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2009-02-10

宇治少年院の歴史を変えた大縄跳び/『心からのごめんなさいへ 一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦』品川裕香


 この大縄跳びが少年達を変えた。


 それでもやはりうまくいかない。運動神経の悪い子が足をひっぱっていた。だれもがそう考えていたそのとき、一人の院生がこんなこを言いだした。

 自分は跳べなかったら、下(中間期)からやり直さなあかん。ホントにダメなら、下に行く。それでもやってやるって思うヤツは、出院間近の証である白いバッジを捨てるくらいの気持ちやないと、あかんのとちゃうか。俺はバッジを捨てる。

「それを聞いていた院生みんなで、バッジを外してバッと地面に捨てました。それからはほんとうに真剣になった。それまでも真剣だったけど、なんていうか、気持ちが一つになったんです」

 縄を回す手も腫れ、跳ぶ足も腫れあがっていた。

 全員、極限状態だった。

 そんなとき、「もういいんじゃないか。よくがんばった」という教官の声が聞こえてきた。

 もう、ほんとうにこれが最後、やっぱり跳べないんだ……。院生も教官たちもそう思った瞬間だった。

「ちょうどそのときに、跳べたんです。24人で241回! あんなに嬉しかったことはなかった。みんなで抱き合って喜びました。泣いている子もいましたよ、僕も涙が出て止まらなかった」

 向井先生も、ほかの先生たちも泣いていた。その場にいた全員が、わーっと抱き合って、ほんとうに跳べたことに興奮し、感謝し、涙した。

「これが、僕の原点なんだ、とそのとき思いました。自分はここから始まるんだって。そして、人と気持ちを合わせることはすごく大事で、しかもすごく気持ちのいいことだということも知った。気がついたら、ずっとわからなかった“思いやり”ということが、自然とわかっていたんです。そのことも嬉しかったですねえ」(中略)

 その日、思い出の大縄跳びは山本善博企画統括(現・京都医療少年院庶務課長)のはからいで24等分に切られ、全員に配られた。めいめい結び目をつけて、これからの宝物にしようということになった。イナモト君が私に見せてくれたのは、逡巡し苦悩した末に獲得した、ほんとうの宝物だったのだ。


【『心からのごめんなさいへ 一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦』品川裕香(中央法規出版、2005年)】


 本気で心を一つにして挑戦した時、彼等は既に変わっていた。それまで出来なかったことが出来た時、彼等は自分を信じることができた。若者はきっかけ一つでグンと伸びる。


 そんなきっかけを作ったのは少年院関係者だった。宇治少年院には「本気の教育」があった。発達障害と見られる少年達が驚くべき成長を遂げる。教育が人間の可能性を開花させることを見事に証明している。

心からのごめんなさいへ −一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦−

性はアイスクリームを食べるのに似ている/『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル


 これはめっけものだった。華麗な文章で奥深い世界に迫っている。


 また別の文化では、性はアイスクリームを食べるのに似ている。未経験の人にとってアイスクリームのひとすくいは冷たくて味気無いものかもしれないが、実はひそかな深い味わいをもっている。ポップコーンを咀嚼するのに必要な筋肉に比べれば、アイスクリームを食べるのは、目のくらむような美的快楽を誘発できるような耽溺の行為である。これぞ霊的忘我なりと言うむきがあってもおかしくない。アイスクリームを食べるのは口中の満足という段階を超えている。アイスクリームの場合、器官の局部的な動きはただのひとつも必要ないからだ。噛むという、筋肉、腱、骨を動員する運動は必要がない。アイスクリームに心底からの情熱を燃やす人は、もはや小片を歯でかみ切るなどというものではない。凍った歓喜の塊にキスをし、そっと吸い、舌と口蓋の間においてやさしくころがし、うまみを口中に広がらせたうえで、頭にまでそれを浸透させ、体内を駆け巡らせ、アイスクリームという実在の気孔という気孔を、アイスクリームの霊的存在の分子という分子を浸透させるのである。せわしなく口蓋を動かして食べるのではその醍醐味は味わえまい。


【『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル/浅野敏夫訳(法政大学出版局、1994年)】


 ゾクゾクさせられる文章である。アイスクリームという暗喩は、「溶けて一体となる感覚」を見事に示している。


 性愛術の世界が侮れないのは、キリスト教が性を抑圧した歴史に踏み込んでいるためだ。愛とは神に捧げるべきもので、人間に向けるものではなかった。それゆえ、夫婦であっても快楽を伴う性交渉は「罪悪」とされてきたのだ。神様ってえのあ、随分とまた狭量だね。かような抑圧があるから、その反動としてモルモン教みたいな連中も現れるのだろう。

 後半では道教の教えを中心に、具体的な手法が紹介されている。要は、エネルギーを交換し合うという概念だ。一言でいえば挿入したまま1時間頑張れって話である。性急な快感よりも、妊娠の一体感に近い状態なのかも知れない。

エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南