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2009-02-13

W・G・ゼーバルト、上田敏、戸頃重基


 1冊挫折、2冊読了。


 挫折7『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト/鈴木仁子訳(白水社、2003年)/不思議な小説。アウステルリッツという青年の語った内容が延々と続く。改行もなしで。私が読んだ部分は建築にまつわる話が多かった。写真も多数掲載されている。このマッチングが見事。エリアス・カネッティの『蝿の苦しみ 断想』(法政大学出版局)をお経のように長くした印象あり。つまり難解ってこと。いつの日か再チャレンジするかも。


 22冊目『リハビリテーション 新しい生き方を創る医学』上田敏(講談社ブルーバックス、1996年)/少々古いがリハビリテーションの教科書的な一冊。目が行き届いている上、現場を踏まえた確かな思想がある。著者は日本のリハビリにおけるパイオニアで、失敗談も実に有益。


 23冊目『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基(中公新書、1967年)/鎌倉時代の宗教的背景がよく理解できる。3人の巨人に焦点を当てることで、踏み込んだ記述を可能にしている。初心者にもわかりやすいことだろう。全体的にはやや批判的な論調だが、批判そのものに鋭さは感じられない。親鸞が妻帯していたのは知っていたが、蓮如に至っては五度も結婚をし、27人の子供がいたってえのあ知らなかったよ。鎌倉時代において妻帯は珍しくなかったとのこと。

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ダブルバインド/『子供の「脳」は肌にある』山口創


 ダブルバインド(二重拘束)とは、矛盾するメッセージの板挟みになる状態のこと。幼児が大きくなるにつれ、母親は身体的な接触を忌避する時期があるそうだ。本能に備わる子離れ、親離れのメカニズムの一つなのかも知れない。


 このようなときでも、子どもから接触を求めてくる場合には、やはりなるべく受け入れてあげることは必要だ。ただ、親がそれを多少不快に感じ始めるというのは、順調に子離れが進んでいるからこそでもある。

 不快に感じるのに無理に触れるのはよくない。不快なのに無理やり触れようとすると、必ず触れ方に影響が現われる。たとえば、手のひら全体で降れずに指の腹だけで触れるようになる。すると触れられた子どもは敏感にそれを察知する。そして触れてもらっているのに心地よくない、という矛盾を感じるようになる。

 これは「ダブル・バインド」とよばれ、子どもの心を二つの異なるメッセージで板ばさみにしてしまうことになる。「愛している」というメッセージと「でも触れたくない」という二つのメッセージの矛盾に気づいた子どもは、どちらを信じたらよいのか分からず混乱してしまうのだ。


【『子供の「脳」は肌にある』山口創光文社新書、2004年)】


 よくありがちなのは、親が勝手に子供の将来を決めているケースであろう。知らず知らずのうちに、親の目論見に合わせた誘導をしがちである。そうした行為自体が子供から判断力を奪う結果となる。


「三つ子の魂百まで」というが、3歳までの間に親がどんな反応を示すかで、子供の世界に向き合う態度が決定されてしまうのだろう。その影響力を鑑みれば、たとえ親であったとしても襟を正して子供と接するべきである。


 幼児にとっては親が環境の大半を占める。親に受け容れてもらえない子供の自我は、混乱したままで形成されることとなろう。また、明快な善悪の価値観を教えることも重要だ。

子供の「脳」は肌にある (光文社新書)

資本主義経済の最初の担い手は投機家だった/『投機学入門 市場経済の「偶然」と「必然」を計算する』山崎和邦


「機を見るに敏」――そんな人々の思惑から資本主義経済は誕生した。著者は投機を、「機に投ずる」という禅語本来の意味で使用している。


 資本主義経済の最初の担い手は投機家だった。資本主義制度における最初にして最大の投機対象は株式会社そのものである。信仰の自由を求めて新大陸アメリカに渡ろうとする人々にインディアン交易の利益の可能性を視野に入れて、彼らに資金提供してメイフラワー号を建造したベンチャー・キャピタリストのルーツたち。また、オランダ東インド会社に始まって、18世紀初頭イギリスの南海泡沫会社やフランスの「神業(かみわざ)師ジョン・ローのシステム」など、幾多の激震を繰り返したバブルの人類史は、19世紀後半にイギリスの株式会社制度に結実した。この間のリスクとの戦いは一方で数学(統計力学)を発展させ、一方で株式会社の有限責任制度を生み出した。ここには常に、リスクとの知的な戦いがあった。


【『投機学入門 市場経済の「偶然」と「必然」を計算する』山崎和邦(ダイヤモンド社、2000年/『投機学入門 不滅の相場常勝哲学』講談社+α文庫、2007年)】


 投機は「未来に対する賭け」であった。まだ世界が未開拓であった頃は、新天地で何が出てくるか予想もつかなかった。現代においては技術や情報などが対象となっているが、本質は何も変わっていない。


 政治の主要な仕事が「所得の再分配」であるにもかかわらず、多くの場合、分配の栄誉に預かっているのは一部の大企業となっている。富は金持ちの間で再分配されているのが実態だ。ラビ・バトラは「極端な集中が国家を崩壊する」と指摘している。とすれば、経済を活性化させること以外に、格差を是正する方途はない。そのためには、一人ひとりが消費のあり方を見直す必要もあるだろう。お金の動きを意識しながら、スポンサーシップという自覚を持たねばならない。「競争」を至高の価値としているのは、結局のところ消費者の側なのだ。


 先進国は明らかに供給過剰となっている。昨年から始まった金融マーケットの崩壊もそれを示している。共存や共栄、あるいは共生といった価値観を欠いて、経済の建て直しは難しいと思われる。

投機学入門―市場経済の「偶然」と「必然」を計算する 投機学入門――不滅の相場常勝哲学 (講談社プラスアルファ文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)