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2009-02-14

立川武蔵


 1冊読了。


 24冊目『はじめてのインド哲学立川武蔵講談社現代新書、1992年)/バラモン哲学がチト苦しかった。内容が欲張り過ぎてわかりにくくなっている。意気込みが勝ち過ぎて失敗したのだろう。それでも、仏教〜大乗仏教〜密教の流れはわかりやすかった。ただ、この人の仏教観はどうもインド哲学臭さが拭えない。

「宗教は子どもじみた迷信」=アインシュタイン、手紙で指摘


 ここでいう「宗教」とはアブラハムの宗教を指しているのだろう。


「宗教は子どもじみた迷信にすぎない」。物理学者アインシュタインが知人にあてた私信で、自身の宗教観をこう表現していたことが明らかになった。この手紙は今週、ロンドンで競売に出される。落札額は8000ポンド(約160万円)と見積もられている。

 ドイツ語で書かれた手紙は1954年1月3日付。宗教に関する著書を哲学者エリック・グートキンド氏から贈呈されたアインシュタインは同氏への返信で、「わたしにとって『神』という言葉は人間の弱さの産物という以上の何物も意味しない。聖書は原始的な言い伝えで、非常に子どもっぽい」と述べた。アインシュタインはユダヤ系だが、ユダヤ教選民思想も否定する見解を示している。


【時事通信 2008-05-14】

人間が認識しているのは0.5秒前の世界/『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二


 知覚に誤差があるのは何となく理解できるだろう。光や音のスピード、はたまた神経回路を伝わる時間差など。だが、よもや0.5秒もずれているとは思わなかった。


 もっと言っちゃうとね、文字を読んだり、人の話した言葉を理解したり、そういうより高度な機能が関わってくると、もっともっと処理に時間がかかる。文字や言葉が目や耳に入ってきてから、ちゃんと情報処理ができるまでに、すくなくとも0.1秒、通常0.5秒くらいかかると言われている。

 だから、いまこうやって世の中がきみらの前に存在しているでしょ。僕がしゃべったことを聞いて理解しているでしょ。自分がまさに〈いま〉に生きているような気がするじゃない? だけど、それはウソで、〈いま〉と感じている時間は0.5秒前の世界なんだ。つまり、人間は過去に生きていることになるんだ。人生、後ろ向きなんだね(笑)。


【『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二朝日出版社、2004年)】


 知覚された情報は過去のものだが、意識は常に「現在」という座標軸に固定されている。例えば、我々が見ている北極星の光は430年前のものだが、光は年をとらない。そして意識は未来へと向かって開かれている。


 それにしても、0.5秒という誤差は驚くべきものだ。宇宙が生まれたのは137億年前だと考えられているが、刹那と久遠のはざ間に時間の本質が隠されている。


 しかも、トール・ノーレットランダーシュの『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』(紀伊國屋書店、2002年)によれば、意識が生じる0.5秒前から脳内では準備電位が現れるという。とすると、本当のリアルを生きているのは無意識ということになるのか。

進化しすぎた脳 (ブル-バックス)

命を植える/『夏の庭 The Friends』湯本香樹実


「死」に興味を覚えた小学生3人組が、近所に住む独居老人の観察を始める。その目的は「死ぬ瞬間を目撃する」ことだった。老人と少年達の交流を通して死の意味を探る。科白とディテールが巧み。隠喩も見事。


 老人は少年達に庭の草むしりをさせる。広々となった庭に何を植えようかと皆で相談をする――


 アネモネ、カタクリ、ヤマブキソウ、キツネノカミソリ、キリンソウ、ツリガネソウ……。

 おじいさんはぼくたちの知らない草花の名前を、次から次へと並べた。ぼくたちはそれぞれの花畑を夢見ながら、何もなくなった庭に降る雨をただ見ていた。すっかり生まれ変わり、新しく何かが根づくことを待っている土に、天から水がまかれる音を耳を澄まして聞いていたのだ。


【『夏の庭 The Friends』湯本香樹実〈ゆもと・かずみ〉(新潮文庫、1994年/徳間書店、2001年)】


 庭に蒔かれる種は「命」そのものだった。循環してとどまることを知らない水も、生命の流転を象徴しているかのようだ。その後、庭にはコスモスの種が植えられた。コスモスは秋に花を咲かせる。老人の晩秋にふさわしい花といえよう。「すっかり生まれ変わり、新しく何かが根づくことを待っている土」という文章が絶妙。


 少年達と老人との出会いは、生と死との巡り会いだった。少年達が老人から受け取ったのは「命のバトン」だった。死の厳粛さが、生を見つめ直させる。死を意識し、思いを馳せ、深く自覚した時、人は真っ当な道を歩み始める。生命活動が消失した瞬間、亡き人は永遠性を伴って人々の胸に刻印される。死はゼロでもあり無限でもあるのだ。

夏の庭―The Friends 夏の庭―The Friends (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)