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2009-02-16

論理ではなく無意識が行動を支えている/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 意識と無意識のわかりやすい例え――


 人は自転車に乗れるが、どうやって乗っているのかは説明できない。書くことはできるが、どうやって書いているのかを書きながら解説することはできない。楽器は演奏できても、うまくなればなるほど、いったい何をどうしているのか説明するのが困難になる。


【『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ/柴田裕之訳(紀伊國屋書店、2002年)】


 それまではできなかったことができるようになると、脳内ではシナプスが新しい回路を形成する。この回路が滑らかに作動すると、我々は無意識でそれができるようになる。


 自動車の運転もそうだ。教習所に通っているうちは、「まずエンジンをかけて、それからブレーキペダルを踏んで……」などと頭で考えている。だが免許を取得して運転に慣れてしまえば、全く何も考えることなくラジオに耳を傾け、同乗者と会話しながら運転ができるようになっている。


 そのことを「言葉で説明できない」と指摘するところがトール・ノーレットランダーシュの凄いところ。意識を支えているのが無意識であることが明らか。無意識は言葉にできない。それでも我々は、言葉を交わしながら互いの無意識を感じ取っているのだ。


 きっと無意識は、善悪が混沌としてスープのように煮えたぎっている世界なのだろう。これをコントロールすることは可能なのだろうか? 多分可能なのだろう。無意識が意識を形成し、意識が行為に至る。そして今度は、行為がフィードバックされて意識から無意識へと通じる回路があるはずだ。それをブッダは「業(ごう=行為)」と呼んだ。善男善女よ、善行に励め。

ユーザーイリュージョン―意識という幻想

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