殺、農協に1億円賠償命令…地裁帯広支部


 北海道音更(おとふけ)町農協の男性職員(当時33歳)が自殺したのは、過酷な労働などが原因として、遺族が同農協に計1億4058万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が2日、釧路地裁帯広支部であった。

 岡山忠広裁判長は「業務により心理的負荷が生じてうつ病になり、自殺した」として、同農協に慰謝料(3000万円)や逸失利益など計1億398万円の賠償を命じた。

 判決によると、男性は農産物の出荷を担当する青果課に勤務していたが、2004年6月からは職場の欠員で業務量が増加し、同年8月には超過勤務時間が約90時間にも達した。さらに、夜の会合も増え、仕事上のトラブルで上司に叱責(しっせき)されたことなども重なり、05年5月に同農協の倉庫で自殺した。

 帯広労働基準監督署は06年12月、自殺は業務に起因するものとして労災を認定。同農協が遺族側の損害賠償請求に応じなかったため、提訴していた。

 農協側はこれまで、「男性に過重労働を強いていない。男性のうつ病は予見できず、自殺の原因は仕事ではなく個人的な問題によるもの」と主張。判決では、「自殺前の男性の仕事ぶりや言動を注意深く観察していれば、十分把握できたはずで、業務量の軽減など取るべき措置を怠った」と退け、安全配慮義務違反と認定し、遺族側の主張を全面的に認めた。


【読売新聞 2009-02-03】

トーマス・ブラス


 1冊読了。


 17冊目『服従実験とは何だったのか スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』トーマス・ブラス(誠信書房、2008年)/野島久男、藍澤美紀訳。タイトルに偽りあり。服従実験の詳細は記されているが、特にそれだけを詳述した作品ではない。ミルグラムの評伝である。その意味では、ロバート・カニーゲル著『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』(工作舎、1994年)と似ていて、飽くまでも「網羅」に力点が置かれている。読み物としてはこっちの方が辛い。才豊かにして、才に溺れた印象を受けるが、ミルグラムはその知名度に似合わず不遇であった。服従実験以外にも、スモールワールド(六次の隔たり)という概念を構築したが、どこか胡散臭い評価をされていたようだ。社会心理学を確かな学問にした最大の功績者であるにもかかわらず。面白主義といった部分で多分、南伸坊に似ていたのではと勝手に想像している。

文学性の薫り高い硬質な警察小説/『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド


 はっきり書いておくが、プロットが私の好みではない。それでも読ませられた。しかも一気にだ。硬質な透明感に包まれた文章。警句を思わせる一行。文体としてのハードボイルド。元警察官だけあって、細部という細部が生き生きと描かれている。これがデビュー作というのだから凄い。


 アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短篇賞を受賞しているが、ミステリという枠にはまるような代物ではない。警察を舞台にした文学作品といった趣。5人の婦人警官が主人公の10篇の物語。ま、とにかく読んでごらんなさいよ。


 掃除という単純作業には、目の前のことだけに打ち込むという美点がある。最小限の努力で最大限の成果を得られる、進み続けるべき正道だ。銃や制服の手入れもそうだろう。いちばんいい道具を買って、必要と思う異常にまめに手入れする。3ヵ月ごとに銃弾を取り替え、豚毛の歯ブラシを使う。安物の銃掃除キットは買わない。良質のガンオイルと亜麻布に大金をはたく。古いTシャツで――まちがってもペーパータオルなど使わない――靴の泥汚れを拭き取ってから綿のボロ布で皮革専用石鹸を塗り、そのあと靴墨に自分の唾液を混ぜ、それを柔らかい高級ブラシで靴全体にまんべんなくのばし、ぴかぴかに磨き上げる。真鍮(しんちゅう)磨き剤をほんの少しだけ――多いと緑色になってしまう――上着のボタンや、バッジや、名札や、優秀射撃手章や、署記章につける。没頭すれば時間を忘れる。自分も忘れる。自分がただ作業するだけの存在に感じられる。


【『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド/駒月雅子訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2006年/ハヤカワ文庫、2008年)】


 一瞬、大藪春彦を思い出した(笑)。時折、女性らしい視点が現れ、ハッとさせられる。それぞれの女性が心に傷を負いながらも、自立し、懸命に生きている。日本女性みたいにジメッとしていない。乾燥した空気のような軽やかさがある。


「揺れる女の自我」を見事に描いていて、傑作。

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

(※左がポケミス、右が文庫本)

2009-02-02

学問への情熱が明治維新を導いた/『勝海舟』子母澤寛


 20年以上前に読んだ。勝父子のべらんめえ調が小気味よかった。まさかその後、東京の下町に住むとは思わなかった。私が過ごした亀戸(江東区)は、勝海舟が生まれた本所(墨田区)に近いところだった。子母澤寛は北海道の厚田村出身にもかかわらず、よくぞここまで江戸の雰囲気を表せたものだと感嘆した覚えがある。


「先生、わたしゃあ、もう一度、最初(はな)っから学問をやり直す」

「え、なんだとえ」

「いや、どうも、今日まで、本当に本を読む肚が定まっていなかったようだ、いや定まっていたかも知れないが薄っぺらであったようです。もう一度、一歩一歩、しっかりと大地を踏むように本を読み直して見る考えです」


【『勝海舟子母澤寛(日正書房、1946年/新潮文庫、1968年)以下同】


 明治維新期の学問に観念の印象がないのは、教えを乞うための行動力と、印刷技術が未発達であったため書写という身体性を伴っていたからであろう。知識への渇望はじっとしていることを許さない。「学問」が「生きざま」に直結していたとも言える。


「今日、開成所で妙な噂がありましたよ」

「学問もせずに、噂なんぞばかりしてやがるのかえ」


 学ぶ精神はもとより、欧米に対する遅れの実感が巧みに表現されている。そして江戸っ子はすばしっこくて、短気だ。地方からの移住者が多い江戸は、当時も生き馬の目を抜くようなスピードに満ちていたことだろう。


 勝海舟は偉大なる調停者であった。何にも増して嘘がなかった。だからこそ、西郷隆盛との談合も上手くいったに違いない。

勝海舟 (第1巻) (新潮文庫) 勝海舟〈第2巻〉咸臨丸渡米 (新潮文庫) 勝海舟 (第3巻) (新潮文庫)


勝海舟 (第4巻) (新潮文庫) 勝海舟〈第5巻〉江戸開城 (新潮文庫) 勝海舟〈第6巻〉明治新政 (新潮文庫)

「ブードゥー教の呪いで人が死ぬ」ことは科学的に立証されている/『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン

 これは、脳機能によるものと個人的に考えている。多分、「これ以上生きてはいけない」というスイッチが入ってしまうのだろう。時に思想が人を殺すという例証である。


 生理的変化の原因として、心理社会的要因も重要であることを認めない人は、次のような例をどう説明するのか。ユダヤ教徒(あるいはイスラム教徒)たちは豚肉を食べることが禁じられている。敬虔なユダヤ教徒(あるいはイスラム教徒)が知らずに豚肉を食べ、何時間もたってから、それがなんと禁じられている豚肉だったと知らされると、身体に激しい異変が生じるという。また、「ブードゥー教の呪いで人が死ぬ」ことも、立証されている。ハーバード大学の著名な生理学者ウォルター・キャノンがこれを研究し、のちにジョンズ・ホプキンズ大学の心理生物学者のカート・リクターも調査した。ブードゥー教の信仰が行われている国では、いたって健康な人でさえ、呪いが自分にかけられたことを知ると、衰弱して死に至るということが実際に起きる。


【『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン/功刀浩〈くぬぎ・ひろし〉監修、中塚公子訳(みすず書房、2008年)】

精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構

2009-02-01

ブライアン・グリーン、鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし


 2冊読了。


 15冊目『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン(草思社、2001年)/林一、林大訳。これは、佐藤勝彦監修『「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!』よりもわかりやすかった。超ひも理論の権威とは思えぬほど語り口が優しい。更に比喩が実に巧み。514ページで2310円という値段も良心的だ。私が読んできた超ひも理論の中では一押し。


 16冊目『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし(産報ノンフィクション、1963年)/知識人という知識人がマルクス主義に走っていた時代背景を考慮すると、マルクス主義の懐の深さが窺える。創価学会とは距離を置きつつも、真摯かつ率直な批評に好感が持てる。哲学的、社会心理学的アプローチが興味深い。

「私」とは属性なのか?〜空の思想と唯名論/『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵

 ここで展開されているのは初期仏教の「空」(くう)であり、その後、中国〜日本を経て、空の思想は変容する。いつの時代も、「自分」とは何かと考える人々はいたのだろうが、インドの豊かな思想が徹底した分析を加えている。


 ある基体(y)にあるもの(x)が存すると考えられる場合、xをダルマ(dharma 法)とよび、その基体yをダルミン(dharmin 有法〈うほう〉)と呼ぶ。「法」という語にはさまざまな意味がある。掟という意味もあり、義務、正義でもあり、教え、さらにはあらゆるもの、存在をも意味する。一方、哲学的な論議においてダルミン(有法)と対になった場合には、ダルマがそこで存在する基体を意味する。

 もう一度白い紙を考えてみよう。この紙には、無色透明ではあるが基体として一つの場があって、その場には白色という属性があり、さらに大きさ、形、匂い、重さといった属性も存すると考えられる。

 さて、これらの属性を取り除くことができたと仮定してみよう。白色を取る、匂いを取り除き、重さを取るというようにして、すべての属性を取り除くことができたとしよう。最後に何か残ると考える人もいるだろうし、何も残らないと考える人もいるだろう。

 結論的にいって何も残らないという方が仏教的なのである。無色透明ではあるが基体と呼ぶべき何ものかが存在するというのが、バラモン正統派の考え方である。神という基体から白色などの属性を全部取り除いた後にも、目には見えない、匂いもしない、しかし、それがなければ成立しないというような場が残る。何かそのような場なければ、さまざまな性質が集まった現象世界が成立しないだろう、というのばインドのバラモン正統派の考え方である。


【『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵〈たちかわ・むさし〉(講談社学術文庫、2003年)以下同】


 シャンカラ(バラモン正統派の唯名論を代表する人物、8世紀に活躍し30代で死亡)の思想モデルとして、フルーツゼリーを考えてみよう。ゼリーの中に入っている小さく切られたオレンジ、ピーチ、サクランボなどの「具」は、すべてゼリーの中に閉じ込められている。ゼリーがブラフマンにあたり、オレンジなどが属性にあたる。フルーツの色や形などの現象はゼリーを通して見ることはできる。しかし、ゼリーという基体の外では存在しない。シャンカラによれば現象世界は幻(マーヤー)なのである。幻といっても現象世界が無だというわけではない。それなりの存在性は認められているのであるが、このブラフマンに付随する性質として、このようにわれわれに視覚されるのみだと考えられている。


 極めて薄い膜でできた袋があり、その袋の中に水を入れることができたとしよう。この場合、水は自性にあたり、水の入った袋全体は構成要素に当たる。水つまり自性がなくなったときには袋(基体)のみが残るのであるが、この基体はほとんど無に等しい。空とは自性がないことだというのは、袋に入った中味がなく、袋もあるかなきかのものであるゆえに、結局は袋もその中身もないような状態を指しているのである。後ほど見るように、オブラートのように極めて薄い袋とその中の水とは、空思想における基体(y)とその中のもの(あるいは上のもの、x)とに例えることができるのである。

 xがyにないという場合、xとyがどういう関係にあたるかということが空思想の核心である。空とは基本的には、xがyにないということであるが、xがないという場合、xの非存在の場所が必要となろう。しかし、空思想ではxの存在すべき場であるyは存在しないという。要するに空思想は「xはyに存在する」という命題を認めないというのである。ということは、「犬に歩くことがある」つまり「犬が歩く」ということも、「花が咲く」ということも、すなわち「あるおのが動作をなす」という命題を認めないことになる。もっともこれは空思想の有する否定的側面なのであって、肯定的側面は、いちど無へと導かれた言葉がよみがえると主張するのであるが、後世には空の意味は変化してきた。少なくとも、中国や日本においては空の思想の力点に変化が見られるのである。何々がないという否定的な側面が強調されるのではなくて、中国や日本では空が肯定的に解釈されて、真理の意味になってしまうのである。


 フルーツゼリーの喩えが絶妙である。話をもっと具体的にしよう。例えば記憶(=過去)である。認知症になって我が子のことすらわからなくなるケースがある。これなんぞは、ゼリーのないフルーツゼリー状態といえるだろう。とすると、だ。我々の自我を支えているのは「過去の記憶」ということになる。何となく業(ごう)の思想に近い。ただし、業は未来に向かっても開かれていることを忘れてはなるまい。


 腕や足をなくしても私は私である。しかし、記憶を失ったら果たして私であるといえるのだろうか。もちろん、周囲の人々が私を憶えている以上、彼等の記憶が私を認識してくれることと思う。だが、私自身はどうなのか。その時、私は私が誰であるかもわからなくなっているのだ。自我の崩壊。アイデンティティよさらば。それでも存在し続ける「私」とは何なのだろう。


 結局、「人生に意味を求める」生き方から離れない限り、この問題は解決できない。反対に「認知症になったとしても意味はある」と考えることも可能だが、それは飽くまでも周囲の人々との関係性の中で構築されるべき価値観であって、本人にとって希望のよすがとなるものではあるまい。


 一方、空の思想はわかりにくいことと思うが、簡単にいえば「こだわらない」ことであろう。悟りとは、欲望から離れ執着を切り捨てることである。量子力学の本を読んでいると、何となく空の概念がわかってくる。ミクロの世界から見れば、人間の身体なんて穴ぼこだらけなんだよね。更に、原子はその構造の殆どが空間なのだ。そして宇宙も空間で構成されている。ホラ、空(くう)だ(笑)。

空の思想史―原始仏教から日本近代へ (講談社学術文庫)