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2009-02-04

ゼロをめぐる衝突は、哲学、科学、数学、宗教の土台を揺るがす争いだった/『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ

 表紙の色がよくない。これだけで売れ行きが悪くなっていることだろう。広く読まれるべき作品であるにもかかわらず。頭からケツに至るまでゼロについての話である。


 こんな損害をもたらすことのできる数は他にない。(※軍艦)ヨークタウンを襲ったようなコンピューターの故障はゼロのもつ力のほんの一端でしかない。さまざまな文化がゼロに対して身構え、さまざまな哲学がゼロの影響のもとで崩れさった。ゼロは他の数と違うからだ。ゼロは、言語に絶するもの、無限なるものを垣間見させてくれる。だからこそ、恐れられ、嫌われてきた――また、禁止されてきたのだ。

 本書は、ゼロの物語である。ゼロが古代に生まれ、東洋で成長し、ヨーロッパで受け入れられるために苦闘して、西洋で台頭し、現代物理学にとって常なる脅威となるまでの物語だ。ゼロを理解しようとし、この神秘的な数の意味をめぐって争った人々――学者と神秘主義者、科学者と聖職者――の物語である。西洋世界が、東洋からきたある概念から身を守ろうと(時として暴力的に)試み、失敗した物語だ。そして、一見無害に見える数が突きつけるパラドクスに、20世紀最高の知性さえうろたえ、科学的思考の枠組みが崩壊しそうになったという歴史である。

 ゼロが強力なのは、無限と双子の兄弟だからだ。二つは対等にして正反対、陰と陽である。等しく逆説的で厄介だ。科学と宗教で最大の問題は、無と永遠、空虚と無限なるもの、ゼロと無限大をめぐるものである。ゼロをめぐる衝突は、哲学、科学、数学、宗教の土台を揺るがす争いだった。あらゆる革命の根底にゼロ――そして無限大――が横たわっていた。

 ゼロは東洋と西洋との争いの核心にあった。ゼロは宗教と科学の闘いの中心にあった。ゼロは自然の言葉、数学でもっとも重要な道具となった。そして、物理学でもっとも深刻な問題――ブラックホールの暗黒のコアとビッグバンのまばゆい閃光――はゼロを打ち負かす闘いなのだ。

 だが、ゼロは、その歴史を通じて、排斥され追放されながらも、それに立ち向かうものを常に打ち負かしてきた。人間は力ずくでゼロを自らの哲学に適合させることはできなかった。かえって、ゼロは宇宙に対する――そして神に対する――人類の見方を形づくってきたのだ。


【『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ/林大訳(早川書房、2003年)】


 結局、キリスト教と仏教という思想的バックボーンが明暗を分けたといってよい。キリスト教(ギリシアを中心とした西洋)は神以外の無限を嫌ってゼロを否定し、仏教(インド)はゼロを空の概念から止揚した。ゼロは教義を揺るがす代物だった。ちなみに、マイナスもインドで誕生したそうだよ。西洋はこれも拒絶。


 こなれた文章で一気に読ませる。最近読んだ数学本の中ではぴか一。ゼロは無であり、無限だった。量子論の世界でも元始の宇宙における真空は、物質と反物質が充満していた状態と考えられている。つまり、プラスマイナスゼロというわけ。

異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 異端の数ゼロ――数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

(※左が単行本、右が文庫本)

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